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事故

圭一は、先輩アイドルのバックダンサーのリハーサルがあるため、3階に向かう階段を上がっていた。

研究生は足腰を鍛えるために、階段を使うように言われている。

すると上から女の子達の笑う声がした。ふざけてお互いを突き飛ばすように降りて来たので、圭一はふと危ないなと予感した。

次の瞬間には、一人の女の子が階段の途中でふらつき、足を踏み外した。


「!」


圭一はよけずに、とっさに左手で手すりを掴み、その子の体を受け止めた。だがやはり勢いがついたその子の体を支えきれず、圭一はその子を抱いたまま背中から落ちた。その時、頭を打たない様に、とっさに左足をつきクッションにしたため背中の強打は避けられたが、左足首に強い衝撃を感じた。

見ていた女の子達が悲鳴を上げた。圭一の胸の上には、落ちて来た女の子が驚いた表情で下敷きになっている圭一を見た。


「あっつ…」


思わず圭一が言い、上げていた頭をゆっくりと床に下ろした。


「ごめんなさい!」


女の子が体を上げ、圭一から離れた。

圭一は首を振った。


その時、女の子達の悲鳴を聞いて百合が階段に駆け寄って来た。


「階段で騒いでいるの誰!?…!!」


百合は、圭一が倒れているのを見て驚いた。


「市井君!どうしたの!?」

「あの…この子…階段から落ちた私を支えようとして…」


女の子が涙ぐみながら百合に言った。

百合は驚いた顔でその女の子の顔を一瞬見たが、


「どこを打ったの!?」


と圭一に言った。


圭一は「大丈夫です」と言って、起き上がろうとした。

すると左足首に鋭い痛みが走り、顔をしかめて足を抑えた。


「動いちゃだめ!」


百合が圭一の体を抑えた。


「足をくじいたのね。あと痛いところはない?」


百合が聞いたが、圭一は首を振っている。


「背中…背中から落ちてた。」


一人の女の子が言った。


「背中から!?救急車を呼んで!」

「呼ばんでええ。」


とっさに大阪弁が出て、圭一は口をつぐんだ。


「だめよ。背中は危ないわ。とにかく動かないで。」


百合に言われて、圭一は頷くしかなかった。


……


圭一は病院で背中と足首のレントゲンをとられ、廊下のソファーで少し待つように言われた。

その時、百合が明良を伴って戻って来た。


「市井君!」


明良が厳しい表情で圭一の前にしゃがんだ。


「大丈夫か?」


圭一は俯き加減に頷いた。何か恥ずかしい。階段から落ちただけで、こんなに騒がれたのは初めてだった。

圭一が医者に呼ばれたが、明良が「代わりに聞いてくる」と言って、圭一に動かないように言った。


……


明良が診察室に入ると、医者が驚いた表情をした。


「あれ?北条さんがお父さんなんですか?」


明良は笑った。ここは若い時に何かと明良がお世話になった病院で、その頃の医者や看護師が明良のことを憶えている。


「いえ…私は彼の上司です。」

「…そう言えば、年齢が合わないか。」


医者はそう言いながら笑って「お元気でしたか?」と明良に聞いた。


「おかげさまで。私がお世話になることは、このところないですね。」


と明良は笑いながら言った。


「それは何よりです。」


医者は、テーブルの横の壁に差しこんでいる、圭一の背中と足首のレントゲンに向いて言った。


「どちらも骨には異常はありません。背中から落ちたと聞いたのですが、背中には打ち身の様子もないのでびっくりしましたよ。」

「!…そうですか。」

「本人にどうやって落ちたのか聞いてみたら…ダンサーって、運動神経いいんですねぇ。」

「?」

「彼は落ちる時に「このままだと頭を打つ」と咄嗟に思って、落ちる瞬間に左足をクッションにしたんだそうです。だから左足を捻挫したんだと。」

「!…へぇ…」

「普通の人は、頭を打つことを予測はできても体が動かないですよ。「あっ」と思ったら、もう落ちてます。やっぱり毎日、ダンスの稽古をしてると瞬発力があるんだなぁと…。」

「どうでしょうか…」


明良は苦笑した。

結局左足首の捻挫は全治1週間と言われた。


……


明良は運転していた。となりには、圭一が乗っている。


「百合さんから聞いたんだが、落ちて来る子を受け止めようとしたんだってな。」


明良が言った。圭一は無表情に答えた。


「…できなかったから一緒です。」

「そんなことはない。もしあのまま落ちてたら、大怪我をしていたかもしれない。」

「……」

「君が助けた子は川島君と言って、うちで唯一バレエが踊れる子でね。もしこれで彼女が足を折っていたりしたら、彼女のバレエ人生すらどうなっていたかわからない。君のおかげで命拾いしたようなものだよ。」

「……」


圭一は下向き加減に黙っている。

心配されたり、褒められたりすることに慣れていないんだな、と明良は思った。


「とにかく、捻挫が治るまで休むんだ。明日、また具合を見に来るから。ちゃんと寝てないとだめだぞ。」

「…はい」


圭一は案外素直に返事をした。


……


明良は一旦圭一をアパートに送り、布団を引いて寝かせると、そのままコンビニに行って、ジュースやらパンやら買い込んで来た。驚く圭一に何も言わず、また外に出ていくと、今度は薬屋から、簡易の氷枕やらシップやら買ってきて(病院からも、もらって来ているのに)圭一の手の届くところに置いた。氷枕は足の下に置いた。


「これで明日の午後までは、外にでなくていいかな。」


圭一は何か面食らったように言葉がでない。


「じゃ、また明日来るから。」


圭一は慌ててドアを出ていく明良を、何も言えずに見送った。


「しまった!」


その声とともにドアが開いた。


「鍵だけは閉めてくれるか?なるべく左足は使わないようにな。」


圭一がうなずくとまた慌てるように出ていった。

圭一はドアを見つめていたが、やがて下を向いた。胸に熱いものが広がり、涙が溢れた。


……


翌朝-

明良は、捜査一課の能田刑事に電話を入れていた。


「…すいません。ちょっと調べてもらいたい事があるので、そちらに行ってもいいでしょうか?」


能田は電話の向こうで快諾してくれた。



(終)

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