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逆上


秋本と圭一が『ライトオペラ』の新曲のレッスンを終えて食堂に行くと、沢原が先にコーヒーを飲んでいた。周りには女子アイドル達が囲んでいる。


「常務効果ですね。」


圭一が沢原を指差して言った。秋本が苦笑した。


「はーい、邪魔するよー!」


秋本が沢原の後ろから声を掛け、肩にのしかかった。

沢原が迷惑そうに、秋本を見上げた。


「今、いいところなのに。」

「だから「邪魔するよ」って言っただろ?」


そう言って、沢原の隣に座った。


「ここに来たら、ここの女子に奢らなきゃいけないんだぞ。」

「お安い御用だ。…何がいい?ご飯食べた後ならデザートかな?好きなもの買っておいで。」


秋本が1人の女の子に万札を渡して言った。


「ありがとうございまーす!秋本常務ー!」

「お釣りはちょうだいね。」


女子たちが「はーい」と言って、全員離れて行った。

沢原が秋本に笑いながら言った。


「釣りはとっとけぐらい言えよ。」

「お前はどうしたんだよ。」

「ちゃんともらったよ。」


沢原の答えに、秋本が吹き出した。

圭一が自分と秋本のコーヒーを盆に乗せて戻ってきた。


「はい。秋本さん。」

「おお!ありがとう!」


圭一が秋本の前にコーヒーを置き、釣りの小銭を渡した。


「…また、コーヒー代で副社長の息子を顎で使って…。職権乱用じゃない?」

「役員になる前から、顎で使ってるもん。」

「自慢するなっ!」


圭一が笑いながら、そのまま他のテーブルへ移動しようとした。


「ん?圭一君どこ行くの?」

「僕はゆっくり独りで飲みます。」

「え?…悪いね。なんか。」

「いえいえ。」


圭一が外を見下ろせる窓側の席に座った。


「…本当の女嫌いってああいうのじゃないのか?」


沢原が秋本に言った。秋本が驚いたように沢原に向いた。


「圭一君は女嫌いなのか?」

「…女嫌いというか…恐怖症じゃないのかな。そんな感じがするんだ。」

「…何かあったのかもしれないな。」


秋本が呟いたその時、女子達が戻ってきた。

圭一の後ろ姿が2人から見えなくなった。



女子達がダンスレッスンの時間になり、沢原達から離れて行った時、圭一はまだ窓際にいた。

ただ隣にマリエが座っていて、2人で何か少し神妙な顔をして会話をしている。


「…女嫌いじゃないじゃない。」


秋本が少しほっとして言った。沢原が「ありゃ?」と言ってコーヒーを一口飲んだ。


「マリエとはチークダンスもしていたな…。成り行きだろうけど。」

「…くっつけちゃいたいねぇ…」

「お、いいねぇ。マリエの方が年上だけど。」


2人はにやりと笑って顔を見合わせた。

その時、いつの間にか圭一が向かいの席まで来ていた。


「何、にやついているんですか?ダブル常務。」

「まとめるなっ!」


圭一の言葉に、秋本が言った。

圭一が笑いながら、前の席に座った。

沢原が尋ねた。


「マリエは?さっき、しゃべってたじゃない。」

「先輩はデートだそうですよ。」

「なんだって!?」


急に2人に大声を出されて、圭一が驚いた。


「そりゃ、彼氏ぐらいいるでしょう。」

「圭一君は知っていたのか?」

「ええ。パーティーの時に聞いてて…」

「何話してたの?」

「それは、先輩のプライバシーにかかわる事なんで、内緒です。」

「圭一君、堅いなぁ…」

「あ、コーヒーおかわり入れてきましょうか?」

「頼む。」

「俺も。」

「はーい。」


コーヒーはおかわり自由だ。

圭一は盆に3人分の空のカップを載せてカウンターへ向かった。


「…彼氏がいたかぁ…」

「だから圭一君は、マリエとは話せるんだな。」

「やっぱり…恐怖症なのかなぁ…」


2人はコーヒーを入れている圭一の後ろ姿を見て、ため息をついた。


……


その夜-


晩御飯を食べた圭一は自室で寝ころびながら、考え事をしていた。

マリエの事である。


……


今日の昼、食堂で外を見下ろす窓際で独りコーヒーを飲んでいると、突然マリエが横に座った。

圭一は驚いたが「先輩!」と言って一瞬立ち上がろうとしたが、マリエが「堅苦しい事はなし」と言ってくれたので、そのまま頭を下げた。


「独りなの?」


マリエがコーヒーを一口飲んでから言った。


「いえ。」


圭一は、苦笑しながら後ろを振り向き、女子研究生に囲まれている沢原と秋本を見て言った。


「僕は遠慮しました。」

「あらま。常務さん達、鼻の下伸ばしちゃって。」


マリエも沢原達を見て言った。圭一が前に向き直って笑った。


「圭一君は…あまり女の子に慣れてないみたいね。」

「…ええ…まぁ…」

「嫌いなの?」

「そうじゃありません。女の子と付き合ったこともありますよ。」

「そう。今はいないの?」

「ええ。…先輩は、今日はデートじゃないんですか?」


圭一はパーティーの時に、つきあっている男性がいることをマリエから聞いていた。


「あと10分くらいしたら、出ようと思ってるんだけど…」


マリエが腕時計を見ながら言った。


「…気が重いの。」

「!?…どうしてですか?」

「…最近、彼が結婚をほのめかしてきてね…」

「!…結婚ですか…」

「まだ1年しかつきあっていないのに…いきなり結婚って言われたって…。私、今、やっと夢が叶っているところなのに、結婚したら壊れそうな気がするのよ。」

「…そうですね…」

「それに、私まだ21よ。身を固めるって年齢じゃないし…」

「…相手の方はおいくつですか?」

「25…。確かに向こうにしたらいい年かもしれないけど…。仕事をとるか、彼をとるかって…まさかこんなに早く決めなくちゃならない日が来るとは思わなかった。」

「…結婚されたら、プロダクションやめちゃうんですか?」

「…私…不器用なのよ。家庭と仕事、両立なんて絶対できないって、自分でわかってる。だから結婚する時はアイドルをやめる時って前から決めてたんだけど…まだ辞めたくないの。」

「…プロダクションからしても、マリエ先輩がいなくなっちゃったら困ると思います。」

「ケイイチ!うれしいこと言ってくれるわね!」


マリエが圭一の肩を叩いた。圭一が笑った。


「今日もきっとその話になると思うんだけど…。…今は、仕事を取っちゃうと思うから…別れるかもね。」

「…先輩は…大丈夫なんですか?別れても…」

「そりゃぁねぇ…。好きじゃないわけじゃないから辛いけど…。仕方がないわよ。彼が運命の人なら、別れないで済むかななんて思ってるんだけど。」

「……」

「今は…運命の人とは思えないわ。」

「…先輩…」


マリエは時計を見た。


「そろそろ行かなくちゃ。話聞いてくれてありがとね。ケイイチ。」

「いえ…何もお役に立てませんでしたけど。」

「ううん。聞いてくれるだけでもすっきりした。」

「お気をつけて。」

「ええ。」


マリエは盆を持って、カウンターへ行った。

圭一は心配そうにマリエの背中を見送った。


……


そのことを思い出しながら、何かよくない不安のようなものが圭一の胸に広がっていた。


「たぶん…別れちゃうだろうなぁ…先輩…。」


圭一はため息をついた。マリエが可哀想だと思った。

圭一自身は、自分の前科のために彼女と別れさせられた。それはまだ自分の責任だと思う事ができる。

だがマリエの場合はマリエが悪いわけじゃない。と言って、彼が悪いわけでもない。どちらも悪くないのに別れなければならないことが可哀想なのだ。


「圭一君!!起きてる!?」


菜々子の声がした。圭一は何かただ事じゃない母の声に体を起こした。


「はい!」


そう言って、ベッドから降り、ドアを開けた。


「今、明良さんから電話があったんだけど…マリエちゃんがどこにいるか知らないかって…」

「先輩が!?いえ…僕にはわかりませんけど…。」

「…そう…」

「先輩、帰ってないんですか?」

「そうなんだって…。今、マリエちゃんのお母さんから、プロダクションに電話があって…今日は早く帰るって言ってたのに、帰って来ないって…」

「…先輩…今日は、彼とデートだと言っていましたが…」

「え!?そうなの!?」

「ええ…」

「明良さんにそれ言ってみるわ。」

「はい。」


菜々子はリビングに戻り、受話器を上げた。


……


圭一と菜々子はリビングのソファーに、それぞれ落ち着かない様子で座っていた。


「…まだマリエちゃん、見つからないのかしら…」

「おかしいですよね。…マリエ先輩も有名人ですから、どこかで目撃されてもおかしくないと思うんですが…」

「そうよね。かつらをかぶっているとは言っても…レポーターに追われることだってあったし…。」


電話が鳴った。菜々子が急いで受話器を取った。


「明良さんっ!?…マリエちゃん…え?…どういうこと!?」


圭一が菜々子に駆け寄った。菜々子が真剣な表情で明良と話している。

菜々子が受話器を置いた。


「母さん…父さんはなんて?」

「マリエちゃんの携帯からお母さんの携帯にメールがあったそうなんだけど…彼氏の部屋で閉じ込められて、帰してもらえないそうなのよ。」

「!?」

「それで、明良さんが能田さんに連絡して、マリエちゃんの自宅に一緒に行くって。」

「彼氏の家というのは、どこにあるんですか?」

「さぁ…それは聞いていないわ。」

「閉じ込めるなんて…」


たぶん、結婚を断られて逆上したのだろうと思うが…自分勝手すぎる…と圭一は思った。


「僕…プロダクションに行きます。」

「圭一君は行かなくてもいいのよ。」

「いえ…じっとしてるなんて無理です。」

「…じゃ、明良さんに連絡しておくわ。」

「はい。」


圭一は、玄関に向かった。


……


家の近くの国道で、圭一は秋本のバイクを待っていた。

マリエのことを言うと、秋本はすぐに来てくれると言ってくれた。


秋本のバイクが圭一の傍に留まった。

圭一は秋本からヘルメットを受け取り、自分もかぶると、秋本の後ろに乗った。


「しっかりつかまってろよ!まずはプロダクションに行けばいいんだな!」

「はい!」


秋本はバイクを発進させた。


……


プロダクションについて、圭一は副社長室のドアをノックもせずに開いた。

誰もいなかった。ライトがついたままである。

明良が慌てて部屋を出て行ったのが窺えた。


「副社長…マリエちゃんの家に行っちゃったのかな…。」

「みたいですね…」


圭一が、電話機の傍にあるメモを見た。

メモにボールペンで書かれた跡のへこみがあった。

明良がボールペンでメモを取り、そのメモを破って持って行ったのだろう。そして2枚目にその跡が残っているのだ。


圭一は、引き出しの鉛筆を取り出して、メモを鉛筆で軽く塗った。


「?圭一君、何をしているんだ?」


メモに白い文字が浮き出した。


「!!住所だ…これ…もしかしてマリエの彼氏の住所か!?」


秋本が言った。圭一は、秋本と顔を見合わせた。



……


圭一達はメモにあった住所についた。ベランダ側の道路にバイクを置いた。

やはりマリエの彼のアパートの住所だった。独り暮らしのようだ。

反対側の玄関の方から、明良と能田がマリエと男の名前を呼んでいるのが聞こえる。


「…くそ…親と同居だったらなんとかできるのにな…。それも…2階のど真ん中の部屋か。」


秋本が部屋を見上げて、言った。

圭一も困ったようにうなずいた。


「ベランダから侵入して…中の様子を見なきゃ…」

「…不法侵入もやむなしってわけか。」

「ええ。」

「マッドエンジェルは降臨させるなよ。」

「…あれは、自分でもなんともできないんですよ。」

「それは困ったな。」


カーテンが揺らぎ、マリエが出ようとするのを、彼氏らしい男に引き戻されたのが見えた。


「!!…先輩が!」

「…やばい状況のようだな…。」


小さく悲鳴のような声が聞こえた気がした。


「!!…僕、行きます!」

「圭一君!」


圭一は1階のベランダの柵に登り、2階の柵にぶら下がった。普段からジムで鍛えている腕で懸垂をするように、自分の体を持ち上げ、2階のベランダの中へするりと入った。

秋本は思わず「さすが」とつぶやいた。

圭一は、ベランダの端から中を覗いている様子である。

動かないということは、マリエはさほど危険な状態でもないようだ。


しかし、すぐに圭一が表情をかえ窓を蹴った。窓が割れない。


「あー…降臨だ。」


秋本が呟いた。圭一の目が青色に光ったのが見えたのだ。圭一が物干しざおを取り、それを窓に叩きつけた。

ガラスが割れた。


怒号が飛び交った。マリエの悲鳴もする。


秋本は玄関側へ回った。

階段を駆け上がり、驚いている明良達を避けドアを叩いた。


「マリエ!!玄関を開けろ!!マリエ!」


玄関が開いた。

そして、マリエが首を抑えるようにして、秋本にもたれかかってきた。


「マリエ!」


秋本がそのマリエの体を抱きしめた。明良と能田が中へ入って行くと、圭一が男の体を押さえこんでいた。抑えつけられている男は圭一の強い力に抵抗できないようだった。

圭一の目は元に戻っていた。

ただ、その目から涙がぼろぼろとこぼれていた。


「…先輩は物やない!!」


圭一がそう叫んだ。


……


圭一は、病院の廊下で明良に怒られていた。明良の後ろには秋本と能田が立っている。


「ガラスをたたき割るなんて…。マリエ達がけがをしたらどうする。」

「…ごめんなさい…」


後ろで見ていた秋本が、我慢できず圭一の横に立った。


「副社長…。圭一君にそうさせたのは私です。圭一君を責めないで下さい。」


うなだれていた圭一が驚いた目で秋本を見た。


「私がついていながら…彼を止めませんでした。…責任は私にあります。」

「違います!父さん、僕が…」


明良が目に手を当てた。能田が苦笑している。


「北条さん…。許してやりましょう。マリエさんは彼らのおかげで無事のようだし。」

「圭一…いつもいつもお前はこうやって、周りに迷惑をかけているんだぞ。」

「…はい…」

「別に迷惑のうちに入りませんから。」


能田がそう言って笑った。秋本も隣でうなずいている。

だが、能田が表情を厳しくして言った。


「ただ圭一君。お父さんの言う通り、このことで怪我人が出たら別問題だ。」

「…はい。」

「!…圭一…」


明良が圭一の右手首をいきなり掴み、握りしめている圭一の手のひらを開かせた。

圭一が驚いて手を引こうとした。


「…ばか!…何故言わない!」


圭一の手のひらにはガラスで切った跡があった。血は止まっていたが赤い筋が入っている。

秋本と能田が驚いた表情をした。


圭一は明良に無理やり手を引かれて、治療室に連れて行かれた。


「怪我人が出ましたが…」


秋本が圭一の背を指さしながら、能田に言った。


「それは困ったね。」


能田が苦笑しながら言った。秋本が笑った。


……


圭一がマッドエンジェルを降臨させてしまったのは、マリエが彼氏に押し倒され、首を絞められたのを見たからであった。

処置室から出てきたマリエは首に包帯を巻かれていた。マリエの首には指の跡が黒く残っているという。医者が言うには、かなり強い力で首を圧迫されたようだと言う。これが頸動脈だったら危ないところだったそうだ。


「ケイイチ…ありがとう。」


マリエが圭一に、目に涙を溜めて言った。

圭一は困ったように下を向いて、首を振った。


「…命の恩人…」


マリエはそう言って、少し背伸びして圭一の唇にチュッとキスをした。


「!!」


圭一は驚いて、その場にひっくり返った。


「ケイイチ!」


マリエが驚いて、圭一の手を持って体を起こした。圭一は口元を手で押さえて真っ赤になっている。


「…このギャップがたまらないねぇ…」


秋本の言葉に、明良達も笑った。


(終)

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