表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

第5話:繰り返す八月一日

「――ガハッ!?」

 肺の中の空気をすべて吐き出すような勢いで、僕は目覚めた。

 反射的に背中をさする。

 熱い。焼けるように熱い。

 あの強烈な光に貫かれ、地面に叩きつけられた衝撃が、まだ生々しく肉体に焼き付いている。

「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

 心臓が肋骨を叩き折るような勢いで脈打っていた。

 脂汗が止まらない。僕は座席からずり落ちそうになりながら、周囲を見渡した。

 暗い竹林でも、泥だらけの崖でもない。

 そこは、適度に空調が効いた薄暗い空間だった。

 規則的な振動と、低いエンジン音。

「……バス?」

 隣の席では母が小さく寝息を立て、通路を挟んだ向こうでは父が文庫本を読んでいる。

 窓の外には、見覚えのある山道が流れていた。強烈な陽射しが、車内の埃をキラキラと照らし出している。

 夢?

 いや、そんな生易しいものじゃない。背中の激痛は「幻痛」として確かにそこにあるし、泥の味も、紗夜の悲鳴も、すべてが鮮明すぎる。

 僕は震える手でポケットを探り、スマートフォンを取り出した。

 画面を点灯させる。

 その数字を見た瞬間、全身の血が逆流するような感覚に襲われた。

『8月1日 14:15』

 8月15日じゃない。

 僕がこの村に来た、最初の日だ。

 頭が割れるように痛い。

 脳みそを直接かき混ぜられたような、酷い眩暈めまいがする。

 こめかみを押さえていると、バスがゆっくりと減速し、錆びた停留所に停まった。プシュー、という扉が開く音が、記憶の中の音と完全に重なる。

「おい、着いたぞ。何ボサッとしてるんだ」

 父が僕の肩を叩く。

 その台詞、そのタイミング、そしてバスを降りた瞬間に襲ってくる湿った熱気。

 すべてが同じだ。まるで録画された映像をもう一度再生しているかのように、完璧に再現されている。

 既視感デジャヴなんてレベルじゃない。

 世界が巻き戻っている。

「……先に行ってて」

 僕は両親に短く告げると、返事も待たずに走り出した。

 足がもつれる。それでも構わずに地面を蹴る。

 確かめなきゃいけない。

 あの日々は、紗夜との思い出は、本当に無かったことになってしまったのか。

 息を切らして村長の屋敷へ辿り着く。

 門をくぐり、手入れされた庭を横切り、一直線に離れへと向かう。

 蝉の声がうるさい。

 数分前まで、あの静まり返った満月の夜にいた僕には、この生命力に溢れた騒音がひどく耳障りだった。

 離れが見えた。

 格子の隙間から、白い影が見える。

「紗夜……っ!」

 僕は格子にしがみつき、彼女の名前を呼んだ。

 中にいた少女が、ビクリと肩を震わせて振り返る。

 色素の薄い肌。銀色の髪。手首に巻かれた黒いバンド。

 彼女はそこにいた。生きていた。

 あの光に焼かれることも、男たちに取り押さえられることもなく。

 僕は安堵のあまり、膝から崩れ落ちそうになった。

 よかった。間に合った。まだ、何も始まっていない。

「……だれ?」

 しかし、彼女の口から零れたのは、冷たい拒絶の言葉だった。

 紗夜は警戒心を露わにして、部屋の隅へと後ずさる。

 その淡い瞳に、僕の姿は映っていない。ただの「不審な余所者」としてしか認識されていない。

「紗夜、僕だよ。……ラムネを飲んだじゃないか。一緒に逃げようって約束したじゃないか」

 必死に訴えかけるが、彼女は怪訝そうに首を傾げるだけだ。

「人違い、です。私、あなたなんて知らない」

 その言葉が、鋭利な刃物のように胸に突き刺さる。

 わかっていたはずだ。時間が巻き戻ったなら、彼女の記憶も消えていると。

 けれど、あの泥だらけの逃避行も、指切りした約束も、僕だけの孤独な記憶になってしまったという事実は、死ぬことよりも辛かった。

 ズキリ、とまた頭痛が走る。

 視界の端で、風景が一瞬だけノイズのように歪んだ気がした。

 

 僕は唇を噛み締め、立ち上がる。

 これは、チャンスなんだ。

 神様がくれたのか、あるいは悪魔の気まぐれかはわからないけれど、僕は「やり直し」の機会を得た。

 前回と同じように動いていてはダメだ。

 ただ闇雲に逃げるだけでは、あの「月」と村人たちには勝てない。

 もっと情報が必要だ。この村の秘密、村長たちが隠していること、そしてあの異常な監視体制の正体。

 ――土塊になれ、泥になれ。

 記憶の底で、あの唄が聞こえる。

 僕は汗を拭い、紗夜に向き直った。

 初めて会うふりをして、精一杯の笑顔を作る。頬が引きつっていたかもしれないけれど。

「ごめん、人違いだったみたいだ。……僕は今日からこの家にお世話になる者なんだけど、君は?」

 これが、二度目の初対面。

 そして、孤独な戦いの始まりだった。

 8月15日まで、あと二週間。

 僕は必ず、君をあの檻から救い出してみせる。たとえ、何度死ぬことになっても。

次回予告:第6話「見えない壁」

決意を新たにした主人公だったが、村の構造に違和感を抱き始める。

村境にあるトンネル、山道の終わり。

そこには物理的なバリケードはないはずなのに、近づこうとすると強烈な吐き気と「見えない壁」に阻まれてしまう。

まるで、ゲームのマップの端に到達したかのように――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ