親子
圭一は、自分のアパートで明良と食事をしていた。
「今日、専務は?」
「たぶん、新人の子のレッスンを見ているはずだと思うけど。」
明良が圭一の手料理を食べながら、答えた。
「仕事中は会わないんですか?」
「そうだなぁ…ほとんど顔を合わすことはないかな。」
「そうなんですか…」
圭一はみそ汁を一口飲んだ。
食べながら話すのは無礼講だ。
「…でもあのビルで専務とキスするのやめてもらえませんか?嬉しくて、ついしてしまうんやと思いますけど…」
明良が笑った。
「だめか。」
「…見てて恥ずかしいです。」
「…わかった…頑張ってみる。」
「頑張ってみるって…」
圭一は苦笑した。
「…しなかったら、専務怒りはるんですか?」
「いきなりやめたら、勘繰られるだろうな。」
「ほんとにラブラブなんですね。」
「菜々子さんに言っておくよ。」
「え!?それはちょっと…僕が言うたって言うんですか?」
「…じゃ、社員の意見と言っておこう。」
「やっぱり、いいです。…女の子らは、あれ見るの楽しみや言うてますし。」
「え!?…そうなのか?」
明良が驚いて言った。
「女の子って、案外ああいうの好きみたいですね」
「彼女はまだできないのか?」
「…そんな気には…稽古がいっぱいあって、帰ったらふらふらですし。」
明良は苦笑した。
圭一は漬物を食べながら言った。
「父さんくらいですよ。アイドルに彼女作れっていうの。」
「そうか?…自分が作れなかったからな。」
「あかん言われたんですか?」
「いや…そうでもなかったけど…そうだな。圭一と一緒かな。作る暇がなかった。」
「一緒やないですか。」
圭一が笑った。
「菜々子さんに会ったのは、仕事がなくなった頃だからな。逆に言うと、気持ちに余裕ができたんだろう。」
「じゃ、僕も今無理です。仕事が恋人。」
「…うまく逃げたな。」
明良のその言葉に圭一は笑った。
「父さんが仕事がなくて、専務の方が忙しかったんでしたっけ。…辛くなかったですか?」
「そりゃ辛かったよ。…ただ、いいタイミングというかなんというか、その時にポリープが出来てしまってね。仕事が出来ない理由ができた。」
「あはは…父さんも逃げたんですね。」
明良はうなずいた。
「…でも、菜々子さんの方はどんどん仕事が入ってきている。入院中も、毎日テレビを通して菜々子さんを見ていた。…生き生きしているその姿を見て…身を引こうと思ったんだ。」
「!?…それで!?」
圭一が興味を持ったのを見て、明良は苦笑した。
「…やめておこう…。恥ずかしくなってきたよ。」
「え、途中でやめんといて下さいよ!」
明良は笑った。
「…1つ言えることは、いい友人を持つことだ。」
「!…社長に助けてもらったんですか?」
「そうだ…。…先輩がいなかったら、今、私は菜々子さんといないと思うよ。」
「へーえ…」
2人はしばらく黙って食事を続けた。
「この茄子の煮びたし、うまいな。」
「そうですか?焼いて、市販のだしつゆにつけただけですよ。」
「へぇ!…炊かなくてもいいのか。」
「簡単でしょ。」
「今度、菜々子さんに作ってやろう。」
「…何でも菜々子さんなんですね。…聞いてて恥ずかしくなってくる…」
「…そうか?…お前も恋をしたらわかると思うよ。」
「今はめんどくさいです。」
明良が苦笑した。圭一がふと思いついたように言った。
「…相澤社長は…なんで今でも独身なんですか?あれだけハンサムなのに。」
「ハンサムすぎても、いろいろあるんじゃないか?」
「なるほど…。じゃ、俺も覚悟しなきゃ。」
明良が圭一の頭をついた。
「…うーん…だけど確かに、お前は先輩に似てるな。」
「そうですか?…それ、最高の褒め言葉です。」
「先輩に言っておくよ。」
明良は「ああ、お腹いっぱいだ」と言ってお茶を飲んだ。圭一が言った。
「冗談抜きで、どうして社長…彼女いないんですか?」
「…聞きたいか…?」
「!そりゃ聞きたいですよ」
明良は少し迷っていたが「まぁいつか知ることだろう」と言った。
「でも、誰にも言うなよ。」
「ええ。言いません。」
「…彼女はいるんだ。…でも、彼女の方が結婚するのを拒んでる。」
「…どうして?…社長夫人になれるのに?」
「そうだな…。でも…だからじゃないかな。」
「?」
「先輩の愛している人は、夜の女優さんだ。」
「?…どういう意味ですか?」
「圭一には難しいか…つまり、ホステスさんだよ。」
「!!…ホステスやったらだめなんですか?」
「先輩は気にしないさ。…でも、彼女の方が、先輩に迷惑をかけることを恐れてる。」
「ホステスやめたらいいじゃないですか。」
「やめても、過去を消すことができない…って彼女は言うんだそうだ。」
「!」
圭一は胸がずきりと痛むのを感じた。前科を持っている自分と同じだ。
「…先輩は、彼女がいつか考えを変えてくれると信じて、待っているんだ。」
「……辛いですね。」
「まぁな…。私もその人のところへ何度か足を運んだが…駄目だった。…一度先輩に勘違いされて、殴られたけどな。」
明良が笑いながら言った。
「え!?殴られたんですか?社長に!?」
「ん。後にも先にも、殴られたのはあの時だけだ。…すごい力だったよ。…店の中で、胸ぐら掴まれて殴られた。…かっこ悪かったなぁ…あれは。」
「…でも、それは父さんも悪いんやないですか?」
「まぁな…。ただ菜々子さんも連れて行ってたんだよ。」
「!?え!?社長気付かなかったんですか?」
「菜々子さんもホステスの1人に見えたらしい。」
「専務それ聞いて怒らなかったんですか?」
「いや。今度、ホステスの役受けてみるって、喜んでいたな。」
圭一は笑った。
「専務、前向き…。で、その後どうなったんです?」
「もちろん誤解だったから、すぐに謝ってくれたよ。トイレで顔を冷やしてたら、いきなり土下座されてしまってね。」
「社長らしいですね」
「でも、それで先輩の愛の深さがホステスさんに伝わったんじゃないかな。」
「それでも、だめなんですか…」
「うん。…今でも先輩はその店に通っているんだ。…愛人のように囲うみたいなことはしたくないからってね。」
「…一途ですね…社長…」
「聞いてる方は、せつないけどね。」
明良は、手を合わせて「ごちそうさま」と言うと、自分の茶碗を流しに入れ始めた。
「あ、後で洗っとくので、おいといて下さい。」
「いや、自分の分だけでも洗っとくよ。」
「いいですって…。仕事に戻るんでしょう?」
「…ん…まぁ、そうだが…」
明良は、しばらく流しに向いて黙っていたが、ふと圭一に振り返って言った。
「圭一」
「?はい?」
圭一は一口お茶をのんでから、明良を見上げた。
「お前、一緒に住まないか?」
「!?…え?」
「菜々子さんもいいって言ってる。…部屋もあるから…。」
「…父さん…」
圭一はとまどった表情をした。
「…お前が嫌なら…あきらめるよ。」
圭一の表情を見て、明良は慌ててそう言い流しに向いた。そして結局、自分の茶碗を洗い始めた。
「嫌やない!嫌やないんですけど…。」
圭一は慌てて立ち上がり、明良の横に並んで立った。
「…父さんと僕は…あくまで他人やないですか…。…父さんにも、いつか本当の子どもできるやろうし…」
「!…そんなことは関係ないよ。」
圭一は首を振った。
「…父さんはよくても…僕が気ぃ遣ってしまうんです。」
「!…圭一…」
「僕が勘当された理由…確かに前科持ったからですけど…実は父親と血がつながってないんです。」
「!!」
「役所で働いてて、頭堅かった。…僕があんなことになった時、世間体悪い言うて、家追い出されたんです。…母さんは必死に止めてくれたけど…。血のつながりってそんなもんやと思うんです。」
「……」
明良は手を止めて、圭一に悲しい目を向けていた。
「あ、でも!…副社長は…あ、父さんはちがいます。そんな人やないとは思ってます。…でも、僕の方がそういうことあったから…気ぃ遣ってしまうと思うんです。」
「圭一…」
「気持ちだけいただきます。…こうやって、たまに一緒にご飯食べられるだけで、僕は満足です。それ以上望んだらバチがあたりそうで…」
明良は「…わかった…」と答えた。そしてタオルで手を拭いた。
「…やっぱり、後を頼もう。…仕事に戻るよ。」
「!…はい…。今度はいつになるんですか?」
「そうだな…また来週だな。」
「…わかりました…」
明良は微笑んで圭一を見ると、上着とバッグを持って、玄関に向かった。
「…父さん…」
「?」
明良は玄関から出ようとして、振り返った。
すると圭一が裸足のまま、自分の体にしがみついてきた。
「!…どうした…圭一。」
「怒らんとって…」
「…!…」
「そんなつもりやないんです…。…父さんとは血つながってるつもりでいます…」
明良は、圭一の体を抱きしめた。
「…私もだ。…血がつながっているとかいないとかよりも、それ以上のつながりがお前とはあると思ってる。」
圭一は明良の肩の中でうなずいた。
「…いつも辛いんです…父さんが出ていく時…。一緒にご飯食べてしゃべるのが楽しいから…いつも…帰って行ってしまう時が…すごく寂しい…」
「!…圭一…」
圭一は、声を押し殺して泣いていた。独りが長かった明良にも、この圭一の気持ちがわかる。だから一緒に住もうと思ったのだが…圭一が気を遣ってしまうのなら、いつか圭一が気を遣わなくなるまで、待とうと思った。…そう、相澤のように。
「今日は稽古だろう?後で、副社長室においで。」
圭一は何も言わずにうなずいた。
「じゃ…後でな。」
明良がそう言うと、圭一の方が体を離した。目が真っ赤になっている。明良も目が熱くなっているがドアを出た。
「父さん!副社長室に行った時、専務とキスしてたら嫌ですよ!」
ドア越しに、そんな圭一の明るい声がした。明良はあわててドアを開いて、
「そんなこと大声で言うな!」
と思わず言った。圭一が涙を拭きながら笑っている。
明良も笑いながらドアを閉じた。
(終)
<あとがき>
最後までお読みいただきありがとうございます!
明良と圭一のたらたらたらたら会話が続く「親子」をアップしました。これぞ夢想小説です(笑)
実はこれ、圭一の明良への言葉づかいをどうしようか、かなり悩んだんですよ。
本来なら大阪弁でいいと思うんですが、圭一の品のよさをだそうと思うと、明良にため口じゃぁだめだし…でも、敬語だと、親子の雰囲気がでないし、標準語にすると、もはや圭一じゃないし(--;)
一応、全会話を3通り作って、比べてみたんですけど…。ちょっと1部、ネタばれですが見てみてください。
大阪弁タメ口
「…おやじさ…だからって…あのビルで専務とキスするのやめてくれへん?」
(…品がない…)
大阪弁発音の敬語
「…でもあのビルで専務とキスするのやめてもらえませんか?嬉しくて、ついしてしまうんやと思いますけど…」
(なんか丁寧過ぎる…)
標準語(東京弁?)
「…父さん…だからって…あのビルで専務とキスするのやめてくれない?」
(もはや、圭一じゃない)
どれも、なんとなーく、違うような気がするんですよ。
大阪弁でも、地域によって言葉が違います。
例えば、標準語で「すずめが3羽、とまってるね。」というのを、関西各地で翻訳すると…
神戸弁
「すずめが3羽、止まっとーな。」
大阪弁(神戸を除く兵庫県も含む)
「すずめが3羽、止まってんな。」
泉州弁(大阪府の南の方)
「すずめが3羽、止まっとんな。」
和歌山弁
「すずめが3羽、止まっちょるな。」
おまけで、京都舞妓さん弁
「すずめはんが3羽、止まってはるわー」
…いかがでしょう。奈良と三重はどうなるのかわからないんですが、大阪弁に近いのかな?
圭一君は、そのうち「大阪弁」で行きたいと思うんですが、これがまぁ…文章で表現すると、やはりどう書いても品がなくなる…(--;)
ということで、親子にしては、丁寧すぎますが、「大阪弁発音の敬語」にしました。
ちなみに、これでよくわかったと思いますが、立花は関西人です(^^)
ではでは、次回もよろしくお願い致します(^^)