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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
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第三章 赤い炎と青い妖精 その四

 ホシガラスが壁を突き破った頃、レイメルではレティに追い出されたユウが、エアと共に大通りを挟んだ向かい側にある『メルヴェイユ』を訪れていた。

 エアが訪れるのは初めての店だった。ユウが何の説明もせずに連れて行ったので、何の為に行くのか見当が付かなかった。

 ドアを開けると店の奥にある机で、緩やかな巻き毛のトッドが突っ伏して眠っていた。

 ユウは完全に寝入っている少年を見下ろしながら、

「トッドの奴、徹夜したな」

 机の上には細工に必要な工具が散らばっている。先の細いペンチ類やアルコールランプ、顕微鏡の様な道具が目に付いた。そして深紅の小さなトレイには青白く光る真珠のピアスが光っていた。

(あれれ? 見た事のある道具……だよね)

 エアは作業机の上や店内の隅に置いてある工作用魔道機に目を奪われていた。

 その様子をユウは黙って見ていたのが

(女っていうのはアクセサリーとか宝石に興味があると思ったが……。不思議な奴だな)

 ユウは改めて作業台に突っ伏して寝ているトッドに視線を戻した。

「まあ、ごめんなさいね。お客さんがいらしているのに」

 店の奥から、この少年の母親らしき細身の女性が出てきた。

「いらっしゃい。エアちゃんよね。この店は精霊師ギルドに必要な物を納品しているの。必要な物があったら息子に言ってね、まとめて揃えるから」

 ソフィアはトッドの肩を揺すった。

「んあ、ごめん、寝ちまった」

 眠たげなトッドの瞳に、ユウとその後ろに立っているエアの姿が目に留まった。慌てて立ち上がった彼は胸を張った。

「兄貴、出来たよ。完璧さ!」

「よく頑張ったな。期日を守ったのは職人の証だ」

 褒められて頬を紅潮させていたトッドは、

「君が、エアだよね。タヌキ……じゃなくて、アンキセス様から注文を受けたピアスが仕上がっているよ。早速、着けてくれないか」

 小さな深紅のトレイをエアに差しながら、トッドは商品の説明を始めた。

「半年前、僕はアンキセス様からピアス型護身魔道機の注文を受けたんだ。これは『アジーナの吐息』という魔石さ。水の精霊石を何度も合成して純度を高め、貝の中に入れて真珠の核にして育てるんだ。だから青っぽい乳白色をしているのさ。そして、このピアスが発動する護身魔法は炎から身を守る水流壁だよ」

「……着けてみるね」




 手に握りしめていた青い魔石をテーブルに置き、鏡を見ながらピアスを耳に着けた。

 鏡の中で青白く光るピアスを見つめる、エアの紫の瞳からぽろりと涙が零れ落ちた。

 試験の時には必ず会えると思っていたのに、来られないと聞いて彼女は本当にがっかりし

ていた。でもいたずら好きの老人はこんなプレゼントを用意してくれていたのだ。

 アンキセスの気遣いが、少し寂しく思っていたエアの心を優しく包み込んだ。

「な、泣くなよ。ずうっと見ていたんだ。このピアスを必要としてくれるのは、どんな子だろう、そう思ってギルドに通う君の姿を毎日見ていた。頑張っているよなって、だから僕も頑張ろうって……。でも、何の用もないのに声を掛けづらくって」

 慌てたトッドは、自分が何を言っているのかも分からずにエアの手を握りしめた。

 急に強い力で両手を握りしめられたエアは驚きと共に恥ずかしくなり、

「ごめんなさい。私、嬉しかったの」

 戸惑った表情をしたエアを見て、慌てて手を離したトッドは後頭部をガリガリ掻きながら伏し目がちになって顔を赤らめ、

「僕の方こそ、ごめん。痛かったよね……。『アジーナの吐息』は青い銀髪と紫の瞳に良く似合っているよ、大事にしてね」

「ありがとう、トッド」

 エアが喜びに溢れた笑顔をトッドに向けた時、テーブルに置いた青い魔石が光り輝いた。




 それは妖精のアンディが放った光だった。飛び出て来たアンディは、エアの周りをうろうろと泳ぎ回っている。

「すごい、水の妖精だ! 綺麗な青い魚だなぁ。エア、君が召喚したんだね」

 綺麗だと褒められたアンディは機嫌が良くなったらしく、トッドの周りをひらひらと泳ぎ回っている。

「アンディ、どうしたの? 誰も呼んでないのに出てきて」

 首を傾げたエアがアンディに話し掛けると、

「エア、妖精は純度の高い魔石に宿りたがるのさ。つまり、居心地の良い家に引っ越しをしたいんだよ」

 トッドは笑いながら、戸惑っているエアに説明をした。

「そうなのか? トッド」

 ユウも妖精を召喚しているが、呼びもしないのに飛び出てくる事など無かった。

「うん、召喚者が許可しないと駄目だけどね」

 そりゃ人間でも居心地の良い方が住みやすいもんね、と思ったエアは、

「そっか……。アンディ、ピアスの魔石に入って休んでいて……」

 引越しの許可が下りたアンディは、エアの顔に身体を擦りつける様に一周して右のピアスの魔石に吸い込まれるように消えていった。

「アンディが何をしたいのか分からなくって……。ありがとう、トッド」

 エアが頭を軽く下げた時、床で微かな音がした。

「ん? 何か音がしたな」

 音に気が付いたユウが下を見るより素早くエアが拾って、

「鎖が緩んでいたの。切れちゃったみたい」

 落ちたペンダントを大事そうに握り締めた彼女の拳から、ぷっつりと切れた鎖がぶら下がっていた。

「大事な物なんだね、修理してあげるよ」

 その様子を見たトッドの親切な申し出に迷っていたが、

「お願いします」

 エアは彼が差し出したトレイに切れた鎖ごとペンダントを置いた。

「トッドは俺の護身魔道機も造ってくれている。腕は確かだ。心配はいらないさ」

 ユウはトッド特製穴あき手袋をはめた手をエアに見せた。

 トッドは受け取ったトレイに顔を近づけ観察すると、驚きとも困惑とも受け取れる表情になっていた。




「これ……、宝石じゃぁない。精霊石を合成しているね」

 トッドの言葉にエアは石を食い入るように見つめた。

「そうなのか?」

 トッドは魔石や魔道機の事を良く勉強しているな、とユウは感心をした。

「うん、僕の仕事は魔石を加工して魔道機に組み込む事だから。宝石と精霊石や魔石の区別を徹底的に教えられたんだ。僕が見たところ、この魔石は透明度が高い。腕のいい魔石師が合成した物だよ。それにフレームも魔道機になっている様だし……」

「じゃあ、それは魔道機なのか?」

 ペンダントを撫で回しているトッドを見つめていたユウが尋ねた。

「何の魔道機か分からないけど、間違いないよ」

「そうなんだ……。両親がくれた形見のペンダントなの」

 彼女は懐かしそうな表情を浮かべたが、その紫の瞳は暗く哀しげな色をしていた。

 その表情を見たユウは、此処から早く連れだした方がいいと、

「トッド、エアを連れてリゲルの工房へ行ってくる」

「あ、ごめん。後で寄ってよ。仕上げておくから」

 悪いことを聞いちゃったなぁと思いつつ、トッドは作業に取り掛かるふりをした。

「良かったな、次はリゲルの工房だ」

 ユウは店の扉を開けながら、エアに外に出るよう促す。

「ありがとう、トッド。また来るね」

 笑顔をとり戻したエアは身を翻してユウの後を追っていった。

 店を出る二人を見送りながらトッドは羨ましそうに呟いた。

「良いなあ、ユウの兄貴は」

「何が、良いのかしら」

 息子の独り言を耳にしたソフィアはすかさず尋ねた。

「だってさ、あんなに可愛い子と仕事するんだろう? それにさぁ、兄貴と一緒にいる時間の方が長いじゃないか。彼女と仲良くするにはどうしたらいいのかなぁ」

「そりゃ、押しの一手でしょ」

「え?」

 自分が話している相手が母親と気が付いたトッドは、熟れたトマトより赤くなった。




 メルヴェイユを後にしたエアとユウは大通りを北へ向かった。

 噴水のある広場を左に曲がると賑やかな商店街がある。向かって大通りの右側は民家が多く、店は左側に並んでいた。

 エアは居並ぶ店先を珍しそうに眺めた。食料、日用品、衣料品、土産物屋まである。エアにとって商店街の奥に入り込むのは初めてであった。

 周囲を見回しながら歩いていると、振り返ったユウがぶっきらぼうに声を掛けた。

「あまり猫みたいにキョロキョロしていると、人ごみに混じって迷子になるぞ」

「ユウさん」

 とエアは声を掛けた。今日初めて会ったばかりで、いきなり「ユウ」とは呼べなかったのだ。

彼は表情も変えず、

「おいおい、『さん』付けはやめてくれ」

 エアは少し顔を赤らめながら、何を話していいのか困ってしまった。

「あ、あの、この街はいつも花が咲いているけど誰が世話をしているのかな?」

 本人が名前で呼べといっても、ユウと呼ぶのはまだちょっと恥ずかしいと思ってしまう。

「この街に花を植え出したのはリゲルのおっさんだ。街の住人も自宅や店先で花を植え出した。それでガーデニングで有名な花の街になったのさ。おっさんは植え換える花を、工房の周りや第一城壁の外にある畑で育てているんだ」

 表情も変えずに黒髪の双剣士は事務的に話を続ける。

「武器と花が人間より大事だと公言するなんて、本当に困ったおっさんだよ。まあ、本当のところは違うと思うんだがな」

 話の最後は少し呆れた口調であった。

 少し乱暴な口調とは裏腹に、人通りの多い中で正面から歩いて来る人と小柄なエアがぶつからないように、彼は彼女の少し前を歩いている事に気が付いた。それに歩く速さも彼の方がとても背が高いのに、歩幅の小さいエアに合わせている。

 エアは不愛想な黒髪の双剣士が、とても気遣いのできる優しい人物ではないかと感じた。




 一軒の民家の玄関を開けて、ユウは後ろを振り返った。

「この家が入り口だ」

 慌てて彼の後を追うと、中には家人を装った二人の兵士が武器の手入れをしていた。

 ユウの顔を見ると、背の高い兵士が、

「久しぶりだね。リゲルなら、さっき帰って来たよ」

 と声を掛けながら、後から飛び込んできたエアに気が付いた。

 もう一人の太った兵士も笑いながら、

「おっ、娘さんは試験に合格したんだってね。ユウも人気のちょい姫様の御供が出来て光栄だろう。今日は教会のステンドグラスを割ったんだって?」

「もう、知ってるし。それに、まぁーた、ちょい姫と言ったぁ」

 エアは頬を膨らませて怒っている。

「そう言えばミリアリアも言っていたな。ちょい姫って何だ?」

 これまで簡単な挨拶しか交わさなかった兵士が親しげに、自分に話し掛けて来たのは驚いたが、それよりも昨夜帰ってきてから何度か聞かされている『ちょい姫』とは何か気になった。

 不思議そうな顔をしているユウに、二人の兵士は楽しそうに解説を始めた。

「それはだなぁ。次から次へとこの半年、皆を退屈させない見習い精霊師の娘さんに、被害を被った住人が親しみを込めて送った愛称さ」

「そうだよな。魔石灯の石を交換させたら、ちょいと爆発。シスターの治療の手伝いをすれば、ちょいと全身包帯ぐるぐる巻きの男が出来あがり。噴水の修理をすれば、ちょいと洪水。まあこんなふうに退屈はしないのさ。きっと、レイメルの名物精霊師になるよ」

「……魔石灯って爆発する物なのか? それに洪水? すまん、ちょっと――」

 驚いたユウだったが、騒ぎになっている街の様子を想像すると笑いが込み上げて来た。

 声を出して笑うのは悪いと思った彼は、口元と腹を手で押さえて苦しそうに堪えている。

「今日が初対面なのに、そんなに笑わなくてもと思うんだけどさ」

 こんなに早くユウにばれなくてもいいのにと思いながらも、にこりともしなかった彼が笑っている。

 少し複雑な心境になった話題のちょい姫であった。




 二人の兵士が守っている民家の裏口を抜けると、人が二人並んで歩くのが精一杯の狭い通路であった。

 その上、高い石垣が造られており周囲は見えず、道は迷路の様に入り組んでいる。方向音痴のエアは、直ぐに自分が向いている方向が分からなくなってしまった。

「うっ、工房には行くのは初めてなんだよね」

「少々慣れてきても迷う事が有るよ。敵が簡単に重要部に入らない為だとさ」

「工房は厳重に守られているんですね。でも、独りで辿り着けそうもないよ……」

 右へ左へと細い迷路を進むと、急に開けた場所に出た。

 其処には、一面の緑とその向こうに石造りの建物が大小二つあった。

 これは畑なのだろうか、とエアは思ったが、よく見ると小さな花や蕾がついている。

「あれがリゲルのおっさんの工房だ。小さな方は魔石を合成する時に使っている建物で、立ち入り禁止になっているのは、合成に失敗すると爆発するからだと……」

 ユウの言葉がエアの心に、小さなさざ波を起こした。

「小屋が爆発って……。前にも言われた気がする……」

「魔石を合成する工房は、何処でもそう言われるさ」

 ユウは工房の大きなドアを勢いよく開けた。


★作者後書き

 読んで頂いた皆様、ありがとうございます。お気に入りを登録して頂いた方々にも本当に感謝しております。

 年内は本日の更新で最後になります。新年は1月7日(月)の更新となります。

 新たな年でも引き続き、ご愛読をお願いいたします。


★次回出演者控室

リゲル「ワシの造った武器は見事だろう」

 ユウ「それは認めるが、何で花なんだ?」

 エア「私の武器も、当然……」

 ユウ「おっさんの趣味全開だろうな」

トッド「そういえば、君のペンダントには秘密があるよね」

 エア「そうみたい。トッド、分ったら教えてね」

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