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謎の魔術師

「バーのマスターが変わった?」


秋本が、後ろを歩いている圭一に言った。

バーとは、プロダクションの7階に、3階の食堂と同時期に作られた、プロダクションの社員だけが使えるバーのことである。

外だと人の目を気にしながら飲まないといけないため、タレントたちが安心して飲めるようにと作られた。もちろん未成年は立入禁止だが。

そのバーの前のマスターが独立したため、新しいマスターを募集していたのだった。

圭一が嬉しそうに言った。


「そうなんですよ!それもマジシャンなんです!」

「へぇ~…」

「今、自由契約してもらえるよう交渉中なんですよ。」


秋本は「秋本部屋」のドアを開いて言った。


「え?そのために、うちに来たんじゃないの?」


圭一も一緒に入り、ドアを閉めて言った。


「いえ。浅野俊介さんって言うんですけど、元々はバーのマスターの面接に来られて採用されたんだそうです。その時はマジックができるとか一切おっしゃらなかったそうで…。でも浅野さんの初仕事の日に僕がお手伝いに行ったら、なんかぼそっと「ああ面倒くさい」とか聞こえたんですね。」

「面倒くさい?」


秋本がソファーに座りながらそう言い、笑った。


「それで、どうしたのかな?って思って浅野さんの手元を見たら、まだ電気ポットの電源入っていないはずなのに、お茶のコップにお湯が入ってたんです。」

「ほお!」

「で、どうやったんですか!?って聞いたら照れ臭そうに笑って「おもしろいことしてあげる。」とおっしゃって、別のコップにお水を入れて、そこへ浅野さんが手をかざしたら、みるみるうちにお湯になったんです!」

「!?!?何それ!?エスパーじゃないか!」

「でも浅野さんは、ちゃんとタネがあるっておっしゃるんです。」

「へぇー…何か、面白い人だね。」

「ええ。お茶を飲むのに…電気ポットでお湯を沸かすの時間がかかるからって、自分でお湯を作ってたんですよ。それでその中に紅茶のティーバックを入れて、美味しそうに飲んでて…。僕も浅野さんが暖めたお湯で紅茶をいただきました。」

「…普通のお湯だった?」

「はい。普通のお湯でした。」

「なんだろなーそれ…タネ明かしはしてくれなかったの?」

「内緒…って。社長と父さんも目の前で見て、びっくりしてましたよ。」

「俺見たいなー…それ…亮と今日行くよ。」

「はい!僕も手伝いに行くので、絶対来て下さいね!」

「わかった。」


秋本は圭一がやたら嬉しそうなので、そのことについ笑った。


「?…なんです?」

「圭一君にまた、芸が増えるのかなって思って…」

「マジックですか?…それはさすがに無理だと思いますけど…。」


圭一が笑いながら言った。


……


秋本と沢原は、目の前で湯ができあがるのを見て驚いた。

いったいどういう仕掛けになっているのかわからない。水を入れる前にコップの裏など見せてもらったが、全く何もなかった。それもそのコップは、浅野が持ち込んだものではない。

浅野はニコニコとしている。秋本とも沢原ともまた違ったさわやか系のハンサムで、笑顔がとてもチャーミングだ。だが見た目と違い声は低く、身長は圭一より少し高めで細身である。黒の半そでTシャツに黒のスリムジーパンといういでたちなので、一層細身に見える。


「…わからないっ!!」


沢原が頭を抱えて言った。


「ねぇ、浅野さんっ!!ビール1杯おごるから教えてっ!!」


沢原が言った。浅野は「それだけは勘弁して下さい。」と苦笑するように笑っている。


「いいなぁ…こんなことできたら、女の子にめちゃもてじゃないか。」

「こらこら…未希ちゃんに怒られるぞ。」

「…はい…」


秋本に釘を刺され、沢原はしゅんとした。

浅野と圭一が笑った。


「浅野さん、うちと自由契約するの渋ってるの?」


秋本が、ジンライムをひと口飲んで言った。


「はあ…。ちょっと前に契約していたところとの絡みで…。もう辞めたので、気にしなくていいと言えばいいんですけど…」

「そうか…。」


沢原がビールをひと口飲みながら「会社って、いろいろあるもんなぁ…」と言った。


「浅野さんは、テーブルマジックが主流なの?」


秋本が尋ねた。


「いえ…本当はイリュージョンが得意です。」

「イリュージョン?」

「手先は言うほど器用じゃないんですよ。どちらかというとプールの水を波立たせてカーテンのようにしたりとか…火を操ったり…というような大掛かりなものの方が得意です。」

「それ見たいっ!!絶対に見たい!」


沢原が浅野を指さして言った。圭一が浅野の隣で身を乗り出して言った。


「でしょ!?…僕もそれがすごく見たくって…」


浅野が照れ臭そうにした。


「前のところを辞めてから全くやっていませんから…うまくいくかどうかはわかりませんけど…」

「それも仕掛けがあるの?」

「もちろん、あります。水は教えられませんが、火の方は単純に映像です。」

「映像!?」

「映像機器を使って火に見せてるだけなので熱くないし、間違って触れても火傷したりしません。…一応、内緒にしておいて下さいよ。」

「へえー…そんな機械があるんだ。」

「今ちょっと、その映像をお見せしましょう。」

「えっ!?」


沢原達が驚くと同時に、浅野はさっと手のひらを上へ向けた。ボっと火の球が現れた。


「わっ!!…なんか、X-MENとかいう映画で見たやつみたい!!」


秋本が思わずそう言うと、浅野が笑った。


「あれはCGですが、私のも同じようなものです。映像ですから、触ってみてください。熱くないですから。」


秋本は恐る恐る火の球に指を入れてみた。


「!!本当だ熱くない!!」

「俺も俺も!」


沢原も入れてみた。本当に熱くなかった。


「おおお…。映像機器か。それを浅野さんは今持っているんですね。」

「ええ。でもお見せできませんよ。」

「…だろうね。」


沢原ががっかりした様子を見せた。浅野が笑った。


「でもですね…私に悪意のある人がこの火に触れると…一気に熱を持つんですよ。」

「!!…またまたぁ…」


秋本は一瞬驚いたが、笑いながら言った。浅野は肯定も否定もせずに、ニコニコと笑っている。


……


浅野のうわさは、プロダクションに一気に広がった。

そしてそのマジックを見せてもらうために、バーは浅野が来てまだ5日目だというのに大入り満員となった。

浅野はカクテルを作る暇もないので、今日もバーで働いたことがある圭一が手伝いに行き、カクテルを作ったり給仕したりした。


「これ、プロダクション内じゃなくて、外でやったらもっと儲かるんじゃない?」


秋本が、カウンターでカクテルを作っている圭一に言った。


「ほんとですね。」

「マジックを見られるだけじゃない。「北条圭一」がカクテル作ってくれるんだよ。有名アイドルがこんなことしてくれるバーなんて他にないよ。」


秋本の言葉に圭一は笑って、できあがったカクテルを盆に乗せてカウンターを出て行った。


「熱っ!!」


そんな男性の声が聞こえた、秋本が思わず後ろのテーブルを見た。


「熱くないなんてうそじゃないか!」

「え?おかしいですね。」


浅野がのんびりとしているのに対して、男が怒っている。

秋本は思わず立ちあがった。


「失礼。」


そう言って、指を炎の中に入れてみた。

そして、驚く浅野に微笑んで見せた。


「熱くないですよ。全然。」

「え!?…でも俺はすごく熱くて…がまんしてるんじゃないのか?」

「…がまんできる熱さでした?」

「…いや…」


男はごまかすようにビールをひと口飲んだ。


「…失礼ですが…うちのプロダクションの人じゃありませんね?」


圭一が驚いて秋本の傍に駆け寄った。周囲が男を見る。圭一が言った。


「…そう言えば…見たことないです。事務員さんにもいなかった…」

「忙しいのをいいことに、紛れ込んだんですね?」


男が立ち上がった。


「ちょっと待って下さい。」


秋本が思わず腕を取り言った。


「どうやってプロダクションに入ってきたんですか?」


男は困ったように黙り込んだ。秋本が続けた。


「場合によっては警察に通報しますよ。ここは部外者立入禁止フロアと告知している場所ですから、不法侵入に値します。」

「待ってくれ!」

「…どうやって入ってきたんですか?」

「…非常階段から…」

「!!…そうか…」


圭一が思わずそう言った。非常口なのでバーが終わるまで、常に鍵が開いたままになっている。

秋本が男に詰め寄った。


「そこまでしてどうしてここへ?」

「…浅野俊介がここに雇われたと聞いて…探って来いと…。」


浅野が眉をしかめて言った。


「…前の事務所にあなたいましたっけ?」

「いや…俺は金で雇われただけだ。」


浅野はため息をついて首を振った。秋本が気の毒そうに浅野を見た。


「…なるほど…浅野さん…確かにやっかいな問題なようですね。」


浅野が眉をしかめたまま、うなずいた。

秋本が男に言った。


「…今日はこのままお返ししましょう。ただ2度と来ないと約束してくれたらです。」

「…わかった。もう来ないよ。」

「あなただけじゃない。他の人もです。それともう1つ、あなたを雇った人にお伝えいただけますか?」

「!?…何を?」

「個人の才能は独占できないものだとお伝え下さい。」


その言葉に、浅野が驚いた目で秋本を見た。

圭一は何か嬉しそうに微笑んで、秋本を見ている。


「…わかった。必ず伝える。」

「お願いします。…では、ご退場いただきましょう。…もちろん代金はいただきますよ。ここの飲み代も向こうが払ってくれるんでしょう?」

「…そうだ…」

「圭一君、この人の勘定は?」

「グラスビール2杯だけなので500円です。」

「ここはプロダクションの人間のために、プロダクションが半額負担してサービスしている店です。本来なら倍の料金を取りたいところですが…」

「わかった…倍払うよ。」


男性は1000円を秋本に払った。


「確かに。…圭一君、領収書ってあるのかな?」

「ないですよ。…外の人は入ってこないから…」

「だよな。…領収書なしでいけそうですか?」

「…いや、ここを出してくれればもう構わない。」


男のその言葉を聞いて、秋本はうなずいた。


「申し訳ありませんが、中のエレベーターを使わせるわけにはいかないので、また外の非常階段から出ていただけますか?」


男がうなずいた。秋本は圭一に言った。


「ちょっと俺一緒に行ってくる。」

「はい。」


浅野を始め、バーにいた全員が男と秋本を見送った。

ほっとした雰囲気が広がった。


圭一が、浅野に近寄った。


「…浅野さん…すごいですね。…本当に熱を持つんだ。」

「まあね。」


浅野がにやりと笑って、カウンターに戻った。


(不思議な人だなぁ…)


圭一は思った。


……


バーが終わり、浅野と圭一は後片付けをしていた。

カウンターの水場で、浅野が洗い物をしている。圭一はテーブルを拭いていた。


「圭一君。」


浅野が洗い物をしながら、圭一に言った。


「はい?」


圭一は、テーブルを拭きながら、浅野の顔を見た。


「秋本さんって…カッコイイね。」

「ええ。綺麗な顔立ちしてるでしょ。」

「それもそうなんだけど…心もね。」

「?…心?」

「あの男に「個人の才能は独占できない」って言ってくれたじゃないか。」

「ああ!」


圭一はテーブルを拭きながら、微笑んだ。


「あれ…確かにカッコよかった…」

「…いい人たちだね…ここのプロダクションの人って…。前の事務所とは大違いだよ。」

「…前の事務所って…」

「ん。事務所の社長イコールマジックの師匠でね…。後は弟子なんだ。…皆、早く有名になりたいから、とにかく師匠に気に入られようと競争し合うんだけど…。中には実力じゃなくて、お金とか中傷でライバルを蹴落とそうとする人もいた。…というより、そういう人の方が多かったかな。」

「…浅野さんはそれが嫌で辞めたんですか?」

「いや…辞めさせられたんだよ。」

「!?」

「…ちょっといろいろあってね。」

「…そうですか…。」


圭一はあまり聞かない方がいいのかなと口をつぐんだ。


「それから、自由契約結ばせてもらったから。」

「!?…えっ!?いつの間に!?」

「今日バーを開いてすぐに、社長と副社長が来てくれてね。」

「…そうなんですか!…」

「…こちらに迷惑をかけるって言ったんだけど、社長がそんなこと構わないって言ってくれてね…。…正直、嬉しかったよ。だから俺も覚悟を決めた。」

「…それで早速これですか。」


テーブルを拭き終えた圭一が笑いながら、浅野の横に行った。


「そうだ…。…でも、これだけじゃ終わらないと思うよ…。早速ショーをさせてもらうことになったけど…どうなるか…」


浅野が水を止めて、しばらく考える様子を見せた。


「浅野さん…」


圭一が浅野の横顔を見つめた。

浅野はふと圭一のその視線に気づいて、笑顔を見せた。


「圭一君…ショーも手伝ってくれるかい?」

「!!えっ…僕でいいんですか!?」

「もちろん。…迷惑かけないといいけど…」

「大丈夫です!…よろしくお願いします。」


圭一が頭を下げた。浅野が「こちらこそ」と言って、濡れた手を差し出した。

圭一は構わずその手を握ったが…


「あれ?」


圭一の手は濡れていない。浅野の手はもう乾いている。


「????」

「イリュージョン」


そう言って、浅野が笑った。


(終)

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