quatre(キャトル)
マリエ、圭一、秋本、沢原はアルバム制作のレッスンを終え、食堂でランチを食べていた。
「あー…いっぱい歌った後のごはんっておいし。」
マリエが言った。
秋本と沢原が笑った。が、圭一は表情が固い。
「どうした?圭一君。」
秋本が聞いた。
「…ジャズピアノって難しいですね…」
圭一がそう言って、ため息をついた。
「こらこら、そういうことはご飯食べてから悩め。消化不良になるぞ。後で個人レッスンしてやるから。」
沢原が圭一を励ますように言った。
「はい!」
圭一は嬉しそうに答え、スープを飲んだ。
「ケイイチ、やっぱり歌おうよ。」
マリエが隣に座っている圭一に言った。
「歌はもっと難しいですよ…。」
「そんなことはないだろう。「星に願いを」くらいだったら、お前でも十分歌えるんじゃないか?」
「あっ!それいい!ケイイチに歌って欲しい!」
「もちろんオペラで歌うなよ。普段の声でだぞ。」
「はぁ…でも、ピアノもまだまだなのに…」
「若いうちはやりかけでもいいから、なんでもやってみるんだ。きっと将来損はしないから。」
沢原がそう言い、秋本が「確かにな」と同意している。
「ねっ!ケイイチ、歌ってみようよ!」
「…わかりました。」
圭一が微笑んでマリエを見た。マリエが「やった!」と言った。
「今日は?どうする?」
秋本が言った。沢原が答えた。
「俺は圭一のピアノを見るつもりだけど…」
「私「I Can’t Help Falling In Love With You」をもうちょっと歌い込みたい。」
「なるほどね。じゃ、俺もピアノやるか。」
「秋本は自室だけど、防音室、毎日毎日俺たちが占領しちゃってるけど…いいのかな…?」
「何かあったら、内線してくるだろ?」
「そうだな。」
4人は黙って、ランチを食べ始めた。皆同じ「日替わりランチ」だ。
今日は「チキンソテーのトマトソースがけ」がメインのおかずだ。食堂でも1,2を争う人気だった。
「美味しかった!デザート買ってくるー!」
「はやっ!」
立ち上がってカウンターに向かうマリエに、秋本が思わず言った。
「早食いなのに、太らないんだよな。マリエ。」
「それも、いつも甘そうなデザートだしさ。」
「うちのデザートは砂糖使ってないから大丈夫なんですよ。」
「おおお。」
「アイスクリームも乳脂肪だけじゃなくて、豆乳も混ぜているんだそうです。」
「さすが、相澤食堂!」
沢原がそう言うと、秋本と圭一が笑った。
「…なんか、食堂のイメージが変わる…」
「でも、社長は結構そういうネーミング好きだから喜ぶかも。」
「相澤祭だってそうだもんな。」
3人が笑った。
「フルーツパフェにしちゃったー。」
マリエが戻ってきて、こぶりのパフェを乗せた盆を置いた。
「…全部食べれんの?」
「?…もちろん!」
「…女の子は別腹があるってほんとだな。」
「はい、ケイイチ。ひと口あげる!」
マリエがスプーンにアイスクリームにキウィのかけらを乗せて、圭一に向けた。
圭一が「えっ!?」と秋本たちの方を向いた。
「いいって、いいって。」
沢原がそう言うと、秋本が「…早く食べないと、俺が食べるぞ。」と言った。
圭一は慌てて、スプーンに乗ったアイスクリームを食べた。
「食べられたくないんだ。」
沢原がそう言って笑った。秋本も笑っている。圭一は恥ずかしそうに笑った。
・・・・・
全員が食事の後のコーヒーを飲み終えると、沢原が「圭一君、行くか。」と言って、盆を持って立ち上がった。
圭一も「はい」と答えて、慌てて盆を持った。
マリエが立ち上がった圭一に言った。
「ケイイチ、Je vous aime!」
圭一は顔を赤くしたが「j’aussi」と答えて、カウンターに向かった。
先に立ってカウンターに向かった沢原が振り返り、「おいおい」と言った。
意味がわかっているらしい。
だが秋本にはわからなかった。
「…マリエ、なんて言ってたの?」
秋本がマリエに尋ねた。
「内緒!」
「えーーー?」
秋本がふてくされた表情をした。マリエは笑いながら、コーヒーを飲んでいる。
……
「マリエは圭一に「愛してる」って言ったんだよ。」
翌日、食堂で沢原が秋本に言った。
「え?「ジュテーム」じゃないの?」
秋本がそう言うと、沢原は「同じ意味だ。」と言った。
「丁寧な言い方っていうのかな。「Je t’aime」って言っちゃったら周りにばれるから、マリエはそう言ったんだろう。」
「なるほど…で、圭一君が答えたのは?」
「英語で「me, too」だよ。」
「わー!やられたっ!!」
秋本が目に手を当てて、体を反らせた。
「…おそっ…」
「意味がわからなかったんだから、仕方がないだろう。」
沢原の突っ込みに、秋本がふてくされながらコーヒーを一口飲んだ。
沢原が笑った。秋本は感心したように言った。
「…圭一君はフランス語もできるんだ…」
「いやたぶん、オペラで出てくる単語ぐらいだと思うよ。」
「フランス語で歌った事あったかな…???」
「大抵の歌は歌ってるみたいだよ。何でも圭一君は熱心だからね。この前は「ダッタン人の踊り」をロシア語で歌ってたし。」
「あれロシア語だったんだ!」
沢原が笑いながら、コーヒーをひと口飲んで言った。
「お前は本当に根っからの楽器弾きなんだな。」
「讃美歌は歌ったことはあるけど…他はさっぱり。」
「ボーイソプラノのソリストだったんだろう?歌う素質はあるだろう。」
「…歌うの怖くてさ。たぶん、だみ声しか出せないよ。」
「やってみろよ。ボーイソプラノってのは、裏声だろう?お前、カウンターテナーくらいはいけるんじゃないか?」
「いやいやいや…」
「「もののけ姫」とか歌ってみ?」
秋本は沢原の言葉に笑って、一旦持ち上げたカップを置いた。
「歌えないって。」
「お前が歌えたら、4人でアカペラやるんだけどなぁ…」
「4人でアカペラ?」
「俺も酒飲まなくても歌えるようにレッスンしてるんだ。」
「へえー?何でまた?」
「社長から何度もラブコールがあるもんでね。」
「お前は「バスバリトン」だな。」
「ん。で、圭一君がテノールだろ?マリエがソプラノ、お前がカウンターテナーできたらさ、4人で1曲歌えるってわけだ。」
「…そそるなぁ…それ…」
「だろだろ?…いっぺん、サプライズでやりたいんだよな。レコーディングしてもいい。」
「いや、でも無理っ!!」
秋本が両手で目を覆った。
「こっそり歌ってみようぜ。…内緒で聞いてやるからさ。」
「笑わないか?」
「笑わないよ。…たぶん。」
「…やっぱりやめた。」
「わかった!絶対に笑わないっ!」
「「もののけ姫」は歌わないぞ。」
「わかったわかった。」
沢原が笑いながら言った。
……
「カウンターテナーいけるじゃないか!」
沢原が言った。秋本は歌い終わるとすぐにソファーに座って、赤くなった顔を両手で塞いでいる。
秋本が歌ったのは、今回アルバムにも入れる「Over the rainbow」だった。
秋本がここまで照れるのは珍しい。
「大丈夫だよ!優!…恥ずかしくないって。別に。」
「俺、やっぱり無理だ。バイオリンとかピアノとかなら顔を伏せることはできるけど、歌う時、前をみなきゃいけないのがつらい…」
「そうだ!お前、弾き語りできるか?」
「…やったことないけど…」
「弾き語りなら、歌う顔とか気にしなくていいじゃないか。」
「!…なるほど。」
「さっきの「Over the rainbow」を弾き語りで練習してみろよ。で、圭一君達に聞いてもらおう。」
「…わかった…やってみる。」
秋本はため息をつきながら心を決めたように言った。
……
「quatreか…いいね。」
相澤が社長室でマリエ達、4人を前に言った。4人のユニット名である。
「quatre」とは、フランス語で「4」を表す。
最初からマリエはそう決めていたようだが、圭一が外された時に一旦ユニット名の命名は棚上げとなっていた。
アルバムができるまでに考えようと言っていたが、圭一が戻ってきたことで、マリエが提案した。
「必ず4人で…という意味で決めました。誰かが一人抜けることになったら「キャトル」は解散しなきゃいけなくなるけど…」
マリエのその言葉に、明良が圭一をふと見て微笑んだ。
圭一はそれに気づいて、照れ臭そうにうつむいた。
「で、そろそろレコーディングはできそうか?」
相澤が言った。4人は顔を見合わせて、困ったように首を傾げている。
「まだ無理なのか?」
「曲は決まってるんですが、実はやりたいことがいろいろ出てきましてね。」
沢原が言った。
「あと1週間もらえますか?」
「こっちは待ちきれないんだけどね。」
相澤が沢原の言葉に笑いながら言った。明良もうなずいている。
「そこをなんとか…」
「わかった。その分、期待は大きいぞ。」
「…それも…困るんですが…」
沢原が頭を掻きながら言った。相澤と明良が笑った。
……
1週間後-
レコーディングが始まった。
相澤プロダクションの「レコーディング室」で「キャトル」のメンバーは、今までにない緊張した様子で座っている。
レコーディング担当のスタッフ達も何かその4人の緊張につられたように、表情が厳しい。
「だめだめ!」
沢原が急に自分の顔を両手で叩いて言った。
「楽しくやらなきゃ…。」
秋本が「そうだな」と大きく息を吐いて言った。
マリエと圭一も、苦笑したような顔を見合わせている。
「よし、行こう!」
沢原のその言葉と同時に、4人は立ち上がった。そして「よろしくお願いします!」とスタッフに頭を下げた。
……
結局レコーディングは、丸2日間かかった。まだ早く終わった方かもしれない。
それでも、レコーディングが終わった後、4人はくたくたになっていた。
全部マリエが歌うと思っていたスタッフは、沢原を始め、圭一、秋本もソロで歌ったことに驚いていた。秋本などは弾き語りだ。
そして、一番最後に4人が指を鳴らしながらアカペラで歌った「White Christmas」は、歌い終わった後、大きな拍手が起こった。
スタッフから評判を聞いた相澤と明良は、スタッフに少しでも早く編集作業を終わらせるように頼んだ。
そして、とうとう編集作業が終わり、相澤と明良はできたてのアルバムを聞いた。
やはり、最後の「White Christmas」で、2人は驚いていた。
「…はもってるよ。」
「…はもってますね…」
「…秋本君が歌えるとは…」
「圭一よりも高い声ですよね。裏声を出してる…」
「よし!!告知を急ごう!絶対に売れる!」
「先輩まだですよ!ジャケット撮影とかまだしていないじゃないですか!」
「…あ、そうか。」
相澤のハリキリに、明良は苦笑した。
(終)