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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
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第三章 赤い炎と青い妖精 その三

 教会の奥では割れたステンドグラスをメリルが拾い集めていた。

 精霊王の像の背後には世界樹がステンドグラスとして描かれていたのだが、葉の生い茂った上部が見事に粉砕されていた。

「あらあら~、世界樹に大穴が開いてしまいましたわ~」

「大丈夫ですか! メリル。怪我はしていませんか?」

 マッシュが血相を変えて、数名の職員を連れて教会に飛び込んできた。その慌てた様子が余程面白かったのか、メリルは笑いを堪えながら返事をした。

「あらあら~、どうしたのですか? そんなに慌てなくても大丈夫ですよ~」

「ど、どうしたって――、まあ、ケガが無いのなら良いですが……」

 メリルの無事な姿を確認して安心したのか、拍子抜けをしたマッシュは大きく息を吐き出すと、連れて来た職員にステンドグラスを片付ける様に指示をした。

 慌ただしく動き始めた職員を見てメリルは頬に両手を当てている。

「助かるわ~。薬草室で薬の調合をしていたら、突然大きな音がしたのよ~」

「ああ、それで怪我が無かったのですね。私は庁舎で打ち合わせをしていたら、隣の部屋の窓ガラスが割れてしまってね。窓の外を見たら、エアが妖精に振り回されているのが見えましたよ」

 額に汗を浮かべたマッシュは、メリルの傍に近寄って大きな溜め息を吐いた。

「ミリアリア殿が居ましたから、とりあえず無事に収まったようです」

「あらあら~、妖精を呼び出すなんてエアちゃんも精霊師らしくなったわ~」

 メリルはすっかり感心をしていたが、マッシュは大きく破損した世界樹を眺め、被害額の算定を無意識に行っていた。




 すっかり感心していたメリルだったが「あっ!」と小さな叫び声を上げて、急いで左奥の薬剤室へ走り込んだ。

「あらあら~、いけませんわ。薬の調合が途中でしたわ~」

「どうしました? 急病人ですか? 手伝いますよ」

 マッシュがその後を追って薬剤室へ入った。既にメリルは手際よく薬草を寄り分けている。そのてきぱきとした動きは、機械仕掛けの人形の様であった。

「マッシュ。保養所に滞在しているガスパーさんが、昨夜遅くに体調を崩されたのです。今、シャルルが看病をしていますが、長くは持たない様な気がします」

 普段おっとりとしたメリルが事務的な物言いをする時は、厳しく叱る時か、状況が切迫している時のどちらかである。

 ガスパーの病状が差し迫った状態だと察したマッシュは、

「至急、医者を王都から連れて来ましょう。どんな症状ですか? 直ぐに伝令を出しますよ」

 その言葉に、メリルは薬を調合する手を止めた。乳鉢を持つ手は微かに震えている。

「それが……医者はいらない、と拒否されているのです。彼の心臓は不規則に動き、命の灯は揺らいでいます。光の治癒術を施しても、まるで底の見えぬ深い穴の中に物を投げ込んでいるみたいで……、吸い込まれて消えていくだけです。私には彼が死にたがっているとしか思えない、彼はレイメルで最後を迎えたいと言っていますから……」

 マッシュはメリルの悲痛な想いを受け止めようとした。

「……彼はエアの下手な魔法の練習に付き合って、いつも楽しそうにしていましたね」

「知っていらしたのですか……」

 メリルはマッシュの顔を見上げる。

「アンキセス殿からエアの身柄を預かっていますからね。彼女に近づいてくる人物の事は気を付けていますよ。メリル、貴方が心を痛めているのはガスパーさんの病状だけではなく、エアの事ですね」

 メリルは黙って頷いた。




 マッシュはレイメルの市長として、長期滞在しているガスパーの事を案じていた。街に滞在する人間の保護をしなければならないのは彼の責務だからだ。

 しかし、メリルは修道女として純粋に彼の生命の心配をすると共に、彼と親しいエアがガスパーの病状を知れば酷く動揺するのではないかと案じていた。

「彼を父の様に慕っています。両親を殺された時に記憶を失う程の衝撃を受けて、まだその記憶も取り戻せていないのに……。また心を許した人物を失ったら、彼女はどうなるのでしょうか。私はそれが心配で――」

 メリルは震える両手を胸の前で握り締めた。

 マッシュは動揺しているメリルの肩に手を掛けた。

「メリル、過去は変えられない。それは貴方も理解しているでしょう。己だけではなく、他人を支えようと願うなら『覚悟』が必要です。守りたい人の為に何を捨てるのか、何を選び取るのか……。迷いながらも後悔をしない覚悟が必要です。支える我々が迷っていては、支えられる方が迷惑でしょうからね……。心配なのは分かりますが、見守る為にはやせ我慢も必要だと思いますよ」

 マッシュはメリルを落ち着かせる為に、無理に笑みを浮かべた。

「ありがとう、マッシュ。……ガスパーさんの事をエアに伝えます。何も知らぬ間にガスパーさんが亡くなられたら、彼女だけではなく私達も後悔するでしょう。でも、こんな時にアンキセス様が居て下さったら、本当に心強いのに……」

 晴れやかな笑顔を浮かべたメリルだったが、淡い茶色の睫毛が少し濡れていた。




 メリルが思い悩んでいた頃、アンキセスの額には青筋が浮かんでいた。

 内通者の可能性を頑固に否定し続けるアイオンに腹を立てていた。

「全くアイオン殿は頭が固いのぅ~。内通者が存在するから、この様な事件が起きたのじゃろうが。この場所は外部の者が簡単に入り込めないのじゃろうて。仲間を信じたいのは当然じゃが、状況を冷静に考える事もなく盲信しておっては逆に危険じゃ!」

 アンキセスがアイオンと共に訪れたのは、デボスが職人を襲ったとされる新型飛行船開発区画であった。

 既に完成した新型飛行船の周りでは、多くの職人が忙しそうに動き回っている。

 この区画はグラセル大工房の中で、特に警備が厳重な場所である。限られた職人のみが出入りを許され、さらにグラセル市内の住宅に居住することが義務付けられていた。

「考えてもみられよ、案内の者がいなければ此処へは来られぬ。それともアイオン殿はこの場所が誰でも入って来られる様な、お粗末な警備だと言っておられるのか? それはそれで、お主の責任問題じゃないかのぅ」

 アンキセスに罵倒されたアイオンは、顔を赤くしているが返す言葉が見つからなかった。悔しいが負けを認めざるを得ない。

「ならば何故、デボスはこの様な場所で騒動を起こしたのでしょうな」

 これが頭に血を昇らせながら、やっと絞り出した疑問であった。それに対してアンキセスは冷やかに答えた。

「この様な人目に付く場所で、何も奪わずに殺人を犯す……。そして長年隠れ住んできたであろうに、今になってその存在を明かした。そして王国に危険な勢力が存在すると知らしめた。これをどう思われる、アイオン殿」

「まさか……、まさか新型飛行船の情報が目当てでは無いと?」

 アイオンの顔には驚愕の色が隠せなかった。




 アンキセスは職人達の働く姿を眺めながら、

「結果だけを考えればそう思えるのじゃ。昨夜、多くの者達からデボスの話を聞いた。どの者達も彼らを悪く言う者はおらん。夫婦共に優しくて研究熱心な若者で、皆に可愛がられた無邪気な人物じゃ。そのデボスがこんな大胆な事件を起こすとは思えんのじゃ、誰かに操られているとしか思えん」

「同感ですな。彼とエドラドは魔石師としての腕に差は無かった。しかし筆頭魔石師に選ばれたのはエドラドだった。大らかで思慮深いエドラドと違い、デボスには少々、子供っぽい処が有りましたからな。組織の上に立つのは性格的には無理でしょうし、自分独りで大胆な行動を取るとは思えませんな」

 アイオンは溜め息を吐くと、色褪せた記憶の糸を手繰った。

「そのエドラドも不審な死を遂げて五年近くになりましたかな……。デボスが工房にいれば次の筆頭魔石師になったでしょうが……」

「アイオン殿。それがどんなに残酷な運命でも、もはや向き合わねばならん。せめて年老いた我らに出来るのは、運命と戦おうとする者達に訪れる朝日が、暖かな希望の光となって心に宿る様に努力するだけじゃ」

「そうですな、明日を迎える希望ですか……。それは誰にでも必要ですからな」

 二人の老人は黙り込んでしまった。




 その時、一人の職人が慌ただしく駆け込んで来た。

「アンキセス様、女王陛下から御手紙が届きました!」

 差し出された封書を受け取ったアンキセスは、無言で手紙を取り出して読み始めると、再び額に青筋が浮かび上がった。


「わぁかっとるわい! キツネばばぁ!」


 と叫び、丸めて床に叩き付けた。そして杖の先を手紙に向けて祝詞を唱えた。

「フゥラ、焼き払ってしまえ!」

 杖の赤く光った枝から飛び出した『フゥラ』と呼ばれた小さな炎蛇は、丸めた手紙をぱくりと飲み込んだ。

「えらく小さな妖精ですな」

 アイオンは素直に感想を洩らしただけなのだが、機嫌の悪いアンキセスは癪に障ったらしい。

「フゥラ・フゥラム!」

 アンキセスは小さな妖精の真の名を呼んだ。

 その途端、小さな炎蛇は大きなドラゴンに姿を変えた。そして口から僅かな灰を吐き出し杖の魔石へと姿を消した。

 呆気にとられたアイオンは、アンキセスの頭から湯気が立っているのを見ながら尋ねる。

「……八つ当たりは良くありませんな、アンキセス殿。ところで女王は何と?」

「全く気の短いキツネばばぁじゃ。共和国から連れて来た男を自分で尋問したそうじゃが、その男は『ニコライ』と名乗って王国の職人に声を掛けておった。その目的は違法な工房で働かせる為じゃろうが、このグラセルの職人と通じておったそうじゃ」

「何ですと! 誰と?」

 アンキセスに指摘をされて覚悟はしていたが、女王からその知らせを受けるとは思わなかったアイオンは大声で尋ねた。

「デボスに殺された男じゃ」

 人間は心底驚くと、心は空になるらしい。アイオンは口を開けたまま、何の言葉も発する事が出来なかった。




 それにしても自ら尋問するなど、女王も思い切った事をしたものだとアンキセスは心の中で呟いた。

 彼女は尋問の際に、王族だけが使える光魔法『久遠の光』を使ったに違いない。影が全く出来ない光の渦の中で、人間が正気を保っていられるのは難しい。目を閉じても溢れる光は、安らぎをもたらす闇が近づく事を許さないのだ。

 しばらく正気に戻る事はないだろう、とアンキセスは『ニコライ』に対して密かに同情をした。

 しかし女王からの手紙には、デボスについて気になる事が書かれていた。それは女王が部下に指示した命令だが、アンキセスも気が付いていた事柄であった。

(もし、もしもデボスが誰かに指示を受けているなら、何故その指示に従わねばならぬのか。それを確かめなければのぅ)

 アンキセスは世界樹を左手で支え、右手の掌を上に向けた。

「世界樹よ、我の声を伝えし珠が現れん事を願う」

すると5センチ程の光の珠が二つ出来あがり、ふわりと掌から宙に漂った。

「世界樹よ、そなたに眠りし妖精を解放したまえ。白き翼を持つ者よ、星の光が降る如く、全ての空を駆け廻らん」

 杖の白い魔石が光ると、そこには少し大きめの白いカラスが杖に捕まり羽を休めていた。

「ホシガラスよ、伝言を届けておくれ。先にマッシュに、それから女王じゃ」

 アンキセスが光の珠を指差すと、白いカラスはそっぽを向いた。




 アンキセスは自分が呼び出した妖精の前で溜め息を吐いた。

「気難しいの~。まだ怒っておるんかのう。初めて召喚したのが星降る夜で、姿がカラスとしか思いつかなんだから『ホシガラス』と名付けて何故悪いんじゃ!」

 ホシガラスはそっぽを向いたままだ。

「今更、名前は変えられんでのぅ。配達が終わったら少し遊んでいても構わんから――」

 急にホシガラスは飛び上がると、二つの光の珠を飲み込んだ。そして。建物の中をぐるぐると旋回をしていたが、


 ドーオォォン ガラガラガラ―ン


 通気用の窓が開いているにも係わらず、壁に激突した挙句に大穴を開けて飛び去って行った。

「アンキセス殿、確か妖精の行動は召喚者に似るそうですな」

 呆れ返ったアイオンは、渋い顔をしているアンキセスにささやかな反撃をした。

★作者後書き

 クリスマスイブ更新なんて、本当に申し訳ありません。カレンダーを見たら、次の更新は大みそかになってしまうことに気が付いた作者です。

 こんな慌ただしい時に読んで頂いた皆様に感謝いたします。ありがとうございました。


★妖精の名前について

 今回『フゥラ・フゥラム』というアンキセスが召喚する炎の妖精が出て参りました。

 その名前は平宮夜半様に名付けて頂きました。フランス語の『火と炎』を元に考えて頂いてそうです。素敵な名前をありがとうございます。

 今後、作中で登場する妖精の名前を募集することが有りますが、その時はよろしくお願い致します。


★次回更新

 次の更新が大みそかになってしまうので、12月28日(金)にいたします。急な変更ですが、年末は皆様にもご予定があると思い変更することに致しました。よろしくお願い致します。


★次回出演者控え室

  トッド「僕が細工師だということを皆に知ってもらわなきゃね」

   ユウ「そうだな、魔石や魔道機についても勉強家だしな」

   エア「私のペンダント、よろしくね」

兵士その壱「あの『ちょい姫』が試験に合格したんだとさ」

兵士その弐「今度は何をやらかすのか……。ユウが面倒を見るんだと……」

   エア「皆さん、何を話しているんですか?」

兵士壱と弐「いいや、別に――」

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