表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤンデレと関わりたくない俺は、最強の異能を隠して異能学園を生き抜く  作者: 誠くん2F29
白鷺詩織編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/25

第4話

 模擬戦はその後も滞りなく進み、最後の一組が勝敗を決すると、先生は空になった缶コーヒーをゴミ箱へ放り投げた。


「今日の授業はここまで。これからは自由時間とします。校内を見て回るのも勝手ですけど、立ち入り禁止区域には近づかないように。面倒事を起こしたら私が怒られるので」


 適当な締めくくりに、教室からは小さな笑いが漏れる。


 生徒たちはそれぞれ知り合った者同士で話し始め、訓練場はさっきまでの緊張感が嘘のように賑やかになった。


「玲斗くん!」


 結衣が小走りで駆け寄ってくる。


「けがしてない?」


「平気だよ」


「本当に?」


 心配そうに肩へ手を伸ばしかけ、途中で「あっ」と気付いたように引っ込める。


「ご、ごめんね」


「結衣が謝ることじゃないよ」


 そう返すと、結衣はようやく安心したように微笑んだ。


「よかったぁ……」


 その笑顔を見ていると、自然と肩の力が抜ける。

 それを感じ取っ結衣が一歩だけ俺の隣へ寄ってくる。ほんの少し、肩が触れそうなくらいの距離まで。


「この後さ、寮を見に行かないか?」


 斎藤が気軽に誘う。


「結衣は玲斗くんと一緒なら、どこでもいいよ」


 即答だった。


 その返事に斎藤は「あ、そう?」と笑うだけで気にした様子はない。


 結衣は斎藤へ笑顔を向けている。


 けれど、その笑顔は俺へ向けるものとは少し違った。


 礼儀として笑っているだけ。そんな印象を受ける。もう少し隠せないだろうか?


「じゃあ三人で行くか!」


 斎藤は何も気付かず歩き出す。


 結衣も「うん」と返事をして後に続いた。


 校舎へ向かう道には、模擬戦を終えた新入生たちが思い思いに歩いている。異能の話で盛り上がる者、寮生活への期待を語る者、さっそく決闘デュエルを申し込もうと意気込む者までいて、入学初日らしい賑やかな空気が広がっていた。


 自由な校風というのも、あながち間違いではなさそうだ。


 監視されていることだけは気に入らないが、それ以外は思っていたよりも窮屈ではない。少なくとも今は、誰かに縛られるような雰囲気は感じなかった。


 結衣がこの学園を勧めた理由も、少しだけ分かる気がした。





 寮の案内が終わり、気付けば空は夕焼けに染まり始めていた。

 教室へ置いた荷物を取りに戻り、そのまま廊下へ出る。


 人通りは昼間よりも少なく、校舎には部活動へ向かう生徒たちの足音だけが静かに響いていた。


 その時だった。


「……橘さん」


 背後から、静かな声が聞こえる。聞き覚えのある声だった。

 振り返ると、そこには白鷺詩織が立っていた。


 昼間と変わらない穏やかな笑みを浮かべたまま、小さく頭を下げる。


「少し、お時間よろしいですか?」


 その声音は柔らかい。

 けれど、なぜか断ってはいけないような空気をまとっていた。




 放課後の廊下には、部活動へ向かう生徒たちの足音が響いていた。

 俺は詩織へ視線を向ける。


「何か用?」


「はい。できれば、人の少ない場所でお話ししたいんです」


「ここじゃ駄目なのか?」


「……少し、込み入った話なので」


 断る理由も見当たらない。


 俺は小さく頷き、詩織の後をついて歩き出した。


 校舎を抜け、中庭を横切る。さらに訓練棟の裏手まで来ると、生徒の姿はほとんど見えなくなっていた。吹き抜ける風が木々を揺らし、葉擦れの音だけが静かに響く。


 詩織は立ち止まると、一度だけ周囲を見渡した。


「ここなら、大丈夫ですね」


「それで、話って?」


 問いかけると、詩織は俯いたまま指先を落ち着きなく絡め始めた。


「実は、その……」


 いつもの落ち着いた口調とは違う。

 どこか緊張したように声が震えている。


「今日、一緒に戦って……その……」


 言葉が続かない。


 何度か口を開いては閉じる姿は、本当に何かを伝えようと決心している少女そのものだった。

 やがて小さく息を吸い込み、ゆっくりと顔を上げる。


 頬はわずかに赤く染まり、その視線は真っ直ぐ俺へ向けられていた。


「私、橘さんのことが好きに――」


 そこで言葉が止まる。


 沈黙。


 風だけが二人の間を吹き抜けた。


(……これは告白でもされるのか?まだ会っても間もないというのに?)


 一瞬だけ、そんな考えが頭をよぎる。


 次の瞬間だった。


「――なるわけねぇだろ」


 低い声だった。


 さっきまでの柔らかな声音とは別人のように冷え切っている。俯いていた顔がゆっくり上がる。

 そこにあった穏やかな笑みは消えていた。


「……ん?」


 思わず声が漏れる。

 詩織は一歩踏み出し、俺との距離を詰めた。


「お前、授業で手ぇ抜いてやがったよな」


「何のことだ?」


「とぼけんな」


 さっきまでの丁寧な口調は跡形もない。

 荒々しい言葉が、怒りとともに吐き出される。


「あの程度の攻撃、お前なら避けられただろ」


「買いかぶりすぎだ」


「違う」


 即答だった。


「あの最後の一撃だってそうだ。避けようと思えば避けられた。わざと食らっただろ」


 詩織の拳が震えている。怒りだけじゃない。

 もっと別の感情を押し殺しているようにも見えた。


「そういう目なんだよ……」


 小さく漏れた声。


「そういう、余裕ぶった目が気に食わねぇんだ」


 詩織は唇を強く噛む。


「本気を出さなくても勝てる相手だって思ってんのか? それとも、お前もあいつと同じで……」


 そこで言葉が止まる。


 言い過ぎたと気付いたのか、一瞬だけ表情が揺らぐ。

 しかし、その揺らぎもすぐに怒りへ塗り潰された。


「……いや、違うな」


 詩織は自嘲するように笑う。


「違うなら証明しろ」


 鋭い視線が俺を射抜く。


「口で何を言われても信じねぇ。本気じゃなかったっていうなら、本気で戦って見せろ」


 その声音は静かだった。

 けれど、怒鳴るよりもずっと重く、相手を逃がさない圧があった。

 俺は詩織の視線を受け止めたまま、小さく息を吐いた。


「悪いけど、その期待には応えられない」


 短く返すと、詩織はゆっくりと目を細めた。俺の言葉を受け入れるつもりなど、最初からないのだろう。


「まだ誤魔化すのか」


「誤魔化してるつもりはない」


 静かなやり取りだった。しかし、その静けさとは裏腹に、二人の間には張り詰めた空気が流れている。


 詩織は拳を握り締め、何かを堪えるように唇を噛んだ。その手は小刻みに震えている。ただ怒っているだけではない。長い間押し殺してきた感情が、今にも溢れ出そうとしていた。


「……私を見てなかった」


 その一言は、怒鳴り声ではなかった。


 だからこそ重かった。


「授業中、お前の視線は一度も私を見てなかった。相手として見ていない奴の目だった」


 俺は否定しない。ただ黙って聞いていた。


「そういう目をする奴は嫌いなんだ」


 詩織は拳を握る。白くなるほど力を込めた指先が、小さく震えていた。


「……昔から何度も見てきた」


 その言葉だけが、静かに零れる。


「『どうせ勝てない』『相手にならない』……そんなふうに見られる目だ」


 俺は少し眉をひそめる。

 詩織は今日が初対面だ。

 それなのに、その言葉は俺へ向けたものというより、もっと別の誰かへ向けているようにも聞こえた。


「お前は違うって言うんだろうな」


 風が吹き、長い髪が揺れた。


 詩織はそれを払おうともせず、静かに言葉を続ける。


「でも、私は何度も見てきた。だから分かる」


 一歩、詩織が距離を詰める。


「本気で戦ってる奴と、力を隠してる奴くらい」


「勘違いだ」


 短く返す。


 それだけで十分だった。

 しかし、その一言が詩織の感情に火をつけた。


「本気で戦ってる奴と、力を隠してる奴の違いくらい」


 俺は数秒黙ったあと、静かに首を横へ振る。


「勘違いだ」


 その一言だけだった。


 それが詩織には、何より気に入らなかった。


「……そうかよ」


 乾いた笑みが漏れる。


 諦めたような笑い方だった。


 けれど、その笑みは一瞬で消え失せる。


「だったら証明しろ」


 一歩。


 詩織が俺との距離を詰めた。


「私に決闘デュエルを申請しろ」


 その声は不思議なほど落ち着いていた。感情を爆発させるのではなく、すべてを押し殺した先にある静けさ。だからこそ、その言葉には有無を言わせない重みがあった。


「断る」


 即答だった。


 俺には戦う理由がない。目立つ理由もない。


 決闘デュエルで勝てばSAPは上がる。学園での評価も変わる。そんなことは避けたい。


 だから断る。それだけだった。


 詩織はしばらく俺を見つめていたが、やがて小さく息を吐く。


「お前が自分から決闘を申請したくなるまで、私は何度でも追いかける」


 静かな宣言だった。

 脅しではない。

 あれは――決意だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ