降臨
「沢原先生、まだ犯人捕まってないから…あんまり一人で外出ない方がいいって副社長が…」
圭一が、帰ろうとする沢原に言った。
「いや…誰かと一緒にいて、その人に迷惑かけても嫌だしな。一人の方がいいんだ。」
「沢原先生…」
「圭一君は帰らないのか?」
「僕は副社長待ってるんです。」
「あ、そうか…。じゃお先に失礼するよ。」
「お疲れ様です。お気をつけて…」
「うん。お疲れ様。」
沢原は地下駐車場に降りて、自分の車に向かった。
すると、自分の車のそばで、秋本がバイクにまたがって待っていた。
「一緒に帰ろう。伴走するよ。」
「バイオリン弾いてくれるのか?」
「それは「伴奏」漢字が違うだろう。」
秋本が苦笑しながら、ヘルメットを被った。圭一同様、沢原を心配してくれているのだ。
「お前まで、危ない目に合うかもしれないぞ。」
「その時はその時だ。」
秋本はエンジンをかけた。
沢原は苦笑して、運転席に乗った。
エンジンをかけ、シートベルトをすると、2度パッシングをした。
秋本が敬礼する。
沢原は走り出した。
沢原の車の左横に、秋本はピッタリとついて走っていた。
人に心配されるのは久しぶりだった。申し訳ない気もするが、少し嬉しい気持ちもある。
何事もなくマンションについた。
駐車場に車を止めた。秋本はバイクを傍に止め、バイクから降りてヘルメットを取った。
沢原が車から出てロックした。
「サンキュ、優。」
「明日はどうする?」
「おいおい、明日も伴走する気か?女連れ込めないじゃないか。」
秋本が笑った。
「犯人捕まるまでがまんしろ。」
そう秋本が苦笑しながら言った時、入口からすごいスピードで車が突っ込んで来た。
「!」
秋本が沢原を突き飛ばした。
沢原が床に体が落ちたのを感じたとたん、目の前で、秋本が車に跳ね飛ばされたのが見えた。
「優!!」
秋本を跳ね飛ばした車はバンパーが壊れたまま、駐車場の角を曲がり、出口に向かって行った。
沢原は飛ばされて血だらけになって倒れている優の体を起こした。
「優!!」
秋本はぐったりしたまま動かない。
顔が血でまみれている。口の端からも血が流れていた。
「優!!しっかりしろ!」
駐車場に入ってきた車が驚いて止まった。
そして動揺している沢原の代わりに、その車の運転手が携帯で救急車を呼んだ。
……
明良が処置室の前のソファーでうなだれている沢原に駆け寄った。
「沢原君!」
沢原が濡れた顔を上げた。
「副社長…」
「まだ処置中か…」
「…誰も…出てこなくて…」
「圭一を置いて来てよかった…」
「!」
「ナンバーは見なかったか?」
沢原は首を振った。
「そうか…そうだろうな…」
明良はため息をついた。
……
沢原は車を発進させた。
明良にはトイレに行くと言って、病院をこっそり抜け出していた。
(俺一人で動けば、また向こうから来る。)
沢原は病院の駐車場から出た。
……
それと同時期に、圭一は京子のバイクの後ろに乗り、病院に向かっていた。
沢原が一人で行動するのはわかっていた。
なんとか阻止しなければ、秋本が命を懸けて沢原を守った意味がない。
京子の後ろから、スタントマンチームのメンバーがついて来ている。
「京子さん!」
圭一が京子の背を叩き、一台の高級車を指差した。
沢原の車だった。
「!」
京子は後ろについた。後のメンバーも気がついたのか、後をついてくる。
「京子さん!前へ!」
京子は言われるまま、沢原の車の前へ行く。圭一が手を後ろから前へ振った。囲めという合図だ。
メンバーは圭一の指示とおりに、沢原の車を囲んだ。沢原が驚いて、回りを見回している。
暴走族に囲まれたと勘違いしているようだ。
バイクの後ろにいる圭一が、沢原に止まるよう指示している。ヘルメットをかぶっているので誰かわからない沢原は、仕方なくスピードを落とし、車を止めた。
交通量の少ない海へ行く道で、沢原は止まった。
バイクも止まり、圭一がヘルメットを取った。
「圭一君!」
沢原は驚いて、運転席に駆け寄ってきた圭一を見た。
「秋本さんの気持ちを無駄にするつもりですか!?」
圭一に言われ、沢原は戸惑ったように目を逸らした。
京子達もバイクを降り、沢原の車に寄った。
「秋本さんのご友人です。皆、沢原先生を守るために来て下さいました。」
沢原が目を見開いて京子達を見た。
その時、横をすごいスピードで車が通り過ぎた。
圭一達が見ると、その車はドリフトして向きをこちらに向け、エンジンを空ぶかしした。
「!!あいつだ!」
京子が言った。その時、圭一の目つきが変わった。何か青色に光ったように京子が思った時、圭一が京子のバイクに飛び乗った。
「圭一さん!やめて!」
京子があわててバイクに掴みかかったが、遅かった。
圭一はバイクを発進させ、こちらに発進した車に突っ込んで行く。
「圭一さん!」
京子が叫んだ。圭一は途中で立ち上がり、バイクから飛び上がると、足から相手の車のフロントガラスに突っ込んだ。
ガラスが飛び散り、圭一の後にバイクが突っ込んだのが見えた。
沢原も車から飛び出した。
「圭一君!」
スタントマンのメンバー達が車に走り寄って行った時、車が爆発音と一緒に炎上した。
「!…」
メンバーと沢原は炎上した車の後ろへ走った。
すると、その場にへたり込んでいる男と、うつ伏せに倒れている圭一の姿があった。
圭一がゆっくりと体を起こした。
「圭一さん!」
京子が驚いて駆け寄り、圭一を座らせ背を支えた。
へたり込んでいる男は逃げ出そうとしたが、メンバーが駆け寄ってとり押さえた。
「圭一君!」
沢原が圭一の顔を両手で挟んだ。
「私を助けても君に何かあったら…意味がないだろう!?むちゃくちゃだよ…」
沢原が圭一の体を抱き、泣きながら言った。
「沢原先生…」
圭一が沢原の腕の中でやっと微笑んだ。
「これが、マッドエンジェルだね。」
京子が言った。
「降臨した姿初めて見た…」
メンバーの1人が言った。
……
掴まった男は、圭一が突っ込んでくる直前に運転席から逃げ出したという。圭一も突っ込んですぐに後部座席から飛び降りた。そのため2人とも怪我はなかったが、1歩間違えば大惨事になるところだった。当然のごとく、圭一は警察署で能田からありがたいお叱りを受けた。
……
沢原達が病院につくと、秋本は目を覚ましていた。
跳ね飛ばされた時にバンパーが前頭部を直撃し、額に10針縫うけがを負ったが、奇跡的に頭蓋骨には何もなくMRIでも異常なしと診断された。
体の方は、肋骨が2本折れている他は、打撲だけで済んだ。
京子達が病室に入ってきたのを見て、開口一番に秋本が言った。
「圭一君は?」
圭一が驚いて秋本の傍に駆け寄り、顔が見えるようにしゃがんだ。
「僕…ここです。」
「また無茶やっただろう?」
「!?」
「お前が青い目をして車に突っ込んで行く夢を見たんだ。またマッドエンジェル降臨させたな?」
後ろにいた京子達が顔を見合わせた。
秋本が微笑んで、驚いている圭一の頭を撫でた。
「もういい加減終わりにしような。」
秋本のその言葉に圭一が涙ぐんでうなずいた。
秋本が圭一の頭を撫でながら「ついでに亮は?」と言った。
「誰がついでだ。誰が!」
沢原が苦笑しながら、ベッドに近寄って言った。
「…すまなかった…危ない目に合わせてしまって…」
「いや…たっぷり礼はしてもらうけどね。それよりも…俺、顔大丈夫かな?」
秋本の言葉に沢原と圭一が笑った。京子達も後ろで笑っている。
「顔は大丈夫だ。額の傷も髪の毛で隠せるだろう。」
沢原がそう言うと「そりゃよかった。」と秋本がほっとしたように言った。
……
「京子さん!」
圭一が相澤プロダクションビルの前の道で、こちらに向かって歩いてくる京子に手を振った。
「圭一さん…」
京子が圭一に駆け寄った。
「…本当にいいんですか?何か申し訳なくて。」
「だって、京子さんのバイク潰したの僕ですから。」
圭一は京子のバイクを弁償するために、京子を呼んだのだった。
そして、そばに止まっている車の後部座席のドアを開いて「どうぞ」と言った。
京子は恐縮しながらも、体をかがめて乗ろうとした。
奥に秋本が座っている。
「!…秋本…大丈夫なのか?」
「ああ…バイクに乗るのは、まだ体が痛いけどね。」
秋本の前の運転席では、沢原が頭を下げた。
京子も頭を下げて入った。圭一がドアを閉め、助手席に乗り込んだ。
「じゃ、出発だ。…どんなバイクを買うのか楽しみだな。」
圭一がシートベルトをしたのを見て、沢原が車を発進させた。
「え…でも…私、前のと同じランクで…」
「何言ってるんだよ。せっかくだからあれよりいいの買ってもらえよ。お前にとっては仕事道具じゃないか。」
秋本が言った。京子は困ったように下を向いた。
「…でも…」
「プロダクションがバックアップしてくれるので、そこそこは出せると思います。好きに選んでくださいって社長が。」
秋本が口を尖らせて言った。
「俺もバイク潰してもらうんだったなー…」
皆が笑った。
「おいおい。それは俺が弁償しなきゃならなくなる。プロダクションじゃないから大したもの買ってやれないぞ。」
「そうか…じゃ、仕方ないか。」
沢原の言葉に秋本がそう言い、また皆が笑った。
(終)