疾走
「雄一!」
圭一がレッスン室を出た廊下で、雄一を見つけ声を掛けた。
「あ、圭一!…元気?」
雄一が嬉しそうに圭一が駆け寄ってくるのを待つ。2週間ぶりだ。
「うん。雄一、もうすぐソロデビューやな。」
「ありがとう。」
雄一が嬉しそうにした。
「今度は僕がマネージャーするからさ。」
「ええよ。」
雄一が照れくさそうに首を振った。
「圭一も忙しいやん。」
「でも…雄一の生で見たい。」
「ほんなら…もし圭一の仕事がなかったらやってもらうわ。」
「…うん…」
雄一の遠慮がちな言葉に、圭一は何か申し訳なさを感じた。
……
圭一は副社長室にいた。
「雄一のデビューの日を?」
明良がコーヒーを淹れながら言った。
「はい。早めに教えてもらいたいと思って…。その日、雄一のマネージャーしたいんです。」
「なるほど。」
明良が圭一の前に、コーヒーを置いた。
「ずっとお前も世話になっていたからな。」
「はい。」
「…でもなぁ…。重なる時は重なってしまうぞ。仕事優先だからな。」
「…はい…わかってはいるんですけど…」
「先輩にできるだけ重ならないようにしてもらうよう、頼んでみるよ。」
「お願いします。」
圭一は頭を下げた。
……
しかし、やはりそうはいかなかった。
今回は秋本もいる。圭一だけの都合でスケジュールを決められなかった。
結局、雄一のデビューの日に、圭一に録画の仕事が入ってしまった。
音楽番組の時間だけ抜け出すことを考えたが、車で行っても1時間近くはかかる距離のため、少なくとも2時間はスタジオを抜けなければならない。
さすがにそれはできなかった。
レッスン中、圭一の元気のない姿を見て秋本の胸が痛んだ。
(どうにかしてやれないかな…)
秋本は、ふと何かを思いつくと、レッスン室を出て行った。
……
雄一のソロデビュー1時間前-
楽屋で待機していた雄一の携帯に、メールが入った。圭一からだった。
「今日行けなくてごめんな。テレビ見る時間はあると思うから、きっと見てるから。」
雄一はそのメールを見て微笑んだ。
「ええよ。テレビで見てな。」
そう返信したが、やはり雄一も寂しい気持ちがあった。
ずっと今まで一緒だった。
自分のソロデビューは嬉しいが、何かと大阪弁で励ましあった圭一との時間を思い出してしまう。
雄一には2人のバックダンサーがついているが、もちろん2人とも東京出身で言葉が違う。
大阪人の雄一には、どうしてもよそよそしさを感じてしまうのだ。
「木下先輩!リハ行きましょう!」
バックダンサーの1人、間宮が声をかけてきた。
「うん。」
雄一が立ち上がった。
……
音楽番組-
雄一が呼ばれた。間宮達と一緒に、司会者の横へ座る。
「今日は雄一君がソロなんだね。」
「いつも圭一がお世話になっています。」
雄一がそう言うと、全員が笑った。
「なんか保護者みたいになってるけど。今日は圭一君は?」
「他の仕事で…」
「寂しくない?」
「寂しいです。」
雄一がそう言って笑った。
「寂しいよね。だって、圭一君がソロの時、雄一君必ず一緒にいたもんね。」
「はい。圭一のオペラ好きやから…マネージャーがわりしてました。」
「でも、今日は2人の後輩を連れて…」
「出世した感じですね。」
司会者がその雄一の言葉に笑った。
「出世だねぇ…」
雄一の後ろで、間宮達が笑っている。
「自己紹介どうぞ。」
司会者に言われて、雄一が間宮達にマイクを渡した。
「間宮です。」
「相本です。」
「名字なの?」
司会者が不思議そうに言った。
雄一が間宮からマイクを受け取りながら言った。
「名前の読み方が、僕と間宮が一緒なんですよ。」
「あ、間宮君も「ゆういち」なんだ。」
間宮がうなずいた。
「漢字は違うんですけど…ややこしいかなって。」
「なるほどね。」
司会者が納得した。
「それで今日の曲は、雄一君の得意なラップはなくて、かなりやばい曲だということだけど。」
「はい。かなりやばいですね。」
「圭一君とのユニットとは、違った感じ?」
「…違いますね。」
「…寂しそうだねぇ…」
司会者が思わず言った。雄一は「え?」と顔を上げた。
「圭一君の事を話すと、トーンが落ちるんだよな。」
「え?そうですか?すいません。」
「ラブラブなんだ。」
皆が笑った。雄一も苦笑している。
「では、スタンバイお願いします。」
「はい。」
雄一が立ち上がり、間宮達も立ち上がった。
お互いの肩を叩きながら、セットに向かう。
すると、カメラの横に、2人の影があった。
よく見ると、圭一と秋本だった。
2人とも、ヘルメットを手に持っている。バイクで駆けつけたのだろう。
「!!!」
雄一が思わず立ち止った。
圭一が気付いて、照れくさそうに手を振った。
本当は気付かれないようにするつもりだった。
だが、できるだけ近くで見たいと思い、スタッフに無理を言った。
「圭一…」
雄一の目に涙が溢れた。
「先輩…今、泣いたらやばいですよ。」
相本が雄一の背中を叩いて言った。
「うん。ごめん。」
司会者が雄一達がスタンバイしたのを見て、雄一と曲名のアナウンスをした。
曲が鳴り出す。いきなり、3人が同時にバック転をした。
それを見た秋本が驚いている。
「すごい!」
圭一も目を見張って、雄一達を見ていた。
「…僕じゃ無理だ。」
そう思わず呟いている。
曲の間奏で、3人がそろって空中バック転をしたのを見た途端、秋本が思わず圭一の肩に手を乗せた。
「こわーーー…」
「失敗したら、頭から落ちますよね。」
圭一も笑いながら言った。
曲が終わった。圭一と秋本は拍手をした。
スポンサーの紹介になった時、雄一が走り出した姿が映った。
そして、カメラの横にいる圭一に抱きついている。
圭一はヘルメットを持ったまま、雄一の体に手を回した。
秋本が傍で拍手をしている。
その姿は、みごとに放映されていた。
……
それを見ていた相澤と明良は思わずソファーから立ちあがっていた。
「圭一!どうしてあんなところに!?…秋本君まで!」
相澤が電話をかけている。
「えっ!?…いつの間にか抜けたんですか!?…いつ頃…20分前っ!?」
その相澤の言葉に、明良が驚いた。
「20分前って…普通、車でも1時間…まさか、秋本君のバイクっ!?」
「あいつら、スピード違反やってないだろうな!」
明良が慌てて、圭一に電話をした。
圭一が出た。
「はい」
「はいじゃないっ!!お前たち、なんてことをしたんだ!」
「大丈夫です。休憩時間が終わるまでには戻ります。」
「何をばかなことを言ってるんだ!普通は1時間かかるんだぞ!」
「バイクなら…」
「スピード違反じゃないか!!」
圭一が笑っている。
「笑い事じゃない!」
明良がそう言うと、秋本の声が帰ってきた。
「大丈夫です。近道があるんですよ。車じゃ通れないですがバイクならね。」
「!!」
「今日のデビューの時間に間に合うように、地図を調べて何度かバイクで走って検証したんです。だからスピード違反じゃないですよ。じゃ、もう出ますので。」
「秋本君!」
携帯が勝手に切られた。
明良は、思わず椅子に座りこんだ。
相澤は電話に向かって頭を下げている。
そして、電話を切ると、相澤も明良の向かいのソファーに座りこんだ。
「…怒られましたか?」
「いや…一応休憩時間らしいが…間に合わなかったら、後の歌手たちのスケジュールにも影響するって…」
「あー…」
明良が額に手を乗せた。相澤がため息をつきながら言った。
「明日、謝罪に行かなきゃ…」
「それもありますが…事故らないですかね…2人…」
相澤は、はっとして明良を見た。が、苦笑しながら言った。
「秋本君にそんな機動力があるとは思わなかったよ。」
「バイクに乗ったら、人が変わるのかも知れませんね。」
「バイク禁止にするか?」
「そこまでしなくてもいいでしょう。彼の足代わりを取っちゃ可哀相ですよ。」
「うーーん…」
しばらくして、明良がくすくすと笑いだした。相澤は驚いた顔で明良を見た。
「おい、とうとう気が触れたか?」
「ま、そんなとこです。彼らには呆れましたが、これも友情のなせる技だなと思って…。秋本君まで圭一達に協力するなんて思ってもみなかった。」
「確かにな…」
相澤も笑った。
「今日は説教だけで許してやるか。」
「ええ。」
2人はそう言うと、また大きくため息をついた。そして、思わず顔を見合わせて笑った。
……
「圭一君、しっかりつかまれよ。」
「はい!」
バイクの後部座席に乗った圭一は、秋本の体を背中から抱きしめた。
「行くぞ!」
バイクが走り出す。
さっき、秋本は「スピード違反じゃない」と明良に言っていたが…正直、スピードはかなりのものだった。
休憩時間が終わるのは、20分後。
間に合わなければ、今回の録画は見送られてしまう。
…最初、秋本に「雄一君のデビューを見に行こう」と言われた時は、圭一は耳を疑った。
「…どうやって?」
「昨日、バイクで裏道走ってみたんだ。」
秋本が微笑みながら言った。
「20分で行ける道を見つけた。」
「本当ですかっ!?」
秋本がうなずいた。
「そのかわり、ちょっと危険もあるけど構わないか?」
「…はい!」
「よし。」
秋本は圭一にウィンクした。
……
そう、その危険がそろそろだ。行きに何も伝えられず、それをやられて圭一は本当に死ぬかと思った。
元暴走族員の圭一でも、経験がなかったことだった。
「圭一君!しっかり掴まれ!」
秋本の声が風に乗って聞こえてきた。
「はい!」
秋本はスピードを上げた。圭一は目を閉じて、秋本の体にしがみつく。
バイクが空を舞った。
川が下に見え、やがて衝撃が圭一の体に伝わった。
川越えしたのである。
「はい、大成功~」
秋本の呑気な声が聞こえた。
圭一が笑った。
2人は時間きっかりにスタジオにつき、録画を終えた。
しかし、最初のうち圭一の声が震え、すぐには録画できなかった。秋本は平気でバイオリンを弾いているのに…である。
……
プロダクションに戻ってから、圭一と秋本は、しっかり相澤と明良の説教を受けた。
相澤達も、地図でその近道がどこなのか確認していたようだ。そして橋のない川があるのを見たのだ。
「…まさか、泳いで渡った訳じゃないよね。」
相澤の言葉に、秋本と圭一は思わず吹き出した。
「笑い事じゃない!」
言いながら、相澤も笑ってしまっている。
明良も苦笑していた。
「…とりあえずは、2人とも怪我がなくてよかったよ。」
その明良の言葉に、圭一と秋本は初めて「ごめんなさい」と謝った。
そして、下を向いたまま目を合わせ、また笑ってしまった。
「笑うな!」
相澤の言葉に、結局、全員が笑ってしまっていた。
(終)
<あとがき>
最後までお読みいただきありがとうございます(^^)
美しい秋本君の男らしい面、見てもらえましたでしょうか(笑)
でも、バイクで川越えって…実際には無理でしょう。夢想のなせる技と言いますか。そもそも、飛んで超えられる川なんてあるのかっって話ですよね。
夢想にはそんなこと無視無視(爆)
さて、次回では、秋本君の意外な性格が暴露されます(--;)ご期待ください(??)
次回もよろしくお願い致します(^^)