初酔
「HAPPY BIRTHDAY!」
マリエが言って、クラッカーが弾けた。
圭一の誕生日である。
とうとう20歳になり、お酒も飲めるようになって、マリエが一番大喜びしている。
北条家には、沢原、秋本、マリエとキャトルのメンバーが揃っていた。雄一は残念ながら、仕事だ。
だがメールが来ていた。「1ヶ月だけお兄ちゃんおめでとう。」とあった。圭一は笑って「ありがとう、弟よ。」と送り返した。
「マリエ…いきなりワインはやばいだろう…」
沢原が言った。
「あら、強いお酒から始めた方が強くなるわよ。」
「…すごい理屈…」
秋本が沢原と顔を見合わせて笑った。
圭一はグラスになみなみと入れられたワインを見て、困ったような表情をした。
「ワインはこんないれ方したらダメ…」
バーで働いていたので、つい文句を言ったが、マリエに睨まれて黙りこんだ。
「こりゃ、ずっと尻に敷かれるな。」
秋本が言って皆が笑った。
「さ!皆でかんぱーい!」
マリエが言った。
明良と菜々子もグラスをあげる。考えてみれば、明良だけが飲めない。
圭一はちゃんと香りを嗅いでから一口含んで飲んだ。
「もう!ちゃんとした飲み方なんてしなくていいのよ!」
グラスを一気飲みしてマリエが言った。
「先輩…せっかくいいワイン買ってもらったんですから…」
「そうだぞ、マリエ。俺が買ってきたからいうわけじゃないが、味わって飲んでくれなきゃ。」
沢原が言った。
マリエが肩をすくめて「ゴメン」と言った。
「圭一君、大丈夫そう?」
秋本が心配そうに聞いた。圭一は美味しいですと言った。
実は暴走族にいる時に煙草も酒も経験していた。少年院に入ってからは一切煙草もすわないし、酒も飲んでいない。
「あら!素質あるんじゃない?」
マリエがいった。
「素質?」
「酒豪の素質!」
「それはやばいだろう」
沢原が言った。
明良が、そっとグラスを持って、リビングに行った。
キャトルが退屈そうに、ソファーで丸くなっていた。酒の匂いが好きでないようだ。
明良が隣に座ると、キャトルが膝に乗ってきた。明良が微笑んで、キャトルを撫でた。
「お前も飲めないクチで良かったよ。」
明良がキャトルに言った。
明良は特異体質で、酒の匂いを嗅いだだけでも、酔ってしまう。だから、家で飲み会があると、途中から抜けなければならない。
一緒に圭一を祝ってやりたいが、できなかった。
菜々子が心配そうに明良のところへきた。
「明良さん、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。圭一が気を遣うから戻って。」
明良がそういうと、菜々子は「そうね…」と言って戻った。
……
一年経つのは早いな…と明良は思った。
昨年は、圭一自身が誕生日を忘れていて、家に連れてきて、菜々子と祝った。
そう言えば「ライトオペラ」を始めたのも、誕生日での話がきっかけだった。
「キャトル…お兄ちゃんの歌を聞こう。」
明良はそう言って、キャトルを抱き、書斎に行った。
……
ステレオに、圭一のデビューアルバムを入れた。ジャケットの明良の顔は、かなり子供っぽく見えた。
「顔もかわったなぁ…」
そう言いながら、再生ボタンを押した。
1曲目は「威風堂々」だった。
迫力のある声。しかし、やっぱりまだ未熟に聞こえる。
「お兄ちゃんの歌はどうだい?キャトル」
キャトルはくいと顔を上げて、明良を見た。びっくりしているように見える。…そんなことはないとは思うが。
「いい声だろう?今はもっとうまいんだぞ。」
明良がそう言うと「にゃあ」とキャトルが鳴いた。
……
「父さん…父さん!」
明良は体を揺らされ、目を開いた。いつの間にか寝てしまっていたらしい。
キャトルも明良の膝であくびをしていた。圭一のアルバムはとっくに終わっている。
「ん?どうした?主役がいなきゃだめだろう。」
明良が目をこすりながら言った。
「皆帰ったよ。」
「帰った?そんな時間か?」
明良は時計を見た。まだ9時前だ。
「後は親子水入らずでお祝いしてって、沢原先生が…」
「え?…それは悪いことをしたな…私がいないから気を遣わせたんじゃないか?」
「違うよ。最初から9時には出ようって、皆で決めてたんだって。」
「マリエもか?」
「うん。ただかなり酔っ払っちゃってるから、責任を持って、家まで送ってくれるって。」
「そうか。」
明良は笑って、キャトルを抱いて立ち上がった。キャトルが圭一に飛び移った。
…が、鼻をひくつかせると、明良の手に戻った。
「菜々子さんは?」
「寝室。」
「…菜々子さんも飲みすぎたか…」
明良が苦笑した。
「お前は大丈夫なのか?」
「うん。ワインをグラス1杯だけしか飲んでないから。」
「そうか。」
明良と圭一はダイニングテーブルの椅子に座った。
明良はキャトルを下に置いて頭を撫でた。
圭一がオレンジジュースをグラスに入れてくれている。
「じゃ、改めて、20歳の誕生日おめでとう。圭一。」
「ありがとう、父さん。」
2人はオレンジジュースで乾杯した。
キャトルがにゃあと鳴いた。
明良と圭一が笑った。
「あ、キャトルにもごちそうだよ。」
圭一が鍋で茹でていたささ身を取り出し、えさ皿に小さく裂いて入れた。明良の足元で、キャトルはがっつくように食べた。
「野生に戻ったような食べ方だな。」
明良が笑いながら言った。
圭一も裂きながら笑っている。
ささ身をすべて裂いてから、しばらくして、圭一が突然肩を震わせて泣き出した。
「圭一?」
明良が驚いて、椅子から立ち、しゃがんでいる圭一の体をたたせると、そばの椅子に座らせた。
「圭一?どうした?」
明良がしゃがんで、圭一の顔を見上げた。
圭一は子供のように泣いている。もしかして泣き上戸かと思ったが、酒の匂いはあまりしなかった。
「父さん…。」
圭一が明良の首に抱きついた。
「!?どうしたんだ、いったい…」
「いつも…ありがとう…。」
「圭一…」
「さっき、急にいなくなったのに気づいて…探したんだ。」
「ばかだな。私が酒の匂いで酔ってしまうのは知っているだろう?」
圭一はうなずいた。
「慌てて探したら、書斎から僕の歌が聞こえて…。父さんはいつも僕の事、思っててくれてるんだと思った…」
「…当たり前だろう。」
明良は笑った。
「ありがとう…」
圭一の言葉に、明良は首を振った。
「お前の年なら本当は親を煩わしく思う頃だそうだ。…そう言ってくれて、うれしいよ。」
圭一はやっと顔を上げた。そして涙を指で払いながら言った。
「僕、もうお酒飲まない…」
「何言ってるんだ。酒は悪いものじゃない。人付き合いにかかせないものなんだぞ。飲めることに越したことはない。」
圭一は「わかった」と言った。
「でもワイン…苦かった。」
「え?本当に初めて飲んだのか!?」
「ワインは初めてだった…」
「それなのに、グラス1杯飲んだのか!?」
圭一は「1杯だったかな…?」と首を傾げた。。
「やっぱりお前酔ってるんじゃないか!」
明良は慌てた。
「ほら!部屋に行こう!寝た方がいい!」
「大丈夫」
「大丈夫って言ってる自体が大丈夫じゃないんだ!」
明良は圭一を立たせた。
が、すぐに座り込んだ。
「さっきまでしっかりしてたはずなのに…」
明良は圭一の腕を肩に回して、部屋まで、引きずるようにして連れて行き、ベッドに寝かせた。
「父さん…行かないで。」
「えっ!?」
明良は圭一に抱きつかれ、圭一に覆いかぶさった。
「圭一!お前、菜々子さんと違って、力が強すぎて…。」
キャトルがそんな明良と圭一の姿をドアの近くでおすわりをして見ている。
「キャトル!誰か呼んできてくれ!沢原君か秋本君か…って…帰ったんだったか!」
独り暴れている父の姿に、キャトルはため息をついて(なわけはないだろうが、そんな様子で)部屋を出て行った。
(終)