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ヤンデレと関わりたくない俺は、最強の異能を隠して異能学園を生き抜く  作者: 誠くん2F29
白鷺詩織編

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第6話

 昼休みを告げる鐘が鳴ると、教室の空気は一気に緩んだ。


 食堂へ向かう生徒が廊下へ流れ出し、教室へ残った者たちは机を寄せ合って弁当を広げ始める。入学してまだ数日しか経っていないというのに、気づけばそれぞれ小さなグループができていた。人は環境に慣れるのが案外早い。


「橘! 食堂行こうぜ!」


 振り返ると、斎藤が手を振っていた。


「俺は弁当がある」


「マジか。朝倉さんの手作り?」


 その一言で教室の何人かがこちらを見る。


「……違う」


「いや、違わないよ?」


 いつの間にか隣へ来ていた結衣が、小さく笑いながら弁当箱を机へ並べた。


「今日も玲斗くんの分、作ってきたから」


「えっ、本当に?」


 斎藤が目を丸くする。


「毎日?」


「うん」


 結衣は当たり前のように頷いた。


「小さい頃からずっと作ってるし、今さらかなって」


「幼馴染ってすげぇ……」


 感心したように呟く斎藤を見送りながら、俺は弁当箱を受け取る。


 蓋を開けると、彩りよく並べられたおかずが目に入った。卵焼きに唐揚げ、煮物にほうれん草のおひたし。栄養まで考えられているあたり、昔から変わっていない。


「朝から大変だったろ」


「全然。玲斗くんのためだもん」


 さらりと言って笑う。


 本人にとっては本心なのだろう。


 昔から結衣はこうだった。俺の世話を焼くことを当たり前だと思っている節がある。


 風邪を引けば家まで看病に来るし、宿題を忘れれば自分のノートを丸ごと貸してくる。世話焼きという言葉で片付けるには少し行き過ぎている気もするが、悪意がないだけに止めづらい。


「朝倉さん」


 二人の女子生徒が近づいてきた。


「今度の実技試験、一緒に練習しない?」


「詩織さんも誘う予定なんだけど、朝倉さんも強そうだから」


 結衣は少しだけ考え、俺へ視線を向ける。


「ごめんね。今日は玲斗くんと一緒に帰る約束してるから」


「そっか。また今度ね」


 二人は残念そうに笑い、その場を離れていった。


 結衣はその背中を見送ると、どこか安心したように息をつく。


「悪かったな」


「どうして?」


「俺を理由に断っていただろ」


「ううん、違うよ。本当に玲斗くんと帰りたかっただけ」


 そう言って微笑む結衣の表情は穏やかだった。


 だが、女子生徒たちの姿が見えなくなるまで、その視線だけは静かに追い続けていたことに気づいたのは俺だけだった。


 教室の反対側では、詩織が数人のクラスメイトに囲まれていた。


「詩織さん、この問題教えてくれない?」


「もちろんです」


 白鷺は教科書を開くと、図を書き加えながら丁寧に説明していく。難しい内容を噛み砕き、相手の理解に合わせて言葉を選ぶ姿は、教師より教師らしい。


「なるほど、そういうことか!」


「ありがとうございます」


「いえ、お役に立てたならよかったです」


 柔らかな笑顔が返る。


 昨日、俺へ決闘を挑み、感情をむき出しにしていた人物と同じとは思えないほど落ち着いていた。


 ふと、詩織の視線がこちらへ向く。


 一瞬だけ目が合う。


 しかし彼女は何事もなかったように軽く会釈をすると、そのまま会話へ戻っていった。


 周囲から見れば、ただの優等生。


 それでいい。


 あの一面を知っているのは、今のところ俺だけで十分だった。


 昼休みが終わりに近づく頃、高橋先生が気だるそうに教室へ入ってくる。缶コーヒーを教卓へ置くと、大きく欠伸を一つした。


「ほら、席戻って。午後の授業始めます」


 生徒たちが慌ただしく席へ戻る中、先生は出席簿を机へ放り投げる。


「あぁ、そういえば言い忘れてた。明日から実戦形式の授業に入ります。今度は一対一じゃなく班で動いてもらうから、そのつもりでいて」


 教室が少しだけざわつく。


「班分けはこっちで決めます。文句は受け付けません」


 先生は面倒くさそうにそう言うと、何事もなかったかのように授業を始めた。


 班分けか。


 できれば面倒事とは無縁の組み合わせであってほしいな。




 昼食を食べ終えた頃には、教室の賑わいも少し落ち着いていた。


 先生は教卓に置いてあった缶コーヒーを飲み干すと、大きく伸びをする。


「初日から詰め込んでも仕方ないので、今日はここまで。寮に帰るもよし、校内を見て回るもよし。明日から本格的に授業を始めるから、迷子にならないように」


 その一言で教室中がざわめいた。


「やった!」


「じゃあ食堂もう一回行こうぜ!」


「訓練場見に行かない?」


 思い思いに話しながら、生徒たちは教室を出ていく。


「玲斗くん」


 隣を見ると、結衣が鞄を抱えながら微笑んでいた。


「校内、一緒に見て回ろ?」


「もちろんいいよ」


 どうせ今日は暇だ。


 断る理由もない。


 二人で教室を出ると、廊下には同じように見学をしている新入生の姿があちこちにあった。窓の外には手入れの行き届いた中庭が広がり、噴水の周囲では何人かの生徒が腰を下ろして談笑している。


 訓練施設へ続く通路には木刀や訓練用の武器を抱えた上級生の姿も見えた。すれ違う生徒のほとんどがどこか余裕を感じさせる雰囲気を纏っていて、この学園に集まる者たちの実力を自然と実感させられる。


「広いね」


 結衣が廊下の先を見渡しながら呟く。


「全部覚えるの、大変そう」


「そのうち慣れるだろ」


「玲斗くんが迷ったら案内してあげる」


「そうならないように頑張るよ」


「ふふっ、恥ずかしがらなくていいのに」


 他愛のない会話を交わしながら歩いていると、図書館の前で見覚えのある姿が目に入った。


 詩織だった。


 数人の女子生徒に囲まれ、施設案内の冊子を開きながら何か説明している。


「この棟は二十四時間利用できます。ただ、試験前は混むので早めに席を取った方がいいですよ」


「さすが詩織さん! もう調べたんだ」


「少し気になっただけです」


 照れたように笑う詩織に、周囲の女子生徒たちも笑みを浮かべる。


 昨日の決闘で見せた鋭さはどこにもない。


 誰に対しても丁寧で、困っている人を放っておけない。そんな優等生らしい姿だった。


 ふと詩織がこちらへ気づき、小さく会釈をする。


「橘さん、朝倉さん。校内見学ですか?」


「そうだよ」


「図書館でしたら、この時間は人も少ないのでおすすめですよ」


 それだけ言うと、詩織は再び女子生徒たちの方へ向き直る。


 俺たちも軽く会釈を返し、その場を後にした。


「やっぱりいい人だね、詩織さん」


 歩きながら結衣がぽつりと呟く。


「うん」


「昨日の決闘なんて想像できないくらい優しい」


 結衣が何気なくそう言った。

 俺は思わず足を止める。


「……結衣」


「ん?どうかした?」


 結衣は不思議そうに首をかしげる。


「なんで昨日のことを知ってるんだ?」


 昨日の決闘デュエルは放課後、人の少ない訓練場で行った。観客もほとんどいなかったし、俺から話した覚えもない。


 結衣は一瞬だけ目を丸くしたあと、小さく笑う。


「あっ……」


 照れたように頬を掻きながら、


「玲斗くんが帰ってくるの遅かったから、ちょっと心配になって探しに行ったの」


 さらりと言う。


「見つけた時には、ちょうど終わるところだったんだ」


 少なくとも普段の詩織は、昨日のように感情を露わにする人間ではない。

 だからこそ、あの決闘は彼女にとって特別だったのだろう。






 図書館を抜けると、今度は購買が見えてきた。パンや飲み物を抱えた生徒たちが行き交い、その奥では制服姿の上級生たちが談笑している。


「今年の一年はどうなんだ?」


「さぁな。面白い奴がいるといいけど」


 そんな会話が耳に入る。学年が変われば、新入生はただの後輩だ。まだ誰も俺たちに興味はない。それくらいの方が気楽でいい。


 しばらく校内を歩いたあと、俺たちは寮へ向かうことにした。


 男子寮と女子寮は中央広場を挟んで向かい合うように建てられている。


「じゃあ、また明日ね」


 結衣は少しだけ名残惜しそうに笑う。


「何かあったらすぐ連絡してね」


「分かった」


「あと、夜更かしはダメだからね」


「子供じゃない」


「玲斗くんは昔から無理するから」


 そう言って笑うと、結衣は女子寮へ入っていった。


 その姿を見届けてから、俺も男子寮の入口をくぐる。


 案内された部屋は一人部屋だった。荷物を床へ置き、制服のままベッドへ腰を下ろす。静かな部屋だった。誰にも邪魔されない空間。

 悪くない。

 机の上には学園から配られた資料が置かれている。


 何気なく一枚手に取ると、明日の予定が記されていた。


『実戦授業・班編成』


 短い一文だけを確認すると、俺は資料を机へ戻した。


 面倒事にならなければ、それでいい。


 そう思いながら窓の外へ目を向けると、夕日に照らされたラバー学園が静かに赤く染まっていた。

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