クリスマスパーティー
相澤プロダクション、最上階のパーティールーム-
相澤プロダクション社員だけの、クリスマスパーティーの真っ最中である。
皆、それぞれのテーブルでお酒やジュースを飲んだり、お菓子や料理を食べたりして盛り上がっている。
ほとんどが未成年ではあるが…。
明良は最後列の相澤と同じテーブルで、皆が盛り上がっているのをにこにこと見ていた。
今年は無事乗り越えた…という安堵感。そして来年からどうなるんだろうという不安が交差している。
「そういや菜々子ちゃんは?」
ビールを飲みながら、相澤が明良に尋ねた。
「女優さん達とパーティーだそうですよ。女優引退のお祝いもかねているそうですから、断れないって…。」
妻の菜々子は、女優を辞め、この相澤プロダクションの専務に就任したばかりである。
「そうか。寂しいねぇ…明良くーん。」
相澤のからかいに、明良はオレンジジュースを飲みながら苦笑している。
「百合さんは?」
明良がそう聞くと「鬼のかくらん」と相澤が答えた。
明良は笑った。
「風邪ですか?」
「うん。年取ると治りが遅いって怒ってた。」
明良は苦笑した。
「後で、フルーツでも持っていきますよ。」
その明良の言葉に、相澤は「うん、喜ぶよ。」と、またビールを一口飲んだ。
「あの…副社長…」
市井圭一が明良に声をかけてきた。
「うん?どうした?」
明良が頭を下げている圭一に椅子に座るよういった。
が、圭一はニコニコとしながら首を振っている。
「社長!」
相澤の方は、圭一のパートナーの木下雄一が腕をひっぱっていた。
「な、何?何?」
相澤が何か慌てている。
「副社長も…」
圭一も、明良の腕をひっぱった。
「どうしたんだい?市井君…何?」
2人は、圭一達にひっぱられて、簡易ステージに立たされた。
ステージ中央にいる、新人アイドルの女の子が「音楽スタート!」と言った。
鳴りだしたのは、80年代のアイドル北島由希の曲だった。
「!まさか!」
「無理無理!」
相澤達はあわててステージを降りた。
「だめっすよ!踊ってくれなきゃ!」
圭一達が必死に明良達を抑えている。
「1番だけでもええから、お願いします!」
「こんなスーツでは無理だって!」
相澤が言った。
女の子が歌いだした。
「僕らも踊るから!社長達のビデオ見て練習したんです!」
「ええ?」
「一緒に踊って下さい!僕ら、それが楽しみで、今日までこっそり練習したんです!」
圭一が言った。
それを聞いた明良は少し胸をつかれるような気持ちになった。
「君が、僕のパートかい?」
「もちろんです。」
「よし。」
明良は圭一に合わせて踊りだした。忘れていた感覚が戻るようだった。
きゃーという、女の子の悲鳴のような声がした。
「仕方ないなぁ…」
相澤もあきらめたように、雄一と踊りだす。
振りをまだ覚えていることに明良は驚いていた。若い頃を思い出す。
音楽が終わった。明良達は、すぐに照れくさそうにステージから降りた。
「だめだめ!社長達!まだです!」
圭一達が再び明良達をステージに引き戻す。
「今度はなんだよー!」
相澤が言うと「歌ってー!」と皆が言った。
明良は、背中を向けた。恥ずかしいのだ。
「社長と副社長のユニットのやつ!バラードのん。」
雄一が言った。すると、カラオケを圭一が操作している。
イントロがもうなりだした。
圭一達にマイクをもたされ、明良達は困ったように顔を見合わせた。
「見つめあうのはなしだよ。」
相澤がそうマイクで言うと「いえーーーい!」という返事が返ってきた。
最初のパートは相澤なので、相澤が歌いだした。
明良もとうとう腹をくくった。
途中から、明良が歌いだしてハモる。
どよめきのようなものが起こった。
皆、急に静かになって、明良達の歌を聞いていた。
歌い終わりマイクを圭一達に渡すと、相澤と明良はステージを降りた。
拍手があった。明良が降りたところで、女の子が涙ぐんでいた。
「生で社長達の歌、聞きたかったんです…。」
女の子がそう言って、明良に握手を求めてきた。
明良は照れくさそうに笑って、握手に応え、女の子を軽く抱いた。
「キャー!」という声や「ずるーい!」という声ががする。
「おじさんをからかうんじゃないよ。」
明良は照れ隠しにそう言いながら、席についた。
相澤も疲れたように椅子にどさっと座った。
「あーまいった…」
相澤が言った。
「変な汗かきましたね。」
明良がそう言うと、2人で笑った。
「わ!専務さんだ!」
という声がした。
「え?」
と明良がそれを聞いて、ドアを見た。
菜々子がパーティードレスのままで入ってきた。
菜々子が専務になったことは、社員全員にメールで配信されている。
「きゃー!専務綺麗ー!」
女の子達の声に菜々子は「ありがとう」と照れくさそうに笑いながら、明良のいるテーブルに来た。
明良は驚いて立ち上がった。
「あっちのパーティーは?」
明良はそっと手を差し出す菜々子の手を取って、隣の椅子に座らせた。
「もう終わったわよ。2次会へ皆行くって言ってたけど、私は遠慮したの。」
「行けばよかったのに。」
「こっちの方がずっといいわ。気疲れしちゃって…」
「そう…」
明良がうれしそうにした。
「それに…実はね。圭一君達になんとかこっちに来てくれないかって言われてたの。」
「!?…そう…?」
すると、圭一がテーブルに近寄ってきて菜々子に言った。
「専務、何飲みはります?僕、持ってくるんで。」
菜々子は「ありがとう」と言った。
「ワインある?」
「ありますよ。赤ですか?白ですか?」
「赤で」
「はい!」
圭一はドリンクカウンターに行き、ワインを取りだしている。
「気の利く子ね。」
「うん。」
明良が微笑みながら圭一の後ろ姿を見ている。
「さっき、踊らされて、歌わされたんだぜ。」
相澤が菜々子に言った。
「ええ!?見たかったー!」
明良が苦笑して首を振った。
「はい。専務。」
圭一が菜々子の前にグラスを置いた。
「ありがとう。」
菜々子がそう言うと、圭一はチーズの盛り合わせも置いた。
「まぁ!本当に気が利くのね!」
これには明良もびっくりした。
「…ここへ来る前、バーで働いてたんです。」
「まぁ…そうなの。」
明良も驚いて圭一を見た。
圭一は照れくさそうにして「失礼します」と席を離れた。
その時、雄一がマイクを取った。
「さて、今から僕と圭一のショーをお楽しみ下さい!」
その声に、相澤、明良、菜々子が思わずステージに向いた。
が、圭一と雄一は、明良達の近くにあるドリンクカウンターの中に入った。
激しい音楽が鳴り出した。
すると2人が、カウンターの下から中身の入った瓶を取り出して、放り投げた。
「!!まさか、あいつら…!」
相澤がうれしそうに言った。2人はカクテルショーを始めたのである。
仲間たちが、2人をはやし立てる。
2人とも、うれしそうに酒びんをお互いに投げたり受けとったりして、ショーを続けていた。
明良は驚いたまま、体が動かない。菜々子は「すごい!」と何度も言いながら、拍手している。
最後には、2人は赤と緑のカクテルを作り上げていた。
そして、明良と菜々子のところへ、それぞれ作ったカクテルグラスを持ち、近づいてくる。
赤いカクテルを持った雄一は菜々子の前に、緑のカクテルを持った圭一は明良の前にグラスを置いた。
圭一は、明良の耳もとで「アルコールは入っていません。安心して飲んで下さい」と言った。
明良は驚いて、圭一を見ている。すると雄一がまたマイクを持って言った。
「では、北条ご夫妻のご結婚記念日を祝ってーー!」
「!!」
それを聞いた明良と菜々子は顔を見合わせた。
「かんぱーーーーーい!」
相澤も一緒になってグラスを上げている。
明良が思わず涙ぐんで目を手で覆った。菜々子も驚いたように口を手で覆っている。
そして2人は全員に感謝するように、グラスを持ち上げて飲んだ。
「おいしい~」
菜々子が言った。明良も隣にいる圭一を見上げて「おいしいよ。ありがとう。」と言った。
圭一は本当にうれしそうにしていた。
「カクテルショーはいつ覚えたんだい?」
明良が圭一に尋ねた。
「バーで働いている時に教えてもらってたんです。それを雄一と一緒に、夜練習していました。」
「そうか…」
明良は胸が熱くなって、再び目を手で覆った。
「だめだ…元々涙もろくてね…。」
圭一はニコニコとして、そんな明良を見ている。
相澤が身を乗り出し、圭一に行った。
「これ、どっかでやってみるか?市井君。木下と一緒に。」
「!…テレビでですか?」
「そうそう…。ちょっといろいろ聞いてみてあげるから、練習続けておいてくれ。」
「はい!」
圭一は嬉しそうに返事をすると、ステージに戻って行った雄一に向かって走って行った。
「…明良さん…いっぱい家族が増えてよかったわね。」
菜々子がまだ涙ぐんでいる明良に言った。
明良は声を出さず、涙を手で払いながらうなずいた。
(終)