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戸惑い


「えー?またか。」


相澤が社長室に来た、振付師で姉の百合に言った。


「ええ。これで3度目。」


百合が呆れている。

相澤は電話を取り、副社長室に内線した。


「ちょっと、俺のとこ来てくれ。」


明良の返事が聞こえ、相澤が受話器を置いてしばらくして、ドアがノックされた。


「どうぞ。」


相澤が言った。


「先輩…何か…!…百合さん!」


百合が苦笑した。


「…百合さんがいるってことは…」


明良も苦笑しながら、百合の傍へ来た。


「そう…市井君よ。」

「また、来なかったんですか?」

「ええ。…筋はいいんだけど、激しいダンスが苦手らしくて…。別にその時は何もないのに、次のレッスンは休んじゃうのよね。」

「…すいません。」


明良が頭を下げた。相澤が言った。


「お前が謝ることはないんだけど…。…ちょっと注意しといてくれないか?」

「わかりました。」


明良は、ふーっとため息をついて言った。


……


副社長室に戻ってから、明良は、圭一の携帯に電話をした。

すぐに圭一が出た。


「はい。」

「市井君かい?」

「…はい…」

「今、家なのか?」

「…そうです。」

「今日もダンスの稽古をさぼったそうだね。」

「……」

「今から君のアパートに行くから。」

「!?えっ!?」

「散らかっているのかい?」

「いえ…そういう訳じゃ…。」

「さぼっているのに、こっちに来にくいかと思ってね。車で向かうから10分くらいで着くと思う。部屋を掃除しておいてくれ。」

「…あ…はい…」


圭一が何か動揺しているのを電話で感じ、明良は受話器を置いてから笑った。


……


明良は圭一のアパートに着いた。実は全く初めてだった。アパートの名前と部屋番号はわかっているのだが、表札がないので明良はとまどった。


「…ここは呼び鈴もないのか…。」


正直、粗末なアパートだった。自分が独りで暮らしていた頃を思い出す。

明良は、遠慮がちにドアをノックした。


「…市井君。」


そう言うと、中からバタバタという音がして、鍵が開く音がした。

圭一がドアを開け、頭を下げた。


「中へ入ってもいいかい?」

「…はい…どうぞ。」


圭一は、明良を中に入れ、ドアを閉めた。


明良は無礼かと思ったが、思わず中を見渡した。…正直、何もない部屋だった。最小限の家電製品とタンスが1つ。携帯型のCDラジカセと、ダイニングテーブルと椅子2脚。

部屋はダイニングと、奥に6畳程度の部屋があるだけだ。もちろん、トイレと浴室もあるが、ユニットバスのようだ。


明良は、圭一がダイニングテーブルの椅子を引いたのを見て、そこへ座った。そして持っていた袋をテーブルに置いた。


「…すいません…」


圭一が言った。


「…稽古をさぼったことかい?」

「…はい…」

「謝るんだったら、どうして来ない?」

「……」

「君も座って。」


圭一は明良の向かいの椅子に座った。


「…せっかく、採用してもらったんですけど…」

「ん」

「…自分には才能がないと思います。」

「!?」


明良は目を見開いた。


「…辞めるつもりかい?まだ1カ月も経っていないのに…」

「……」

「君はいつも諦めが早いのか?」

「!…それは…」

「前に勤めていたところは、どれくらいだい?」

「…1年くらいです。」

「ちゃんと続いてるじゃないか。」

「……」

「…君の笑顔をオーディションの時から1度も見たことがないんだが…」

「!」


圭一は顔を上げた。


「ずっとそうなのか?」

「……」

「前科があるって言ってたね。」

「!…はい。」

「何の罪だい?」

「…殺人です。」

「!!」


明良は言葉が出なかった。


「少年院に入っていたのか。」

「はい。」

「…もしかして、その頃から笑顔を失ったのか?」

「……」


圭一はずっと黙っている。元々言葉数も少ないが…。


「…この話はやめるか。」


明良はそう言って「そうだ」と、テーブルに置いていた袋を持ち上げた。


「甘いものは好きかい?」

「!…え?」

「だから、甘いものは好きか?」

「…普通に…好きですが…」


明良は笑った。


「プリンを買ってきたんだ。後で食べるといい。冷蔵庫に入れておくよ。」

「!」


勝手に冷蔵庫を開ける明良を、圭一は黙って見ている。


「何もないんだな。…初給料の日までまだ5日くらいあるが、お金はあるのかい?」

「…はい…前の勤めてたところのが…」

「ならいいんだが…アイドルは体が資本だから、普段からちゃんと3食食べる癖をつけておくんだぞ。」

「…でも…!」

「辞めることは、まだ考えるな。」

「!…」

「レッスンをさぼろうが、どうしようが私は構わない。」


圭一は驚いた目で、立ったままの明良を見ている。


「…でも、後で大変な思いをするのは自分だ。君がレッスンをさぼっても給料は出す。他の子に示しがつかないがね。」

「!……」

「自分の事も、周りの事もよく考えて行動するように。子どもじゃないんだぞ。」


明良はそう言うと、そのまま玄関に向かった。


「…副社長…」


圭一が慌てて立ち上がった。


「…明日もレッスンに来なかったら、私がここへ来る。わかったね。」


圭一がとまどった表情をしているが、明良は「じゃ」とだけ言って、ドアを開けて出て行った。

圭一は、閉じられたドアをぼんやりと見ていた。


……


翌日、圭一はダンスのレッスンに出席した。

レッスンが終わった時、最後に一人残った圭一を百合が呼んだ。

圭一は、少し下向き加減に百合の傍へ来た。

百合が微笑んで言った。


「同期生の皆が心配していたわよ。今日来なかったら、圭一君の家に行くつもりだったんだって。」

「!!」

「ちゃんと、これから来なさいよ。副社長にも迷惑をかけないようにね。」

「…はい…すいませんでした。」


圭一は謝った。百合はほっとした表情をして、先にレッスン室を出て行った。

圭一は、目に手をやったまま、しばらく独り立ちすくんでいた。



(終)

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