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義理

「秋本ーっ!」


その声と共に、秋本は背中に何かが飛びついたのを感じた。

びっくりして、背中にいる相手の顔を見ると、高校の時同級生だった京子だった。


「お前、こんなところで飛びつくな!」


秋本は慌てて、京子を振り払った。

ここは人通りが少ないとはいえ、秋本のマンションの近くだ。コンビニへ行こうとしていたところだった。


京子は相変わらず、スレンダーな体格で、どちらかと言えば男っぽい雰囲気を持っている。


「久しぶりじゃない!テレビでは見てたけど…」

「お前、そもそもどうしてこんなところにいるんだよ。」

「こっちで住んでんだよ!あんたもここ?」

「すくそこだよ。」


秋本が観念したように言うと、京子はうれしそうにした。


「あんたん家で、酒飲もうよ!久しぶりに!」


秋本はあきれたような表情をしたが、うなずいた。


……


「相変わらず…芸術家なんだねぇ…」


京子が楽譜で埋まっている本棚を見渡して言った。


「今は仕事だからな。」


秋本は缶酎ハイを飲んで言った。


「大活躍じゃない。あの北条って子と…」

「あの子のおかげで俺食えてるんだ…今。」

「へぇ…。あいつ「阿修羅」にいた子だろ?」


実は京子は元暴走族員だ。噂で聞いているのだろう。


「…圭一君は忘れようとしてるんだ。二度とその事は言うな。」


秋本が缶を机に叩きつけて言い、京子を睨んだ。京子は目を見開いて「ごめん」と言った。


「…もう言わないよ。」


京子のその言葉に秋本は表情を柔らかくした。


「…スタントマンの仕事…どうなんだ?」


秋本が京子に聞いた。


「最近は役者も根性ついてさ。ほとんど自分でやっちゃうんだ。その分、危険な仕事が増えたな。」

「なるほどな。」

「あんたのいる事務所にはそんな仕事ない?」

「うちは音楽事務所だぞ。あるわけないだろう…。」

「そうだな…」

「仕事ないのか?」

「ないってわけじゃないけど、単価が落ちているんだ。」


秋本はうなずいた。


「俺に声かけたのは、そういうことか。」

「そうじゃないよ。…ねぇ…久しぶりにやらない?」


秋本は京子の顔を見た。


「そっちか。」


京子が顔を寄せて来て、秋本の唇にチュッとキスをした。


「悪いが今その気にはなれない。」

「ちぇっ」


京子がそう言い、座り直すと缶チューハイをひと口飲んだ。

秋本は苦笑した。


「相変わらずクールだね、秋本。」


秋本は京子に尋ねた。


「お前…今独りなのか?」

「独りじゃなかったら、あんなこと言わないよ。」

「確かにな。」

「秋本は?」

「女は嫌いだ。」

「相変わらずだね。」


京子がそう言って笑った。

だが、会話が途切れた。何か気まずい空気が漂っている。京子が口を開いた。


「もう1本飲んだら帰るよ。」

「金が欲しかったんじゃないのか?」

「!……」


京子は驚いた顔で秋本を見た。


「…え?」

「ここに住んでるってのもうそだろ?…俺がテレビに出てるの見て探したんじゃないか?」

「……」


京子は黙っている。秋本はため息をついた。


「やっぱりな。思い出に浸りに来たわけじゃなかったんだ。」

「どうしてわかったの?」

「なんとなくな。…ちょっと情に流されそうになったけど、そんなことだと思った。」

「…ごめん…」

「金、いくらいるんだ?」

「100万…」

「何があった?」

「仲間がへましてさ…このままじゃ消されちゃう…」

「期限は?」

「来週の今日」

「振込先教えろ。明日振り込んでやる。」

「!!秋本…」

「だが、これきりだ。後は仲間だろうがお前だろうが、海に浮かんでても知らねぇぞ。」

「………ありがとう…」

「そこにメモ置いて帰れ。」


京子は言われる通り、メモを置いて帰って行った。

秋本はすぐにパソコンに向かい、メモにあった振込先に100万円をネットで振り込んだ。


……


実際、秋本がテレビに出るようになってから、相澤プロダクションに、親戚や友人を名乗る電話がひっきりなしに来ていた。プロダクションの対応は、直接本人に連絡して欲しいと返答することになっている。連絡先がわからないと言われても決して本人につながないことが決まっていた。秋本は圭一からそのことを聞いていた。だから京子のように本人に直接会いに来るのはまだましな方だと思っている。実際、京子は本当に困って秋本を頼ってきたのだ。秋本が怒ったのは、まるでまだ自分に気がある風をして来た事だった。秋本は元々女性を信じていなかった。その美貌のために、うわべだけで近寄ってくる女性が多かったこともある。その中で京子は本当に自分を愛してくれるように思えた唯一の女性だった。

…しかし、彼女もやはり他の女性と同じだった。2、3カ月付き合った果てに捨てられた。

それなのに、結局京子を助けてしまった。だが、これきりにしよう…と思っていた。


……


数日後、京子から電話がかかってきた。無視しようと思ったが、やはり気になって秋本は電話を取った。


「秋本!良かった!出てくれて!」

「もう金はないぞ。」

「違うよ。…礼が言いたくて…。」

「助かったのか。」

「うん。本当にありがとう。」

「…しかし…安い命だな。」

「……」

「切るぞ。」

「待って!…もう会えない?」

「……」

「確かに金が必要で近づいたけど…でも…秋本のこと…まださ…」

「…勝手なことを言うな。」

「!…」

「お前、何て言って俺振ったっけ?」

「……」

「…俺が女嫌いになったのは、お前のせいなんだぞ。」

「…ごめん…」

「…会いたくなったら連絡くれたらいい。駄目な時は駄目って断るから。」

「!!…いいの?」

「ああ…だがお前に惚れ直すことは絶対にないぞ。わかったな。」

「…わかった…」

「じゃな。」


秋本は電話を切った。


……


その夕方、また京子から電話が入った。

秋本はため息をついて、電話を取った。


「何だよ。」

「…北条君…いまどこにいるかわかる!?」


秋本の顔色が変わった。


「!?圭一君がどうした?」

「…うちと関連のある暴走族なんだけど…どうもマッドエンジェルにヤキ入れるとか言ってて…」

「マッドエンジェルって…圭一君の事か…」

「そう。なんとか仲間に言って止めてもらうように頼んだんだけど…心配で…」

「アジトかどっかあるのか?」

「今から住所言うから、メモして!」


秋本は慌ててメモを取った。


……


圭一はプロダクションから姿を消していた。ついさっきまでジムにいたそうだ。ということは、圭一に直接なんらかの連絡があったのだろう。

秋本はバイクで京子から教えてもらったところへ向かっていた。


(圭一君…どうして何も連絡してくれないんだ…)


秋本はそれが悲しかった。暴走族に所属していた事で本人が悩んでいる姿はよく見ていた。明良も菜々子も知らないが、秋本と一緒にレッスンをしている時、何度も暴走族を名乗る電話がかかって来ていた事を秋本は知っていた。そのたびに「挑発に乗るな。無視しろ」と秋本は助言していた。それなのに、今回は圭一は無視しなかった。つまり無視できない事情があったのだ…。


……


暴走族が根城にしているという場所についた。

あまりに静かなので、秋本は本当に合っているのかどうか不安になった。

しかし、場所としては根城にするようなところだった。古ぼけた工場が広い敷地の奥に見えた。

秋本は、工場の中へ入って行った。乱闘している声が聞こえる。

その声の方へ走っていくと、両手首を縛られ2階の通路の手すりから吊るされている圭一の姿があった。


「!圭一君!」


暴行を受けた後らしく気を失っている。

その傍では乱闘が繰り広げられていた。その中に京子もいる。


サイレンをならしながら、数台のパトカーが入ってきた。その後ろからも覆面パトカーが入って来ている。

覆面パトカーから能田が出てきた。


「圭一君!」


能田が秋本の横に立って、圭一を見上げた。

秋本は能田に言った。


「能田刑事、圭一君の足を持ってもらえますか?縄を切って落としますので。」

「!?…どうやって?」

「いいから!早く!」

「…わかった。」


能田は圭一の足首を持つのが精いっぱいだった。


「ちゃんと抱きとめて下さい!行きますよ!」


秋本がそう言うと、胸元から小さなナイフを取り出した。

そしてナイフを垂直に持ち、狙いを定めると、ロープに向かってナイフを力任せに投げた。

ロープが切れ、圭一の体が真下に落ちる。能田はうまく抱きとめた。

ナイフは遠くの壁に刺さった。


乱闘は警察官たちに押さえられ、収まっていた。

皆、びっくりした顔で、秋本を見ている。


「…秋本…腕落ちてないじゃん。」


京子が呟いた。


……


圭一はクロロフォルムをかがされ、気を失っていただけだった。

能田に頬を軽く叩かれ、圭一はすぐに目を覚ました。


能田と秋本はほっとした。


「!…能田刑事…秋本さん…」


能田に抱かれた状態で、圭一は能田達の顔を見比べている。


「…僕…呼び出されて…」


そう言ってから、顔をしかめて頭に手をやった。


「クロロフォルムで寝かされたんだ。しばらくはじっとしておいた方がいい。」

「はい…」


秋本がはっとして、あわてて立ち上がり「京子!」と叫んだ。

警官に一緒に連れて行かれそうになっていた京子がとっさに振り返った。

秋本がそれに気付いて、京子の腕を取っている警官の前に立ちふさがった。


「待って下さい。…こいつは圭一君を守ろうとして…」


警官が立ち止って京子を見た。京子は嬉しかったのか涙ぐんでいる。


「京子、仲間と言うのは?」


京子が不良たちの中から、3人を指差した。

警官が京子から手を離し「待て!」と他の警官に指示している。


「…ありがとう…京子。圭一君は無事なままで助かった。」


秋本の言葉に、京子は首を振った。


「先に助けてもらったのこっちだもん。」


3人の男女が秋本のところに駆け寄ってきた。


「秋本さん、恩に来ます!」

「ありがとうございました。」

「お金、ちょっとずつでも返します!」


口々に言い、秋本に頭を下げている。秋本は首を振った。


「礼は京子に。」


そう言って秋本が京子に微笑むと、京子が顔を赤くした。


「惚れ直した?」


京子が上目づかいに秋本に尋ねた。


「しないっていっただろ?」


秋本が表情を変えて言った。


「ちぇっ…」


京子がそう言うと、秋本が苦笑した。


「秋本さん。」


京子の仲間の男性が秋本に言った。


「今日は間に合わなくて申し訳なかったんですが、今後、マッドエンジェルは、暴走族の奴らから指一本触れさせないように俺達が守ります。」

「!…」

「そのことをマッドエンジェルにも伝えておいてください。今後は暴走族から連絡があったら、独りで行動せずにすぐに俺達に連絡下さいと。」

「…ん…わかった」

「今日だって、クロロフォルムで寝かせたまま、海に放り投げるつもりだったそうなんですよ。」

「!?…なんだって?」

「だから、何を言われても、とにかく俺達に連絡するように言って欲しいんです。そうじゃないと、今日のように間に合わないかもしれないから…」

「わかった。必ず伝える。…頼りにしているから。」


秋本がそういうと、京子達は嬉しそうに顔を見合わせた。


……


京子達を見送り、秋本が振り返ると、圭一が能田と一緒に駆け寄ってくる姿があった。


「秋本さん、ありがとうございます。」


圭一が頭を下げた。秋本は首を振って言った。


「何もなくて良かった。」

「…君も暴走族にいたのか?」


能田が秋本に聞いた。秋本は笑って首を振った。


「バイク仲間がたまたま暴走族にいただけです。あのナイフ技は女の子喜ばせるために、昔ダーツの練習をしていたからですよ。」

「ナイフはいつも持ち歩いているのか?」

「ええ…まずいですか?」

「いや…あの大きさなら大丈夫だが…。できれば持ち歩くのはやめてほしいけどね。」

「…わかりました。」


能田はほっとしたようにうなずくと「後始末をしてくるよ」と言って2人から離れた。2人は能田に頭を下げた。秋本はすぐに厳しい表情で圭一を見た。


「どうして、またのこのこと行ったんだ?無視しろって言ってただろう?」

「!…」


圭一は、とまどったように下を向いた。秋本が尋ねた。


「何て言われて呼び出されたんだ?」

「…秋本さんの顔を潰すって…」

「!!…俺の顔なんてどうでもいいっていっただろ?」

「…どうでもよくないです…」


圭一が顔を上げて言った。秋本は笑って圭一の頭を抱いた。


「かわいーなーお前ー!」

「!!」


圭一の体が固まっている。


「でもな…これからはそういう電話があったら、俺と京子にまず連絡するんだ。今だってお前が気を失っているうちに海に放りこもうとしてたそうだぞ。」

「!!」

「これからは独りで行動するな。わかったな。」

「…はい…」

「キスしていい?」

「!!」


圭一は必死に秋本の手を振り払って走りだした。

秋本が笑いながら、後を追った。


心配してやっと車でたどり着いた明良が、その2人の姿を見てきょとんとしていた。


「父さん、助けて!」


圭一が笑いながら、運転席から体を出している明良の後ろに回り込んだ。


「ずるいなー」


秋本が明良の前で止まりながら言った。明良は自分の背中にいる圭一と秋本を見比べるように言った。


「圭一…秋本君に襲われてたのか?」

「!…違いますよ!」


秋本が慌てて否定した。圭一が明良の後ろで笑った。


(終)

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