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3.帰路

―――都乃鈴香 4月4日 11時20分

 小中と違って、全学年同じ場所に靴箱があるから、自分のがどこか分からなくなる。

 カッチカチの入学式が終わって、教室に戻ってホームルームも終わって、よっしゃあ帰るぞと思ったのだが、入学式中に船を漕いでいた悠那には記念すべき第一回呼び出しがあるらしい。私は敷地内にある桜の木の前で待っているのだが、5分ほど前に悠那が和宮先生と一緒に生徒指導室に入っていくのを見た。なるべく早くしてほしいのだが。バスの時間もあるし。

 とりあえず、スマホを弄ることにした。

 2週間前に買い替えたばかりのスマホ。鈴からLINEが来ていた。【入学式終わった〜?】

【終わった〜】

【おつカレー】

【課題終わった?】

【終わったよ〜】

【鈴お願い、写させて!】【マジでイミフ!】

【いいよ】【なるはや帰ってきてね】

【オケ】

 悠那、急いで……


「すーちゃん……初日で担任嫌えそう。」

 私の学生鞄に顔を埋めながら悠那が漏らす。前を見ないで、私が歩く方向に99%勘でついてきていて、転ばないようによたよたと歩く姿がひよこみたいで可愛かった。

「どんだけ油絞られたのよ。」

「入学式で寝る奴なんて初めてだって。」

「そりゃそうでしょ。」

 私は苦笑いするしかなかった。

 呼名の時、4秒くらい間が空いて先生があれってなって、後ろの子が肩を叩いて、真ん中くらいから、「ふぇっ」って小さく声が聞こえて、もう一度先生が、「早野悠那」って言って、悠那が泣きそうな声で、「はい」って言って。

 思い出すだけでなんか……うん。面白い。

「YouTubeのショート動画のネタくらいにはなりそう。」

「しない。させない。許さない。学年主任もなんか……引いてたし。何このクソ学校。課題徹夜で終わらせた私のこと褒めろっつーの。ねえ、すーちゃん。」

「あぁ、えっと……うん、そうだね。」

 頭をぽんぽんと叩く。2回だけで止めると、「もっとやって」と言われた。子どもをあやしている気分。

「はいはい。」

「おんぶ。」

「私死ぬよ?」

「死ぬ気で生きろよ。」

「おんぶで死ぬのは嫌だ。」

 ぽんぽんと頭を叩く。悠那のさらさらした髪が陽に照らされて光る。仄かにジャスミンの香りがした。

 そのまま歩く。バス停までは、歩いて10分弱。

 バス停に着いて時刻表を見ると、まだ時間がある。周りを見回した。

「コンビニかどっか寄る?」

「寄る。あれ、この辺コンビニ合ったっけ?」

 あった。

 バス停から徒歩10秒、ファミマ。徒歩20秒、セブンイレブン。徒歩30秒、こかげすとあ。徒歩3分、イオン。アクセスよろし。


 早くも冷房がかかっていて、少し肌寒い店内。少し離れた私立中学も今日が始業式だったようで、部活の休み中なのか、ジャージ姿の中学生がちらほら。ATMの前には当然のように、「電話でお金は全て詐欺!」という秋田県警のポスターが貼ってある。

 飲み物はコカ・コーラ。

 食べ物はからあげクン。

 0歳児でも分かるジャンクフード・不健康。

 レジに並んで、ぶっきらぼうな店員をのらりくらりとかわして支払いを済ませ、店を出る。十数秒後に、悠那もオールドファッション片手に三ツ矢サイダーもう片手に出てきた。出てきて再び、私の学生鞄に顔を埋める。

「また?」

「また。何度だって。」

「あぁー。」

 20歩くらいでバス停に到着しても、悠那は姿勢を変えない。

「今年桜長いね。」

「確かに。もうこの時期には散り始めちゃうのに。」

 真っ直ぐな通りに、桜の木が綺麗に満開だ。緩い坂道になっている東側に続いていく道は、巡り巡って私たちの住む岩方村まで続いている。この道を、明日からバスに乗って通うのだ。

 曲がり角から、私たちの乗るバスが現れた。

「来たよ、悠那。」

「乗る。」

「それ以外の選択肢ないよー。」

 バスがゆっくり停車する。乗り込むと、私たちの貸切だった。本当だったら、一番奥のシートで横にでもなりたいものだが、流石にそんな度胸はない。窓際の一人用の座席に、悠那と前後で腰掛ける。悠那は座ると、すぐに私の肩に頭をもたれさせた。

「眠そ。」

「眠いよだって寝てないもん。」

 バスがゆっくり発車して、桜並木の中を突っ切る。どうやらエコタイプのバスらしく、エンジン音は静かだ。振動は、あいも変わらず心地よくて、悠那にとってはこのバスはきっと大きなゆりかごだ。

 スマホでYouTubeを立ち上げ、ワイヤレスイヤホンを接続し、片っぽを悠那の左耳に突っ込む。微動だにせずに、されるがままにいる悠那に、何の曲を聴かせてあげよう。

 プレイリストをタップすると、アコースティックギターの旋律が耳にダイレクトに響く。美しい音楽に聴き惚れるように、私は目を閉じて、きっと同じく目を閉じている悠那の頭にもたれる。


 10曲くらい流れたところで、岩方村に着いた。ずっと私たちだけの1時間だった。

 バス停からは徒歩15分くらい。再び緩い坂道を登って、トンネルを抜けて岩方村だ。脇道に獣道があって、そこを進むと森になっている。湧き水が湧いている所もある。美味しいのか否か、水の良し悪しはよく分からない。

 イヤホンを片耳ずつに突っ込んだまま、私たちは歩いた。岩方村ににある桜の木といえば、樹齢250年くらいの木が駐在所の前にあるだけ。250年毎春咲いていたそうだが、江戸時代のナントカ地震のときには咲かなかったそうだ。岩方桜という、なんともひねりのない名前がついている。

「We, are...... looking for...... bigサクぅラ。」

「何言ってんの?」

 突然のメチャクチャな英文に、思わず吹き出した。

「ゲシュタルト崩壊中なう。」

「そうだね。」

 満開を刹那すぎた大樹は、なんともインスタ映えしそうなエモさである。

 反対側からは、下り坂で加速した自転車が2、3台駆け下りてきて、私たちの横を通り過ぎてあっという間にトンネルの向こうで影になった。制服を着崩していて、なんともダサい。

 私たちもつい1ヶ月前まで、自転車で行ってましたよ。この坂道を、死にそうな顔で自転車で。

「バス停もうちょっと近くにできないかな。」

「夏ヤバそう。夏怖いよすーちゃん。体育、会の、トラウマが……」

 「去年は救急車デビューだったもんね。」

 熱中症で運ばれた悠那の代わりに、女子400mリレーを私が死にそうな顔で走って見事再開になった時の写真が、卒アルにそこそこのサイズで載った。担任の大道先生が苦笑いしていたのも、バッチリ写っていて、見る度に、何を思って良いのか分からなくなる。


「お疲れー!」

「じゃーねー。」

 悠那の家の前で別れて、私はもう少し歩く。あと10分くらいで着くから、歩きスマホで耳にイヤホンをつけたまま歩く。プレイリストの曲はもう終盤。切なく初音ミクが歌っている。こんな曲入れたっけ。別にいい。曲が聴ければ。

 悠那が、「すーちゃん、すーちゃん!」とイヤホン片手にダッシュしてきたのは、本当に直後のことだった。

「ごめん盗むところだった!」と可愛らしく謝るところ、すでに罪だ。


ベランダに洗濯物が干してある。湿った服が、風邪に緑葉のようになびいて、戻って、またなびいて。

 玄関の鍵を開けて、家に入る。綺麗好きな母のおかげで、玄関はいつも綺麗だ。私が京都に一人旅した時のお土産の絵葉書を、ダイソー出身のテナガザルが登っている木のクリップが挟んでいる。テナガザルは笑顔で木にぶら下がっている。


 リビングに入って、からあげクンのパックをゴミ箱に捨てて、キッチンで手を洗った。

【帰った?】

【うん】【ただいまー】

【おかえりー】【分かんないとこどこ?】

【有理化】【何あれ】【考えた人◯ね】

【www】【分母にルートかけるの】【b/√aなら、√a/√a掛けてb√a/aにする】

【ごめん、意味わかんない】

【部屋来て】【教えたげる】

【恩を着る!!】

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