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2年目のクリスマス

今年もクリスマスパーティーをすることになった。

去年と同じ、パーティー会場である。

自由契約の秋本や沢原も参加している。


また今年も、明良と相澤は最後列のテーブルで、タレントや研究生たちが楽しそうに笑っている姿を見ていた。


「よかったよー…今年もパーティーできて。」

「濃い1年でしたね。」

「ん」


明良と相澤は感慨深げにタレントたちを見ていた。


「それも秋本君と沢原君が入ってくれて、一層、地盤が強くなりました。」

「そうだな。でも彼らも、いつまでうちにいてくれるかわからないよ。」


珍しく相澤が弱気な事を言った。明良はふと相澤を見た。


「あくまで自由契約だからな。他の事務所と並行で契約されるのはまだいい方だが、うちを抜ける可能性だってある。優秀な2人だけにいつでも送り出す準備はしとかなくちゃな。」

「…先輩…」

「なんだろなー…俺もお前に似てきたのかな…。何事もいい方に考えられなくなってきた。」


相澤がそう言って、ビールを一口飲んだ。

その時、秋本と沢原の座っているテーブルに、マリエと未希と真美が座った。

2人は嬉しそうにしている。

それを見た圭一と雄一も秋本達のテーブルに移動した。


「男は来るな!」


秋本がそう言って、全員が笑った。

突然マリエがかつらを脱ぎ(彼女は金髪を隠すため、いつも濃い茶髪のかつらをかぶっている。)隣に座っている秋本の頭にぱっと被せた。


爆笑が起こった。


他のテーブルにいる研究生達も、秋本を見て笑っている。

秋本はかつらをはずそうとせず「ちょっと何よー見ないでよー」と女性になりきって、小指を立ててビールを飲んで見せた。

雄一と圭一が手を叩いて笑っている。

となりにいる沢原が「おまえ…綺麗だな。」と褒めた。


「今夜どお?」


秋本が悪乗りをして言うと、沢原が「いいねぇ」と答えた。

また爆笑が起こる。


それを後ろで見ていた、明良と相澤もあきれ顔で笑っていた。


「…笑ってパーティーができるっていいですね。」

「そうだな。何よりの幸せだよ。」


圭一が明良達の方を見て立ち上がり、ドリンクを持ってテーブルに近寄ってきた。


「メリークリスマス…社長。」


圭一が相澤のグラスに自分のグラスを軽く当てた。


「メリークリスマス…圭一。」

「メリークリスマス…父さん。」

「メリークリスマス」


明良も圭一とグラスを重ねた。

圭一が席に座った。


「あれから1年か。早いな。…あの時、お前はまだ研究生だったもんな。」

「はい。…あの時は、まさか父さんの子になれるだなんて思ってもいませんでした。」

「…本当だ…そうだな…。この1年が濃すぎて、2年も3年も経ったような気がする。」

「そもそも、この1年で、うち何回病院に世話になった?」


相澤がいきなり言った。明良と圭一は思わず笑った。


「明良が2回だろ?圭一が3回?だっけか?秋本君が2回、沢原君が1回。…これさえなかったら、安心して新年が迎えられるけど、来年は誰が何回入院するかと思うとなー…」

「縁起でもないこと言わないで下さいよ!」


明良が苦笑しながら言った。


その時、菜々子が入ってきた。今年もパーティードレスを着ている。


「専務、お帰りなさーい!」


研究生達が言った。「ただいま。楽しんでる?」と菜々子が言うと、元気な返事が帰ってきた。

秋本達が立ち上がって、菜々子に頭を下げた。菜々子は恥ずかしそうに頭を下げて、明良達のテーブルに来た。

圭一が立ち上がり、菜々子に「母さん、ここ」と椅子を指した。


「え?いいわよ。圭一君。」

「だめだめ」


圭一が言い、菜々子の手を取って座らせた。


「おかえり、菜々子ちゃん。女優さんたちは相変わらず?」


相澤が言った。


「どうして毎年重なるのかしらね。…今年はこっちでゆっくりしたかったのに。」


菜々子がそう言って、明良と顔を見合わせて笑った。

圭一が「母さん、赤ワイン?」と尋ねた。


「ええ。お願い。圭一君。」


菜々子が言った。


「去年もそうやってワインを持ってきてくれたわね。」

「そうだな…」

「今年もチーズ用意してくれてるのかしら?」

「してましたよ。上手に切ってました。」

「うれしいわー」


菜々子はそう言ってから、ふと周りを見渡した。


「百合さんは?」


菜々子が相澤に尋ねた。


「今年は元タカラヅカの人達とパーティーなんだってさ。」

「そうですか。…華やかなんでしょうね。」

「年が年だからそうでもないみたいだよ。姉貴もう46だからな。」

「そうには見えませんね。」

「俺と15離れてるって、誰も信じてくれないんだよ。」

「先輩が結構老け顔ですからね。」

「なんだってー?」


相澤がこぶしに息を吹きかけて言った。


「すいません…つい。」


菜々子が笑っている。

圭一がグラスワインと、チーズを乗せた皿を持ってきた。


「ありがとう。圭一君。」


圭一は微笑んで、菜々子の隣に座った。そしてお互いのグラスを重ねた。



その時、ピアノの音がした。

相澤達が驚いて、音のした方を見ると、昨年ステージがあった場所に、グランドピアノが置いてある。

カラオケは残してあるが、ステージは撤去していた。


ピアノの前に座っているのは沢原だった。

流れるように鍵盤を叩き、タレントたちから拍手をされていた。


「何、弾こうかなぁ…」


そう呟いて、ピアノの上に置いたシャンパンを一口飲むと「よし」と一言言って、映画「男と女」のテーマ曲を弾いた。

大人のムードが漂う曲だ。それでも、研究生、タレント達は拍手をした。


「いいねぇ…沢原君。」


相澤がグラスを持ち上げ言った。


「秋本!バイオリン持ってこい!」

「えー!?…俺も弾くのー?」


研究生達が拍手をしている。相澤達も拍手をした。

秋本(もちろんもうかつらはマリエに返している)は仕方なく立ち上がって、ドアを出て行った。


沢原が「男と女」を演奏し終わる頃、秋本がバイオリンを持って戻ってきた。

拍手が起こる。


「で?何弾くんだ?」


「男と女」を弾き終えた沢原に、秋本が尋ねた。


「何にしようか。よしロミオとジュリエット!」

「映画の?」

「そうそう…」

「なんで、クリスマスにロミオとジュリエットなんだよ。」

「クリスマスにクリスマスソング弾くってのは、べたすぎて嫌なの!」


沢原のその言葉に、全員が笑った。


「いくぞ!ついてこいよ!」

「そんな勝手な…」


秋本はそう言いながら、バイオリンを構えた。


沢原が弾き始めた。途中から、秋本がバイオリンでメロディーを合わせる。

即興とは思えない息ぴったりの演奏に、全員が聞き入っている。

圭一が言った。


「…すごい!…沢原さんも秋本さんも…」


相澤達もうなずいている。


「すごいなぁ…この2人で何かやらせてもいいかもな。」

「あー…演奏のみのデュオですね。」

「…圭一君が寂しいかな。」


相澤が圭一に言った。


「いえ!寂しいですけど、僕もやって欲しいです。」

「まじで考えるか。」


相澤がビジネスモードに入っている。


沢原達の演奏が終わり、拍手が起こった。


「圭一君!前練習したやつ、弾け!」


沢原がいきなり言った。


「お、いいねぇ。」


秋本がバイオリンをピアノに置いて言った。


「え…ちょっとまだ自信が…」

「あれだけ弾けたら大丈夫!はい、みんな拍手ー!」


沢原に言われて、圭一は苦笑して仕方なく立ち上がった。


「誰か「Kissing a fool」を歌える人っ!」


沢原が言った。皆一様に顔を見合わせている。誰の曲かもわからないようだ。

だが、マリエが「George Michel?」と英語発音で沢原に尋ねた。


「That’s right!」


と、沢原が答えると、マリエが「OK!」と立ち上がった。


沢原と秋本は、未希と真美を手招きした。

未希達は不思議そうな表情で顔を合わせたが、沢原達のところへ行く。


「頼んだよー。いいムードで頼むよー。」


沢原が言い、圭一が「ひゃー責任重大!」と言いながら、ピアノの前に座った。

未希と真美が沢原達のところに行くと、沢原が未希の、秋本が真美の体に手を回した。

圭一が「行きます。」と言って、弾きだした。


George Michelの「Kissing a fool」はジャズっぽい曲で、チークダンスに持ってこいの歌だ。

マリエが英語で歌いだした。


沢原と秋本は手慣れたように、未希達の体をそれぞれ軽く抱き踊り出す。

どよめきが起こっている。


「副社長達も踊らないとー!」


沢原が言ったが、明良は顔の前で手を振って、恥ずかしそうに笑っている。


「こら!男性陣!立て!女の子をエスコートしなきゃ!」


沢原が言うが、皆、赤い顔をして首を振っている。


「間宮!相本!おまえらが率先してやらないとどうするんだよ!」

「えーーっ!?」


2人は困ったように、顔を見合わせた。


「じゃー…君と君!間宮と相本のパートナーね!」


沢原は、未希を抱いたまま女の子を指さして、勝手に指示した。

女の子たちは顔を見合わせたが、嫌がる風もなく立上って、先に立ちあがっている間宮と相本の傍へ行く。

4人はぎこちなく踊り出す。


「タレントさんは積極的でなくちゃ!」


沢原がそう言って、未希に「ねぇ!」と言った。未希が赤い顔をして困ったような表情をしている。

そのうち意を決したように、一人の男の子が立ち上がり、座っている女の子に手を差し出した。周りにからかわれる中、2人は踊り出す。


「そうそう!」


そのうちに、ぞろぞろと男の子たちが立ち上がり始め、女の子を誘い出す。


「よし、じゃぁ俺も行くかー!」


相澤もそう言い、立ち上がった。


「え?先輩!?」

「…数から行くと、女の子が1人余るんだよ。可哀想だろ?」


相澤は明良に耳打ちした。

明良は相澤の気遣いに感心した。


「おい、雄一!何座ってるんだ。行くぞ!」


相澤は雄一を立たせて、近くの女の子たちを誘う。

もちろん、嫌がるわけはない。2人は嬉しそうに立ち上がった。


うまく全員がパートナー同士になり、大チークタイムとなった。


曲が終わった。


「圭一君!もう1曲!」

「はい。」


圭一は、すぐに弾き始めた。2曲目は「思い出のサンフランシスコ」だった。マリエが前奏を聞いて、圭一にうなずいて歌い出す。


「副社長達だけですよー!座ってるのー!」


沢原が言った。明良と菜々子は照れ臭そうに顔を見合わせたが、やがて立ち上がって輪の中に入り、踊り出した。


「圭一君、ピアノまでマスターしちゃったのね。」


踊りながら、菜々子が明良を見上げて言った。


「沢原君が内緒で教えたんだろうな。…また、圭一のレパートリーが増えたよ。」

「マリエちゃんの歌もいいじゃない。元々歌がうまいのね。」

「この2人でも何かしてあげれないかなぁ。」

「そうねー。」

「こらこら、そこのお2人さん。」


相澤が女の子を抱きながら、近寄ってきた。


「ビジネスの話はやめましょう。」


明良達が笑った。


曲が終わった。拍手が起こった。


「ちょっと、このお2人さんが可哀想だから、もう1曲行くか!」


沢原がそう言って、秋本を呼んだ。


「お前「Fly me to the moon」弾けるか?」

「弾けるよ。」

「よし、弾け。」

「わかった。」


沢原達は、未希と真美に謝って席に座らせた。

未希達は頭を下げて席に座る。未希が手で顔を仰ぎ、真美も恥ずかしそうに未希と顔を見合わせて笑った。


「みんなは踊って下さいよー!」

「はい、圭一君、マリエちゃん、踊る踊る!」


圭一とマリエは照れ臭そうに見合ったが、圭一がマリエの腰にそっと手を回した。

秋本が弾き始めた。そして沢原が渋い声で歌い出す。

皆「えっ!」というように沢原を見た。沢原はシャンパンを片手にマイクを持って、慣れたように歌っている。

圭一とマリエも踊りながら、驚いたように沢原を見たが、お互い顔を見合わせて笑った。


相澤が女の子を連れたまま、明良の傍に来て、


「おい!沢原君すごいな!」


と言った。


「先輩、ビジネスの話はなしって…」

「そうだけど…びっくりだよ。」


菜々子と、相澤に抱かれている女の子が顔を見合わせて笑っている。

曲が終わった。拍手が起こった。沢原がシャンパンの入ったグラスをちょっと持ち上げて、自分も拍手している。

全員が座り始めた。それぞれ、顔を手で仰いでいる。


沢原も秋本も元の席に帰り、未希達に礼を言っている。

圭一とマリエも照れくさそうに握手をして、沢原達のテーブルの席に座った。


明良と菜々子も元の席に座った。

相澤も座って「あー疲れた。」と言った。明良達が笑った。


「沢原さんの歌、良かったわね。」

「あれはびっくりしたな。歌手でもいけるんじゃないか?」

「あー…よして下さいよ。」


沢原と秋本がいつの間にか、テーブルに近寄ってきていた。明良達が驚いて2人を見上げた。

沢原と秋本はそれぞれ、相澤達とグラスを重ね、座った。

沢原が相澤に向いた。


「勝手に失礼をいたしました。俺は酔わないと歌えないんですよ。」

「そうなのか。いい雰囲気だったけどなぁ。秋本君のピアノとマッチして…」

「酒飲んでいいのなら外でも歌いますけど、だめでしょう。」


沢原が笑いながら言った。秋本も笑った。


「それはさすがにまずいだろうな。」


相澤が苦笑して言った。


「しかし…惜しいなー…」

「レコーディングだけにしたらどうです?レコーディング中に酒を飲むのは構わないでしょう。」


明良が言った。相澤が「なるほど!」と言ったが、沢原が自分の顔の前で手を振りながら言った。


「いや…あのレコーディングのムードでは無理ですよ。緊張して酔いがさめちゃいます。」

「どうしても、だめかー!」

「すいません。」


頭を抱える相澤に、沢原が頭を下げた。


「ジャズ歌わせるならマリエちゃんがいいですよ。今の圭一君のピアノと良かったじゃないですか。」

「そうなんだよな…。でも、普通すぎるというかね…。わざわざユニット組ませるインパクトがないというか…内輪受けで終わりそうなんだよな。」

「なるほど…」


相澤のするどい指摘に明良がうなずいた。


「マリエちゃんの次のアルバム、ジャズにしたらどうです?」


沢原の言葉に、相澤と明良、菜々子が目を見張った。


「なるほど!」

「そして、俺たちもピアノ弾くし、圭一君にも弾かせたらいいんですよ。」


沢原が秋本に「なっ」と同意を求めた。秋本が「いいねぇ」とうなずいて、相澤に言った。


「PVも作るってのはどうです?セピア色とかにして、大人の雰囲気で…」

「いいなぁ…ファンの年齢幅が広がるんじゃないか?」


沢原と秋本の会話を黙って聞いていた相澤はふとひらめいた。


「ねぇ!君たちうちの役員にならない?」


相澤のいきなりの言葉に、秋本と沢原が驚いた。明良と菜々子も嬉しそうに沢原達を見た。

秋本と沢原はどまどったように顔を見合わせている。

相澤はこの2人を非常勤でも役員にすれば、他に取られるリスクが減ると考えたのである。

また、今の意見もなかなかいい。


「非常勤でいいんだ。すぐじゃなくていいから、考えておいてよ。」

「はぁ…」


秋本と沢原は急に酔いが醒めてしまったように顔を見合わせた。

…何も知らない若いタレントたちの笑い声が響いた。


(終)

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