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過去の清算

相澤プロダクションビルから、神妙な表情で相澤が出てきた。

レポーターやカメラマンがひしめきあって、フラッシュがたかれ、いろんな声がしている。


「暴走族との関連はあるんですか!?」

「どうして、北条副社長が一人で行ったんですか!?」


相澤は何も言わず、車に乗り込んだ。


……


病院では、明良が意識不明の状態が続いていた。

昨夜、横浜の埠頭でうつぶせに倒れた状態で見つかった時には、もう意識はなかった。

全身には、硬いもので殴られた痕が数十ヵ所もあり、頭にも打撲の痕があった。

またその夜は冷え込みが厳しかったため、発見があと数時間遅れていれば凍死していたかもしれなかった。


明良のベッドの傍には、菜々子が沈鬱な表情で座っている。


その時、市井圭一が真っ青な顔をして飛び込んできた。


「圭一君…」

「副社長!」


圭一は泣きながら、明良の体にすがりついた。


「僕の…僕のせいなんですか?」

「圭一君…」

「なんで…副社長が…」


菜々子は、何かのコピーを圭一に渡した。

圭一が開いてみると「果たし状」とあった。

実物は警察が保管している。


そこには、やたら難しい文章と明良が倒れていた埠頭の名前、暴走族のチーム名、そして金銭の要求が書いてあった。

明良は先にこれを見て、独りで行ったのだ。


「封筒を見る限りは、あなたへの普通のファンレターにしか見えなかったの。でも郵送のファンレターの場合、中に刃物とかが入っている場合があるから、事務員が必ず本人に渡す前に封をあけるんだけど…これを事務員の人が見て、明良さんに見せたのね。こういうのは副社長が判断することになっているから…。それで、独りで行ったんだと思うわ。」

「…僕のせいで…副社長が…」


菜々子が圭一の手を握った。


「明良さんは大丈夫よ。お姉さんがきっとこっちへ戻してくれるわ。」


圭一も明良の過去の事は知っている。


「あなたは、とにかく明良さんの傍にいなさい。仕返しなんて考えないでね。絶対に病院から出てはだめよ。」

「……」


圭一は泣きながら、うなずいた。



その時、ノックの音がして、捜査一課の能田が入ってきた。


「能田さん!」


菜々子が立ち上がった。


「…ニュースを見て、びっくりして来ました。管轄外なので、連絡が来なかったんですよ。」


菜々子が頭を下げた。能田は明良の傍に寄って明良の顔を見、眉間にしわを寄せた。


「意識不明のままですか…」

「ええ…。…圭一君、明良さんの知り合いの能田刑事さんよ。」


圭一は濡れた目をあげた。


「君か!…北条君がとても心配していた…」


能田の言葉に、圭一は目を見張った。


「事情聴取というわけじゃないが、答えてくれるか?」


圭一はうなずいた。


「果たし状のコピーを見たんだが、そこに書いてある暴走族のチームを知っているか?」


圭一は首を振った。


「…だろうな…横浜のチームだもんな。君をテレビで見て、暴走族が君の過去を仲間伝手に聞いたんだろう。」


圭一は両手で顔を覆った。菜々子が圭一の背に手を乗せた。能田は圭一の肩に手を置いた。


「何があっても、君は病院にいるんだぞ。でないと、また北条君は大怪我することになる。…わかってるね。」


菜々子がうなずいている。圭一は涙を堪える表情で、能田にうなずいた。


……


圭一は、ずっと明良の傍にいた。菜々子は、圭一と明良の着替えを取りに出ている。


『過去のことは忘れるんだ。そして少しずつでも先を見よう。』


明良が、自分の頭を抱いて言ってくれた言葉。でも、それもできなくなってしまった。


「…僕…辞めていいですか?」


圭一は、意識のない明良にそう呟くように言った。


「…お世話になったけど…副社長に迷惑かけるくらいやったら…俺…」


「行くな」


明良の声がした。圭一は驚いて立ち上がり、明良の顔を覗き込んだ。

明良は目を閉じたままだった。だが唇が震えているのがわかった。


「…圭一…行くな…」

「副社長…」


圭一は明良の手を取った。目は開かない。ずっとうわ言のように呟いている。


「頼む…圭一」


圭一は明良の手を握り、ベッドに伏せて泣いた。

……


圭一はうとうととする中で、明良と橋のたもとで語り合ったことを思い出していた。



圭一は明良と肩を並べて、橋にいた。


「菜々子さんとここで出会ったんだ。」


明良が照れ臭そうに圭一に言った。


「へぇ~…。」

「引退の事で悩んでいた時、声をかけられた。…びっくりしたよ。菜々子さんと言うと、当時は毎日のようにテレビに出ていた大女優さんだからね。」

「そうなんですか…」

「彼女はいるかい?」


圭一は驚いて首を振った。


「彼女は早く作った方がいい。生活に張りが出る。」

「!」

「彼女ができたら、一番に教えてくれよ。」

「…はい。」


……


「圭一…」


圭一はその声ではっと目を覚ました。

そして、明良の顔を覗き込んだ。

明良が目を開いていた。


「副社長!」

「圭一…よかった…いて…」


明良の目に涙が浮かんだ。

そして、手を圭一の背中に回して、自分の体に引き寄せ、圭一の頭を抱いた。


「お前がいなくなった夢を見た…。プロダクションを辞めるって言われて…。どうしたらいいかわからなかった…」


涙声でそういう明良に、圭一は明良にしがみついたまま何も言葉が出なかった。


……


翌朝、圭一は明良に「仕事に行く」と言った。

明良は不安そうにしたが、圭一は「雄一に迷惑をかけるから」と言い、明良を安心させた。


そして病院を出、電車に乗った。菜々子からタクシー代をもらっていたが、使う気はなかった。


(あいつら…)


電車の中で圭一は唇を噛んでいた。

圭一は、能田に暴走族のチームのことを聞かれた時、知らないと答えていたが、実は知っていた。元々は大阪で活動していたチームのリーダーが横浜へ引っ越し、横浜でチームを立ち上げたのだった。そして圭一がテレビに出たのを見て、金づるに選んだのだろう。


(アイドルになんてなったから…こんなことに…。)


あのままバーで働いていたら、少なくとも明良はこんな目に合わなかった。今回が片付いても、きっとまた違う形で迷惑をかけるだろう。…やっぱり過去は消せないんだと圭一は思っていた。


(副社長…ありがとう…。短かったけど、幸せやった。)


雄一とカクテルショーをしたことを思い出す。


(雄一もごめんな。お前やったら一人でもいける。がんばれ。)


目的の駅についた圭一は、電車を降りた。


……


「圭一が来ていない!?」


相澤が叫んだ。携帯電話からは雄一の震える声がしている。


「…あいつ…あいつ…きっと仕返しにいったんや…。」

「何か連絡があったのか!?」

「ない…ないけど…そんな気ぃするんや。…なんや、胸騒ぎがするねん…」


そうだ…明良に何かあった時も、相澤は説明のつかない胸騒ぎを憶えることがあった。雄一も今そうなんだろう。


「副社長襲った暴走族の場所調べて!絶対そこに向かってる!」

「だが…圭一君は知らないはず…」

「知ってる!絶対に知ってる!はよ調べて!」

「…わかった…!」


相澤は電話を切り、能田刑事に電話をかけた。


……


「おーー…来たやんか、アイドルさん。」


暴走族のリーダーが、プレハブ小屋に入ってきた圭一に言った。

周りには、暴走族のメンバーがにやにやしながら、圭一を見ている。

明良が襲われた埠頭の近くにある、壊れかけたプレハブ小屋を、そのチームは拠点にしていた。


「握手してや。…久しぶりやな。」


圭一はリーダーが手を差し出したのを無視した。そして言った。


「なんで…副社長にあんなことしたんや。…俺やないんやから、関係ないやろ。」

「ああでもせな、お前来んやんか。」

「!!」

「本当は海に放りこんでやろうと思ったんやけど、それじゃみせしめにならんしな。」


圭一は必死に怒りを抑えている。


「あの副社長さん…殴られるだけで、なんもやり返して来んかったで。…とにかく圭一とは縁切ってくれってそればっかり言うとった。」

「!!…」


圭一の唇が震えた。リーダーが調子に乗って話し続ける。


「久しぶりやったわ。あんなサンドバッグみたいな奴。あの色男、まだ生きとるんか?」


圭一がリーダーの胸倉を掴んだ。

メンバーが慌てて圭一の体を引き剥がした。


「おい!圭一には手ぇ出すなよ!」


リーダーが、手を挙げて言った。


「こいつには、アイドルで稼いでもらって、こっちに金回してもらわなあかんからな。」

「あのプロダクションは辞めたで。」

「!?…なんやて…?」

「あんなことになって、おられるわけないやろ。…お前もあほやな。」


今度は、リーダーが圭一の胸倉を掴んだ。メンバーが圭一から手を離す。


「じゃぁ…他の方法で稼いでもらおか。」

「嫌や言うたら?」

「わかりきったことやろ、海に沈んでもらうだけや。このままお前返すわけにはいかんからな。」

「……」

「どうする?何もなかったようにしてアイドルに戻るか、海に沈むか。」

「…どっちもお断りや!」


圭一は、リーダーの体を突き放した。

メンバーが棒を持って、圭一にかかってきた。が、圭一は身をかわして、蹴り飛ばした。次々にメンバーが襲いかかってくるが、身軽な圭一の体には、棒も何もかすりもしない。圭一は襲いかかってくるメンバーのみぞおちを的確に狙って、次々に蹴り飛ばしていた。

(ダンスの稽古がこんなことに役に立つとは思わなかったな…)と圭一は冷静に思った。大阪にいた時よりも、身が軽くなっている。その上、柔軟性がました体はバネのように弾みがつき、蹴りの威力が上がっているような気がした。

最後にはリーダーの顔を殴り飛ばして、体が崩れたところを蹴り上げた。リーダーの体が壁に打ち付けられた。


「なんや…あっけないな、お前ら。」


圭一は、息を切らしながらそう言って、リーダーの胸に足を乗せた。


「覚えとけ。今度俺にかかわる人らに手ぇ出してみぃ。次からは、これだけじゃ済まさんで。」


圭一はそう言った後、リーダーが気を失ったまま掴んでいる棒を取り上げ、カクテル瓶のように回すと、後ろの机に叩きつけた。棒が折れて先がはじけ飛んだ。圭一は、折れた棒を投げ捨てながら、後ろを振り返った。

外から覗いているメンバーがまだいる。が、圭一が棒を折ったのを見て、入ってこようとしなかった。


「まだ副社長に手ぇ出した奴おるんか!?」


圭一に歩み寄られて、メンバー達は慌てて外へ飛び出し、それぞれのバイクに乗って走り去って行った。

圭一はゆっくり外へ出た。すると、その走り去るバイクの間を縫って、1台の車が圭一の方へ走ってきた。


「!?」


車は、圭一の前でドリフトして止まった。


「圭一君!」

「!!」


圭一は車から降りてきた人物を見て驚いた。


「能田…刑事?」


捜査一課の能田だった。能田は振り返って逃げて行ったバイクを見送った。


「何人か逃げられたようだね。」

「ええ…」

「怪我はないか?」

「大丈夫です。」


能田は、ふーっとため息をついて言った。


「やっぱり、独りで来たのか。…北条君と同じ失敗はしたくなかったから来たんだが…遅かったようだな。」


能田は携帯を開き、どこかに電話をしながら今圭一が出てきたプレハブ小屋の中を覗いた。


「うわー…こりゃ、派手にやったね。」


その呑気な声に、圭一は苦笑した。そして自分も思い出したように、携帯電話を開いて何かの操作をし、畳んでポケットに入れた。

能田は119番をしていた。暴走族の乱闘があり、けが人があるから来てくれと言っている。


「人数ですか?…うーん、ざっと見ただけでも、7、8人…」


能田は場所を言うと、携帯を閉じた。


「独りでこれだけの人数、よくやったな。」

「狭いところじゃ、人数少ない方が有利なんです。それもこいつらあほやから棒まで振り回して動き鈍らせてるし。…でも、もし外でやられたら…僕も副社長のように…」


圭一はそこまで言って、言葉を詰まらせた。

能田は圭一の肩を叩いて、「さぁ、帰ろう。」と言った。

圭一は能田を見た。


「僕を捕まえないんですか?」

「ん?正当防衛だろう?」


圭一は能田のその言葉に笑って、車に乗った。


……


「なんで僕がここにくるの、わかったんですか?」


圭一は、隣で運転している能田に尋ねた。


「北条君が目を覚ましたと聞いてね。」

「?」

「…きっと君は北条君を安心させてから、行動すると思ってたんだ。」

「!!」

「本当は君がこうする前にあのチームを捕まえたかったんだが、北条君を襲ってからは奴らはおとなしくしていた。…暴走行為もしない未成年を捕まえるわけにはいかないし、証拠がないから任意同行も難しい…。だから、北条君が目を覚ましたと聞いた時、とりあえず君を止めるために、私一人で動くしかなかったんだ。」


圭一は苦笑した。


「やっぱり、刑事さんて感するどいなぁ。」

「そうでもない…。私は北条君が君と同じ年の頃、守ってやれなかったからね。」

「…!…」

「北条君が刺されたのは18の時だった…。今回も君を守ってやれなかったが…。」


圭一は首を振った。能田がふと思い出したように言った。


「それから君の行動はもう、相澤社長にばれているからね。」

「え?」

「私がこっちに移動している時に、相澤社長から電話があってね。…私に任せてもらうことにした。雄一君が何か胸騒ぎがすると社長に言ったそうだ。…いい友達を持ったね。」

「!…雄一が…」


圭一が驚いて言った。


「それから、北条君には内緒にしてもらうように言ってあるから安心しなさい。」

「…ありがとうございます。」


圭一は、ほっとした表情を見せた。


「…で、君はこれからどうする?相澤プロダクションに戻るかい?」


圭一は首を振った。


「いえ…それはできないです。」

「どうして?」

「あんなに迷惑をかけて…副社長に嘘をついて…戻れるわけないやないですか。」

「…北条君が悲しんでもかい?」


圭一の胸がずきりと痛んだ。


『お前がいなくなった夢を見た…。プロダクションを辞めるって言われて…。どうしたらいいかわからなかった…』


圭一は、明良のその言葉と温もりを思い出した。


「辞めるのはいつでもできるんだから、とりあえず戻ったらどうだ?」


圭一はしばらく考え込むように下を向いたが、ふと顔を上げて言った。


「…副社長のところに戻る…」

「!…よし。これで、君を助けられなかったことをチャラにできるな。」


圭一は、何かおかしくなって、くすくすと笑った。


「どうした?」

「なんや刑事さん…気ぃ抜けるわ。」

「そうか?」


2人は笑った。

圭一は、ふと表情を暗くして能田に尋ねた。


「あいつら、どうしても捕まえられないんですか?」

「ん…。あの果たし状だけじゃ証拠に乏しい。さっきも言ったが、相手は今はおとなしい未成年だからね。それに北条君は唯一の証人なんだが…できれば事情聴取は最小限にしてやりたいし…。」

「あいつらに、副社長襲ったことを言わせればいいんですか?」

「うん。録音できたら、なおいいんだが…。」


能田がそう言うと、圭一は携帯電話を取り出した。


「うまくとれてるかなぁ…」

「?」


能田はちらと、圭一を見た。


「!?…まさか…」

「うん。録音機能使ってみたんやけど…服の中やからどうかなって…」


圭一は、再生ボタンを押した。


『おーー…来たやんか、アイドルさん。』

『握手してや。…久しぶりやな。』

『なんで…副社長にあんなことしたんや。…俺やないんやから、関係ないやろ。』

『ああでもせな、お前来んやんか。』

『本当は海に放りこんでやろうと思ったんやけど、それじゃみせしめにならんしな。』


会話は続いている。能田は「こりゃ参ったな」と言った。

圭一は、ほーっと息をついた。


「圭一君、お手柄だよ。」


圭一は、笑顔を能田に向けた。


……


何もなかったかのように病院に戻ってきた圭一を、ずっと体を起こして待っていた明良が抱きしめた。


「…副社長…?」

「おかえり…圭一…」


明良が涙声で言った。圭一の目にも涙が溢れた。


「…ただいま……副社長…」


圭一はそう言ってから、明良の体に手をまわして、涙声で言った。


「…ごめんなさい…」


その2人の様子を、部屋の外から菜々子と相澤がほっとした表情で見ていた。


(終)

~未公開シーン~


捜査一課能田班の部下「鍋島」と「鎌本」が、デジタル録音機の前で何かを聞いている。

能田が部屋へ入って来る。


能田「(眉をしかめて)…何を聞いている?」

鍋島「圭一君のやつですよー…。なんかすごい気迫で…」

能田「……」


能田の表情が暗くなる。


リーダーの声『こいつには、アイドルで稼いでもらって、こっちに金回してもらわなあかんからな。』

圭一の声『あのプロダクションは辞めたで。』

リーダーの声『!?…なんやて…?』

圭一の声『あんなことになって、おられるわけないやろ。…お前もあほやな。』


間がある。鍋島が「この状況でよくこんなこと…」と呟く。


リーダーの声『じゃぁ…他の方法で稼いでもらおか。』

圭一の声『嫌や言うたら?』

リーダーの声『わかりきったことやろ、海に沈んでもらうだけや。このままお前返すわけにはいかんからな。』


…間


リーダーの声『どうする?何もなかったようにしてアイドルに戻るか、海に沈むか。』

圭一の声『…どっちもお断りや!』


乱闘の音がする。メンバー達の悲鳴や気合いの声はするが、圭一の声は全くない。

何かが壁や物にぶつかる音が続く。最後にどさっという音がして、静かになる。


圭一の声『なんや…あっけないな、お前ら。』


圭一の荒い息遣いが入っている。


圭一の声『覚えとけ。今度俺にかかわる人らに手ぇ出してみぃ。次からは、これだけじゃ済まさんで。』


何かが風を切るような音がして、ばきっと折れた音がする。


圭一の声『まだ副社長に手ぇ出した奴おるんか!!』


鍋島「(手を組んで)きゃぁぁぁぁ!この師弟愛!!」


能田が、録音機のストップボタンを押す。


能田「…これで終わり…。俺には辛い。」


鍋島、鎌本、しゅんとした様子。


能田「これを北条さんが聞いた時、圭一君を呼びだして平手打ちしたんだぞ。」


鍋島、鎌本「えっ」と声を上げる。


鍋島「…どうしてですか?」

能田「親心だろう。…圭一君は頬に手を当てて必死に涙を堪えて黙っていた。…でも、その後に北条さんは彼を抱きしめたんだ。」


鍋島と鎌本、ほっとする。


能田「抱きしめて「…もう2度と、こんなことさせないから」って言った。「するな」じゃなくて「させない」と言ったんだ。…彼には本当に頭が下がるよ。」


鍋島と鎌本、うなずいている。


能田「最初、この録音を聞きたいって北条さんから言われた時は、私も躊躇した。彼を怒ることはわかっていたからね。でも、やっぱり圭一君の思いを知って欲しかったから聞かせた。…今はよかったのかどうかわからない。」

鍋島「能田さん…」


能田はその後の、明良と圭一の姿を思い出していた。


明良「(圭一を抱きしめたまま)…ごめん…つい叩いてしまった…。…ごめん…。」

圭一「(首を振る)」

明良「…本当は私の方が軽率だった…。すまなかった。」

圭一「こうやって、叩かれたの初めてや。」

明良「!?…(体を離して、圭一の顔を見る。)」

圭一「…おやじにもぶたれたことないのに…って、なんかのセリフやな。」


明良、泣き笑いのような顔になる。


圭一「…副社長…お父さんっていうほど年離れてないけど…時々、お父さんって言いたくなる。」

明良「(微笑んで)言えばいい。」

圭一「!ほんま!?」

明良「(うなずく)」

圭一「…(ふと何かを言おうとするが、急に照れたように)次にとっとく。…じゃ、稽古に戻ります。」


圭一、頭を下げて、副社長室を出ていく。

明良、指で涙を拭っている。


能田「…彼がどうして暴走族なんかに入ってしまったのか、わかりませんね。」


明良が能田を見てうなずく。


能田「この録音を聞いて思ったんですが…」

明良「?」

能田「…圭一君は、元々育ちがいいんじゃないでしょうか?」

明良「え?(驚くがふと思いつくことがある。)」

能田「大阪弁なのでわかりにくいんですが、ちんぴらぶって耳障りな言い方をする暴走族のリーダーに比べて、圭一君の話し方と言うか怒鳴り方は、とてもすっと頭に入るというか…悪ぶっていないというか。」

明良「言われてみるとそうですね…。生活が急転換する経験をしたのかもしれません。」


能田と明良、少し黙り込む。


明良「いつか、話してくれることもあるでしょう。」

能田「(うなずく)」

明良「能田さん、お子さんは?」

能田「いません。…かみさん、先に死んでしまいましてね。」

明良「!!」

能田「…私は一生、子どもを育てることはないでしょう。」

明良「…奥さまを愛してらっしゃるんですね。」

能田「(照れくさそうに)ええ、まぁ…。」


明良がまぶしそうに能田を見ている。

……


その回想を聞いていた鍋島が「あ、それでか」と言う。


能田「何だ?」

鍋島「だから、おかまさんとおなべさんが好きなんだ。浮気心が出ない様に…でしょ?」


鎌本が「ちょっと鍋島先輩…」と止めようとする。


鍋島「(鎌本に)?…何?」

能田「どうしてお前は、すぐにそっちに行くんだ。」


鎌本、頭を抱える。


能田「だから、いつも言っているようにだな!おかまさんでもおなべさんでも生き方が違うだけで…」


能田の説教が始まる。

あきれ顔の鎌本に、鍋島が必死に手を合わせて謝っている。


能田の説教はそれから1時間以上続いた。


(終)

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