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1.早朝

――都乃鈴香みやのすずか 4月4日 6時半


 寝返りを打つのも面倒になり、再び仰向けになる。白い天井を見て、立て続けに瞬きをしても、体を起こす気にはなれなかった。中学の美術の時間に作った自信作で時間を確かめる。

 犬。ワンコ。

 今、針は鼻より下に集中している。5時……27分といったところだろうか。唯一の欠点は、長針が2とか10とかにかかると、犬の目に針が刺さっているみたいでちょっと痛々しいことだ。

 4月と言えど流石に寒い。東北の山の上だから当然と言えば当然だが、ベッドから手を伸ばしてカーテンをカステラ一切れ分だけ開けると、窓には水滴がびっしりと寄り添っていた。

「……寒っ」

 いつの間にか上半身が羽毛布団から出ていた。慌ててくるまり、東向きの自分の部屋でカステラ一切れがオレンジ色に染まるのをじっと眺める。そのまま包まっていると、まるで自分が猫にでもなったような気になる。できれば猫になって、可愛らしくゴロゴロと喉を鳴らして、飼い主に撫でられたい。なんとまあ、気持ちの悪い。と自嘲するが時間稼ぎにはならなかった。

 どうしよう。

 好きな子のことでも考えようか。

 推しのこと?入学式のこと?だめだ。思考が面倒くさい。カステラが染まるのを見て過ごそう。

 体育座りのまま、布団を頭巾代わりに顔だけ出す。

 ボケーっと時間を浪費した。


 ちょうど全部染まるかな……くらいのところで曇ってきた。

 仕方無しに頭巾を脱いで、壁にかけられた私の制服を睨み上げ、それからフローリングの冷たい床に足をつけた。そのままベッドに腰掛ける。

 吐息を眺めて時間を潰す。

「…………フーー。――ッフッーーーー、――――ッフーーッ、ゲホッ」

 だめだこりゃ。

 暇な時間課題でもしようと思っていると目覚ましが鳴った。黙らせてから、もう一度制服を睨め上げた。

 時折、制服が甲冑に見える。

 甲冑ほど重くもないし、甲冑ほど丈夫でもないし、甲冑ほど守ってはくれない。ただ学校を、勝手に戦場と解釈しているだけだ。

 戦場だ、学校は。


 自室のドアを開けて、裸足のまま廊下を歩く。一歩一歩新鮮に冷たい。

 階段を降りると、すぐにリビングだ。広くも狭くもない、ただ無駄に新しいリビングは、母の好みで白を貴重とした家具が整列していて、ソファの茶色だけがかなり目立つ。

 キッチンでは、母がキッチンで化粧をしていた。

「おはよう。早いね今朝は。」

「うん……おあぉ〜……」

 あくびの欲求に負け、口を大きく開けた。

「まだ眠い。今日学校?てか何曜?」

「カレンダー見なさいよ。書いてあるでしょ?」

 言われなくても……

 今月のカレンダーは、赤いチューリップの花が並んでいる写真だった。この写真去年も見たような気がすると思いながら日付を見ると、しっかり平日だった。

「待って、今日入学式!?」

「そうだよ。早く着替えてきなさいよ。」

「化粧していいんだっけ。」

「桜巻でしょ?いいんじゃないの?」

「あーー。」

 降りたばかりの階段をまた登る。


 着替え終わったので、勉強机の前に座る。

 暑いわけではないしむしろ寒いのだが、気合い入れの意も込めて軽く腕まくりをする。白いシャツの下に、同じくらい白い腕が覗いた。日焼け止めって偉大だ。

 化粧用の鏡を取り出す。買いたてほやほや。春休みに練習したメイクを思い出して、化粧水を手にとって顔に塗る。これから毎日するのか……

 突然の成長に、胸が高鳴る。

 彼氏とか……できるかな。

 分かんない。とりま、アオハルを過ごしたい。

 鈴にも、アオハルを過ごしてほしい。


 初心者にしてはよくできた。

 ナチュラルメイクなので、そこまで厚塗りはしていない。アイシャドウも対して濃くないし、口紅だって極力自然なものを選んだ。よくよく見ればさりげなくアイシャドウが引かれていたりチークがついていたりするのだが、それが気に入って、ネットで学んだり元化粧品メーカー勤務の母の力を借りたりして練習した。練習して、選んで、今日で一発目。

 15分もかかった。

 さっきまで寒さに凍えていた青紫色の唇も、口紅のおかげでナチュラルな桜色を取り戻していた。試しに鏡に向かって、ウィンクしてみる。

 おお〜。

 結構……可愛いんじゃない?

 と自信を持って一階に降りて母に見せると、一言「及第点ね」と言われた。ただ私が要した15分間で、母は40代のおばさんオーラを完璧に消し去っていた。

「……母さんはやっぱ、違うね。」

「仮にも元業界人ですから。」

 知ってます。本当に美人だと思います。




―――都乃鈴みやのすず 4月4日 6時50分

 太陽が登って私の部屋の前の大木とちょうど重なるくらいの時間帯になってくると、家の呼吸が少しずつ忙しなくなってくる。会社勤めの父も、ここから車で1時間ほどのスーパーで働いている母も、ねえもみんな動き始めて、相も変わらず部屋に引きこもってそのまま9時、10時と時間を過ごすのは、私だけだ。

 手をかざす。全く日焼けしていない真白な指は無駄に敏感で、紫外線にさらされるとピリピリと痛い。それなのに、カーテンの隙間からオレンジ色の光が差し込んできて、反射して、私の動向に突き刺さることを大して不快には感じなかった。手を隙間にかざせば、たちまち手はピリピリと痛んできて、オレンジ色を反射する。


 私と姉は、実の姉妹ではない。俗に言う、ステップファミリーというやつだ。

 私が小学校に入学した日、母は信号無視の車にはねられ、即死した。事故の瞬間を私は見ていない。気がつけば母は、横断歩道から20mほど離れたところで倒れていた。生暖かい血しぶきが何を意味するのか、6歳かそこらの私にはまるで見当がつかなかったが、その日の夜、母が入学祝いに約束していた手巻き寿司が食卓に登ることはなかった。

 父は3年間、私を一人で育ててくれた。子育ては大変なものだと子供心気がついていたので、洗濯機の回し方は小2で覚えた。

 小4のとき?だった。

 父は自分の部屋で宿題をしていた私を呼び、椅子に座らせた。

「……鈴あのな。」

 父の目に漂う迷いと恐れを、感じた。

「父さん…………父さん………………父さん再婚しようと思う。」

 明らかに結婚適齢期を過ぎた父の口から、再婚というワードが飛び出したことに思わず笑いが溢れた。その笑いを了承と受け取ったのか、安堵感を顕わにした父はその”再婚相手”について話す。

 まだお付き合いすらしていなかったと知ったのは、それからしばらくして”母”から聴かされた話だった。「男は馬鹿」という言葉、あながち嘘ではないと思った。

 ”母”にも娘がいた。私と同い年だが、誕生日は私より3ヶ月早い11月。だから私は、妹になった。


玄関のドアの音が聞こえる。父か、あるいは姉か。

 ベッドから起き上がって、冷え切ったフローリングの感触に眉をひそめ、スリッパを足で探す。足だけを器用に動かしてスリッパを履くと、立ち上がって窓際まで歩く。

 車のエンジンの音がしたので、父だと分かった。そうか、もうそんな時間か。カレンダーに目をやると、「桜巻高校入学式」と赤い文字で書かれていた。その文字は朝色に染まって、部屋の中で淡く滲んでいる。

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