陽だまりの下で
ほんの少し昔の話をしよう。
俺の所属していたサッカー部の友達が足をけがして近くの病院に入院していた。
大したけがではなかったが割と仲が良かったこともあり頻繁に病院にお見舞いに通っていた。
そんなある日のことだった。
「でさ その先輩が練習の時に変なことするから面白くって」
「ははは!!俺も早く復帰したいよ。」
「あら健人くん。またきてくれてたの。いつもありがとね」
俺たちが話していると病室に入ってきてのは入院している友達の勇太の母だった。
「どうも。じゃ おれそろそろ帰るよ。」
「おぉっ。いつもサンキューな。」
俺は気にするな と手をひらひらさせて病室を出た。
受付があるところまで来て俺はしまった と思った。
外はひどい雨で到底帰れそうになかった。せめて少し小ぶりになるまで待っていようと邪魔にならないよう近くの椅子に腰かけて本を読むことにした。
しかし俺は本に夢中になってしまい雨のことなんか頭からすっかりなくなっていた。
そんな俺が現実の世界に戻ったのはある少女の声を聴いたからだった。
「その本 面白いよね」
「えっ・・・」
その少女は本を読む俺の顔をのぞきこむよう隣に座っていた。パジャマを着ていたからここの入院患者なのだろうとすぐにわかった
顔を上げると少女は優しい笑顔でにっこりと俺に微笑みかけていた。
これが俺と彼女・・・陽との初めての出会いだった。
陽とはそのあとも何度か話をした。
特に時間を合わせたわけでも約束したわけでもない。いつもほんとうになんとなく 偶然会うのだった。
「ねぇ 今度私の病室においでよ。よく来るんでしょ?この病院」
「えっ うん。まぁ。でも俺が行ってもいいのか?まだそんなにお互いのこと知らないし」
陽はそういったおれににっこりと笑いながら言った。
「知らないから知りたいの。お互いに手を伸ばさなきゃずっとしらないままだよ?」
俺は陽に病室へ行く と約束した。
それから何日かして俺は勇太の病室に行ったあと陽の病室へ寄った。
「ほんとに来てくれたんだ。」
陽の病室は本当に質素だった。年を聞いたことはなかったけれど見た目と話し方などからしてそんなに年は変わらないように見えた。年頃の女の子なんだしぬいぐるみの一つや二つあってもいいのに・・・そう思えるほど部屋は質素ですべてが白に統一されていた。
「どうぞ。座って。」
俺は言われるまま椅子に座った。
「なんか緊張するね~」
そういいながらも陽はにこにこ笑っていた。
「まだちゃんと自己紹介もしてなかったね。私 大宮陽。17歳よろしくね」
「俺は一健人。感じで一って書いてはじめって読むんだ。同い年」
陽は俺に右手を出してきた。
「お友達のしるし」
困惑する俺に陽はまたにっこりわらった
俺もつられて笑って彼女の手を握り返した。俺は初めてさわる彼女の手に戸惑いを覚えた。陽の手は痩せてうすっぺらかった。髪も長くて長袖長ズボンだからいままで気が付かなかったがかなりやせていた。
「私の陽って字もなかなか読めないでしょ?初めは普通に春夏秋冬の春だったの。でも赤ん坊のころの私 太陽みたいに笑うから陽って字にしたんだって。」
俺はなんとなくわかるような気がした。陽の笑顔は本当に太陽みたいだったから。
「いい名前だな。俺は自分の名前あんまり好きじゃないんだけど」
これは事実だった。響きはすきだった。でも一という字がなんとなく好きになれなかった。
「どうして?すごくいい名前だよ。だって一って始まりでしょ?すべては始まりがあるんだよ。命だって。始まりがあるから終わりがあるの。なんだかとっても素敵でしょ?」
俺は涙が出そうになった。なんで泣くんだよ って思われるかもしれないけど俺は本当に字が嫌いだった。幼稚園 小学校といち いち とよくからかわれたからだ。その頃のおれも今の陽の言葉を聞くまでの俺も1がとても小さいもので頼りないもののような気がしていた。だから俺の名前をそういってくれる陽の言葉がうれしかった。
「名前っていいもんだな・・・。いろんな意味があって。字にすると簡単だけどほんとに大切な人から呼ばれたりするとうれしくてたまらなくなったりする。」
そういった俺を陽はにこにこと笑ってみていた
「なっ そのいや・・今のは・・」
俺は恥ずかしくなった。顔が赤くなるのを自分でも感じた。
「君は恋してるのかぁ?あはは・・・でも・・・。今の言葉すごくいいよ。うん。なんだかわかるような気がする。でも 赤くなる君が今は一番おもしろいよ」
陽は俺を少しからかうように笑った。俺はますます赤くなった。そんな俺をみて彼女は声をあげて笑った。俺も声をあげて笑った。
俺はそのあとも頻繁に彼女の病室に行くようになった。陽の笑顔が見たくて。
「お前最近よく自然に笑うよな」
勇太のお見舞いに来ていたとき勇太はふとそういった。
「そうか?」
「そうそう」
答えたのは勇太の食事を下げにきた看護婦さんだった。
「ちょっと有名になりつつあるのよ。」
「俺が・・・ですか?」
「えぇ。この前大宮さんと大きな声あげてわらってたでしょ?あそこの病室 ナースステーションに近いからよく聞こえたのよ。」
少し顔をそむける俺を勇太は見逃さなかった
「あぁあ?だれですかー?その人」
「あぁ 大宮陽ちゃん。ここに入院してる子。確か・・・同い年じゃない?ねぇ?」
「えぇ・・はい。」
勇太はいやらしい笑顔を俺に向けてきた。
その日俺は勇太からなかなか解放されずずっと陽との出会いなどを話すはめになってしまった。
そんなこともありしばらく俺は陽のところにはいかなかった。
たまたま陽の病室の前を通った。もうわすれてるだろうか・・そのまま通りすぎようとしたがなぜか少しさみしいような気がしてドアをノックした。
「はい?あっ もしかして一健人さん?」
「あっ・・はい」
「はいって。」
俺は息を大きく吸い込み病室に入った。
陽は何かを書いていた。手紙のようだった。しかも便箋は箱の中にいくつもはいっていた。何もない病室のなかでその便箋たちは異彩を放っているようにもみえた。
しかし俺はそんなことよりなんと謝ろうかと必死だった
「しばらく来ないから心配しちゃった。よかった。元気だったんだね。病気にでもなったのかと・・・」
陽はにっこりと俺に笑いかけた。
「悪い・・。その・・・ごめん」
「いいよ。その分私の話たくさん聞いてね。」
陽は俺がいかなかった間の話をにこにこと笑いながら楽しそうに話した。俺は黙って聞いていた。たまに陽が笑いかけたら俺もそれに返すようにして。
だが俺はあることに気が付いた。陽が話す内容には看護師とここの病院の先生のこと以外出てこない事だ。母親のことはもちろん家族の話題など上がらなかった。おいしい食事がでてきたことは話したのに誰かがお見舞いに来たことは話さなかった。
「ね?」
「えっ あぁ」
陽が考え込んでいる俺に声をかけた。
「ごめんね。話しすぎちゃったかな?久しぶりに人が来てうれしくて・・・」
やはり陽の病室には俺以外誰も来ていないようだった。
「陽・・・あのさここに友達が入院してんだ。」
「うん」
「で そいつとあってみないか?」
「えっ・・・?」
陽は少し困ったような顔をした気がした
「いやか?」
「ううん。違うの。ただうまく話せるかなって・・・」
陽は下を向いて自分の布団の布をいじりだした。
「大丈夫だよ。俺には話かけられただろ?それに俺の友達だ。怖がることないよ」
俺は少し意外だった。陽はよく笑うし看護師の人ともわりとよく話しているような内容の話をしていたのでこの病院内にもたくさんの友達や知り合いがいるものだと思っていたからだ。
「私が君に話かけたのは・・・私が好きな本を読んでたから。思わず・・。ほんとは話しかけちゃってからどうしようって怖くて・・・でも話したらすごく楽しくて。私友達なんて一人もいないからね・・・。」
陽は不安そうだった。そんな陽を見て俺はますます勇太に会わせたくなった。
勇太はとても明るい奴だった。だから陽もきっと楽しんでもらえるだろうと。
「お互いに手を伸ばさなきゃお互いにしらなまま。陽そういったよな?知らないと怖いのは当たり前なんだろ?だったら知ろうとしないとはじまらないぞ?俺 その友達からお前最近よく笑うなって言われたんだ。陽の笑顔は人をあったかくできる だから大丈夫だ。 な?会ってくれるか?」
今までの俺ならこんなこと言わなかったと思う。それくらいに陽の笑顔はあったかかった。気持ちよかった。
陽は俺の言葉を聞いたからか うん と首を縦に振った。
俺はすぐにその話を勇太にした。勇太も嫌がる様子はなく心よく快諾してくれた。
勇太はけがをしていて歩くのが苦なので陽が来てくれることになった。
「陽 こいつが俺の友達の田中勇太。」
「初めまして。田中勇太です。同い年だよね」
勇太は笑顔で自己紹介をした。すると陽もにっこり笑い返した。その瞬間 勇太と陽の距離はぐんと縮まった ような気がした。
「二人は・・・サッカー部なんだよね?学校って楽しい?」
陽の質問に勇太は大きくうなずいた。
「あぁ楽しいぜ。陽ちゃんはずっと入院してるの?」
「うん。私小学校のころから入院してるの。小学校のころも早退したり休みがちで・・・」
俺が自分のことをあまり話さなかったのには理由があった。
陽の手を握ったあの日から、あの手を感じたあの瞬間からなんとなく陽はずっとここに居るんだろうな と思っていたからだ。俺の話すことといえばやはりどうしても学校の話や部活の話になってしまう。だからできるだけその話題は避けてきたつもりだった。
「そっか・・・。よし!なら今度俺らの友達呼ぶよ!女の子も男の子も!それでみんなでなにかしようぜ!」
「でも・・・」
俺も賛成した。それは純粋に陽に楽しんでもらいたいのもあった。
だが大方は陽の笑顔が見たかった。陽だまりのようなその笑顔を俺のためだけでなくていいから見ていたかった。
このころからだろうか。俺は陽に恋をした。
俺の賛成もあって近いうちに実行しようということになった。
3人でいろいろ決めたいという思いもあったが陽も毎日動けるというわけではないだろうし と結果、俺が二人の病室を行き来することになった。
陽の病室に行くと俺は友達の話をよくするようになった。みんなに会う前にできるだけ警戒心を解いてあげたかった。陽は俺の話をにこにことたまに声をあげて笑いながらたのしそうに聞いていた。
そのうち俺が話始めるより先に陽が続きを促すようになった。
それともう一つ。今までも陽は病室で手紙を書いていることが多かった。
だが俺がいろんな話をするたびに箱の中の便箋の数は増えていった。一度だけ俺はそのことを陽に聞いたことがあった。
「手紙・・いつも誰に書いてるんだ?それ宛名もないし・・・切手も。ポストまで行くのが面倒なら俺が・・」
陽は俺の言葉を遮った。
「ううん。いいの。この手紙ポストに入れなくていいの。ポストに入れても届かないものもあるから・・・」
俺はその時それ以上聞かなかった。
「じゃあな。明日は陽のところ行ってくるから。お前も早く部活来いよ」
勇太の病室を後にして俺はまっすぐ家に帰るつもりだった。
しかし受付前で看護師に呼び止められた。その看護師は前に俺が有名になりつつあるという話をした人だった。その人は俺に聞いてほしいことがあるといった。
俺は特に何も考えずついて行った。
この時・・・この時俺がついて行かなかったら陽との少し先の未来はどうなっていたのだろうか・・・。
「なんですか?」
俺は看護師の名札を見た。
「内田さん・・・?何か俺に話があるんじゃ・・・?」
内田さんはなかなか話を切り出そうとしなかった。
「学校のお友達をよんで大宮さんと何かしようって計画してるんだってね?」
「えっ・・・あっ はい・・・」
内田さんは少しためらいを見せた
「そのことなんだけど・・・中止にしてくれない?」
「えっ・・・でも 陽すっごく楽しみに・・」
「だからっ!!だから 大宮さんがすごく楽しみにしてるから・・・」
俺には内田さんがなにを言いたいのかさっぱりわからなかった。
「親族でもないあなたにこんなこと言うべきじゃないとはわかってるけど大宮さんにはできるだけ長く生きてほしいから・・・」
俺はつばを飲み込んだ。額から汗が出た。
「大宮さんは・・・陽ちゃんはあと二か月なの・・・。」
俺はこぶしをぎゅっと握った。
「もともと体が弱くてずっと病気と頑張ってきてんだけどね・・・。陽ちゃん手紙書いてるでしょ?あれはね家族にあてた手紙なんだって。もう絶対に帰ってこない陽ちゃんの大切な人に」
「陽は・・・陽は一人ぼっちなんですか?」
内田さんはなにもいわなかった。薄々は気づいていた。誰もお見舞いに来ない事から。でも陽の口からそのことがでるまで触れないつもりだった。
「そう・・・ですか。わかりました。」
俺の心は暗かった。
内田さんの声が何度も頭をよぎった。そのたびに何度も胸が締め付けられるような気がした。
陽のいのちはもってあと二か月・・・
俺は急に陽に会いたくなった。陽に会いたくて会いたくてたまらなくなった。
陽のあの笑顔を見たら全部ウソなんだ そう思えるような気がしたから。
「陽!!」
俺は病室のドアを思いっきり開けた。
「あれ・・どうしたの?私に会いたくなった?それとも お友達がきてるとか」
陽はいつもとなに変わらぬ笑顔で俺を見た のかもしれない。
でも俺にはいつも以上に陽の笑顔がまぶしく見えた。いま目の前で笑っている少女がいなくなってしまう こんなにも屈託のない笑顔を見せる彼女がいなくなってしまう。そう考えた途端いろんな感情が零れ落ちた気がした。こらえてきた気持ちが、落ちないようにしてきたものが俺の目からあふれ出た。
「えっ!ちょ ちょっと!あ 私なにかひどいことでも・・・それともお友達だめになっちゃった?それならもういいから・・・」
陽はまた俺に笑いかけた。
「なんで!!なんで・・・笑ってられんだよ!!時間ないんだろ!いなくなっちゃうかもしんないだろ!なんで・・・言ってくれないんだよ・・・そしたらこんな計画建てなかったのに・・・!!」
俺の言ってることはめちゃくちゃだった。会って間もない人に自分の命の話なんてするはずなかった。俺だけが勝手に陽のことを近い存在だと思っていたのかもしれない そう思った。
「内田さん・・・かな?はじめ話しかけたときほんとはこんなふうに仲良くなるつもりはなかったの。ただ・・・楽しくて・・・。いつかいわなきゃならないのかもしれないとは思ったの。でもそしたらどっか行っちゃうんじゃないかって 怖くなって・・・。どうせ死んじゃう人と仲良くなっても死んじゃったときにつらい思いするから・・・。」
「俺は・・・俺は!!陽と出会わなかったことにする方がつらい!陽がもしいなくなちゃっても忘れるわけないだろ!!おまえの・・その陽だまりみたいな笑顔が大好きだから!!」
陽は笑って窓から外を見た。
「お母さんも・・・お母さんもそういってくれたんだ。あなたの陽だまりみたいな笑顔がだいすきよ って。お父さんもそういってくれた。陽の笑顔は人を幸せにする薬だって。私それがうれしくって。だから泣かなかったんだ。お父さんとお母さんが死んじゃったときも。私はその時入院してて助かったんだけどね・・。火事になっちゃって。お父さんもお母さんも私の笑顔大好きだったから・・・だからずっーと笑ってられるの。ううん。天国で見てくれてるお父さんとお母さんが私の笑顔みて幸せにわらってるんだろうなって思ったら私の命が燃え尽きるその瞬間まで笑ってたい そう思うの。私 お父さんとお母さんにたまに手紙かくの。絶対に届かないけどね。いろんな出来事を手紙に書いてるの。私が二人のところにいつか行くとき一緒に持っていこうって思って。でもね君たちと出会ってからはね 毎日書くことがたくさんあって大変なの。便箋の量も大分増えてきて。私はね増えていく便箋見てるとすっごく幸せになるの。たのしいなーって。だからね。お友達と会う計画すっごく楽しみにしてるの。出会ったお友達の分だけ手紙が増えるから。話した数だけ文字が増えるから。」
陽はずっと笑顔のまま話し続けた。
一度も笑みを絶やすことなんてなかった。時折俺と目を合わせたがその時の笑顔一つ一つが俺の頭にしっかりと焼き付けられた。
「そっか・・・。うん。わかった。計画はそのまま実行しよう。陽が笑ってられるように俺もそばに居たい。」
俺はシャツの袖で涙を拭いてもう一度顔を上げて陽に笑いかけた。
「うん。」
陽は楽しそうに頷いた。
計画が実行されることがきまったのはそれから間もなくのころだった。
もちろん内田さんや何人かの医師からいろんなことを言われたが俺は彼女の意志だから といった。陽も会う看護師や医者に自分がどれだけ楽しみにしているかを話したらしい。その期間 陽の体調が良かったこともあり医者は許可をくれた。
勇太も多少歩けるようにもなった。
俺は学校で 勇太はお見舞いに来てくれる友達や先輩 後輩に声をかけた。
病院も施設を貸してくれることになった。
前日 クラスの女子たちがやってきて会場の飾りつけをしてくれた。そこには陽の姿もあった。やはり同級生と並ぶと陽は弱々しかったが笑顔だけは一番だった。
当日 陽は病室でメンバーがそろうまで安静にすることにした。
会場となる施設ではサッカー部の後輩や先輩 クラスメイトたちがそれぞれお菓子やゲームなどを持ち寄ったりしていた。
特にすごかったのが女子だった。以前陽の病室の質素さに驚いた女子たちは柄のついたカーテンやぬいぐるみなどを持ち寄っていた。
「おい!健太!陽ちゃん呼んできなよ!俺たちはもう大丈夫だから」
勇太は制服に着替え準備を手伝っていた
「あぁ」
俺は陽の病室にいった。
するときゃっきゃっきゃっきゃっいう女子の声が聞こえてきた。
何ごとだと中に入ると俺たちの高校の制服にみを包んだ陽・・・髪の短い少女がいた
「・・陽?」
少女は俺に驚いたように振り返り笑顔を見せた。その笑顔は間違えなく陽のものだった
「うん!陽 かわいいよ。制服も似合ってるし!もうちょっと短くする?」
クラスの女子が陽のスカートをひらひらさせながら言った
「いいよ・・。恥ずかしいよ・・・」
制服姿は陽の細いからだを一層細く見せた。短くきった髪のせいで今まで隠れていた細い首や輪郭もよくわかった。
「な~に?一のやつあかくなってんの~」
「んなんじゃねぇよ!」
からかわれて赤くなる俺を陽はほほえましそうに見ていた。
「陽 みんな待ってる。行こう。」
俺は手をさしだす。陽は俺が出した手をつかんだ。陽の病室に初めて行ったとき手を差し伸べてくれたのは陽だった。
でも今は俺が陽の手を握っている。そんな俺たちの後ろから陽の体を支えるようにして女子たちがついてきた。
「この部屋の中にみんないるから」
「うん。」
陽はどこか不安そうだった。
「大丈夫。陽の笑顔はみんなを幸せにする薬なんだろ?ひとりじゃない。勇太も内田さんもこいつらも。そして俺がいる」
陽の後ろで女子たちがうん と頷いた。
「大丈夫。いこう」
俺は部屋のドアを開けた。
陽は目をつぶっていたが大きな歓声に驚いたように目を開けた。
そこには陽が想像していた以上の人たちがいた。
「はじめまして~陽ちゃんだよね?」
前に出てきたのは俺たちのクラスの担任だった。
「ごめんな。陽ちゃん。先生はこないでいいっていったんだけどどうしても行きたいってダダこねてさ・・・」
「こら 田中。ダダはこねとらん」
そんな勇太と先生とのやり取りを見て陽はクスッとわらった。よかった 俺はその時そう思った。
「さっ 陽。自己紹介だ」
陽は俺に背中を押されて一歩みんなに近づいた
「大宮陽 17歳です。陽だまりの陽ってかいて はるって読むの。よろしくお願いします。」
陽は得意の笑顔でにっこりとした。
「いい名前じゃん。陽も陽だまりみたいだし」
だれかがそんなことを言った。陽は楽しそうに笑った。
「じゃ みんな好きに飲み食いしてもりあがろうぜ!!」
勇太の掛け声とともにおっーという声があがって陽の周りにはたくさんの人だかりができた。そんな姿を俺はうれしくなってじっと見ていた
「健人。なににやけてんだよ」
俺は勇太にジュースを差し出されてはっとした
「いや・・・。よかったなって」
そういって少し微笑む俺をみて勇太も優しく微笑んだ
「だな。おまえ好きなんだろ?彼女のこと 告白しちゃえよ」
やはり勇太にはばれていたようだった。
「陽の笑顔が大好きだっていった。」
「それは違うだろ?お前が好きなのはそんな笑顔を見せる陽ちゃんのことが好きなんだ」
勇太はにやっとした
「かもな」
俺も笑った。
陽は本当に楽しそうだった。女子からも男子からもいろんな話題を振られて一つずつ丁寧に答えているようだった。陽の笑顔が愛おしくてたまらなかった。失いたくない そう強く思った。
楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。気が付けば外は赤く染まりかけていた。
「そろそろお開きにしましょうか」
内田さんにそう声をかけられるまで誰も時間に気が付かなかった。
「陽。そろそろ時間だ」
俺が陽に声をかける時も周りにはたくさんの人がいた。
「あ うん。ねぇ最後にみんなにお話ししてもいい?」
「うん」
陽はみんなの顔が見えるようにみんなの輪からすこし離れたところに立った。
みんなはそれに気づいたようでお菓子をつまんだりジュースを飲んだりしている手を止めた。
陽は大きく息を吸い込んだ
「今日はみんなありがとう。とっても楽しかった。楽しみにしていた反面 いっぱい不安もあったの。仲良くなれるかなって。でも・・・みんなすっごく楽しくてずっと前から知ってるお友達みたいだった。自然に話せてる自分が不思議だったしみんなとの会話はすごく・・・心地よかったの。本当にありがとうございました。」
陽はそういって深々と頭を下げた。みんなの中から大きな拍手が巻き上がった。
「それと・・・」
陽は振り返って俺を見た。俺は少し緊張した。
「健人 ありがとう」
陽は初めて俺の名前を呼んだ。今までフルネームのさん付けで呼ばれることはあったけどいつもだいたい“君”だった。陽の笑顔は今までにないほどまぶしくて暖かかった。そして陽の口からこぼれる健人という響きは俺にとって何より心地よかった。
日が沈み暗くなった空からいくつもの輝く星が部屋の中を覗いていた。
それから陽は何か月も生きた。
宣告されていた二か月はとうの昔に過ぎた。
陽は今朝 二人の家族のもとに行った。陽は何人もの人に見守られながら笑顔で息を引き取った。勇太やサッカー部 クラスメイトはもちろん話を聞いたほかのクラスの人たちまで来ていた。部屋に入りきらないくらいの人が陽の最期の笑顔を見に来ていた。
陽の部屋はもう質素なものではなかった。ぬいぐるみもあった。柄のついたカーテンもあった。そして友達ととったいくつもの写真が飾ってあった。
陽は最期のその瞬間までずっと笑顔だった。いつもとかわらない 俺たちにいつも見せてくれた笑顔。
だからその時は誰も泣かなかった。いや 少なくとも俺は泣かなかった。
今俺は陽の病室に居る。
陽のいない病室。陽のにおいがまだ少しだけ残る病室。
俺は陽の病室のカーテンをはずしぬいぐるみを段ボールに入れた。
窓から心地よい風が吹き込んできて束ねていた写真が散らばってベッドの下に潜り込んでしまった。俺はそれを拾おうと手を入れた。
するとベッドの下から便箋がたくさん入った箱が出てきた。その箱の中の便箋の束の一番上に“健人へ”そう書かれた手紙があった。真っ白な便箋の口はしっかりとのりで封じられていた。
俺はその便箋の口を破いて中から紙を取り出した。
健人へ
まず初めに。
健人に出会えてうれしかったよ。
この手紙を健人が見てるってことは私はもう死んじゃったかな?
私はお父さんとお母さんといるのかな??
あのね お願いがあります。
私はたくさんの手紙を書きました。
勇太君にもお友達にも。
もちろん健人にも。
それでね その手紙をまずみんなに渡してください。
一つ一つに名前が書いてあるから。
ベッドの横の引き出しにあります。
それともう一つ。
私がお父さんやお母さんに持っていく手紙はおいていくことにしました。
お父さんやお母さんにお話ししたいことはたくさんあるけど私が行けば何より最高の笑顔をプレゼントできるからいいの。
それにね 私が生きてた時の思い出は手紙なんかにして持っていかなくても私の心にずっとあります。
だから 手紙は健人が読んでください。
毎日少しずつでも年に一回でも構いません。
健人が私のこと忘れないように。
死んじゃった私が健人を縛りつけちゃって新しい女の子作れないかもしれないけどね
私もひとりの女の子だから。
好きな人には 大好きな健人には忘れないでほしい。
健人が陽って呼んでくれた日のこと。
病室に来てくれたこと。
お友達とパーティしたこと。
私の部屋が素敵になったこと。
健人が笑った日のこと。
全部書いてるからね。
もう私は健人の名前を呼ぶことはできないし健人も私の名前を呼ぶことはないかもしれない。健人って恥ずかしくてなかなか言えなかった自分がとても憎いです。
最後に。
健人 ありがとう。ほんの少しだったけど楽しかった。
健人。いっぱい笑って。健人の笑顔は素敵です。笑顔は人を幸せにできるから。
いっぱい笑って 素敵に年を重ねてください。
健人 大好き。
天国の 陽より
そして封筒の中には満面の笑みで笑う陽と少し照れた顔をした俺が一緒に写ってる写真が入っていた。
本人いわく宣告から二か月後になっても生きている記念と とったものだった。
俺は泣きそうになるのを唇をかんで必死にこらえた。手も肩も震えていた。ただ涙だけは流さないよう必死にこらえた。
俺は手紙にあるように引き出しを開けた。そこには何通もの手紙が山のようにあった。
その一つ一つに宛名がフルネームで書いてあった。俺はそれを引き出しごと引っこ抜いて勇太たちが待つパーティをした部屋に向かって走り出した。
俺の顔は涙をこらえるので必死でひどかったのだろう。部屋に入ってきた俺を勇太は驚いたように見た。
「これ・・・陽が・・・。陽が・・みんなにって・・!!」
勇太は俺の抱える引き出しの中から何通か手紙を取った
「陽ちゃん・・俺たちひとりひとりの名前 フルネームで覚えてたんだな・・・。たったあれだけの期間に・・・よくこんなにたくさんの人の名前おぼえたよな・・・」
勇太は鼻をすすった。部屋の中で女子の誰かが声を上げて泣く声が聞こえた。
「泣くなよ・・・!!陽を・・陽を笑顔で送り出してくれよ・・!」
俺は力の限り叫んだ。泣くなとは言ったものの俺も泣いていた。
それでも俺は無理やりに笑顔を作った。涙でぐしゃぐしゃだったが精一杯笑った。
勇太も目をぬぐい笑った。
「みんな 健人の言うとおりだ。笑って送りだそうぜ!!陽ちゃんみたいに陽だまりみたいで暖かい笑顔でさ!!」
勇太の言葉でみんなの笑顔が波のように広がっていった。
太陽に向かって精一杯生きるひまわりが花開くかのように。
陽。ありがとう。
俺には陽の笑い声がきこえるような気がした。
END
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