田舎ウォーキングのすゝめ〜街道編〜
車のリコールの案内が来たので、なじみの整備工場に行きました。
1時間ほどで終わるというから事務所で待ってもよかったのだけど、この整備工場は実は、おそらく江戸時代以前からある古い街道に面して建っているのです。
バイパス道路にぶった切られてたりもするけど、こう進めば男鹿に着くだろうという角度で走ってる。前々から気になる道でした。
午後から雨予定だけど、まだ晴れてる。何度か通った道だし一本道だし、迷うことはない。気温15℃、微風。……散歩日和では?
ということで、せっかくなのでウォーキングすることにしました。いま歩く機会ないから……
田舎ウォーキング、街道編です(^^)往復3キロくらい。
整備工場を発ってすぐ、地区の鎮守さまがあります。
新山神社とありました。お賽銭箱は盗難避けなんでしょう、お堂の中にあり、扉の隙間から小銭を入れる樋が付いてる。ピタゴラスイッチ的な賽銭の入れ方(笑)。
鈴を鳴らすのも気が引ける静かな住宅街なので、紐だけ揺らしてきました(^^;)
車がすれ違えないくらい細い道です。街道に沿うようにバイパス道路ができたので、新興住宅地になってる様子。
道の名前は、男鹿街道。男鹿と檜山を結ぶ道で、整備工場から南下すれば男鹿、東進すれば檜山に向かいます。
男鹿の脇本城(湊安東)は、檜山城(檜山安東)の支城?で、檜山当主の弟さんが脇本城に入ってたりしました。その檜山当主・安東愛季は信長に「斗星の北天にあるがごとし」(意訳:お前が北にいるなら安心)と言われた名君です。信長よりちょっと歳上。
詳しくは小説『斗星、北天にあり』をどうぞ(笑)。ゆずのライブや紅白歌合戦のバックを飾った城郭灯籠に、彼の名がつけられています。
古刹、倫勝寺の大ケヤキ。ちょうど読経の最中だったので、本堂を撮るのは躊躇われました;
樹齢約1500年、阿倍比羅夫が蝦夷征伐時に舟をつないだとされるケヤキとのこと……本当か?;
当時は川が近くまであったようで、しょっちゅう流路が変わる川なので、今は違うとこ流れてます。
落雷と伊勢湾台風に被災し、大きな洞になってて観音様がおられます。周囲めっちゃ墓地。
東北を旅した有名人を知名度で並べたら多分、松尾芭蕉、イザベラ・バード、菅江真澄。
その菅江真澄さんの道中記にも出てくるお寺です。地元の人にこの寺行きたいとリクエストして、案内してもらったそうです。
東北巡幸で明治天皇も通られたようで、その休憩所になったお宅の庭に碑がありました。
ひとつ手前の休憩所?は巡幸のために山を削って造られた坂道で、明治天皇より先行して到着した皇后さまが、そこで明治天皇を待つ恋文を詠まれたので、翌年に場所の名前が溪后坂となりました。(溪は本当はにんべん……)
ここ近くの鉱山指導に平賀源内さんが来てます(^^)
ゴールの機織神明社。機織は地区名。もうちょい手前に養蚕という地区があります。絶対セットだよなぁという名前(^^)
ここのお賽銭の入れ方は、格子のひとつが猫の入り口みたいになってて、ここから手突っ込んでお賽銭箱に入れてね、という窓スタイル。
ここはちゃんと鈴鳴らしてきました。
何かのお祭り?だったのか、鳥居のとこに幟が立ってた。新山神社にも。道沿いの家にはたまに、玄関にしめ縄を下げたお宅がちらほら。
先日投稿した、拙宅の三養堂の『梵鐘仇討暗夜行』に、恵比寿神社の祭事は一律10月20日と書いたんですが……ひょっとしてそれか?と帰路で気付く。
ああっ! もっと早く気付いてれば、祭神が恵比寿さまかどうか確認したのに!;
帰路……距離歩く用の靴じゃないから、左足の腹(っていうの?土踏まずじゃないとこ)がめっちゃ痛い(泣)そして私に土踏まずはない。偏平足である。
ウォーキングって靴大事;;
この街道もっと歩きたいけど、去年クマの目撃多発したとこなので、ウォーキングも考えものなのである……。




