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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
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第二章 密やかな夜 その四

 深紅のトレイに、青い月の様に輝く真珠。

 トッドはその青い月を見ながら、エアの姿を思い浮かべる。

 この魔石は彼女の為に、どんな姿になりたいのだろうか……。

「うん、僕は細工師なんだ……」

 深く息を吸い込んだトッドは、少し目が覚めたような顔をしている。

「落ちついたか?」

 ユウが心配そうに尋ねると、

「うん、徹夜をしてでも仕上げるよ……。兄貴はこれから教会へ行くの?」

 今度はトッドが心配そうに、ユウの顔を見上げている。

「ああ、久しぶりに挨拶をしておかないとな」

 と、答えるユウの表情は変わらず穏やかだが、

「ケントの兄貴も喜ぶよ。でも、僕も他の皆も喜んでいるんだよ。レイメルは兄貴の家なんだ」

 あまり街の住人と関わりたがらない彼の事を、弟分のトッドは気にしていた。

「ん、ありがとう」

 いらぬ心配をさせてしまったな、と戸惑いつつ返事をしたユウは、友人が待っている教会へとメルヴェイユを後にした。




 噴水のある広場を東に進むと、市公舎の手前にメリルが管理している神霊教会は在った。教会としては大きくはないが鐘楼を二つ備え、奥行きの深い礼拝堂は集会所や子供たちに読み書きを教える場として親しまれていた。また、メリルは治療師としての資格もある為、教会を医療活動の拠点としている。


 ユウは教会の扉を静かに押し開ける。

 礼拝堂の正面には、ステンドグラスに描かれた世界樹の前に精霊王の像があり、周りの柱に始祖十二神霊の彫刻が柱に彫られている。

 白い大理石の精霊達が見守り、魔石灯の光が礼拝堂を照らす中、跪いているメリルが精霊王に祈りを捧げていた。

「メリル、遅くなった」

 微かな香の匂いが漂う中、ユウが石床に足音を響かせてメリルに歩み寄る。

「あらあら~、気にしていませんよ。祭りが近いので薬を作ったり、本部へ手紙を書いたりとやることは沢山ありますから……。さあ、行きましょうか……」

 立ち上がって振り返ったメリルは、ゆっくりと礼拝堂の右奥にある扉へ向かう。

 白い石の壁には世界樹のレリーフが刻まれており、幹の真ん中には小さな窪みがあった。メリルは首から下げていたペンダントを手に取り、その窪みに押しつけた。

 すると、壁の奥から歯車が動いている様な機械音が響くと、ゆっくり壁のレリーフが動き出し、人が充分通れる通路が現れた。

「いつ見ても、見事な仕組みだな」

 ユウは壁に掛けたランプを手に取り、灯りを点けた。

「うふふ~、簡単に見つかったら秘密の扉にならないでしょ~」

 隠し戸に感心しているユウに対して、とぼけた返事をしたメリルを先頭に、ランプを持った二人は湿った空気の中を潜る様に地下へと階段を下って行った。




 地下深く潜った後、通路は左右に別れていたが、メリルは迷わず右の扉を開ける。

「ラヴァル村の鉱夫の方々の協力が無ければ、こんな立派な物は完成しませんでしたね……。帝国の兵は街だけではなく、死者の眠る墓ですらも破壊しました。もはや誰の物か判別できない骨を皆で拾い集め、この納骨堂に納めました。納骨堂を地下に造ったのは、再び荒らされることを恐れたのです。ここなら、彼らも静かに眠ることが出来るでしょう」

 メリルが静かに入って行った先は、湿った空気と静寂に包まれている納骨堂であった。

 広い石室には壁一面に棚が設けられており、人骨が整理されて並べられていた。常に灯りを絶やさぬように、双子の妖精『黎明』と『黄昏』を模した大理石の彫刻が支える魔石灯が明るく輝き、部位別に積み上がられた骨を白々と照らし出していた。

 その棚の前を歩いていたユウは、ピタリと足を止めた。

 彼の目線の先には、他の物と比べて比較的新しい、割れている頭蓋骨が置かれていた。

「久しぶりだな、ケント……」

 細めた瞳に映った白い頭蓋骨は、涙で歪んで見えた。




 メリルは足音を立てない様に、ユウの傍に近づいた。

「もう五年以上前になるのですねぇ~。神霊教会の本部近くにある海岸で、リゲルが貴方達を見つけたのは……」

「旅行中の俺達が乗っていた船は嵐に遭った。船は沈没、二人とも海に放り出された」

 青かった空が急に曇ってきたのを、ユウは昨日の様に思い出した。船が沈没した後、二人とも暗い海底に引きずり込まれて気を失ったのだ。

 揺さぶられて目を覚ますと、リゲルが必死に呼びかけている顔が目の前にあった。

「気が付いた時、何処に居るのかさっぱり見当もつかなかったよ。リゲルに拾われなかったら、今頃何をやっていたかな……」

 感慨深げに笑みを浮かべたユウの黒い瞳は、物言わぬ白い骨を見つめたままだ。

「驚きましたわ~。リゲルが男の子を二人も連れて帰って来た時は……。でも、貴方達がこの国に辿り着いたのは、きっと海の精霊アジーナの導きだと思いますよ」

 少し悲しげなメリルも鳶色の瞳で白い骨を見つめている。

「ケントは明るくて人懐っこい子でしたね。貴方達が精霊師になって、安心したのも束の間。三年くらい前でしたか、彼が突然亡くなったのは……」

 ユウは唇を強く噛んで、眉間に皺を寄せている。先程、マッシュから聞いた話がどうにも気になっているのだ。

 考えれば考える程、疑惑は心の中で膨れ上がり、息苦しいほど重く圧し掛かってきた。




 急にメリルに向き直ったユウは、

「なあ、メリル。市長が言っていた事件はケントと関係があるのだろうか……。機械師や魔石師が殺されたり行方不明になっている事件のことだ。あの頃の俺達は精霊師になって、幾つか依頼をこなして慣れてきたところだった……。俺達みたいな新人を狙う奴がいるとは考えたことも無かった……」

 言葉に詰まったユウを労わる様に、メリルはそっと彼の背に手を当てる。

「あらあら~、辛いとは思いますけど、気になることは全て吐き出してしまった方が良いですよ~」

 メリルに促されて、ユウは重苦しく胸につかえていた言葉を吐きだした。

「あの日、ケントはラヴァル村に居た。当時のラヴァル村はレイメルを再建する為に、人の出入りが激しかった。鉱夫達の話だと、ケントが落盤事故で死んだ場所は、坑道の中でも頑丈な所で簡単に事故など起きる場所では無い、と言っていた。そして、何故かケントの杖は探しても見つからなかった……。もしや……、もしやケントは落盤事故で死んだのではなく殺されたのでは……。理由は杖を奪う為ではないかと……」

 握り締められたユウの拳から、血の気が失せて白くなっている。メリルはその拳を両手で包み込んだ。

 メリルは子供をあやす様に、ユウに優しく話し掛けた。

「あらあら~、時間はたっぷり有るでしょう。貴方の気の済む様に調べればいいと思いますよ。ケントを連れて故郷へ帰る道を探すのは、それからでも遅くありません」

 二十歳まであと少し。少年の面影の残る顔立ちを見れば、友人の死について思い詰めるのも仕方がない……。

 メリルは彼の心中を慮り、彼女なりの想いを伝えることにした。

「貴方が過去にけじめを付けたいなら、私を含め皆さんは協力を惜しまないでしょう。しかし、それは貴方がこれからを生きる為に協力をするのだと忘れないで……」

 双子の妖精が灯す光が、遺骨の前で佇む二人を包んでいた。




 二人は無言で納骨堂を後にした。

 長い階段を上り、再び教会へと戻った。それは死者の国から生ある者の国へ戻った様な感覚を覚える。

身体の緊張が解けたユウが、短い溜め息を漏らした時、

「あらあら~、そういえば明日はエアちゃんの試験日でしたね~。彼女も貴方と同じ、精霊師になるのですね」

 ユウがミリアリアから聞かされているのは、『両親は死亡』『現在十四歳の女子』『アンキセスが拾った』程度の話だ。マッシュからも『セラシス』だとしか聞いていない。

「メリルから見て、彼女はどんな子だ?」

 暫くは組んで共に仕事をするのに、考えてみれば相手の情報の少なさに不安を覚えたのだ。

「珍しいですね~。誰かのことを尋ねるなんて……。別に普通の子ですよ。少し鈍くさいところもありますけど、優しい子です」

 『鈍くさい』という言葉が引っ掛かる。飛行場で「面白い子」と聞いたが……。

「メリル、俺は興味本位で訊いているんじゃない。組んで仕事をしていく上で、何に気を付けたらいいのか心配しているんだ」

 正直、ユウは戸惑っていたのだ。ケントか亡くなって以来、独りで仕事をしてきた。気楽と言えばその通り、煩わしい事は全く無かった。

 ところが、いきなり十四歳の少女が相棒になる……、全く想像が出来ないのだ。

「あらあら~、なりはでかくても頭は子供でしたか~」

 メリルは冷たく突き放した様な言い方をした。彼女の顔は笑ってはいるが、瞳は氷の様に冷たい。

「いけませんね~。どの様に人と付き合って行くのか、それは自分で決めることです。相手と話をして、一緒に行動するうちに判断出来る事柄ですよ」

 ユウは思わず心の中で叫んだ。

(しまった!)

 普段のメリルは穏やかで、何でも受け入れてくれるような笑顔を絶やさない。だから、つい甘えてしまうのだが、実は厳しい人生観を持っている。

「すまん、メリル。前もそう言われたな、あの時は殴られたかな……」

 随分と前の出来事であったが、思わず左頬を擦ってしまうユウであった。




 同時刻、王都にある地下牢にて喚き散らす男がいた――

 彼は『ニコライ』と名乗り、中立国カラメアから連れてこられた人物だった。

 身分を隠したユウが捕まえた不審な男である。

「くっそう、あの若い奴が二枚羽だなんて……。俺を騙しやがって!」

 椅子に縛り付けられながらも、かなり元気に喚いている。

「おい、『ニコライ』なんて偽名だろうが! 本名は? 職人達を集めていた理由は?」

 警備兵の質問に対して、その男は嘲笑交じりに、

「ふざけんな、お前らみたいな下っ端に答えるかよ。俺を喋らせたきゃぁな、もっと上の奴を連れて来い! なんなら女王でも構わないぞ!」

 その言葉に呆れた警備兵は、

「お前も組織の下っ端だろうが、何を偉そうに喚いているんだ。しかし、本当に呼んでも良いんだな……」

 何故か最後は気の毒そうに尋ねている。その口調の変化を感じ取れない男は嘲りながら啖呵を切った。

「訳のわかんねぇ~ことを言ってるんじゃないぞ。何でもいいから連れて来い!」

 すると、牢屋の入り口から小さな靴音が聞こえてきた。

 その音の主は男の前に立つと、

「呆れた戯け者じゃ……。我がそなたと話をしなければならぬ義理は無いのだが、時間が無いのでなぁ」

 わりかし短めの杖を手にした、この場に不相応な豪華なドレスを身に着けた小柄な老婆であった。

「まさか――、本当に女王なのか!」

 男は呆然とサリア五世の姿を見つめている。

「そなたが呼んだのであろうが……。まあ、良いわ。知っておるか、『杖』という物は昔、罪人を打ちすえた道具であったそうじゃ。我は直接殴るなど野蛮な真似はせぬが、呼んだからには覚悟をしてもらうぞぇ」

 思わぬ人物を召喚してしまった、と男が後悔したのは当然であった。

 老女王の本性を知った男は再起不能だろうなぁ、と立ち会っていた警備兵は密かに同情をしたのだった。


★作者後書き

 読んで頂いた皆様に、心から感謝いたしております。また、ツイッターで励まして頂いた方々にも同様にありがたく思っております。

 また、お気に入り登録をして頂いた読者様。作者としても狂喜乱舞の如く喜んでおります。ありがとうございました。


★出演者控室

 作者「お疲れ様でした。女王陛下」

 女王「うむ、苦しゅうない。作者も励めよ」

 作者「ユウさんもお疲れ様でした」

 ユウ「話すことが多くて疲れた……」

メリル「あらあら~、いいじゃないの~。ケントの話が出来て」

警備兵「ニコライは放っておいても大丈夫ですか?」

 作者「忘れてました。回収してください」

???「ねぇ、私の事は何時紹介して下さるのですか」

 作者「い、いや、次に出番です。怖いから余り近づかないで……」

???「おや、失礼な方ですねぇ。ふふっ、今は大人しく待っていましょう」

 作者(必要な方だけど、怖いなぁ~)

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