表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/48

阿修羅の圭一

「ドラマ!?」


相澤と明良が同時に声を上げた。

テレビ局のドラマ部の部長が、圭一と雄一にドラマの出演の交渉に来たのである。

こんなうれしいことはなかった。


「どんなドラマですか?」

「内容はきっちり固まったわけじゃないんですが、圭一君には不良役を、雄一君には優等生役をやってもらいたいんです。」

「学園物ですか。」

「そうです。」


圭一が不良役…確かにイメージとしてはそうかもしれないが、明良には少し胸が痛むような気持ちになった。


「本人達に聞いた方がいいな。」


相澤が言った。明良がうなずいた。


・・・・・・



すぐに、圭一達が呼ばれた。2人は丁寧に頭を下げて、社長室に入ってきた。

部長が立ち上がった。


「初めまして。飯田と言います。」


飯田が2人に手を差し出した。2人はふと顔を見合わせて譲り合っていたが、結局、圭一が先に握手し、雄一が後で握手した。


「君達にドラマの出演依頼だそうだ。」

「!?」


圭一達は嬉しそうに顔を見合わせた。


「圭一君に不良役、雄一君に優等生役ということなんだが…どうだろう?」


その相澤の言葉に、圭一は少し驚いた表情をした。雄一も驚いている。


「僕が…優等生役ですか?」


雄一が不思議そうに言った。飯田が「そうだけど?」と言った。


「逆やないんですか?」


雄一がそう言うと、圭一が「ええやん。別に。」と笑いながら言った。

飯田は意外そうに2人を見比べている。

圭一が元々育ちがいいことを知っている雄一のその気持ちは、明良にもわかった。


「大阪から同時に、東京の高校に転校してきた…という設定なんだ。で、1人は不良で1人は優等生なんだが、学校で事件が起こるたびに2人が助けあって解決していく…というようなストーリーにしたいと思ってるんだが…」

「え!?…じゃぁ…主役ですか?」


圭一が思わず言った。


「もちろんそうだけど?」


その言葉にも相澤達まで驚いた。


「主役なんですか!」


相澤がそう飯田に尋ねた。


「ええ。」

「しかし、2人とも演技の経験が…」

「大丈夫ですよ。本当の役者達が彼らを支えてくれます。ご心配なく。」


その飯田の言葉に、明良達はほっとした表情をした。


結局、ドラマの件は了承し、飯田は満足気に帰って行った。撮影日はまた連絡するとのことだった。

飯田を見送った後、相澤と明良は2人に拍手した。


「よかったな…圭一。」


明良が言った。


「ええ、夢みたいです。」


その圭一に、雄一もうなずいた。



・・・・・・・


撮影日-


ビルの工事現場-


圭一はいきなり乱闘シーンを撮ることになった。

明良と相澤、雄一も見学に来ている。


「あいつ、本気で殴ったりしないだろうなぁ…」


相澤が心配そうに言った。明良と雄一が、思わず笑った。



圭一は、不良役達との乱闘シーンの打ち合わせが終わったところだ。

監督が圭一の憶えの良さを褒めてくれていた。今は、学ランを着た圭一がスタッフから指示を受けている。


「ここにあるパイプの山から、このパイプを取ってください。必ずこれを取って下さいよ。でないと、本物のパイプだったら、皆死んじゃいますから。」


圭一は苦笑してうなずいた。


「たち回りは覚えてますね?軽く、不良役達ともう1度、ゆっくりやってみます?」

「はい、お願いします。」


不良役達が呼ばれた。圭一が頭を下げる。不良達も「よろしくお願いします。」と頭を下げている。


「不良役でも行儀がいいんだね。」

「そりゃそうでしょう。」


相澤の言葉に明良が笑いながら言った。


圭一が、パイプの山に走り寄って、パイプを取り上げる。

ゆっくり、パイプを振る圭一、不良役達が、かわしたり、襲ったりしながら、ゆっくりたち回りの手順で動く。


「…ゆっくりでも、危ないなぁ…。確かにパイプが本物だったら、当たったら大変だ。」


相澤が呟く。明良と雄一が黙ってうなずいている。



「では、リハ行きましょうか!」


スタッフの準備が整って、助監督が声を上げた。


「リハですが、本番のつもりで、圭一君お願いします。」

「はい!]


圭一がふーーーっと息を吐く。


「初演技だね。」


相澤が言う。明良が緊張気味にうなずいている。



その時工事現場に、轟音をあげながら暴走族風のバイクの集団が入ってきた。


「!?」

「?監督?…こんな場面ありましたか?」


思わず助監督がそう言うが、監督は青い顔をして首を振った。

圭一たちも、驚いてバイクの集団を見た。


「!!…まさか、本物の暴走族?」


雄一の言葉に明良がぎくりとしたが、明良を襲った暴走族ではない事がわかった。

明良は、予感して、


「圭一!逃げろ!」


と思わず叫んだ。


圭一は唇をきっと結んで、その場に立っている。まだパイプを持っていない。

不良役達が、顔を見合わせている。


「皆、逃げて下さい。…本物ですから。」


圭一がそう言うと、不良役達が驚いたように、スタッフ達のところへ逃げた。


「圭一!」


明良が思わず駆け寄ろうとするのを、相澤と雄一が必死にひきとめていた。



暴走族のリーダーらしき男が、圭一の傍まで近づいてきた。

圭一はじっと動かない。


「今度学園物やるって?…で、悪者やっつける不良役って、お前か?」


圭一は、リーダーが自分のことを知らないのを悟った。圭一も初めてみる顔だ。


「俺だよ。」

「名前は?」

「北条圭一」

「北条圭一って…オペラ歌ってるあの坊ちゃんか?」


リーダーがそう言うと、メンバーが笑いだした。暴走族のメンバーがゆっくり圭一を取り囲んでいる。

明良は、圭一がリーダーの挑発に乗らないか不安になったが、圭一はじっと笑みを浮かべたまま動かない。


スタッフが警察に電話をしているが、動揺して場所の説明ができない。

明良がその携帯を取り上げて、場所を教えた。


「す…すいません。」


スタッフが震えながら、明良から携帯を受け取った。

明良は黙って、圭一の方を向く。


「さすが不良役だけあって、度胸あるなぁ…。怖くねぇのか?」

「そんな間抜け面見て、怖がる奴がおかしいわ。」

「なんだと!?」

「お前ら最近できたチームやな。チームの名前売るにしても、俺のチームはこんなださいことせんかったで。」

「!?…お前…誰や?」


大阪弁を聞いて、リーダーが少しとまどっている。


「俺、知らんことが、そもそも間違いや。」


メンバーも顔を見合わせた。リーダーが強がるように言った。


「じゃぁ、その腕見せてもらおうか。」

「嫌やと言ったら?」

「その選択肢はないな。」


メンバーの一人が、走り出してパイプの山からパイプを取る。


メンバー全員が圭一から離れ、パイプを持ったメンバーに道を譲る。

パイプを圭一に振りおろすが、圭一はそのパイプを素手で受ける。

リーダー達も、明良達も驚いて息をのむ。


「あほ…これ、撮影用のパイプやんか。」


圭一が笑って、そのパイプを奪い、メンバーに叩きつける。

叩かれたメンバーは、思わず体を曲げるが「あれ?」という顔になる。

圭一、パイプを投げ捨てる。


「にせもんや。おあいにくさま。」


圭一はそう言って、パイプの山へ走り寄り本物のパイプを手に取る。


「圭一やめろ!」


明良が思わず声を上げるが、圭一の耳には届いていない。

圭一が思いっきり振りまわすパイプを思わずリーダーたちがよけた。


その時、圭一は器用にパイプを指で回す。


「カクテルショーや…」


それを見た雄一が呟いた。相澤がその雄一を思わず見て「なるほど」と呑気な声を上げた。


ひゅんひゅんという音を立ててパイプを回し続ける圭一を、メンバーたちは怖いのか近寄らない。

圭一は、周囲を睨みつけながら、ゆっくり体を回している。


そして、パイプを上へ放り投げてから掴み直すと、腰をかがめて下のコンクリートに殴りつけた。


「!!!」


ガン!という音とともに、パイプが曲がってしまう。


リーダーたちが、ぞっとした表情をしたのを見て、圭一がニヤッと笑う。


「まだやる気か?お前らもこうやぞ。」


曲がったパイプを放り投げて、圭一がリーダーに向かって近づく。


「お前…本物か?」

「昔な。大阪の阿修羅におった。」

「阿修羅っ!?」


リーダーが、がたがたと震えだす。


「そういや…圭一って…阿修羅の圭一か?」

「…知ってるやん。」

「…マッドエンジェルって言われた…」


圭一は苦笑した。


「なつかしーなー…その呼び名。」

「普段は天使みたいな顔して、怒らせたら手ぇつけられへんて。」

「そう言われてたな。」


そう言う圭一に、リーダーが震えながら言った。


「でも…マッドエンジェルは市井ちゃうんか?」

「マッドエンジェルも市井も捨てた。今は北条や。」


リーダーがやっと気付いて「おまえら逃げろ!」と言い、先に逃げ出す。


「え!?リーダー!?」

「逃げろっ!阿修羅の圭一だぞ!怒らせたらやられる!!」

「おい、待て!」


圭一がそう言うと、リーダーとメンバーがぎくりとしたように足を止めた。


「おまえら暴走族同士でやりあうのは別にかまへん。…でも素人には手ぇ出すな!!ええな!」


リーダーは「はいっ!」と言って、バイクに乗って逃げてしまった。メンバー達もリーダーを追って、それぞれバイクに乗って去っていく。


圭一はふーーっと息をついた。



やっと、パトカーのサイレンが聞こえた。



・・・・・・・



何事もなかったように、撮影が終わった。


「お疲れ様でしたー!」


スタッフを始め、全員が頭を下げている。


明良達が拍手をしながら、圭一を迎えた。

圭一が照れくさそうに、明良達に頭を下げる。


「一時はどうなるかと思ったが…。」


相澤が本当にほっとしたように言った。


「…よくこらえたな。圭一。」


明良がそう言うと、圭一は頭をかいた。


「…でも、曲げてしもたパイプ…弁償せな。」

「それは気にしなくていい。こっちで払っておくから。」

「!…でも…」

「けが人を出さないための犠牲だ。…こちらにも責任がある。」


明良がそういい、相澤もうなずいている。


「でもあのパイプ回すやつ、ドラマでも、毎回使うことになるなんてな。」


雄一が笑いながら言った。圭一が再び頭を掻いた。


「ドラマの目玉にするって言ってたな。」


相澤がおかしそうに言った。


「水戸黄門様の印籠みたいなもんか。」


雄一がそう言い、明良達も笑った。


「しかし…圭一…。お前はそんなに恐れられてたのか?」

「…あの時は、そう名乗るしかなくて…。」


明良は首を振った。


「それは構わないんだが…恐れられるほど強いということは…お前がそれだけ怖い思いをしたことかと思ってね。」

「!…」


明良の言葉に圭一が目を見張った。そして下を向いて苦笑した。


「…父さん…」

「帰ろうか。…うちでお祝いしよう。…先輩と雄一君もどうです?…菜々子さんが、ご馳走作って待っているので。」


その明良の言葉に、雄一がうれしそうな顔をした。


「ほんまっ!?行きたい!」

「じゃぁ、お邪魔しようかな。」


相澤も言った。明良が先に走り出して、車に向かった。

圭一はうれしそうに雄一の肩に手をかけて、明良の車に向かって歩き出した。


(終)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ