5.授業
―――都乃鈴香 6月14日 11時30分
「だから係数がaって定まってないときでも、グラフは範囲で分けるんだよ。じゃあ例題9な。y=x²+2ax+1の最大値を求めよ。姫宮、これの軸どこだ?」
「………………」
「難しい計算じゃねーぞ。ぱっと出来るようになれ。変形して、y、イコール、(x²+a)、-a²、+1。だからx=aな。で、最大値が-aって……」
眠い。
窓の外の景色に少しずつ飽きてくる季節だろう、6月というのは。外を通るのは、犬の散歩をしているおばさん、恐ろしいほどゆっくりと歩くおじいさん、車、毎日11時半と4時に見かける金髪の若い歩きスマホをしている男の人。
猫を見つけると嬉しくなる。
基本晴れだし。雲が秒速、ここからみると3cmくらいで、西から東へ動いていくのを眺めるのも、もう飽きた。
一学期末テストが3週間後に控えているというのに……、危機感の欠片もない。
4限の終わりまで、まだ20分はある。数学の瀬尾先生は、声が大きいから少し苦手だ。週末課題も毎週あるし。
悠那は早々、ゆらゆらと船を漕いでいる。前の席の人が大柄なお陰でギリギリバレていないようだ。
うとうとしている悠那も本当に可愛くて、庇護欲にかられ……
「都乃、聴いてるか?」
「すみませんでした。」
「大問4の(3)、お前次の授業始まるまでに黒板に書いとけ。」
「……はい。」
「最っっっ悪なんだけどマジで。」
「鈴香が瀬尾ちゃんに怒られるの意外かも。」
「ね。鈴香って真面目なイメージだった。」
「それ葉央ひどくない?」
お昼休み、私は友だち3人で一緒に学食に来ていた。柚乃、葉央、悠那。
葉央と仲良くなったのはここ1、2週間の話だ。柚乃とアニソンの話をしていたら、偶然葉央がそれを聴いていたらしく、「私もそれ好き!」と言ってきた。マニアックでファンも少ないアニメだったので、すっかり嬉しくなって「仲良くしよ!」
と意気投合したのだ。
葉央は、可愛い。多分私の知り合いの中でもトップレベルで可愛い。悔しそうな顔をしたときは、犯罪級だ。さらに、ちょっと天然っぽくて、貰ってから2ヶ月しか経っていない生徒手帳を選択して、ぶよぶよにしてしまったらしい。
適当な席に座り、誰ともなしに「いただきまーす」と何となく4人の声が揃う。
「鈴香、瀬尾ちゃん好き?」
「好きじゃない。ってかどっちかと言うとちょっと苦手。」
「えー、イケメンじゃん。」
「40過ぎてるんだよ!?」
「そうだけどさ、なんか俳優さんであんな感じの顔の人いなかったっけ、ほら、あの……」
「出た、柚乃のドラマオタク。」
「えっと……あの人…………眞島秀和!!」
「誰だよ。」
「おっさんずラブとか、あとキントリとか出てたじゃん、天海祐希の旦那さん役で。」
「あ、あの人か!殺されちゃった。」
「物騒な……」
「天海祐希めっちゃかっこいいんだよ!演技上手いし。」
「恋愛ものとか見ないの?」
「あんま見ないかな。」
「見なよ柚乃……人生の半分損してるからね?」
「見てない。そういう悠那は?何見てるの最近。」
「私はね、『海に眠るダイヤモンド』をU-NEXTで見てる。」
「え、遅くない?」
「マジで泣いてる。今ね、賢将が百合子にプロポーズしたとこ。」
「え、あれで泣いたの?」
「泣くでしょ!」
「私も泣いたよ。」
「え、柚乃も!?」
「これ葉央だけ泣いてない説あるよ?」
「え、鈴香も泣いたの!?」
「あれは泣くって。」
「うわ〜、マジか、なんか私だけ冷たいみたいじゃん!」
「そういう葉央は何見てるの?」
「私はね、『リアラブ』を見てます!」
「え、大好きそれ!!」
「『リアラブ』って何?」
「え、一昨日さ、台湾編前編だったっしょ?見た?」
「見た!しんかいがれいらに告ったでしょ?」
「それをしょーまが遠くから見てるっていうね。」
「絶対この後かのんがしょーまにアプローチするでしょ?」
「え、かのんってしょーまのこと好きなの?」
「『リアラブ』って何?」
「自己紹介、じゃないや、インタビューで言ってた。第一印象ではしょーまがタイプですって。」
「マジか……」
「え、すーちゃんなんでがっかりしてんの?」
「個人的にはしょーまとこはねが付き合ってほしかった。」
「あー、しょーま・こはね推しなのか。」
「あの二人パリ編から一緒でしょ?」
「あ、そっか、もう3回目なのか。」
「『リアラブ』って何?」
「でもさ、れんとこはねは?」
「それはないよ、だってこはねはしょーま一筋じゃん。」
「まぁ、れん面白いしイケメンだけど、しょーまの方が多分モテるよ?」
「てかさ、しょーまモテすぎじゃない?」
「確かに!今しょーま狙ってるのが、こはね、かのん……」
「ねえ、『リアラブ』って何?」
「あとふうかも。」
「え、ふうかはあおまじゃないの?」
「それは第一印象でしょ?結局行き着くのはしょーまなんだよ。」
「そっか……」
「……しょーまが桜巻来てくれたら絶対付き合ってた。」
「それな!」
「でしょ!?めっちゃイケメンだし優しいじゃん?」
「絶対毎日極楽な。」
「『リアラブ』って……」
「でも高嶺の花なんだろうな。ああいう男子。」
「だろうね〜。今時いないよ。」
「そうだよね……」
「……あの、『リアラブ』って何?」
「えっ……柚乃知らないで喋ってたの?」
「うん教えてほしかったけどみんな教えてくれないんだもん……」
「えっ、恋愛、とか、興味ないの?」
「いやないことはないけど……」
「あれ、顔赤いの?」
「赤くないよ。」
「葉央、多分柚乃には『リアラブ』はまだ早い。純粋すぎるもん、この子。」
「マジで、いじめだよこれは。」
「あ、怒っちゃった。」
「てか早く食べな?あと10分で5限始まるよ?」
「ヤバっ、言文まだ予習してない。」
「ほら、早く食べて。」
「このカレー辛いの美味しいけど!」
◇◇◇
国語科担当の伊東紗季先生は、1年5組、つまり鈴のクラスの担任でもある。校内トップクラスの美人な先生で、去年の文化祭でミスコン教員部門優勝だったらしい。
「前回の授業で『芥川』の背景と『伊勢物語』についてやったんだよね。じゃあ今日から本文か。」
先生が電子黒板に本文を映すと、早速赤で『女のえ得まじかりける』の『え』に丸印をつける。
「予習してきたかな。今日は13日だから……木内くん。この『え』の品詞、答えてください。」
「えぇ……呼応の副詞。」
「正解。で、『え得まじかりける』の『まじ』について。えぇ、後ろ……姫宮さん。『まじかり』を、文法的に説明せよ。」
「えっと……助動詞『まじ』の……連用形。」
「意味は?」
「……打消?」
「もう一声。」
「打消……推量。」
「正解。呼応の副詞で『え』が来た場合、意味は……打消になるよね。ここでは打消推量の助動詞『まじ』が来ているから、この部分の現代語訳は、『妻にできそうになかった女』っていう風になるよね。」




