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授かり

「えっ!?…赤ちゃんが!?」


圭一は携帯電話に叫ぶように言った。

向こうから、相澤の声がしている。


「そうだ。さっき菜々子ちゃんから電話があって…。」

「父さんはもう知ってます!?」

「そりゃ、1番に聞いているだろう。…お祝いに行ってやってくれ。」

「はい!!」


圭一は電話を切ると、ロッカー室から走って副社長室に向かった。


明良と菜々子が結婚してから6年。なかなかできなかった子どもができたのだった。圭一も24歳になっていた。

明良は「授かりものだから」と急がなかったが、菜々子は自分の年齢を考え、できるだけ早く欲しいと言っていた。排卵が極端に少ないということだったが、全くないわけじゃなかったので、不妊治療もせずに、明良と菜々子は「授かる」ことを待っていた。

そして…やっと、授かったのである。

圭一は勢いがつきすぎて一旦副社長室を通り過ぎたが、こけるようにして戻り副社長室をノックした。


「父さん…副社長!!圭一です!」


圭一がそう言うと、明良が「どうぞ」と答えた。

圭一が飛び込むようにして、副社長室に入った。

明良は机の前に座って資料を読んでいる。あまりの落ち着きに、圭一はまだ聞いていないのかとぎくりとした。


「父さん…おめでとう…」


圭一がそう恐る恐る言うと「うん」と明良は資料から顔を上げて言った。


「ありがとう。」

「父さん…何か落ち着いてますけど…うれしくないんですか?」

「そりゃ、うれしいさ。」

「…?」


圭一が明良の見ている資料を覗くと、明良は逆さまに読んでいた。


「父さん…資料読めてます?」

「どうも、頭に入らないな…」


圭一は笑った。明良はかなり動揺しているようだ。明良が少し困った顔をして言った。


「それにな…何故か立ち上がれないんだ。」

「?…立ち上がれない?」

「ん…」

「それ、腰がぬけてるんじゃないですか?」

「そうとも言うな。」


明良のその言葉に、圭一はとうとう声を上げて笑ってしまった。

明良も苦笑している。


……



明良が「ただいま」と言って玄関を入った。圭一もスーパーの袋を持って「ただいま」と言い中へ入った。


「2人ともおかえりー!」


菜々子が玄関に出てきたのを見て、明良が慌てた。


「菜々子さん、立ったら駄目だ!」

「え?」


明良は、慌てて靴を脱いで、菜々子を横抱きにすると、圭一に振り返った。


「圭一、先にご飯の用意準備しておいてくれ。」

「はい!」


圭一はキッチンから答えた。


「ねぇ、明良さん…そんなに大事にしなくて大丈夫…」

「だめだめ!今が一番大事なんだから!」


明良はそう言ってから、菜々子にキスをすると寝室へ向かった。


……


「もう父さん…。ここはいいですから、座って待ってて下さい。」


圭一が苦笑しながら言った。

明良は、キッチンをうろうろしているだけなのである。


「ごめん…。もうどうすればいいのか…」

「だから、僕に任せて座ってて下さい。!…そうだ…母さんのところで待ってて下さい。呼びますから。」

「うん…そうか…じゃ、ごめんな圭一。」

「いいえ。」


圭一は、鍋を覗き込みながら答えた。

明良がこんなに慌てている姿を初めてみた。

圭一は何かおかしくて、独りでキッチンでくすくすと笑ってしまった。


(赤ちゃん…どっちかな…。)


圭一も兄のような気持ちでわくわくしている。

圭一はふと何かを思いついたような表情をした。 そして、少し考えるような表情をすると、他の料理の準備を始めた。


……


「え?…圭一…?」

「……」


ダイニングテーブルで食事をしている明良と菜々子を前に、圭一は少し体を小さくして言った。

圭一は明良達と同じ戸籍に入れて欲しいと頼んだのである。


「…前から、ずっと考えていたんですけど…。父さん達と血がつながっていない僕が入るのはどうなのか…悩んでて…」

「圭一君!」


菜々子の方が先に、両手を差し出してきた。

圭一もとっさに手を出した。菜々子がそれを握った。


「大歓迎よ、圭一君!…この子のお兄ちゃんになってくれるのね。」

「…なりたい…と思って…」


菜々子は圭一の手を離して明良を見た。明良は神妙な表情で圭一を見ている。


「明良さん?」

「血がつながっていないなんて…そんなこと…悩んでたのか。」


明良の言葉に、圭一は下向き加減にうなずいた。


「本当は…赤ちゃんできたら…出て行こうって思ってたんです。」

「!…圭一君!」

「でも…やっぱり僕…北条家の一人になりたい。」


圭一の言葉に、明良の目から涙がこぼれた。


「明日、役所に行って養子縁組の手続きを取ろう。」

「…はい…!」


圭一も涙ぐみながら返事をした。菜々子がまた圭一に手を差し出した。圭一はその手を両手で握った。


・・・・・・


それからは、圭一に忙しい日が続いた。毎日、菜々子の体に負担をかけないため、家事をすべてこなした。

もちろん仕事にも行かねばならない。それでも圭一には楽しい日々だった。

人生で一番、幸せを感じると言ってもいい程だった。


菜々子のお腹が徐々に膨らんでくるのを見て、圭一は命の神秘を感じた。


「圭一君、ちょっといらっしゃい。」


リビングのソファーに座っている菜々子が、洗濯物を干して戻ってきた圭一に言った。


「はい?」

「ここに耳を当てて。」


圭一は菜々子に言われるまま、菜々子の腹に耳を当ててみた。

その時、ポン!という衝撃が、圭一の耳に当たった。

圭一はびっくりして、耳を抑えた。


「…今、蹴られたでしょう?」


菜々子がおかしそうに言った。


「…今の…お腹を蹴ったんですか?」

「そうよ。…ちょっとよく動くものだから、圭一君に蹴られて欲しいと思って…」


圭一は耳を抑えて、うれしそうに微笑んだ。

お腹の子どもはもう「女の子」だということがわかっていた。

そして名前は、明良の姉の「真由」という名前にしようということが決まっていた。

明良自身は、早死にした姉の名前を子どもにつけるのは…と躊躇していた。だが、菜々子は「きっとお姉さんの生まれ変わりだと思うの。」と言い、気にしない。


「真由…産まれたら、覚えとけよ。」


圭一がそう言うと、菜々子はおかしそうに笑った。


……


菜々子はとうとう臨月を迎えた。

しかし、予定日を過ぎても、陣痛が来る様子がない。


「…予定日過ぎているのにな…」


明良が副社長室で落ち着かない様に言った。

何故か一緒にいる相澤も、何かそわそわしている。


「あー…俺も心配になってきたよ。」

「先輩…先輩は仕事して下さいよ。皆がこの状態じゃ…プロダクションが…」

「わかってるよ!わかってるんだけどさ!」


その時、明良の携帯がなった。


「!圭一!どうした!?」


相澤が、明良の顔を覗き込む。


「!陣痛がっ!?…く、車はすぐに出せるか!?…よし、私も直接病院へ向かうから!」


明良が携帯を切った。


「来たか!」


相澤が言った。


「病院へ行ってきます!」

「俺も行く!」

「だめでしょう!…社長はいなきゃ!」

「そ、そうか…。とにかく5時ごろ行くから…運転気をつけろよ!あせって事故起こしてたらしゃれにならんからな!」

「はい!」


明良は部屋を飛び出して行った。

相澤は手を組んで、天に祈るように言った。


「頼む。…無事に産まれますように!南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏…」


…その場に誰かいたら、祈り方が違うと、つっこんでいるところだろう…。


……


明良が病院に着いた。

分娩室の前で、圭一が立ちあがって、明良を迎えた。


「菜々子さんは!?」

「…今、入ったとこ。…父さん…立ち会いは?」

「…実は…菜々子さんにそれはやめてくれって言われて…」

「!…え?」

「あーー…菜々子さんの手を握って励ましてやりたいのに…」


明良は傍のソファーに座って、頭を抱えている。


「なんで母さんそんなこと…」

「どうも、菜々子さんの友人で、旦那さんが立ち会い中に卒倒した人がいるとかで…」


圭一が笑った。


「確かに、父さんも倒れそうですからね。」


分娩室から、菜々子の苦しそうな声が聞こえた。

かなり苦しんでいる。その時「明良さん!」という声がした。


「菜々子さん!」


明良が分娩室のドアを開けようとしたのを、圭一が必死に抑えた。


「圭一!」

「あかん!父さん、消毒も何もしてないじゃないですか!」

「そうか…そうだな…」


明良は再びソファーに座りこんだ。


……


その後、10時間も経つのに、まだ産まれる気配はなかった。菜々子の苦しげな声しか聞こえない。

明良と圭一に、不安が広がっていた。

無事に生まれなかったらどうしよう…菜々子に何かあったらどうしよう…2人ともそんなことをずっと考えていた。

相澤も一緒にいる。


「…歯がゆいな…」


相澤が言った。明良がその相澤の言葉にうなずく。

その時、分娩室が騒がしくなったのを、明良達は感じた。

菜々子が悲鳴に近い声を出している。


「!…菜々子さん…!」


分娩室のドアを開けようとする明良を、相澤と圭一が必死に抑えた。


「このままじゃ菜々子さんが死んでしまう…!」

「大丈夫だよ!…お医者さんも助産婦さんもいるんだから!」

「でも…この声…」


そう明良が言った時、赤ん坊の泣き声がした。


「!…」

「…明良!…」


相澤が明良の肩に手を乗せた。


「…産まれた…」


圭一が呟くように言った。赤ん坊の泣き声は、とても元気な声だった。


……


産まれたばかりの「真由」を隣に、菜々子が微笑んで寝ている。…しかし、顔色は真っ青と言うより、真っ白に近かった。


「菜々子さん…大丈夫ですか?」


明良が菜々子の手を握って言った。


「大丈夫よ…。…真由…息をしているのかしら?」


菜々子が言った。明良は「もちろん」と言って笑った。

少し離れた所から、相澤と圭一が立って見ていた。


「…すごいなー…女性ってさ。」


相澤が言った。圭一が相澤を見た。


「…子ども…産めるんだよ…。自分の体から…命を産み出せるんだよ…。…それに対して、俺達はどうだ?…あたふたするだけで…何にもできないんだぜ。」


圭一はうなずいた。


「…そうですね…。…なんか、菜々子さんが今、マリア様みたいに見える。」

「?お前クリスチャンか?」

「…今だけです。」


その圭一の返答に相澤は笑った。


……


産まれてからがまた大変だった。

赤ん坊は3時間ごとに母乳を欲しがる。しかし「真由」は3時間を待たずにお腹を空かせて泣いた。


菜々子はなるべく母乳を与えることにこだわったが、正直、母乳はそう簡単には生成されない。

自然、ミルクを足さなければならなかった。


明良も夜中に飛び起きてミルクを作るが、圭一が代わりに作るようにしていた。明良には副社長の仕事がある。

圭一は、仕事をすべて断ることに決めた。これでは、家族全員が倒れてしまうと思ったからだ。


「父さん…父さんは仕事に集中して…。僕が母さんと真由のこと、ちゃんと見ますから!」


圭一は、隣の部屋で真由が泣くたびに飛び起きる明良に、そう言った。


「…何もできないって…辛いな…」


明良はよくそう言って泣いては、圭一を困らせた。


……


3か月が過ぎた。真由はやっと夜よく寝るようになった。


昼寝の時、圭一は真由に子守唄を聞かせていた。

もう家事もできる余裕ができた菜々子が、そんな圭一を見て微笑んだ。


「…真由、圭一君の子守唄を聞くと、よく寝るのよ…」

「!?…本当ですか?」

「…もしかして、圭一君をパパと思っているかもね。」


圭一は顔を赤くしたが「父さんには言わないで下さい」と言った。


「もちろんよ。…明良さんに聞かれたら、立ち直らせるのに大変だものね。」


菜々子はそう言って笑った。

真由は、気持ち良さそうに寝ている。


(真由が初めて好きになる人って…どんな人なんだろうな…)


圭一は、もうそんなことを考えてしまった自分に苦笑した。


(終)

<あとがき>


明良君ち、やっと産まれましたよー…。


書きながら自分の出産の事を思い出しましたねぇ。

私の時は16時間かかりました(^^;)2人目も10時間かかりましたかね。

その分、喜びもひとしおでしたが…。


その上の子が今や、もう高校2年生ですよ。あっという間の17年だったです。


さて「アイプロ!」も終盤戦(?)です。

最後までよろしくお願いいたします(^^)

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