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真実

捜査一課 能田班の部屋-


能田がコピー資料を持って、部屋に戻ってきた。

応接ソファーに座っていた明良は立ち上がって、頭を下げた。


「お待たせしました。どうぞお座り下さい。」


能田にそう言われ、明良は「突然すいません。」と言って座った。


「いえいえ…。ありましたよ。2年前の少年刺殺事件…今はネットのお陰でラインが充実して、全国の資料が取りだせるので便利なもんです。」

「ありがとうございます。」

「確かに北条さんの言う通り、大阪で「市井」という少年が別の学校の2歳年上の少年を刺しています。暴走族には入っていたようですが、本人が反省していることと、刺殺された少年の親が重罪を望まなかったので、少年院に入っていたのも半年だけですね。」

「!そうでしたか…。」

「この少年が、北条さんのプロダクションに来たわけですね。」

「前科とかは構わないんですが…。この子は笑顔を見せない子でしてね。この事件のことで彼がこうなってしまったのか…ちょっと気になりまして。」

「なるほど…」


(この人は本当に相変わらずだな…)と能田は苦笑した。それに気づかない明良が尋ねた。


「彼が、少年を刺したのはなぜですか?」

「刺された少年の方がバイクに傷をつけたとかで、かっとなって刺したと。」

「それだけですか?」

「ええ…本人の自供はそうなっていますね。」

「刺された少年はどうして、バイクに傷をつけたのでしょう?」

「相手の子は死んでしまっていますから、よくわからないのですが、どうも受験シーズンでいらいらしていたそうなんですよ。」

「向こうがですか…」

「それは殺された子の親御さんが言ったそうです。とても感情の起伏が激しい子だったとか…。でも、その子自身はいわゆる優等生なんですね。そんな子が暴走族の子のバイクに傷をつけるというのがちょっと…。かなり勇気が要りますよ。」

「…確かに…」


明良が考える風を見せた。能田もしばらく口を利かなかった。


「…北条さんはその市井という子に笑顔を戻してほしい…とお思いなんですね。」

「…はぁ…」


明良が少し照れくさそうに言った。


「私が思うに…彼は人が信用できなくなっているんだと思うんですよ。…それはたぶん、この事件のことがきっかけだと思うんです。…ただそれだけじゃないような、何かひっかかるものがありまして…。それを見つけられたら、彼が少しでも将来に希望を持てるような気がしましてね…。」

「彼が相澤プロダクションに入った理由は?」

「もちろんアイドル志望です。…でも…それは自分にできることが他になかった…という感じなんですね。1つうまくいかないとレッスンをさぼったり、辞めたいと言ったりするので…。」

「…そうですか…」


普通なら、その時点でやめさせているだろう…と、能田は思った。しかし明良は心の底から心配し、この少年を救おうとしている。


「…ちょっと調べてみましょう。違う事実が見つかるかもしれません。見つかったら、すぐにご連絡いたします。」

「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。」


明良は能田に頭を下げた。


……


明良は車から出た。


「よいしょっと…買いすぎたかな。」


そう呟きながら、スーパーの袋を両腕に抱え、アパートの2階に階段で上がった。そして1つのドアの前に立った。


「市井君。…玄関空いてる?」

「…はい…」


その声を聞いて、明良はドアを開けた。

奥を覗いてみると、言いつけどおり「市井圭一」は、布団の上で寝ていた。今、慌てて体を起こした…という様子である。

さっき、能田と話していた前科のある少年だ。ただ少年と言ってももう18歳だが。

足には包帯が巻かれている。


「今日は何か食べたかい?」


明良がテーブルに袋を置きながら言うと、圭一は首を振った。


「足はどうだい?まだ疼く?」


明良の問いかけに「いえ…大丈夫です。」と圭一が答えた。


「新しいシップも買ってきたから、夕方になったらまた貼り替えるんだぞ。」

「…はい…」


明良はキッチンに立った。


「全く炊事はしていないって感じだな。普段はどうしてるの?」

「…コンビニで…」

「なるほど…私も経験があるが、飽きてくるだろう。」


圭一がコクリとうなずいた。

明良はガスコンロをつけてみた。ちゃんと火が付いたのを見て、ほっとした。

そして圭一に振り返り「今からご飯作るから、それまで寝てなさい。」と言った。


圭一は目を見開いている。


「…副社長が…作るんですか?」

「そうだけど?」

「……」


明良はジャケットを脱ぎ、テーブルの椅子にかけた。


「よかった…ちゃんと包丁もあるな。なかったらまた買いに行かないといけない…」


そんなことをぶつぶつ呟きながら、スーパーの袋の中をがさがさと探っている。

圭一はぼんやりとそんな明良の姿を見ていた。


……


圭一は、テーブルに乗った明良の手料理を驚いたような目で見ていた。


「一緒に食べよう。…私も何も食べていなくてね。」


明良がそう言った。妻の菜々子は撮影で1週間帰って来ない。

テーブルには、味噌汁、ぶりの照り焼き、ほうれん草のごまあえ、豚の生姜焼きが乗っている。御飯はレンジで温めるタイプのものだが。


「多めに作ってみたんだけど…余ったら冷凍室に入れておくから、明日電子レンジで温めて食べるといい。」


圭一はうなずいた。

そして「いただきます」と言って、箸を取った。

圭一が先に手をつけたのは、味噌汁だった。


(へえ…)


明良は少し感心した目で、圭一を見た。わかってやっているのかわからないが、和食の食べ方の礼儀として、汁物から食べるのが決まりだ。

汁物で箸を濡らしておくと、後、ごはん等が箸にくっつかない。


圭一は味噌汁の具を食べ、汁を一口のんだ。具は、しめじと玉ねぎが入っている。


「…薄くないかい?」


明良が自分も味噌汁の椀を持ち上げて尋ねると、圭一は首を振った。


「おいしいです。」

「なら、よかった。」


明良は微笑んで、味噌汁を一口飲んだ。


……



圭一はよく食べた。結局、何も残らなかった。


「まだ足りないくらいかな。」


明良はそう言って、食器を洗い場へかたづけ始めた。


「……あの…洗いものは僕が…」

「だめだめ。足はあまり使わない方がいい。とにかく治るまで寝ているんだ。君はダンスが好きなんだろ?」

「…はい…」

「歌中心だったら、レッスンにも出してやりたいが、ダンスを中心にやりたいんだったら、とにかく治すんだ。…休んでいる間の給料もちゃんと出すから、心配はいらないよ。」

「…!…でも…」

「その捻挫は、言わば仕事中になったものだ。だからこちらにも責任がある。気にすることはないからね。」


明良は皿を洗いながら言った。


「……」


何か、すすり泣くような声がした。

明良は驚いて、水を止めて振り返った。


やはり、圭一が泣いていた。


……


圭一は3日後にレッスン室に現れた。

同期生達が「お久しぶりー」と圭一に声をかけている。

圭一は、軽く頭を下げた。


「もう大丈夫なん?」


大阪から来たという同期生の「木下雄一」が声をかけてきた。


「うん。」

「ちょっと、太ったんちゃうん。」


雄一がそう笑いながら言うと、圭一は驚いた顔をして自分の体を見ている。


「うそ、うそ。」


雄一はそう笑いながら言って、離れて行った。


ダンス講師の「相澤百合」がレッスン室に現れた。社長の姉でもう45歳を過ぎているが、さすが元タカラヅカ男役だっただけに、スレンダーなプロポーションは相変わらずだ。


「あら、市井君。もう大丈夫?」

「はい。」

「副社長のところへ行った?」


その百合の言葉に、圭一は驚いた表情で首を振った。


「心配してたから、レッスンが終わったら副社長室に行きなさい。たぶん午後からは副社長室にいるはずだから。」

「…はい…」


雄一がまた傍に寄ってきて言った。


「ええなぁー、圭一。副社長室にいけるんや。」


本来、新人が役員室に入るのは、入所のあいさつの時くらいである。

圭一はとまどった表情をしている。


……


レッスンが終わり、圭一は私服に着替えると、緊張気味に副社長室に向かった。

しばらくドアの外で立っていたが、意を決して、ノックした。


「はい?」


明良の声が返ってきた。


「…あの…市井です。」

「え!?…もうレッスンに来たの!?」


その声と共に、ドアが開いた。

圭一は驚いて一歩引いた。


「大丈夫なのか?…まぁ入りなさい。」

「失礼します。」


圭一が頭を下げて、副社長室に入った。


……


圭一は、応接セットのソファーに座っていた。明良はコーヒーを入れている。


「コーヒー飲めるよね。」

「あ、はい…」


明良は2つのプラスチックのコップにコーヒーを入れて、持ってきた。そして1つを圭一の前に置いた。

圭一は軽く頭を下げた。


「百合さんのレッスン受けてきたんだ。」

「はい。」

「…本当に大丈夫なのか?また同じところを傷めないように気をつけるんだぞ。捻挫は繰り返すからね。」

「…はい。」


明良がコーヒーを一口飲んだ。そして圭一に「冷めるよ。」と言って、コーヒーを勧めた。圭一も勧められるまま一口飲んだ。


「君は…どうして、嘘をついたんだい?」


突然のその言葉に、圭一は驚いて明良を見た。


「2年前の事件のことだけどね。…前科があると入所試験の時に君から聞いたから、ちょっと知り合いの刑事さんに調べてもらった。」

「!…」

「君が笑顔を見せない理由…。わかったような気がする。」


圭一は驚いた表情のまま、体を堅くしている。


「…2年前の少年刺殺事件…。…君が殺してないね。」

「!?」

「…犯人は君の友人…当時、その高校の生徒会長だ。」

「!!…どうして…」

「だが、その事件はもう君が罪を償っているものとして解決している。今から、その元生徒会長を逮捕しても君は望まないだろう?」

「……」

「…君は、その生徒会長をかばって前科を持ったために、親に勘当され東京に出てきた。君の出身は大阪だったね。」

「……」

「君の言葉数が少ないのは、大阪弁が出るのが怖いからじゃないかな。」


圭一は下を向いた。


「そして君にかばわれた生徒会長は、親の会社の後継ぎとして、何もなかったように大学に行っている。…君が勘当された時点で、連絡も途絶えているんじゃないか?」


圭一の目から涙がこぼれた。明良がしばらく黙ったのち尋ねた。


「どうして…生徒会長をかばったんだい?」

「…普通にしゃべりかけてくれたから…」

「!?」

「僕が暴走族にいるのを知ってても普通にしゃべりかけてくれたんです。僕より年上やのに…生徒会長やのに…。それがうれしかった…」


明良は「なるほど…」とうなずいた。


「あの日…僕と生徒会長は、親に内緒で2人でバイクに乗って走ったんです。…生徒会長も楽しい言うてくれて。…淀川の河川敷で降りて、2人で将来のことしゃべってました。…僕は何も決めてなかった。でも、あいつはもう将来きまっとった。社長の息子やから。…僕はあいつの方がうらやましかったけど、あいつは僕の方がうらやましい言うてました。」

「……」

「その時、なんでや知らんけど…知らん奴がいきなり、置いてたバイクを蹴飛ばして…。」

「…それが死んだ少年かい?」


圭一がうなずいた。


「訳わからんかった。「お前らのんきでええな!」とか「暴走族は死んでしまえ」とかいいながら、バイクを蹴飛ばすんです。僕はなんや怖くて、黙ってみとってんけど、あいつが…生徒会長のあいつが、その子を止めてくれて…。…ナイフを出してきたんは、向こうの方でした。」


明良がうなずいた。


「…うん。それは刑事さんも言っていた。…死んだ子の親がちゃんと「息子のナイフ」だと証言してくれていたね。」


圭一はうなずいて、話を続けた。


「あいつら揉み合っているうちに、2人で川へ落ちてしもて…。みたら、川から血が流れて行くのが見えました。」

「…!…」

「…生徒会長が立ち上がって、ぼんやりしてた。…ナイフはバイク蹴った奴の胸にささってました。」


圭一は両手で顔を伏せて、体を震わせて泣いた。

明良は慌てて、圭一の横に座り頭を抱いた。

圭一は泣きながら、話を続けている。


「その時、誰も周りにおれへんかったから…僕が刺したことにしようって、僕が言いました。あいつはそれはあかん言うたけど…。社長になるの決まってんのに、それを潰したらあかんと思た。将来どうせ決まってないんやから、僕が刺したことにするって…。あわててナイフの柄をハンカチで拭って、僕が握りました。」

「…市井君…」


明良は圭一の頭を抱いたまま、ため息をついた。

突然圭一は頭を上げて、明良を見た。


「…なんでばれたん?…なんで副社長…それ知ってはるんですか?」

「…実は…単にそうじゃないかと、私が思っただけなんだ。」

「!!」

「…刑事さんに調べてもらったのは事実だ。でも特に問題はないと返事が来たんだが…事件の時、君以外にも少年が1人、その現場にいたことを刑事さんがつきとめてくれた。」

「!…」

「…そこで、僕は勝手に推理を立てた。…君が犯人じゃないとね。」


圭一は目を見開いて、明良を見ている。


「…少しでも早く君に笑顔を取り戻してもらいたかった。そのためには君の笑顔がなくなった理由をつきとめなくてはならない。」

「僕のために、なんでそこまで。」

「君を選んだのは僕だ。…つまり、君がこのプロダクションにいる限り、君は僕の息子同然なんだよ。」

「!?」

「…君のこれからの人生は、僕自身にかかっていると思っている。君がすべてを投げ出すまでね。…でも、投げ出させない。絶対に。」

「副社長…」


圭一は涙をぽろぽろこぼして、再び泣きだした。

明良はその圭一の頭を抱き直した。


「これで過去の事は忘れるんだ。そして少しずつでも先を見よう。…わかったね。」


明良のその言葉に、圭一は泣きながらうなずいた。


……


1ヶ月後-


「え!?今、雄一、言うたやんか!」

「僕、そんなこと言うてへんて!」


ゲラゲラという笑い声が、レッスン室に響いている。

周りの同期生達も、圭一と雄一の漫才のような会話を聞いて、笑っていた。


「おかしーなー…俺の聞き違いか?」

「耳おかしいんとちゃうん。ちゃんと耳掃除してるんか!」

「してるわ!」


その時ドアが開いて、相澤と明良が入ってきた。


「!!」


突然の社長と副社長の出現に全員が驚いて、立ち上がり頭を下げた。


「にぎやかだな~…。外まで声が聞こえてるよ。」


相澤が苦笑しながら言った。圭一と雄一は顔を見合わせて、首をすくめた。

明良がくすくすと笑いながら言った。


「市井君と木下君に社長から辞令だ。」

「!?」

「君達は2人で活動してもらう。」

「え!?」


つまりデビューが決まったということだ。2人は驚いて顔を見合わせた。同期生達が拍手をしている。相澤も一緒になって拍手をしながら言った。


「で、コンビ名考えてね。」

「先輩…」


明良が相澤に言った。


「コンビ名って、漫才師じゃないんですから。」


全員が笑った。


「あ、そうか。あ、それいいね!」


相澤が急にそう言うので、明良は不思議そうな表情で相澤を見た。


「君ら漫才師で行こう。」


相澤のその言葉に明良はあきれたように首を振った。


「ノリで決めるのはやめて下さい。」


明良が言った。そして、とまどっている圭一と雄一に向かって言った。


「今のは冗談だからね。君達はアイドルとして活動してもらう。ユニット名を考えておいてくれ。」


明良はそう言って、ドアを開けた。全員が頭を下げた。


「えー…漫才もいいと思うけどなぁ…。雄一と圭一っていうコンビ名で。それか一一いちいちコンビとか。」

「そのままじゃないですか。」


相澤と明良がそう話しながら出て行った。

全員が笑っている。

圭一と雄一は笑いながら、お互いの両手を「パン!」と音を立てて重ねた。


(終)

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