阿修羅の圭一
「ドラマ!?」
相澤と明良が同時に声を上げた。
テレビ局のドラマ部の部長が、圭一と雄一にドラマの出演の交渉に来たのである。
こんなうれしいことはなかった。
「どんなドラマですか?」
「内容はきっちり固まったわけじゃないんですが、圭一君には不良役を、雄一君には優等生役をやってもらいたいんです。」
「学園物ですか。」
「そうです。」
圭一が不良役…確かにイメージとしてはそうかもしれないが、明良には少し胸が痛むような気持ちになった。
「本人達に聞いた方がいいな。」
相澤が言った。明良がうなずいた。
・・・・・・
すぐに、圭一達が呼ばれた。2人は丁寧に頭を下げて、社長室に入ってきた。
部長が立ち上がった。
「初めまして。飯田と言います。」
飯田が2人に手を差し出した。2人はふと顔を見合わせて譲り合っていたが、結局、圭一が先に握手し、雄一が後で握手した。
「君達にドラマの出演依頼だそうだ。」
「!?」
圭一達は嬉しそうに顔を見合わせた。
「圭一君に不良役、雄一君に優等生役ということなんだが…どうだろう?」
その相澤の言葉に、圭一は少し驚いた表情をした。雄一も驚いている。
「僕が…優等生役ですか?」
雄一が不思議そうに言った。飯田が「そうだけど?」と言った。
「逆やないんですか?」
雄一がそう言うと、圭一が「ええやん。別に。」と笑いながら言った。
飯田は意外そうに2人を見比べている。
圭一が元々育ちがいいことを知っている雄一のその気持ちは、明良にもわかった。
「大阪から同時に、東京の高校に転校してきた…という設定なんだ。で、1人は不良で1人は優等生なんだが、学校で事件が起こるたびに2人が助けあって解決していく…というようなストーリーにしたいと思ってるんだが…」
「え!?…じゃぁ…主役ですか?」
圭一が思わず言った。
「もちろんそうだけど?」
その言葉にも相澤達まで驚いた。
「主役なんですか!」
相澤がそう飯田に尋ねた。
「ええ。」
「しかし、2人とも演技の経験が…」
「大丈夫ですよ。本当の役者達が彼らを支えてくれます。ご心配なく。」
その飯田の言葉に、明良達はほっとした表情をした。
結局、ドラマの件は了承し、飯田は満足気に帰って行った。撮影日はまた連絡するとのことだった。
飯田を見送った後、相澤と明良は2人に拍手した。
「よかったな…圭一。」
明良が言った。
「ええ、夢みたいです。」
その圭一に、雄一もうなずいた。
・・・・・・・
撮影日-
ビルの工事現場-
圭一はいきなり乱闘シーンを撮ることになった。
明良と相澤、雄一も見学に来ている。
「あいつ、本気で殴ったりしないだろうなぁ…」
相澤が心配そうに言った。明良と雄一が、思わず笑った。
圭一は、不良役達との乱闘シーンの打ち合わせが終わったところだ。
監督が圭一の憶えの良さを褒めてくれていた。今は、学ランを着た圭一がスタッフから指示を受けている。
「ここにあるパイプの山から、このパイプを取ってください。必ずこれを取って下さいよ。でないと、本物のパイプだったら、皆死んじゃいますから。」
圭一は苦笑してうなずいた。
「たち回りは覚えてますね?軽く、不良役達ともう1度、ゆっくりやってみます?」
「はい、お願いします。」
不良役達が呼ばれた。圭一が頭を下げる。不良達も「よろしくお願いします。」と頭を下げている。
「不良役でも行儀がいいんだね。」
「そりゃそうでしょう。」
相澤の言葉に明良が笑いながら言った。
圭一が、パイプの山に走り寄って、パイプを取り上げる。
ゆっくり、パイプを振る圭一、不良役達が、かわしたり、襲ったりしながら、ゆっくりたち回りの手順で動く。
「…ゆっくりでも、危ないなぁ…。確かにパイプが本物だったら、当たったら大変だ。」
相澤が呟く。明良と雄一が黙ってうなずいている。
「では、リハ行きましょうか!」
スタッフの準備が整って、助監督が声を上げた。
「リハですが、本番のつもりで、圭一君お願いします。」
「はい!]
圭一がふーーーっと息を吐く。
「初演技だね。」
相澤が言う。明良が緊張気味にうなずいている。
その時工事現場に、轟音をあげながら暴走族風のバイクの集団が入ってきた。
「!?」
「?監督?…こんな場面ありましたか?」
思わず助監督がそう言うが、監督は青い顔をして首を振った。
圭一たちも、驚いてバイクの集団を見た。
「!!…まさか、本物の暴走族?」
雄一の言葉に明良がぎくりとしたが、明良を襲った暴走族ではない事がわかった。
明良は、予感して、
「圭一!逃げろ!」
と思わず叫んだ。
圭一は唇をきっと結んで、その場に立っている。まだパイプを持っていない。
不良役達が、顔を見合わせている。
「皆、逃げて下さい。…本物ですから。」
圭一がそう言うと、不良役達が驚いたように、スタッフ達のところへ逃げた。
「圭一!」
明良が思わず駆け寄ろうとするのを、相澤と雄一が必死にひきとめていた。
暴走族のリーダーらしき男が、圭一の傍まで近づいてきた。
圭一はじっと動かない。
「今度学園物やるって?…で、悪者やっつける不良役って、お前か?」
圭一は、リーダーが自分のことを知らないのを悟った。圭一も初めてみる顔だ。
「俺だよ。」
「名前は?」
「北条圭一」
「北条圭一って…オペラ歌ってるあの坊ちゃんか?」
リーダーがそう言うと、メンバーが笑いだした。暴走族のメンバーがゆっくり圭一を取り囲んでいる。
明良は、圭一がリーダーの挑発に乗らないか不安になったが、圭一はじっと笑みを浮かべたまま動かない。
スタッフが警察に電話をしているが、動揺して場所の説明ができない。
明良がその携帯を取り上げて、場所を教えた。
「す…すいません。」
スタッフが震えながら、明良から携帯を受け取った。
明良は黙って、圭一の方を向く。
「さすが不良役だけあって、度胸あるなぁ…。怖くねぇのか?」
「そんな間抜け面見て、怖がる奴がおかしいわ。」
「なんだと!?」
「お前ら最近できたチームやな。チームの名前売るにしても、俺のチームはこんなださいことせんかったで。」
「!?…お前…誰や?」
大阪弁を聞いて、リーダーが少しとまどっている。
「俺、知らんことが、そもそも間違いや。」
メンバーも顔を見合わせた。リーダーが強がるように言った。
「じゃぁ、その腕見せてもらおうか。」
「嫌やと言ったら?」
「その選択肢はないな。」
メンバーの一人が、走り出してパイプの山からパイプを取る。
メンバー全員が圭一から離れ、パイプを持ったメンバーに道を譲る。
パイプを圭一に振りおろすが、圭一はそのパイプを素手で受ける。
リーダー達も、明良達も驚いて息をのむ。
「あほ…これ、撮影用のパイプやんか。」
圭一が笑って、そのパイプを奪い、メンバーに叩きつける。
叩かれたメンバーは、思わず体を曲げるが「あれ?」という顔になる。
圭一、パイプを投げ捨てる。
「にせもんや。おあいにくさま。」
圭一はそう言って、パイプの山へ走り寄り本物のパイプを手に取る。
「圭一やめろ!」
明良が思わず声を上げるが、圭一の耳には届いていない。
圭一が思いっきり振りまわすパイプを思わずリーダーたちがよけた。
その時、圭一は器用にパイプを指で回す。
「カクテルショーや…」
それを見た雄一が呟いた。相澤がその雄一を思わず見て「なるほど」と呑気な声を上げた。
ひゅんひゅんという音を立ててパイプを回し続ける圭一を、メンバーたちは怖いのか近寄らない。
圭一は、周囲を睨みつけながら、ゆっくり体を回している。
そして、パイプを上へ放り投げてから掴み直すと、腰をかがめて下のコンクリートに殴りつけた。
「!!!」
ガン!という音とともに、パイプが曲がってしまう。
リーダーたちが、ぞっとした表情をしたのを見て、圭一がニヤッと笑う。
「まだやる気か?お前らもこうやぞ。」
曲がったパイプを放り投げて、圭一がリーダーに向かって近づく。
「お前…本物か?」
「昔な。大阪の阿修羅におった。」
「阿修羅っ!?」
リーダーが、がたがたと震えだす。
「そういや…圭一って…阿修羅の圭一か?」
「…知ってるやん。」
「…マッドエンジェルって言われた…」
圭一は苦笑した。
「なつかしーなー…その呼び名。」
「普段は天使みたいな顔して、怒らせたら手ぇつけられへんて。」
「そう言われてたな。」
そう言う圭一に、リーダーが震えながら言った。
「でも…マッドエンジェルは市井ちゃうんか?」
「マッドエンジェルも市井も捨てた。今は北条や。」
リーダーがやっと気付いて「おまえら逃げろ!」と言い、先に逃げ出す。
「え!?リーダー!?」
「逃げろっ!阿修羅の圭一だぞ!怒らせたらやられる!!」
「おい、待て!」
圭一がそう言うと、リーダーとメンバーがぎくりとしたように足を止めた。
「おまえら暴走族同士でやりあうのは別にかまへん。…でも素人には手ぇ出すな!!ええな!」
リーダーは「はいっ!」と言って、バイクに乗って逃げてしまった。メンバー達もリーダーを追って、それぞれバイクに乗って去っていく。
圭一はふーーっと息をついた。
やっと、パトカーのサイレンが聞こえた。
・・・・・・・
何事もなかったように、撮影が終わった。
「お疲れ様でしたー!」
スタッフを始め、全員が頭を下げている。
明良達が拍手をしながら、圭一を迎えた。
圭一が照れくさそうに、明良達に頭を下げる。
「一時はどうなるかと思ったが…。」
相澤が本当にほっとしたように言った。
「…よくこらえたな。圭一。」
明良がそう言うと、圭一は頭をかいた。
「…でも、曲げてしもたパイプ…弁償せな。」
「それは気にしなくていい。こっちで払っておくから。」
「!…でも…」
「けが人を出さないための犠牲だ。…こちらにも責任がある。」
明良がそういい、相澤もうなずいている。
「でもあのパイプ回すやつ、ドラマでも、毎回使うことになるなんてな。」
雄一が笑いながら言った。圭一が再び頭を掻いた。
「ドラマの目玉にするって言ってたな。」
相澤がおかしそうに言った。
「水戸黄門様の印籠みたいなもんか。」
雄一がそう言い、明良達も笑った。
「しかし…圭一…。お前はそんなに恐れられてたのか?」
「…あの時は、そう名乗るしかなくて…。」
明良は首を振った。
「それは構わないんだが…恐れられるほど強いということは…お前がそれだけ怖い思いをしたことかと思ってね。」
「!…」
明良の言葉に圭一が目を見張った。そして下を向いて苦笑した。
「…父さん…」
「帰ろうか。…うちでお祝いしよう。…先輩と雄一君もどうです?…菜々子さんが、ご馳走作って待っているので。」
その明良の言葉に、雄一がうれしそうな顔をした。
「ほんまっ!?行きたい!」
「じゃぁ、お邪魔しようかな。」
相澤も言った。明良が先に走り出して、車に向かった。
圭一はうれしそうに雄一の肩に手をかけて、明良の車に向かって歩き出した。
(終)