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救出

秋本はマリエと圭一の様子がおかしいことに気づいていた。最近、食堂で一緒に食事しているところを見ない。同じ時間に食堂にいても、離れたところで食事をしている。最近圭一は決まって窓際の席にいる。

今日も食堂に行ってみると、圭一が窓際にいた。そしてマリエは、独りでテーブルで食べていた。


秋本はマリエの方へ行った。

マリエの方が話してくれそうな気がしたのである。


「!秋本さん…」


マリエが立ち上がって頭を下げた。


「俺にはそういうのいいから」


秋本はそう言って座った。マリエも座る。


「最近、どうしたんだ?圭一君と喧嘩でもしたのか?」


そう秋本が言うと、マリエが目を見開いて動かなくなった。


「どうした?」

「私がケイイチを傷つけたの…」

「!何をしたんだ?」

「ここでは言えない…」

「…わかった…後で俺の部屋来てくれ。」


マリエがうなずいた。


……


マリエが秋本の部屋に来た。その時、沢原もいた。

今は休止期間だが、キャトルの存続に拘わるかも知れないとマリエの話を聞きに来たのだ。


「マリエ…何があった?」


秋本が向かいに座っているマリエに聞いた。


「私…ケイイチの前の彼女のことを忘れさせたくて…」

「…ん…」

「先週、思い切って彼女と何があったのか聞いたの。そしたら…ケイイチ…自分のせいで、彼女と自分の間にできた赤ちゃんを堕ろされたんだって…」

「!?」


秋本と沢原が驚いた。


「…別れさせられただけじゃなかったのか…」

「自分のせいで…って…どうして…?」

「ケイイチ…前科持っていて…」


秋本が息を呑んだ。


「前科って…暴走族の時のか?」


沢原がマリエに聞いた。


「人を殺したって…」

「……!」

「そのことを向こうの親に調べられて…ケイイチの知らないうちに…。」


しばらく沈黙が訪れた。

秋本はふと我に返って、マリエに言った。


「マリエ…圭一君に何をしたんだ?」


マリエは下向き加減に、涙ぐんで答えた。


「…私…ケイイチが「人を殺した」って言ったとたん…体が震えてしまって…。急にケイイチが怖い人に見えたの…」

「…それで…?」

「部屋を飛び出してしまったの…」

「!!」


秋本がうなだれた。沢原が何も言えず黙っている。


「後になって考えたら…ケイイチが意味もなく人を殺すわけないって思って…謝りたいけど、電話もメールも返って来なくて…でも…顔を見るのが辛くて…」

「俺が圭一君に話すよ。圭一君の前科のことも調べてみる。」


秋本が言った。


……


「暴走族の間では有名な話だよ。…噂では、マッドエンジェル降臨した時にやったとかって…」

「…!…」


電話の向こうの京子の言葉に、秋本は動揺していた。

京子が続けた。


「皆が「マッドエンジェル」と聞いて恐れるのはそれなんだ。」

「そんな…いくらなんでもそんな…」


秋本はショックを受けていた。

あの圭一が、たとえマッドエンジェルが降臨した時とはいえ、人を殺すなんて思いたくなかった。

…秋本は一瞬悩んだが、副社長室に向かった。


……


明良はため息をついて、秋本に言った。


「…残念ながら、圭一の殺人の前科に関しては本当なんだ」

「!!」


秋本は最後の砦が崩れたようなショックを受けた。


「…でも、知り合いの刑事さんにもお願いして調べてみたら…圭一は殺していなかった。」

「…!…どういうことですか?」

「圭一をかばって、誤って相手を殺してしまった友人の身代わりに、圭一が罪を被ったんだ。」

「…!!」

「ただ記録には、圭一が前科を持ったものとして残ってしまう。」

「…罪を被るなんて…」


思わず呟く秋本に、明良もうなずいてから言った。


「その為に…圭一は親に勘当されたんだよ。」

「……」


秋本は何も言葉が出なかった。


……


秋本は副社長室を出た。

家を追い出されただけじゃない。好きな女性との子どもも堕ろされ、それでも圭一は真実を秘めて生きてきたのだと思うと、秋本の胸が強く締めつけられるように痛んだ。


秋本はマリエに電話をし真実を伝えた。マリエは一層自分の取った態度を悔やみ「もうケイイチと仕事もできない」と電話の向こうで泣いた。


……


その日の夕方-


圭一が窓際でコーヒーを飲んでいた。秋本が横に立った。


「圭一君、おはよう」

「!おはようございます。」

「今から、俺の部屋来てくれないかな…」


圭一は、少し緊張した顔をしたが、「わかりました」と言って立ち上がった。


……


「実はマリエから話を聞いてね。」


秋本はプロダクションの自室で、向かいにいる圭一にストレートに言った。


「!」

「君の前科のことも聞いた。…僕は信じられなくて、副社長に聞いたんだ。」

「……」

「全部、話を聞いた。君が無実だったことも…」


圭一が涙ぐむ様子を見せた。


「マリエは自分の取ってしまった態度を悔やんでる。後になって、君が意味もなく人を殺す訳がないと思ったそうだ。」

「……」

「今は君が無実だったことを知っている。だから…電話でもメールでもいいから、返事してやってくれないか?」


圭一は下を向いた。


「怒ってるわけじゃないんです。」


圭一が言った。


「じゃあ、どうして…?」

「マリエ先輩の怯えた目が…」

「!!」

「どうしても…頭から離れなくて…」


圭一の目から涙がこぼれ落ちた。


「……」

「…僕は…もう…今までのようには…先輩と付き合えない…。仕事も…無理です…」


秋本は何も言えなかった。


……


秋本から話を聞いた沢原が、ため息をついた。


「罪を被るなんて圭一君らしいが…。本人は何もしていないのに、ひどすぎる話だな。副社長に出会えたことが唯一の救いだったわけだ。」


秋本はうなずいた。


「しかし、キャトルはもうだめだな…」


秋本が沢原を見た。


「根が深すぎる。まだ圭一君が怒っていた方がましだった。」


秋本がうなずいた。


「でもマリエの気持ちもわかるよ。いきなり人を殺したことがあるなんて言われて、平常心を保てる人間なんてそうはいないぞ。」

「そうだな…」

「マリエの反応は仕方のなかったことなんだ…」

「……」

「でも…もうどうしようもないだろう…。圭一君もマリエも可哀相だが…キャトルは解散だ…明日、副社長に報告しよう。」


沢原の決断に、秋本は頷くしかなかった。


……


その夜-


「圭一君が帰ってない!?」


秋本が言った。菜々子からの電話だった。


「私のところには来ていません。亮の家には、圭一君は行ったことがないので行くことはないと思いますが…。…とにかく亮に連絡して、車で外を探します。専務達は家にいてください。帰るかもしれないから…。はい!橋にも行ってみます!」


秋本は電話を切り、すぐに沢原に電話をした。


……


沢原の車が秋本のアパートの前についた時、タクシーが後ろに停まり、マリエが降りてきた。


「マリエ!」

「菜々子専務から電話があって…私も一緒に探す!…お願い…乗せて!」


秋本は迷っていたが、うなずいた。


……


橋に行ってみたが、圭一はいなかった。


「後はどこがある?」


沢原がいらいらしたように言った。秋本は首を振った。


「全くわからない…」


マリエが目を真っ赤にしたまま、後部席に座り込んでいる。一番責任を感じているのは彼女だろう。


「もしかして…」


秋本がふと思い付いた。


「どこだ!?」

「プロダクションの屋上…」


その秋本の言葉に、沢原がギクリとした顔をした。


……


プロダクションについた。

警備員に説明して、エレベーターを動かしてもらった。


秋本達はエレベーターに乗り、最上階で降りた。そして屋上に続く階段を上がった。


鉄製の扉をゆっくり開き、屋上へ出た。そして、屋上を見渡した。


圭一は、いた。

それも柵の外へ出てしゃがんでいる。


「!!圭一君!」

「ばか!呼び掛けたら…」


沢原が慌てて秋本を押さえた。

圭一がこちらを向いた。


「圭一君!早まるな!」


沢原が言った。マリエが両手を口に当てて立ち尽くしている。


「来ないで!」


圭一が言った。


「圭一君…」


秋本はどうしたらいいかわからない。もしここで圭一が飛び降りたりしたら…。


「誰も来ないで下さい。でないと…」

「わかった!行かないから早まるな!」


沢原がそう言ったが、圭一がしゃがんだまま下を見た。そして体を乗り出した。


「圭一君!やめろ!」


思わず秋本が駆け寄ろうとした。


「つかまえた!」


圭一の声がした。


「!?」

「猫!」


圭一が言った。


「?猫?」


圭一が立ち上がった。子猫を胸に抱いている。


「!!」


秋本達はしばらく立ち尽くした。


「危なかったんですよ!沢原先生の声聞いて、この子、飛び降りかけて…」


圭一は柵の向こうから、子猫を差し出した。


「ちょっと、誰かこの子猫受け取って…」


マリエが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら駆け寄り、子猫を受け取った。


「すいません」


圭一はそうマリエに言うと柵に足をかけて飛び上がり、マリエと一緒に駆け寄っていた秋本の前に飛び降りた。


「よかったー。危なかったんですよ…。猫でもこの高さから落ちたら…」

「圭一!!」


秋本は思わず呼び捨てで怒鳴った。


「…はい…」

「どれだけ心配したと思ってるんだ!!」

「…ごめんなさい…」


圭一は秋本の前で下を向いている。


「副社長も菜々子専務もお前が帰らないから心配して、俺達に電話してきたんだぞ!」


それをきいた沢原が慌てて携帯を取り出し、明良に電話をかけた。

マリエは泣きじゃくりながら子猫を撫でている。子猫は気持ちよさそうに、マリエの胸で目を閉じていた。


「ずっとここにいるつもりだったのか?」


秋本の言葉に、圭一はうなずいた。


「独りで…自分なりに考えをまとめたくて…いろいろ考えているうちにいつの間にか、プロダクションが閉まる時間が過ぎていたんです。…このまま一晩すごしてもいいかなって思っていたら…子猫の声が聞こえて…近寄ったら逃げるし…離れたら鳴くしで…」


秋本はため息をついた。


「お前が飛び降りるかと思ったんだぞ…。」

「ごめんなさい…」


秋本が圭一の頭を抱いた。


「心臓が止まるかと思った…」


言って秋本が泣き出した。


「秋本さん…!」

「勘弁してくれよ…ほんと…。お前死ぬかと思った…。」

「ごめんなさい…」


沢原が近づいて来て、秋本と圭一の肩に手を乗せた。


「また4人で…キャトルで仕事できるか?」


秋本が体を離して圭一を見た。圭一が沢原にうなずいた。

沢原はマリエを手招きした。マリエが遠慮がちに近寄ると、沢原がマリエの体を引き寄せ圭一の体に押し付けた。

マリエは子猫を抱いたまま、圭一に抱きしめられた。

マリエが涙声で言った


「ごめんね。ケイイチ…」


圭一がマリエを抱いたまま、首を振った。


……


圭一に助けられた子猫は「キャトル」と名付けられ、北条家で飼われることになった。

朝早くに病院に連れて行き、注射を打ってもらった。キャトルはキジ猫のメスだ。一番メロメロなのは菜々子だった。


「どうやって、あんなところまで上がったのかしら…」


リビングのソファーでキャトルを撫でながら、菜々子が言った。

隣で座って見ていた圭一が言った。


「非常階段を上がって行ったんでしょう。…親とはぐれて必死に探したんじゃないかとお医者様が言ってました。」

「まぁ…。可哀相に…。キャトル、もう大丈夫でちゅからねー!」


菜々子がキャトルを抱き上げ、頬ずりした。

圭一がその菜々子に笑った。


「さ、母さん…もうすぐ車が来ますから、キャトル、プロダクションに連れて行く準備しなきゃ。」

「そうね!…今日仕事になるかしら…」

「母さん!もう…。」


圭一が立ち上がって笑った。


「父さんもほったらかしにするから、寂しそうでしたよ。さっき見送らなかったでしょう。」

「!!やだ!…私すっかり!」


菜々子が両手で口を押さえて言った。圭一が懇願するように菜々子に言った。


「プロダクションについたら、父さんの所に行ってキスしてあげて下さい。…ほんっとに寂しそうでしたから!」

「もう…明良さんって子どもみたいなところあるんだから…。」


圭一が苦笑した。


(終)

<番外編-キャトルの力>


キジ模様の子猫「キャトル」は、タレント事務所「相澤プロダクション」の専務室で女子研究生達にもみくちゃにされていた。

普通、猫は触られ過ぎるのを嫌がるのだが、キャトルはじっと堪えているようだ。


専務の北条きたじょう菜々子が苦笑しながら、そんな女子たちに言った。


「もうすぐ、ボイスレッスンの時間よ。」

「はぁい」


女子たちが、名残惜しそうにキャトルを籠に入れた。

解放されたキャトルは自分の体を舐め、毛並みを整え始めた。


女子達は菜々子に挨拶をして、部屋を出て行った。

やがて、キャトルはふかふかの毛布の中に体をうずめるようにして丸くなった。


「おとなしい猫ですね。」


マネージャーが言った。


「そうねぇ。お腹が空いたらうるさくなるけど。」


菜々子がそう言って笑った。


「もう通常食なんですか?」

「ええ、もういいみたい。圭一君が連れて帰ってからすぐ缶づめ食べさせたら、バクバク食べたからびっくりしちゃった。」

「よほどお腹が空いていたんですね。」

「それにいきなり寝るのよ。走っていたかと思ったらパタン!って倒れて。びっくりして抱きあげたら、寝てるの。」


マネージャーが笑った。


「それはびっくりしますよね。」

「死んだのかと思ったわ。」


菜々子が笑って、机の横にあるカゴの中を覗いた。


「…撫でられ続けて、疲れ果てたみたいね。よく寝てるわ。」


菜々子がそう言った時、ノックの音がした。


「はい?」

「圭一です。」

「あら、どうぞ。」


北条きたじょう圭一が入ってきた。

缶詰や猫じゃらしやトイレ用の砂の入った袋を両手で抱えている。


「ありがとう。圭一君。」

「沢原先生が車を出してくれて…」

「あら、明良あきらさんは?」

「父さんは、今日出張ですよ。…朝言ってたでしょ?」

「…聞いてなかった…」

「もう~…父さん、そのうちグレちゃいますよ。」


圭一の言葉に、マネージャーが笑った。


「そうね。気をつけなきゃ。」


菜々子が肩をすくめて言った。


「キャトル…寝てるのか…」


圭一が残念そうに、籠を覗いて言った。


「さっきまで、研究生の女の子達にもみくちゃにされてたのよ。」

「それは疲れるでしょうね。」


圭一は名残惜しそうに立ち上がった。


「また来ます。」

「ええ。」


菜々子は圭一に手を振った。圭一も振り返して、ドアを出て行った。


突然、キャトルが目を覚まして顔を上げた。


「にゃぁ」


その鳴き声を聞いて、菜々子が「あら」と籠を覗き込んだ。


「もう起きたの?キャトル。」


キャトルは菜々子に向かって、鳴き続けている。


「お腹すいたのかしら?ちょっと待ってね。今、あげるわ。」


キャトルはドアに向かって走り出し、ドアをひっかき始めた。


「キャトル!?…どうしたの?」

「外に出たいんでしょうか…」

「…でも…」


キャトルの鳴き声が何か異常な気がした菜々子は、ドアを開けてみた。

するとキャトルが廊下を走った。

そして、エレベーターを待っていた圭一の背中に飛びついた。


「うわっ!!」


圭一が驚いて、背中から肩によじ登ったキャトルの頭を撫でた。


「キャトル、どうしたの?追いかけて来てくれたの?」


圭一が嬉しそうにそう言って、キャトルを肩から下ろし抱いた。

キャトルが圭一に向かって鳴き続けている。


「?…どうしたの?キャトル…」


何か鳴き方が尋常じゃないような気がした。


「!…」


圭一はとっさに携帯を取り出した。

そして、出張に出ている明良に電話をした。


5コール程して、明良が電話に出た。


『圭一?どうしたんだ?』

「父さん、今どこ?」

『今?車でそっちへ向かって…』


その時、電話の向こうから「ドーン!」という大きな音がした。


「!!父さんっ!?」

『…大変だ…』


明良の動揺した声が返ってきた。

圭一はほっとしたが「どうしたの!?」と言った。


『今、トラックの追突事故が…。…救出手伝うから、後で電話する!』

「父さんっ!!」


電話が切られた。


……


圭一は、同期生の木下雄一とのユニット「First」の新曲のため、ダンスレッスン室で振り付けの稽古をしていた。


「…ごめん…」


圭一は途中で踊るのをやめ、鏡の前のバーにかけてあるタオルを取り、汗を拭いた。


「…副社長…心配やな。」


雄一も踊るのをやめ、音楽を止めた。


「…ん…。救出手伝う…言うてたから、大丈夫やとは思うんやけど…」

「救出手伝うってか。…副社長やなぁ…。」


2人は汗を拭きながら床に座った。圭一が考え込むように言った。


「もしキャトルが騒がなかったら…父さん…追突事故に巻き込まれてたかもしれへん。」

「猫は「魔除け」言うもんな。」

「えっ!?ほんま?」


雄一の言葉に、圭一が驚いた。


「知らんかった?猫は悪霊とか払ってくれる…いうて、昔から言われてんねん。よく黒猫とか死の遣いやとか言うけど、実は逆でご主人様を守ってくれるらしいで。」

「じゃぁ…キャトルは…早速父さんを助けてくれたんかな…。」

「かもな。ただ、キャトルが鳴いただけで気がついた圭一もすごいわ。」

「…なんか、キャトルの必死に鳴いてる顔見てたら、父さんの顔が浮かんだんや。…それで…」

「へえー」


その時、ビルにアナウンスが入った。


「北条圭一君、専務室まで。」


圭一がはっと顔を上げた。雄一がほっとした表情で言った。


「副社長帰ってきたんちゃうん?」

「うん!行ってくる!」

「今日、この後レッスンどうすんねん。」

「ごめん。今日は無理!」


雄一は「わかった」と言って笑った。

圭一は雄一に手を合わせて謝りながら、レッスン室を出て行った。


……


「圭一から電話がかかってきたから、車を路肩に寄せて電話に出て…ほんとすぐだった。…あのままあの車線走ってたら、私も巻き込まれてたな。」


専務室のソファーで、明良は膝で丸くなっているキャトルの体を撫でながら言った。

キャトルは気持ちよさそうに目を閉じている。


「…助けてくれたのかなぁ…」


向かいのソファーに座っている菜々子が「きっとそうよ。」と言った。

菜々子が明良に言った。


「ニュースで見たら、死亡者が出たって…」

「ん。私が駆け寄った時は追突した方のトラック運転手はだめだったように思うよ。トラックのタイヤに乗って、運転席の窓を叩いてみたが反応がなかったからな。」

「もう…明良さんも危ないことしないでよ。」

「…ごめん…」


その時、膝で目を閉じていたキャトルが顔を上げて「にゃあ」と鳴いた。


「はは…。謝ることないって言ってるよ。」

「まさか!私に同意してくれてるのよ!ねぇ、キャトル?」


キャトルはまた丸くなって寝てしまった。


「…不思議な子だなぁ…。」


明良が微笑みながら言った。


ドアがノックされた。


「はい?」

「圭一です!」

「入って。」


圭一が部屋へ入ってきた。


「父さん!…よかった無事で。」

「心配かけたね。…圭一が電話してくれたおかげで無事だったよ。」

「教えたのはキャトルだよ。」


明良の横に圭一が座ると、キャトルは一旦明良の膝の上で伸びをしてから、圭一の膝に移った。


「あらあら…浮気者ね。」


菜々子が笑った。


「若い子の方がいいのか。」


明良が言って笑った。


「だけど圭一、どうして私だと思ったんだ?」

「なんとなく…。キャトルが必死に鳴く顔を見てたら、父さんの顔が浮かんだから…電話して…」

「へえー…」

「私はそんなこと思いつかなかったわ。缶詰あげようとしたくらいだから…」


菜々子がそう言って笑った。


「わざわざ圭一を追いかけて行ったということは、圭一ならわかってくれると思って行ったんだな。」

「…僕、キャトルに猫って思われてるのかな…?」


圭一がそう言うと、キャトルが顔を上げて「にゃあ」と鳴いた。圭一が驚き、菜々子が笑った。


「…どうもそうらしいな。」


明良がそう言って笑った。


(終)

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