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紫銀の精霊師  作者: 金指 龍希
悲嘆の魔石師編 
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第二章 密やかな夜 その三

 ――アンキセスが深い溜め息を吐いた頃、レイメルではリゲルが『火精の乱心』について語り終えようとしていた――


「ワシはデボス達を逃がす為に、ベレトスを相手に時間稼ぎをしたが突破されちまった。その結果、デボス達の乗った飛行船は撃墜された。先代が助けに来ていたのに……、もう少し時間を稼げる事が出来たら……」

 リゲルが両手を握り締め、苦しげに呻き声を漏らした。

「あらあら~、職人の貴方が将軍相手に奮闘したのですよ。誰も責めませんよ」

 俯いているリゲルを思いやって、少し悲しげな顔をしているメリルに続いて、

「そうですよ。私とてアンキセス殿の横で、地面に墜ちていく船を見守ることしか出来なかった。私が荒れ狂うベレトス殿を捕える事が出来たのは、彼の船が不時着してからです。もっと早く王都を出発していればと悔やまれます。リゲルが取らねばならない責任なんて在りませんよ」

 悔しそうな表情をしているマッシュも年下の友人を慰めた。

「つまり、そのベレトス皇子がすべての責任を取らなきゃならん奴、てことだな。それと、デボスが何某か復讐をしたいという気持ちは俺でも理解が出来る」

 七年前の事件は王族の横暴が起因している為に、未だに影響が大きい出来事なのだと、三人の様子を見ていたユウは感じていた。

 それにベレトスは『生きている』のだ。

 確かに小さな離島に幽閉されるなど、王族としてのプライドは地面に叩きつけられたのかもしれない。いっその事『殺してくれ』と叫んだのかもしれない。

 しかし、生き直す機会を与えられていることは事実だ。

 だが……、デボスには人生を生き直す機会が与えられたのであろうか。

「デボスは七年の間、何をしていたんだろうな……。生きていれば良い事の一つや二つ、出会っていても不思議はないんだが……」

 ユウはデボスの心情に思いを馳せた。




「若い貴方には複雑な話になったようですね。当時のベレトス殿の抱えた政治的な背景や、現在に至るまでのデボスの行動に不明な部分もあります。七年前の事件とはいえ、再調査を必要とする事件ですね……。もちろん私とてデボスには同情をしますが、やはり他人を巻き込む様な行動を見逃すことは出来ません」

 ぼんやりと考え事をしていたユウに対し、マッシュは朗々と話を続ける。

「近々、このレイメルにデボスを含め多数のならず者達が集まって来る筈です。その不穏な輩を一掃する為の計画が立てられていますので、それまでは普段どおりの行動を心がけて下さい。計画の実行準備が整ったら各街区の代表を集める予定です。当然、街の治安に関わることですから、精霊師ギルドの皆さんにも参加してもらいます」

「市長、計画の目的は? 何時実行するんだ?」

 怪訝そうなユウに、

「すべては女王陛下の思し召しです。詳しいことは改めて説明しますよ」

 マッシュは疲れた様に眉尻を下げた。その横で、リゲルが明日の予定を思いだしたようだ。

「そうだ、ユウよ。明日の試験後に嬢ちゃん連れて工房に来い。嬢ちゃんに杖を渡さんといかんし、それとお前の魔道機の調整もあるからな」

「リゲル、彼女は試験に合格できるのか」

 ユウの問い掛けに、

「心配はいらん、先代が見つけた才能だ。お前と同じセラシスなんだよ、彼女は」

 予想もしないリゲルの言葉に、ユウは黒い瞳を大きく見開いていた。




 六属性を操れるセラシスは、同様に六属性を操る『精霊王』や『精霊の乙女』を示す象徴である。それ故、アンキセスがセラシスとしての才能があると判明した時、王国軍や神霊教会は自己の組織に彼を置きたがった。

 アンキセスが中立を旨とする精霊師協会(精霊師ギルド)を創設したのは、どちらの組織にも取り込まれて利用されることを防ぐ為であった。

 それは元々貴族であり、セラシスであるアンキセスが会長になることで成立する防衛法であった。

 しかし立場の弱い異国の青年や孤児の少女がセラシスとしての才能を持っており、揃って精霊師協会に所属しているとなると、他の組織が黙っている筈が無い。

 当然、軍は魔法師団の旗頭にするとか、教会は布教活動に参加させるとか言い出すであろう。それどころか、セラシスを独占している精霊師協会は国家転覆を企てているなどと、いちゃもんを付けられかねない。

 アンキセスを快く思わない人物は王国内の貴族や神霊教会、事業家に至るまで幅広く存在している。

 かつてアンキセスに悪事を暴露された奴らがほとんどだが、彼が豪快な気性の精霊魔法の使い手として国民に人気があり、女王とも親しい立場であることを妬んでいる輩もいるのだ。

 それ故に、ユウとエアがセラシスである事を隠しておいた方が良いとマッシュ達は判断していた。

「彼女にもセラシスだと周りに悟られないようにと厳しく言ってありますが、貴方も気を付ける様にして下さい」

「そうだな、他人の思惑に振り回されるなんぞ俺の性分に合わないし、彼女も気の毒だ。今まで爺さんに頼まれた仕事は、胡散臭い内容が多かったからな。大きな混乱が起きる事は想像がつくよ」

 ユウは「味方も敵も多い爺さんだよ……」と呟きながら、ぐったりと椅子に身を沈めた。




 メリルは憂鬱そうにしているユウを見つめていたが、ふと立ち上がり、

「あらあら~、ユウはケントの所に顔を出すのでしょう。私は先に教会に戻りますね。マッシュ、また連絡を下さいね」

 玄関に向かうのを見て、ユウも立ち上がった。

「さて、俺はトッドの店に寄ってから教会へ行くよ。市長、準備とやらが出来たら呼んでくれ」

 二人がギルドを出るのを見送ったマッシュは、

「リゲル、天才の貴方には豊穣祭までに、新しい魔道機を造ってもらいたいのですよ」

「何だよ、『新しい』魔道機って? おまけに期限も短いし」

 リゲルは怪訝そうに答える。

「バイオエレメント用の封印魔道機です」

「ふざけんなよ、バイオエレメントは専門外の医療用魔道機だぞ。おまけに実物は無い、設計図も無い、封印魔道機もワシの専門外。それは無茶だぜぇ~」

 驚きの余り、のけぞりながら抗議をしているリゲルに、

「魔道機に対する貴方の知識と技術は尊敬に値するものです。だから私は安心して貴方に依頼をしているのですよ」

 マッシュは満面の笑みを浮かべながらリゲルの抗議に答えた。

「……。市長、無茶な頼み方をするところは先代に似てきたな」

「うっ……」

 言葉に詰まったマッシュを見て、リゲルが笑い声を上げた。




 ギルドを出たユウは、大通りを挟んだ向かい側の店に小さな灯りが灯っているのを確認すると、早足で向かって行った。

 店の名は『メルヴェイユ』といい、扱う商品は護身用魔道機が中心である。

 護身用魔道機は所持をするのに攻撃用魔道機とは違って許可の必要は無く、誰でも気軽に身につける事が出来る。そして魔法の素質が劣っている人が身に付けても、小さな防御壁を作り出す魔法のみ使用することが可能であった。実際、旅人などは魔物から身を守るために所持をしている。

 身につけやすい様に指輪型・ブローチ型・ペンダント形などのアクセサリーを兼ねている物が多く、その芸術性や装飾性も高く評価されており、普段から身につけている人も増えてきた。

 護身用については魔道機の性能よりも装飾性を重視するせいか、製作者は『細工師』と呼ばれていた。

 レイメルにあるメルヴェイユには、トッドという細工師見習いが主に店番をしていた。

 十六歳になった彼は店主である父が仕入れの為に不在が多く、少し寂しく思う気持ちもあったが、店を任されているという自負心もあった。




 店内の照明は大方消えていたが、作業机の小さな明かりが窓ガラス越しに見えた。

 ユウが窓から覗くと店の奥にある作業机の横で、茶髪で巻き毛の少年がうろうろと歩きまわっていた。

 ユウはドアを開けて少年に話しかけた。

「久しぶりだな、トッド。お前の作った手袋が役に立ったよ。護身用しか持ち込む事が出来ない仕事だったから、危ない時に助かったよ」

 機械師を装って潜入調査をすることが決まった時、ユウはトッドを訪ねて相談をしたのだ。トッドは基本的な魔道機の知識を纏めた本と共に、自分が製作した護身用魔道機をユウに渡したのである。

 その魔道機は『トッド特製指あきグローブ』であった。革の指あきグローブに光の魔石をあしらい極小の護身用魔道機を組み込んである物で、いざという時には小さな魔法盾が出せるようになっている代物であった。

「お帰り、それ兄貴の役に立った? 僕のグローブが? いやっほーい!」

 トッドは喜んで身体を揺らすと、くるくるとした茶色の巻き毛も揺れている。その様子を見てユウの頬が緩んだ。

「ありがとう、相手がレティと同じ魔道機を持っていたんだ」

「火の玉が出る奴?」

「ん、腕輪型の魔道機だった」

「レティの持っているのは僕が改良しているから、そこらで売っている奴より高級品だよ。それから、その手袋そのまま使ってよ。問題点があったら改良するから」

「いいのか?」

「耐久実験をするのさ。それも商品化の大事な過程の一つだよ」

 無邪気に喜んでいるトッドを見ていると、かつて自分の傍に居てくれた大切な親友の顔を、ユウは思い出さずにはいられないのであった。




 急に黙ってしまったユウに気が付いたトッドは、

「兄貴、どうした?」

「いや、お前こそ。何かうろうろして悩んでいた様だが?」

 我に返ったユウは、窓から見えたトッドの姿を思い出した。

「いやぁ~、困っているんだよ。聞いてくれよ、兄貴」

 トッドは作業机の上に置いてあった、深紅のビロード生地を貼ったトレイをユウの目の前に差し出した。

 そこには直径五~六ミリぐらいの、青白く輝く真珠が数粒と、二つのピアスの金具が置かれている。

「珍しいものだな、青い真珠なんて……」

「だろ、これは『アジーナの吐息』と呼ばれる魔石さ。純度の高い水属性の魔石を核にして真珠にしたのさ」

『アジーナ』とは水の精霊の名前で、主に海を守護する女精霊である。

「なる程な。で、これがどうかしたのか?」

 話が見えてこないユウは、トッドに尋ねると、

「アンキセスの爺さんが、これでピアス型の護身用魔道機を作れって……。でもピアスの金具は小さくて、イヤリングと違って難しいんだ」

「あの爺さんが? ピアス?」

 ユウの頭の中では、タヌキに真珠……じゃなくて、アンキセスがピアスを付けている顔が想像できなかった。否、したくなかったのかもしれないが……。

「違うよ、エアだよ。明日の試験に受かったら渡す様に、てさ。最後の仕上げがまだ残っているんだ。もう少しだと思うんだけど……」

 ユウはアンキセスの考えがわかる様な気がした。

 あのタヌキじじぃが何の考えも無く、トッドに無理な仕事を頼む筈が無い。あのタヌキは、何とか出来そうだと思う仕事を与える、頑張れば出来ると思わせるように……。なら、この仕事はトッドが終えられる仕事の筈だ。

「もう少し、なんだよな……。それならトッド、最後のひと頑張りしてみろよ。あの爺さんは曲者だが無茶は言わないと思う。そのピアスはお前が完成させるべき物なんだ」

 落ちついた静かな声で励ましたユウは、弟の様なトッドの頭を軽く撫でた。

 ユウの掌に、柔らかな巻き毛は心地の良い感触を与えていた。


★読んで頂いた皆様へ 作者後書き

 二章は地味な展開ですが、様々な人の心の内を描いております。今しばらくお付き合いください。


★出演者控室

 トッド「やっと僕の出番が来た!」

  ユウ「大変な作業だが、完成まで頑張れよ」

 トッド「兄貴もね、だって次の話は兄貴が頑張る番でしょ?」

  ユウ「まあ、な(面倒だな…)」

  作者「すいません、ユウさん。過去の話をしたがらないのは知っていますが話が進まないので……」

大物女優「我を忘れてはおらんかえ?」

  作者「も、申し訳ありません。次話では必ず」

大物女優「そなたは知っておるかえ? 杖と云う物は――」

  作者「やめて下さい! それはネタばれと呼ばれる行為です。お許しください(気難しい人が多くて困るなぁ)」

  

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