恋愛脳になった兄が心配で自立しようとした幼女~冒険者になろうとしたら聖女候補になりました~
冒険者ギルドには、様々な人間がやって来る。
屈強な冒険者はもちろん、商人、薬師、職人、時には貴族まで。依頼する者もいれば、依頼を受ける者もいる。まさに人種のるつぼだ。
それでもその場にそぐわない人物も稀にいる。
そう、今まさに私の目の前にいるような愛らしい幼いご令嬢と、その後ろに控える、きっちりとお仕着せを着た侍女のように。
緩く波打つ金髪は柔らかく編み込まれ、ハーフアップにまとめられている。新緑を思わせる大きな瞳には幼いながらも決意が宿っていて、こちらを見上げる姿は実に愛らしい。服装は街歩き用にシンプルなワンピースだけど、一目で高位貴族のご令嬢だと分かる。
そんなご令嬢が両手をギルドの受付台について、一生懸命背伸びをしているのだ。
「わたくし、ぼうけんしゃになりたいのです!」
嘘だろう。冒険者なんて貴族にとっては泥臭い、しかも危険を伴う仕事だ。ましてや目の前のご令嬢はどう見ても八歳にもならないだろう。
「……ええと、お嬢様、失礼ですがご年齢はいくつでしょうか?平民でも八歳未満は冒険者登録を受け入れておりません」
「そうなんですの?わたくし、まだろくさいですわ……」
「それでは、申し訳ございませんが、冒険者登録はできかねます」
「ルールでしたら、しかたありませんわ」
あっさりと引いてくれた事に内心でホッとしつつご令嬢を見ると、とても悲しそうにしている。侍女の方は無表情に微動だにせず立ったままだ。この侍女の方、強い。
「なにか、冒険者になりたい理由がおありなのでしょうか?」
「っ!!」
初めて年相応に不安げな表情をされたご令嬢を見て、ちゃんと話を聞いた方が良いようだと同僚を見ると既に一人応接室へと走っている。
「よろしければ、落ち着いたお部屋でお話し伺わせていただけませんか?」
そう続けると、少し考えてからご令嬢が「おねがいします」と了承くださったので、侍女の方と共に応接室へと案内した。
貴族家のトラブルだった場合、下手に情報が広まるのも危険かもしれないための対応だ。
お茶と簡単な茶菓子に、表情が硬かったご令嬢がようやくふんわりと笑みを浮かべた。
「おきづかい、ありがとうございます。あらためまして、わたくしマリアージュともうします」
「当ギルドで受付を担当しております、ケイトと申します。マリアージュ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、かまいません」
「それではマリアージュ様、冒険者を目指されるご理由をお伺いできますでしょうか?内容によっては冒険者の派遣やお手伝いなどできることもあるかもしれません」
「……いいえ、おきもちはありがたいのですが、わたくしがぼうけんしゃになることに、いみがあるのです」
小さな手をぎゅっと握っているご令嬢は、思った以上に深い悩みがあるようだった。
「おとうさまたちは、だいじょうぶとおっしゃいます。でも、おにいさまとかれいが、いつもこわいおかおで、おかねのおはなしをしています」
ご令嬢から聞き出した内容は、平民でしかないギルドの一受付担当には重すぎる内容だった。
詳しい事情は、隣に控えていた侍女のカリナさんが補足してくれた。
マリアージュ様は、なんと公爵家の末姫様でいらっしゃった。ただし、公爵家と言っても落ち目で、領地の鉱山から産出される宝石頼みだったため、もう閉山が見えている公爵家の力はみるみる衰えている。
それにも関わらず両親は能天気で、なんとかなるとしか言わず、年々税収が落ちていると家令や長兄が頭を抱えているのに、支出を減らしてくれないと更に頭を抱えている、らしい。
更に次兄が仕える王子殿下が王立学園で色々とやらかしているらしく、次兄もまた同様らしい。
「もう、まちでも、うわさになっているときいています。おうりつがくえんのはなし、ごぞんじでしょう?」
「大変失礼ながら、はい」
そう、今王都で常に話題に上がっているのはまるで物語のような、とある令嬢と見目麗しい男性たちとの恋物語だった。それぞれに身分や立場のある貴族の男性が、健気で頑張り屋の令嬢に心惹かれ、彼女を取り囲むように集っているという。
全員、お互いにそんな恋情などない、と話しつつも距離が近い。
もちろん不謹慎だと憤る人も多く、令嬢を取り巻く男性は全員婚約者がいる事から反発も多い。同時に、男女を超えた麗しい友情だと称える人もそれなりに多くいるが、大半は単に面白がっているだけだ。
そして、マリアージュ様の次兄は噂の男爵令嬢を取り巻く一人で、第二王子殿下の側近である公爵子息。
「おにいさま……あには、ほんとうはやさしいのです。なのに、さいきんは、こんやくしゃのおねえさまをないがしろに……。わがやは、たすけられているのに」
「お嬢様」
マリアージュ様の大きな目に浮かぶ涙をすかさず侍女がハンカチで押さえていた。この人、いつ動いたのでしょうか。
「ありがとう、カリナ」
「いいえ。僭越ながら私からご説明を続けさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、おねがいするわ」
「ラルフ様は当主様より再三叱責され、夫人からも厳しく指導を受けました。現在は謹慎中なのですが、人手不足で見張りの目も行き届かず、気付けば屋敷を抜け出してしまわれます。
既にご婚約者様の侯爵家とは、こちらの有責で婚約解消を相談しております。ただ……」
「おはずかしながら、わがやにはいやくきんのおしはらいも、むつかしいのです」
小さな肩を落として項垂れる姿がお労しい。
「それで、冒険者になって少しでも稼ぎたいと思われたのですね」
「はい。わたくし、まりょくだけはひといちばいあるのです」
「ちなみに属性は?」
「お嬢様は火、風、光の三属性をお持ちです」
「では、癒しもできますか?」
「とくいですわ!」
ぱっと輝くような笑顔で返事をするご令嬢。その隣で、あの無表情だった侍女までがそっと微笑んだ。思わず目を見張りつつ、私も笑顔で答える。
「では、冒険者ではなく治癒院でお手伝いは如何でしょうか?危険もなく、そちらの侍女の方がご一緒なら安心かと」
「まあ!カリナ、わたくしにできるかしら?」
「勿論でございます。お嬢さまは病の治療も怪我の治癒もお得意です」
「えっ、まだ六歳で治癒をお使いになるのですか?」
「お嬢様は浄化の習得に向けて治癒系の訓練中で、浄化を習得されたら教会で聖女候補として学ばれる予定でございます」
浄化は呪いや精神干渉、そして怨霊系モンスターの討伐に必要なかなり上位の光属性の魔法。さらに浄化を習得した者は、次に結界術を教会で学ぶ。結界まで扱えるようになれば、晴れて聖女、あるいは聖人と認められる。魔物暴走などから守るために必要となる結界を使えるのは聖女、聖人のみであるため、教会はある程度素養のある者を教育している。
マリアージュ様が教会で聖女候補となれば給金も出るが、今すぐお金が必要なのだという切実さが痛々しい。
「なるほど、ご事情は分かりました。治癒院の紹介は問題ありませんが、その前にいくつかお伺いさせてください」
「なんなりと」
ご長男とその婚約者との関係、爵位が下がることへの覚悟、ご両親へのお気持ち、売却できる資産の有無などを確認した。
結果、問題があるのは危機感のないご両親と、次男だけだと判明した。ここから先は一受付担当である自分には手に余るため、ギルドマスターを召喚。
マスターが公爵家のご長男へ侍女カリナを通してコンタクトを取り、ご婚約者の実家である公爵家、そして次男の元婚約者の家と協力して陛下へ奏上する事となった。
その間、マリアージュ様たってのご希望で治癒院をご紹介したところ、非常に愛らしい容姿に加え、確かな治癒の腕前と幼いながら丁寧な応対が評判を呼び、その治癒院はたちまち評判になった。
マリアージュ様は一度、ギルドへもお礼のお菓子を持ってきてくださった。気付くと目の前にいる侍女も一緒に。
「ケイトさん、わたくし、おきゅうきんをいただきましたの!」
「ええ、マリアージュ様の評判はギルドまで届いております」
「うえのおにいさまも、とってもほめてくださったの!ちゆいんのしょうかい、ありがとうございました」
嬉しそうに目を輝かせるマリアージュ様は今日も愛らしい。この後にまた治癒院へ行くのだろう、エプロンドレス姿だ。
「そう言えば、お兄様のラルフ様はいかがですか?」
「おにいさま……」
曇った表情に失敗したことを悟るが、時すでに遅い。侍女の方、殺意は押さえていただきたい。
「カリナ、おやめなさい」
「失礼しました」
「マリアージュ様、私の失言でした。申し訳ありません」
「いいえ。おにいさま、しんぱいなのです。さいきんは、まいにちあたまがいたいとおっしゃるの」
「私からも補足を。ラルフ様は半年ほど前より頭痛が頻繁にあり、お嬢さまが治癒を申し出ても断られるのです。翌朝も頭を押さえながら、それでも学園に向かわれます。流石に公爵夫妻も心配して止めるのですが、制止を振り払われるのです」
「そうなのですね、お医者様は……ダメなのでしょうね」
「はい。お嬢様の治癒さえ拒まれますので。申し訳ありません、お嬢様お時間です」
「まあ、いそがなくては!それでは、しつれいいたしますわ!」
そう、笑顔で手を振って去って行かれたマリアージュ様はギルドでも人気で、怪我をした冒険者たちはこぞってマリアージュ様の勤める治癒院へ通うようになった。
マリアージュ様がギルドにいらしてから三ヶ月、とうとう、噂の令嬢が第二王子殿下とその側近たちと共に拘束された。
令嬢を取り巻いていた面々は第二王子殿下、宰相の長男である侯爵令息、マリアージュ様の兄である公爵子息、騎士団長の次男である伯爵子息、大商会を営む王国一の富豪として知られる伯爵家の三男、更には教会の大司教の子息という非常に豪華な方々だった。
令嬢を含む七人は拘束されてからもずっと喚いていたが、家族との面会の時に奇跡は起きた。
ギルドマスターと共にギルドからの記録員として私を含む受付担当たちは、各家族の面会に立ち会うことになった。もちろん私はマリアージュ様のお家の担当だ。
面会は第二王子も関わっているため、王宮内の個室で騎士も立ち会ってのものとなった。
床に座らせられているラルフ様はいまだに妄言を吐き散らし、家族に暴言を吐いている。そんな兄のあまりにも情けない様子に、マリアージュ様が泣きながら兄を引っ叩いたのだ。小さな手で叩かれた次兄は、しばらく呆然としていた。
「マリアージュ……」
「おにいさまのばか!なんで、なんで!!」
「チッ、なんで子供がこんな所にいるんだ!」
「おにいさまのせいじゃありませんか!わ、わたくしや、エミリオおにいさまが、どんなに……!!」
「お、おい、やめっ」
「わた、くし、だって!わたくしだって!!おしごと、して、おりますのよ!」
「っ!!」
涙が溢れて、言葉を詰まらせながらマリアージュ様は兄の胸を何度も叩いた。その小さな右手が、いつの間にか淡く光り始めていた。
とうとう泣き崩れたマリアージュ様を大切そうに侍女が抱き上げ、長兄も涙を浮かべながらマリアージュ様を抱きしめた。
まともに話ができない、と去ろうとした兄妹を止めたのは次男だった。
「待ってくれ!マリアージュ、今なにをしたんだ?」
「ラルフ!貴様っ、この期におよんでなにを!」
「兄、上? なぜ、そんなに怒って……」
「当たり前だろう!貴様のその体たらく、公爵家、いや貴族としての誇りはどうした!?」
「っ、つう。頭痛が……私はこの一年、なにをしていたんだ?」
その場が騒然となる中、マリアージュ様の光り輝く右手が見えた。
「お嬢様、もしやこれは浄化では?」
「ええっ!? わたくし、とうとう、じょうかをできましたのね!」
急いで神官が呼ばれ、マリアージュ様が浄化を習得したのは間違いないことが確認された。そして、公爵子息の様子から残りの男性たちにも浄化をかけると一斉に様子が変わり、皆憑き物が落ちたようになった。
先に正気に戻られたラルフ様が、ぽつりと漏らした一言で状況は激変した。
「私は、なぜあのような令嬢に……避けていたはずなのに」
「なに? お前は、あの悪女に惚れていたのではないのか!?」
「兄上、ありえません。あんな服装もだらしなく、品のない話し方、嫌悪して避けていました。
なのに、気付けばいつも側にいて。なぜだ……守らなきゃって、つぅ……」
頭を抱えて倒れられたラルフ様に悲鳴を上げてマリアージュ様が涙ながらに治癒をかけられていた。同時に他の方々の状況を確認すると、正気に戻った男性たちは、誰もがその令嬢に嫌悪感を持っていたのだった。
医師と神官による慎重な治療と聞き取りの結果、男性たちが令嬢によって洗脳されていたことが判明し、一部の男性は記憶障害まで起こすほど深く洗脳されていたことが分かった。また各家族からの聞き取りで、全員頭痛や人が変わったようになっていたことも分かった。
ただ、どの家も恋に目が眩んでいるのだろう、と重要視していなかった。
王宮を巻き込み、事態は一時大混乱となった。王族を含む複数の有力者を魔術で操った罪は重く、最終的に令嬢は処刑された。男性たちも無罪とはならなかったが全員洗脳の影響が認められ、かつ後遺症も重かったため大幅に減刑されたうえ、公の場からは完全に姿を消した。
そして、マリアージュ様の公爵家はかねてからの資産状況の悪化、そして一連の騒動の責任の一端を負って伯爵位へ降爵したものの、領地と家そのものは無事に存続した。当主夫妻も隠居し、長兄エミリオが新たな当主となった。
エミリオ様は、降爵してもなお婚約を継続してくれた婚約者様と共にすっきりとした表情で『実直に生きていく』と仰っていた。
ラルフ様はいまだに悪夢を見るようだけど、マリアージュ様の治癒でお心は徐々に安定してきているそうだ。
そして、そのマリアージュ様は最年少の聖女候補として教会で学ばれながら治癒院での仕事も続けられている。
王都がようやく落ち着きを取り戻したのは、季節がすっかり変わっていた。
そして、ギルドにはまたマリアージュ様が今度は明るい笑顔でいらっしゃった。
「ケイトさま、そのせつはおせわになりました」
「マリアージュ様、冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用事で?」
マリアージュ様はまた受付に手をつき、背伸びをした姿勢でにっこりとはっきり宣言する。
「わたくし、ぼうけんしゃになりたいのです!」
「えっ……」
「ふふっ こんどは、きょうかいのおすみつきがありますの」
そう、嬉しそうに書状を受付に出されたので、手に取って内容を確認すると、確かにマリアージュ・ライラ・ミラージュ伯爵令嬢は年齢以上の実力を持つため、侍女カリナと共にある限りは冒険者としての活動に問題はないと明記されている。
さらに、侍女からも書状を渡され、内容を確認すると。
『カリナ殿は二つ名持ちのソロA級冒険者だ。彼女が一緒にいることを条件に、特例としてマリアージュ嬢の冒険者登録を認める』
見覚えのある癖字、そして間違いなくギルドマスターご本人の署名のある書状に、頭を抱えた。
「マスター……先に言って欲しかった」
「私が一緒にいる限り、お嬢様に万が一のことは起こさせません」
「いかがでしょうか?」
こうして、愛らしいご令嬢と凛々しい侍女のコンビの冒険者は爆誕した。
この二人が今後巻き起こしていく事件を今はまだ誰も知らない――。
読んでいただきありがとうございます!




