表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/48

活躍

いぬい!」


たつみは傷だらけになって倒れている乾に駆け寄った。


「巽…」

「なんでこんなとこおんねん!…それにどないしたんや…この怪我…」

「…僕…お前が呼んでる言われて…」

「!?」

「…お前…怒ってたから…僕…謝るチャンスやと思って…来たら…お前おらへんかって…」

「!!…乾…」

「…ごめんな…」

「!?…乾…?」

「…ごめん…」


乾の意識が薄れていく様子を見て、巽が驚き、乾を抱き上げる。


「…あかん!しっかりせぇ!」

「…巽…」


乾がとうとう気を失ってしまう。

巽、声が出せないまま乾の体を揺するが、乾の意識が戻らない…。


「巽君!!」


礼子が走り寄ってくる。


「…礼子先生…乾頼む…」

「…!…巽君!?行っちゃだめよ!」

「行かへんわけにはいかんやろ!…乾…こんな目に遭わしやがって…」

「乾君が喜ぶと思う?」

「!!」

「…友達なら、わかるはずよ!乾君の気持ち…」

「…わかってても行く!…なんで乾が謝んねん…俺の方が悪いのに…俺の方が…」


巽が走り出す。


「巽君!!」




「はい!カーーット!」


監督からOKがでる。


「巽!帰ってこい!」


監督にそう言われて、巽役の圭一が戻ってくる。

…が、本気で泣いてしまっている。


「…圭一君は意外に泣き虫なんだねぇ…」


その監督の言葉に、圭一が泣き笑いのような顔になる。


「雄一君もよかったよ。」

「ありがとうございます。」


乾役の雄一が、礼子役の女優に体を起こされながら言った。

そして礼子役の女優に「すいません」と言うと、圭一の傍に立って言った。


「大丈夫か?圭一。」

「うん…あかん…こういうの俺…」


圭一が涙を払っている。雄一がくすくすと笑う。

監督がシナリオを助監督と確認している。


「この後に、あの工事現場だな。」

「はい。」

「…しかし、あの工事現場での暴走族とのやりとりは、今の圭一君とは別人のようだったね。」


圭一がまだ涙を払いながら笑った。



・・・・・



「第1話…なんとか終わったか。」


明良が副社長室に報告に来た圭一と雄一に言った。

圭一達、うなずく。


「圭一…ほんまに泣いてしまうから…監督がびっくりしてて…」


雄一の言葉に、圭一が照れくさそうに笑う。雄一が続ける。


「僕からしたら、くさいドラマやな…って思ってたんですけど…圭一の泣いてるの見たら、なんか僕もはまりこんでしもて…」

「そうなのか。」


明良が笑った。


「ドラマを見ている人にも、きっと伝わるよ。」


圭一達がうなずく。


「ドラマは?3カ月だったかい?」

「そうです。」


2人が異口同音に答えた。明良が思い出して言った。


「あ、それから、ドラマの部長さんに曲はいつでも出せるからと伝えてくれ。」

「はい!ありがとうございます。」


雄一が答えている。

エンディング曲は、圭一達の曲である。初めてのバラードだが、明良が聞く限りは思ったより出来がよく、レコーディングもスムーズにいった。


「しかし、順調すぎるな。…気を抜かないようにな。」

「はい!」


圭一達の返事に明良はうなずいた。



……


「確かに怖いくらい、順調に進んでいるな。」


翌日、社長室で相澤が言った。

明良もうなずいている。


「『ライトオペラ』の方も、出演交渉がすごいらしいな…。」

「ですが、圭一は今、ドラマに集中させるべきでしょう。」

「ん…そうだな…演技の方は監督から何も言われてないか?」

「ええ…逆に役にはまり込み過ぎて、笑われたようですよ。」

「そうか」


相澤が笑った。そしてソファーにもたれて上を向きながら言った。


「コンサートもそろそろ考えてやるべきだろうなぁ…」

「ドラマの撮影が終わった頃ですね。」

「うん…今のうちに構成あげといて、ドラマが終わったと同時に稽古に入るだろう?…稽古を1カ月で終わらせて、翌月にコンサートとすると…」

「…先輩、ちょっとスケジュールきつくないですか?圭一達がいくら若いからって…」

「…ん~」

「その間に、音楽番組の出演でしょう?…圭一は『ライトオペラ」の出演も別にありますしね。CMの出演交渉も来てます。」

「あーーー!嬉しい悲鳴だなぁ~!」


相澤のその言葉に、明良は笑った。


・・・・・・・


圭一達のドラマは、そこそこの視聴率を取っていた。

雄一の「乾」の生真面目さに、圭一の「巽」が反発しながらも、最終的には乾を助けるため、または乾に協力するため、悪役と戦うシーンは毎回好評だった。そして戦うたびに見せる、パイプや棒、時には酒瓶などを、指先で器用に回すお決まりの見せ場のところは、瞬間視聴率が上がるほど好評だった。


ドラマは無事3ヶ月で最終回を迎えたが、プロデューサーが「続編は必ずあるから、またよろしく」と、ねぎらいの言葉をくれた。


圭一と雄一はすぐにコンサートの準備に入った。

相澤はひと月で準備と言ったが、明良が短すぎると助言して、2ヶ月かけて準備することになった。

それでも短いと明良は思ったが、これ以上は延ばせないと、相澤に押し切られた。

またこれは圭一と雄一のコンサートというだけでなく、相澤プロダクションの所属アイドル、タレントを総動員した、一大イベントとなった。


圭一の「ライトオペラ」、バレエも入れ、雄一のラップ、集団ブレイクダンスも入れることになり、一歩間違うと、収集がつかなくなるのではないかと思えるほどの多岐に渡った構成内容となった。


「うちの底力見せなきゃね。」


相澤は鼻息が荒いが、冷静な明良はまず圭一達の体を心配した。

ドラマの撮影が終わってから休みらしい休みがない。

それでも、圭一達は疲れを見せることなく、レッスンをこなして行った。


・・・・・・・


そんなある日、圭一のバレエのパートナーで、2歳年上の片島麻衣と圭一が付き合っているというような噂が立った。

明良は気にしなかったが、菜々子が副社長室にわざわざ来て不安を口にした。


「うまく行ってる時はいいのよ。」


菜々子が明良の煎れたコーヒーを一口飲んで言った。


「喧嘩したりしたら…やばいことになるんじゃないかしら。特に今は大事な時だから…。」


それを聞いて、明良も「確かに」と言った。菜々子は一つため息をついて言った。


「本当につきあってるなら、2人とも若いから、今何を言っても聞く耳持たないだろうけど…」

「私の方から圭一に、実際はどうなのか聞いておきましょうか?」

「そうねぇ…。あまり刺激しないように聞いてくれる?」

「…それは難しいな」


明良が頭を抱えたのを見て、菜々子は笑った。



しかし、圭一を呼び出す暇もない程、圭一はスケジュールがいっぱいになっていた。

その為、明良は時々バレエのレッスンを見に行ったが、2人はつきあっているようには見えなかった。一緒にバレエを踊っている時は、百合の指示通りに熱く見つめあうこともあるが、終わると圭一はすっと麻衣から離れる。どちらかというと、麻衣の方から圭一に近づいているような気がした。


(圭一は照れてるのか…それとも気がないのか…)


正直、明良には判断がつかなかった。



・・・・・・


コンサート2週間前-


夜10時を過ぎた時、明良の携帯がなった。まだ明良は副社長室でコンサートの構成を見直していたところだった。


「圭一?どうした?」


電話を取って明良が言った。


「父さん…迎えに来てもらえませんか?片島先輩に呼び出されて居酒屋来たんですけど…片島先輩がかなり酔ってて…一緒に飲んでた友達とかも帰ってしまったんです…」


明良は立ち上がって上着を手に取ると「わかった。どこへ行けばいい?」と尋ねた。



明良は圭一と片島麻衣を乗せて、麻衣のマンションに向かっていた。圭一は麻衣のマンションの場所を知らないので、麻衣から場所を聞き出すのに苦労した。事務所に戻ればわかるが、いちいち戻るわけにもいかない。


なんとか麻衣のマンションについた。そして2人で麻衣の腕を取り、家に入った。


圭一がベッドに片島を寝かせて、掛け布団を掛けると、麻衣が圭一に抱きついた。

明良はそれを見て慌てて部屋を出ようとした。

だが、圭一が抵抗するような様子を感じた。そして麻衣が「何格好つけてんのよ!」と言ったのが聞こえた。明良は思わず足を止めた。

圭一は何も言わず、麻衣の体を離して寝かせた。


「先輩飲みすぎです。」


圭一がそう言うと、麻衣が言った。


「暴走族にいたくせに硬派気取っちゃってさ。いっぱい女遊びしてたくせに・・・。一緒にバレエ踊ってる時はあんなに熱い目で見るじゃない…」


明良は立ちすくむように、ドアを開いたまま、その場から動かなかった。

圭一が言った。


「暴走族で遊ぶのと、女遊びするのとは別です。」


麻衣が息をのんだのを明良は感じた。


「僕…さっきも言いましたけど、まだ…忘れられない人がいるので…ごめんなさい。」


明良はその圭一の言葉に驚いていた。


麻衣の泣く声がした。


圭一が「帰りましょう。」と明良を促した。


……


明良はそのまま圭一をアパートまで送るつもりだったが、圭一が「父さんと専務が出会った橋に行きたい」と言った。明良はその通りに橋へ向かった。

橋につくと圭一は車を降りて、すぐに柵の方へ歩き出した。

明良も車から降り、ロックすると圭一について行った。


圭一は橋のたもとから、川を眺めていた。

明良も圭一の横に立ち、川を眺めた。


「お前は飲んでいないだろうな。」


明良がそう圭一に聞くと、圭一は「飲んでません。」と言った。


「…聞いていいか?」


明良は川を見たまま言った。


「…さっき、片島に言ってた話だけど…。」

「好きだった子の話ですか?」

「…そう…聞かせてもらっていいか?」


圭一はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「…家を追い出されて…17になって東京へ出てきた頃なんですが…」

「…ん…」

「バーで働いている時に、一緒に働いていた女の子と付き合ったんです。」


明良は圭一の顔を見た。


「本当に好きでした。…できたら、一緒に暮らしたいって思ってました…。つきあって3カ月くらいしてからかな…彼女が妊娠して…僕は彼女と暮らすことを決心をしたんですが…。」

「……」


明良は黙って聞いている。


「…向こうの親に、俺に前科があることを調べられて…別れさせられたんです。」

「!!…」

「…その上、彼女は子どもを堕ろされてました…」

「…!!…ひどいことを…」


明良は思わず呟いた。

圭一は下を向いて、涙をこぼしている。


「…前科がなくても、暴走族で通り名までつけられていたから、どっちにしても別れさせられたと思うけど…。でも…まさか子どもまで…」

「…圭一…」

「それから…もう誰も好きにならんように自分を抑えました。…好きになっても、きっと過去を知られたら別れさせられる。…そう思って…。」


明良が下向き加減に首を振った。


「僕…一生…殺されてしもた子どもへの罪償わなあかん…。僕のせいで…赤ちゃんが……」

「圭一!」


明良は圭一の両腕を取り、自分の方に向かせて言った。


「お前のせいじゃない!…悪いのは…向こうの親なんだ。」


圭一は首を振った。明良が言った。


「お前の過去は消せないかもしれない。…でも、過去のことも超えて、お前のことを理解してくれる人もいるはずだ。…まだお前は若いんだぞ。…これから何十年も生きていかなくちゃならない…もっと先のことを考えるんだ。」


圭一はうなずいた。


「…努力してみます…でも…今はまだ無理です。…彼女のことも、子どもの事も…まだ忘れられません…」

「……圭一…」


明良が圭一から手を離した。圭一は川に向いた。明良はじっと圭一の横顔を見つめている。

…しばらくの沈黙の後、圭一が口を開いた。


「僕が相澤プロダクションのオーディションを受けたのは、父さんの「モルダウの流れ」を聞いたからって言いましたよね?」

「…ん…」


明良はそのままうなずいた。


「…彼女と別れさせられて…子ども堕ろされた事も聞いて…それでも仕事を休むわけにはいかなかったので、バーに行ったら…。父さんの「モルダウの流れ」が有線で流れてたんです。」

「!!」

「思わず、裏口で立ち止まって聞き入ってました。…その時の父さんの声は、優しくて…何か傷ついてる俺を慰めてくれているように聞こえました。」

「……」


明良はふと顔を背けて、川を見た。


「次の日には、CDを買いに行きました…。CDラジカセも持ってなかったから、それも買って…。毎晩聞いてました。」

「…あんな…うまくもない歌が…お前を慰めていたとはね。」


明良が苦笑しながら言った。圭一は首を振った。


「とても感情がこもってました…。CDにもあったけど…死んだお姉さんのことを思って歌ってるって知って…。情の深い人なんやろなぁって思ってました。…実際に会ってみたら…その通りでした。」


圭一がやっと笑顔を見せ明良を見た。明良は照れ臭そうに首を振った。圭一が川に向いて言った。


「それから相澤プロダクションが、アイドルを募集していることを知って、応募したんです。…合格できなくてもよかった。…とにかく父さんに会いたかった。」

「…そう言ってくれていたな…」

「面接の時、鋭い目で父さんに見つめられた時は、何故かすべて見透かされているような気がして…。…だから俺から前科があることを言ったんです。…言う必要もないと思ってたけど、黙っててもすぐにばれると思って…」

「…前科があったって関係ないよ。」


圭一がうなずいて「その通りでした」と言って続けた。


「…合格通知が来た時、本当にびっくりしました。…それだけじゃない…。僕が本当は人を殺していないことまで父さんに見抜かれた時…この人のために何でもしようって…そう思ったんです。」

「…圭一…」


明良は圭一の肩に手を置いた。


「…お前は…私の自慢の息子だよ。」

「!…」


圭一が明良を驚いた表情で見た。


「…私はどんな時もお前の味方だ。…それを憶えていて欲しい…」

「…父さん…」


圭一の目から涙が零れた。それと同時に圭一が明良にもたれるようにして倒れこんできた。


「圭一!?」


明良が驚いて、圭一の体を支えた。


「…ほっとしたからかな…急に目の前が真っ暗になった…」


圭一のその言葉に、明良は圭一が無理をしていたことに気付いた。


「私の家に行こう。歩けるか?」


明良は圭一の体を抱いたまま、支えるようにして歩いた。


「…しっかりしろ…」

「…はい…」


圭一は明良に支えられながら、車まで歩いた。


……



圭一と麻衣のバレエは、コンサートから外されることになった。

それを告げられた圭一と麻衣は、そのことを決めたのが明良だと聞き、副社長室に理由を尋ねに来た。

明良は厳しい目で麻衣を見ていた。圭一はそんな明良の目を初めて見た。


「君が酔った夜…圭一が君を家に送ったね。」

「…はい。」

「その時、私もいたんだ。」

「!?…え!?」


麻衣は酔っていて、明良に気付かなかった…あるいは忘れたようだった。


「君は圭一になんていったか覚えているか?」

「……覚えています…」


麻衣はうなだれながら言った。圭一が口を開いた。


「副社長…あれは酔うてたし…バレエとは関係ないじゃないですか。」


明良は厳しい表情のまま、圭一を見て首を振った。

そして麻衣に向いた。


「そもそも未成年を居酒屋に呼び出すことからして常識を逸している。」


麻衣の目から涙が零れ落ちた。


「君の圭一への言動は許せる範囲じゃない。」


明良はそう言い、立ち上がった。


「私から話すことはもうない。稽古に戻れ。」


麻衣は黙って頭を下げ、副社長室を出て行った。

圭一は、こちらに背を向け、窓の外を見ている明良を見た。


明良は圭一に気付いてふと振り返った。


「…何をしてる?…コンサートまであと2週間もないぞ。」

「…父さん…」

「…ん?…」

「…ありがとう…」


明良の表情が少し緩んだ。


「早く稽古に戻れ。」

「はい。」


圭一が頭を下げて、部屋を出て行った。


…そして翌日、麻衣は相澤プロダクションを自ら辞めた。


……

日が傾いた頃、コンサートが始まった。

野外のため雨が心配されたが、ここ数日快晴が続き、万全の態勢でコンサートの日を迎えることができた。

拍手と悲鳴のような声が客席から響く中、エルガーの「威風堂々」が流れた。


ステージ上はドライアイスがたかれ、雲の上にいるような空間になっていた。ステージの後方にステージ幅いっぱいの高台があり、その後ろから黒いスーツを着た圭一が駆け上がってきた。

悲鳴と拍手が大きくなった。そのまま圭一は、高台の前にある階段を駆け足で降り、ステージ中央にあるマイクの前に立った。


そして「希望と栄光の国」を歌い始めた。客席が静まり返った。

『ライトオペラ』である。


圭一の深い声が、コンサート会場に響き渡る。

最後に盛り上がりを見せて、圭一は全身の力を使って歌いあげた。


すると突然「パン!」という音と共に、ステージの前面から吹き上げ花火が上がった。花火のシャワーが圭一を隠した。

それと同時に、激しい曲と雄一のラップが始まった。

シャワーが消えた。圭一はいない。


雄一のラップと音楽だけが響く中、高台の後ろから雄一が歌いながら、ダンサー達と一緒に姿を現した。

雄一が1人高台の階段を降り、ステージの中央に進んだ時、上着を脱いだ圭一が高台の後ろから駆けあがってきて、ダンサー達の間に入った。


雄一のラップが歌に変わり、圭一がダンサー達と激しく踊る。

曲の途中で圭一が高台から前の階段を駆け下り、雄一と入れ替わりながら歌い始めた。雄一が今度は高台に上がり、ダンサー達と一緒に踊りだす。

圭一の平常の歌声。どう聞いても『ライトオペラ』の声とは違う。

そのため『ライトオペラ』の声は口ぱくじゃないかという疑惑まで起こったほどだ。


曲の最後のフレーズは圭一と雄一がステージで一緒に歌った。ダンスも同じ振りで踊る。

最後に2人が背を向けた途端、ライトが一気に落ちる。

拍手が起こった。


コンサートはまだまだ続く…。


・・・・・・・


「なかなかの出だしじゃないか?」


コンサートの翌日、相澤が社長室で、明良と朝のワイドショーを見ながら言った。

圭一達のコンサートの反応がいい。


「なかなかどころか上出来でしょう。怖くらいです。」

「そうだな…」

「うちのダンサー達の評価もいいな。」

「ほぼ全員使いましたからね…。レベルも高いと高評価です。」

「地道に育ててよかったなぁ…。コンサートで目をつけられた子はいない?」

「今のところは、問い合わせはありませんが…。雄一君と2人でラップを歌った男の子…えーーと「間宮」君…だっけ?彼の評価が高いですね。」

「間宮君ね。…よし…この調子で突き進んでいくぞ!」

「先輩!」


明良は急に厳しい表情で相澤を見た。相澤は少しおびえた表情で明良を見た。


「?何?」

「コンサートは今日もあります。…今日が終わったら、圭一と雄一君をまず休ませて下さい。」

「…!…そうだな…」

「他の子たちも…。皆生身の人間ですから…それを忘れないで下さい。」

「ごめん…わかったよ。」


相澤が急にしおらしくなったので、明良は表情を緩めて、くすっと笑った。


(終)

~未公開シーン~


圭一は飛び起きた。

自分のアパートじゃない。周りを見渡すと、ホテルのような雰囲気の部屋に圭一はいた。


「…どこ?」


思わず呟いた。自分の姿を見ると、白いパジャマを着せられている。


「あかん…たぶん、夢の中や。…現実に戻らな。」


圭一はそう言って、再びふかふかのベッドに体を横たえた。


「圭一君ー!声が聞こえたけど、起きたのー?」


ドアの外から、そんな女性の声がして、圭一はびっくりしてまた飛び起きた。


「はっ!?はい!?」


裏声を出して圭一が答えた。


「入っていい?」

「あっその…どうぞ…」


(頼む!はよ目ぇ覚めてくれ!)と圭一は思ったが、なかなかそうもいかないようだ。

ドアが開いた。

一瞬眩しさに目がくらんだような気がした。よく見ると、入ってきたのは菜々子だった。


「専務?」

「おはよう、圭一君。…と言っても、もうお昼だけどね。」

「えっ!?」


菜々子はトーストやハムエッグの乗った盆を、ベッドの横にあるサイドテーブルに置いた。そして戸棚から折り畳み式の小さなテーブルを取りだし、そのテーブルの脚を立てて、圭一の足元にシーツの上から置いた。


「!…あの…専務…僕…」

「朝ごはん。食欲なくても食べなきゃだめよ。…疲れは取れた?」

「…え?…あーーーーっ!!」


圭一は思わず膝を立ててテーブルを落としかけた。

菜々子が驚いて、そのテーブルを抑える。


「どうしたの!?」

「僕…昨夜、副社長と酔うた片島を家へ送って…」


菜々子が笑いだした。


「今思い出したのね。そうよ。あなた倒れて、家に連れてこられたの。」

「副社長は!?」

「プロダクションに行ったわよ。コンサートまで休みがないから、今日1日はゆっくり休ませてやってって言われてね。私は元々休みだから…」

「…夢…やないんや…うわ!現実っ!?これっ!!」

「もおお…圭一君!」


菜々子がおかしそうに笑い続けている。


「現実現実!さ、食べて。もう冷めかけてるけど…」


菜々子がそう言って、横のサイドテーブルに置いた盆を、圭一の脚の上に立てているテーブルの上に置いた。


「!…あの…僕…こんなことまで…」

「気にしない気にしない!食べさせてあげましょうか?」

「!!!!!」


圭一の顔が真っ赤になった。


「いえ!いいです!…自分で…」


菜々子が笑っている。


「あっ!でも俺…今日レッスンが!!」


また圭一が立ち上がろうとしたのを見て、菜々子はあわててテーブルを抑えた。今ひっくり返されたら、大変なことになる。


「社長に休むように言ってるから大丈夫だって。とにかく今日はゆっくりここで寝てなさい。できたら、3人で一緒に晩御飯も食べようって言ってたわよ。」

「ええーーーーっ!?」


菜々子は今度は自分の両耳を手で押さえた。


「…そ、そんなことまでしてもらうわけには…」

「何、遠慮してるの。明良さんの息子でしょう?息子は親に甘えるものよ。」

「!!」


菜々子の言葉に、圭一は驚いた表情で菜々子を見た。

菜々子はくすっと笑って、圭一のパジャマの袖をそっと掴んで言った。


「このパジャマね。ずいぶん前に、明良さんがあなたのために買ったのよ。」

「!?…」


圭一は腕を伸ばして、パジャマを見た。幼い頃、着せてもらったようなすべすべとした生地のパジャマだった。


「実は、私と明良さんもお揃いで持ってるの。」

「!!!!!!!」

「3人、お揃いなのよ。」


圭一は再び顔を赤くした。明良と…というより、菜々子ともお揃いだということにかなりの照れを感じている。


「明良さん…あなたのこと、本当に息子だと思ってる…。暴走族に襲われる前からね。だからあの襲われた時にあなたがプロダクションを辞める夢を見て、辛かった…っていまだに言うんだもの。」


あの時は、圭一が傍にいることを喜んでくれ、泣きながら抱きしめてくれた。圭一は今になって胸が熱くなるのを感じた。


「買い物に行っても「これ圭一喜ぶかな」とか「圭一はこんなの好きかな」とか言うようになって…。ちょっと私も嫉妬しちゃうくらいよ。」

「…そんな…」


圭一は下を向いた。


「…この部屋…元は客間だったんだけど…。あなた用にベッドも換えたの。…いつかこうやって泊まることもあるだろうって…。そしてあなたから「一緒に住みたい」と言われた時に、すぐにあなたが住めるようにしてあげたい…って…。」

「…副社長が…そんなこと…」

「またよく考えておいてね。…私も大歓迎だから。」

「…専務…」


圭一は菜々子の顔を見た。菜々子はにこにことして圭一を見ていた。


「あ、それから新しい下着買ってあるから、後でシャワー浴びなさいね。浴びる時、リビングにいるから声かけてちょうだい。」

「!!!!!」


圭一の頭に、菜々子が自分の下着を買う姿が浮かんだ。


「専務…ぼ、ぼ僕の下着を買いに行ったんですか?」

「あらー、息子の下着だもの。平気よー!」


からかっているのか、菜々子はそう笑いながら言って、部屋を出て行った。


「…やっぱり…これ夢やないか?…頼む!早く夢なら醒めてっ!!」


圭一はそう言って手を合わせたが、ふとテーブルにある朝食を見た。


「これ食べてからでもいいか。」


圭一はあらためて手を合わせて「いただきます」と言ってから、フォークを手に取った。


(終)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ