短編「腕」
私が意識を取り戻して、まず感じたのは、生ぬるい粘液のなかを無限に落ち続けているような感覚だった。
しばらくすると、私の指先に何かが触れた。点字だ。
点字の打たれたボードが、私の手のひらに押し当てられ、上下左右にゆっくりと、規則的に動いている。幸い、私は先天的な弱視のために点字を学んでいた。だから時間はかかったが、そこに書かれた内容を少しずつ読み取ることができた。
曰く、現在、私がいるのは水槽の中。
しかも、私には左腕しか残っていないのだという。
交通事故によって、左腕の付け根から先を除く部位は機能を停止した。そこで医師たちは、残された左腕に管やら何やらを接続し、培養液の中で生存させているのだという。
なんということだ。
水槽の中にあるのが脳ではなく、まさか腕のほうだったとは。
私はひどく落ち込んだ。
腕でしかない私にも鬱状態が確認されたことは大発見だと、医者は点字で伝えてきたので、中指を立てておいた。
◇◇◇
しかし、意外なことに思考は明瞭だった。
過去のガールフレンドの顔も、ダンスパーティで飲みすぎて醜態を晒した記憶も残っている。
父の死に目に握られた、あの弱々しい手の感触も。幼いころに出ていった母と繋いだ手の感触も、はっきり覚えていた。
医者曰く、左手だけで使えるキーボードを用意したので、何か打ち込んでみてほしいらしい。
使ってみると、とくに問題なく入力できた。
打ち込んだ文章を確認用の電子点字ディスプレイで読み返し、文法を確かめて修正することも難なくできた。
その後、医者は私に個人情報に関することを一通り尋ねた。
私は思い出せる限りのことを伝えた。
自分の名前。年齢。最後の記憶ではバスに乗り込んでいたこと。
ごく普通の家に生まれたこと。幼いころに母が家を出ていったこと。大学時代のガールフレンドに別れを切り出したのは自分だったこと。献身的に介護してくれた父との別れが、何よりもつらかったこと。
医者は感心し、当初は同情の言葉までかけてきた。
だが、私にとってそれは少々失礼だった。まるで、腕一本でまともに会話できるはずがないとでも思っていたように聞こえたからだ。
そのことを伝えると、医者は申し訳なさそうに謝った。
もっとも、殊勝だったのは最初だけだ。
はじめのうちは、私にもわかる言葉ではしゃいでいた医者たちも、時間が経つにつれて専門用語ばかりを使うようになった。質問も、要領を得ない抽象的なものや、何の関係があるのか見当もつかないものばかりになっていった。
そこで私は、自分に人権はあるのかと尋ねた。
医者たちは一度、はぐらかすような反応を見せた。
それから最終的には、前例がないため世界的に議論の最中だ、と抜かした。
中指の立てがいのあるヤブ医者どもめ。
◇◇◇
その後、私は点字と触覚ディスプレイを通じて、世界一有名な腕になった。
書籍を出せば飛ぶように売れ、映画化もドラマ化もされた。
人権も獲得した。ついでに、私が死者なのか生者なのかで揉めた連中のおかげで、人間の死亡診断に関する条項まで書き換えられた。教科書にも載った。世の中というのは、案外、腕一本でどうにかなるものである。
私は印税で腕のいい弁護士を雇い、例のヤブ医者どもをまとめて訴えた。何人かはきちんと豚箱に入った。人権というものは、取ってしまえばなかなか便利だった。
いまの私は、南の島でのんびり暮らしている。
ビーチの触覚中継を楽しみながら、エステでハンドマッサージを受けるのが最近の趣味だ。
潜水服の腕だけ版のような装具が実用化されてからは、行動の自由も大きく広がった。
音声波形を触覚に変換して読み取る訓練と、手話のおかげで、コミュニケーションも以前よりずっと楽になった。
事故で体は失ったが、そのおかげで仕事やしがらみからも解放され、いまでは悠々自適の生活である。
人間の条件についてはいまだに議論が続いているらしいが、当の私はだいたい機嫌よく暮らしている。
ただ、ほんの少しだけ不満があるとすれば、ハンドジョブができないことくらいだ。




