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脚本家の彼女  作者: 午後 之風
1/4

そのいち


脚本家の彼女が僕の家に転がり込んで来た

7月の暑い夜に僕らはピザを食べた

初対面の僕らだったが

彼女のピザを食べる姿が好ましくて、それから僕らは一緒に暮らしている。

脚本家という職業について僕は良く解らないから

彼女にあれこれ質問するけれど

夜になるとパソコンに向かってしまって彼女は口をきかない

僕はといえばピザを食べてビールを飲んで

丸まった彼女の背中を眺めている


僕は仕事を辞めた

朝になると僕を求めてくる彼女が可愛くて

仕事よりも彼女を選んだ。



僕の生まれた海辺の街には

駅前にピザ屋なんてなくて

もちろん女の子とピザ屋で偶然に向かい合わせる可能性なんてゼロで

だから彼女がピザとビールを持って僕の向かいにやって来た時に僕は少し舞い上がってしまって

おまけに彼女があまりにも美味しそうにピザを食べるものだから

僕はかなりの長い時間彼女の口元を眺めていた。

「君は随分と美味しそうにピザを食べるんだね、そして随分と上手にピザを食べるけれどピザ以外に何か口にすることはあるの?」すると彼女はビールをグイッと一口飲んで

「ブドウ」と答えて笑った

僕は安心して

思わす彼女にキスをした。


初めて一緒にピザを食べた次の日の朝に

彼女が僕の部屋にやって来た

水色のワンピースと白いサンダルで「おはよう」と一言言うと部屋に上がり込んだ

僕の食事用のテーブルにパソコンを置いて「よし」と満足そうにうなずくと何やら書き始めた

椅子もテーブルもあつらえたみたいに彼女にピッタリで

まるで昔からそこが彼女の仕事場だったみたいに

まるで昔から彼女がそこに居たみたいに

欠けていた部分にピッタリの欠片が収まったみたいで嬉しくて

彼女が脚本家という事はピザ屋で聞いていたけど

パソコンで書くんだっていう事に少しビックリして

原稿用紙にでも書くのかと思っていたからビックリして

蝉の鳴き声と彼女のキーを叩く音は

ちょっとしたアンサンブルみたいだなんて考えてたら

眠くなった

とても眠くなった


「ニューヨークの黄色いタクシー乗ってみたい?」

彼女の口から発せられる突然の変な質問にはかなり慣れたけど

今日のもかなり唐突で

でもきっと彼女にしてみれば頭の中で五つぐらい考えて六つ目を口に出しただけで

驚かれるのは見当違いなんだろうと思う

だからなのか

彼女のちょっとした言葉や行動に僕が反射的に怒りを表すと

彼女はとても戸惑う

彼女の場合は頭の中で怒りをユックリと噛み砕くので

そしてその後に口に出すので

もはやそれは終わりかけの小さな怒りであってむしろ可愛くもあって

脚本家という職業がそうさせるのか

とても理想的な怒りの表し方だと感心してしまう


「僕はカチンときたって宣言してから怒ったらどう?」

彼女からの突然の提案に

僕は頭の中で五つ程考えてから

六つ目を口に出した

「ねぇいいかい 世の中にそんなこと出来るのは村上春樹ぐらいしかいないよ」

彼女がピザを口に運ぶのを止めた

「僕が春樹に手紙を書いてあげるから君は春樹のところで脚本を書けばいいよ」

蝉の声がうるさい蒸し暑い夕方

なぜか彼女だけは涼しげで

おまけに満足そうで

なぜだか今日の彼女は

いつもより白い服がよく似合っていて

「素敵」と繰り返しながら

ピザを食べてビールを飲んで

そんなにビールを飲んで脚本なんて書けるかなと

僕が心配になるぐらい彼女はビールを飲んだ。



日に日に増して行く暑さのせいで僕はほんの少しだけ無口になった

「クーラーでも買う?」

「いらない」

確かに暑くてたまらないけれど

彼女にはクーラーの風はなんだか似合わなくて

開け放した窓の網戸の隙間から入って来る風がピッタリで

こんな暑さの中

よくもまあ脚本なんて書けるもんだと呆れながら

彼女に触れたくて触れたくてたまらなくなった。

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