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憤怒

 ザイカがウラディノフを失って一週間。同様の手口が頻発していた。狙撃手が故意に敵兵を殺さず、さらなる敵兵をつり出すのはまま使われる手口だ。しかし釣りの餌に子供を、というのは聞いたことがない。

 だからこそ当該狙撃手は『子供殺し』の綽名を付けられていた。

 そもそもが残虐で非人道的な手法だが、しかし非戦闘員である子供を狩りに利用するとは。しかし確かに、子供の方が餌として効果的なのは認めざるを得ない。我々赤栄連邦軍人は祖国と人民を侵略の魔の手から守るために戦っているのだから。

 ザイカはウラディノフの仇を討つべく、この狙撃手について情報を集め始めた。ザイカ自身意外だったが、彼の心中に強い憤りが生まれていた。ウラディノフを失った悲しみは非道な敵狙撃手への憤怒へと転じた。

 時勢もザイカに味方した。連邦軍上層部もこの恐るべき狙撃手の排除を望んでおり、優れた狙撃手であるザイカへの情報提供を惜しまなかった。

 ザイカは任務外の時間に戦闘報告書の中から『子供殺し』と思われる狙撃手との戦闘記録を読み漁り、この街で行われた狙撃の現場へは可能な限り赴いた。

 判明したのは『子供殺し』が狙撃手としては大変優れた存在ということだ。そしておそらく、侵攻劈頭から参戦している。

 ただ歩兵が書いた戦闘報告書には敵狙撃手の場所が記載されていないとか、そもそも所在を解明できなかったなどの事例が非常に多い。また具体的な活動時の諸条件、時間帯、地形、風速、太陽の向きなどなどは記載されているはずもなかった。全般として不明瞭。けれど、どうにか情報の海からパズルのピースを集めるように人物像を組み上げていった。

 結局、技術面、活動時の諸条件について判明、推察できたことは少ない。『子供殺し』が熟達した狙撃手であり、待ち伏せに通じ、伏撃後の退路までしっかり考慮した上で射撃陣地を選定している。過日の射撃陣地を見るに偽装の手段も優れている。

 一方で性格についてはそれなりに掴めた。

 慎重、しかし必要な時には大胆、放胆に動く。一昨日、連邦軍支配地域から指呼の距離から背後から狙撃されて少佐が戦死した。この時『子供殺し』は連邦軍部隊と連邦軍支配地域の間に自身を置いたことになる。恐るべき胆力だ。

 一方で狙撃手らしからぬ自己主張の強さ。見栄っ張りで、自らを自慢、顕示、誇示せずにはいられないその精神の幼稚さ。狙撃手としては酷く矛盾した性格の持ち主。

 こいつは間違いなく戦車の指揮官に向いている。敵の側背面を求めて縦横無礙、馳駆縦横に機動する、そんな戦車指揮官に必要な才能がこいつにはある。

 報告書を掻き分けるザイカに援護の要請が来た。至急とのことで、どうやら敵狙撃手に友軍歩兵が釘付けにされているとのこと。敵の最初の射撃から既に一時間は経っているが、敵狙撃手がまだ潜んで狙っているのか、それとも既に離脱したのか一切が不明で動けないという。

 そこで同業者である自分に敵狙撃手の排除が依頼されたわけだ。

 断る理由はない。小銃を担ぎ出動した。

 あまり好ましくないが、敵狙撃手を捜索しなければならない都合上大きな窓の近くに陣取った。

 友軍歩兵は西方から射撃を受けたという。しかし敵狙撃手は西にいるとだけ言われても困る。このレスマフゴ・グラードは広い。窓一つ一つ、瓦礫の陰一つ一つを丹念に観察していくが見つけられる気がしない。友軍には夜闇に紛れて離脱してもらうほかないだろう。

 ザイカはウラディノフの不在を嘆かずにはいられない。

 観測手というのは、射撃を担当する兵と同等以上の技量を持つ。ウラディノフは自分より優れた能力の持ち主で、特に観測と距離の算出に並々ならぬ才能を誇っていた。

 やあ、あそこの木に鳥の巣があるよ。あ、いたいた、シジュウカラだね。とか、あの鹿大きいね。二メートルはあるよ、とか。他にも挙げればキリがない。一体どうすれば生い茂る枝葉の中の小さな鳥の巣なんて代物を発見できたのだろう。どうやって鹿の大きさを算出したのだろう。

 ウラディノフはどうやら教師としての傍ら、大変自然に慣れ親しんでいたようだった。

 ウラディノフなら現在の状況でもその野獣のように鋭い観察眼で敵狙撃手を易々と見つけ出してくれただろうに。 

 そう思っていたところ、随伴している兵経由で二階で伏せていた兵が撃たれたという情報が入ってきた。

 二階で伏せている人間を射撃できるとなれば、敵狙撃手は相当高所に陣取っていることになる。そのような高所はいくらレスマフゴ・グラード広しと言えど限られる。

 ザイカが目を付けたのは西方五百メートルほどに所在する七階建ての工場の管理棟。友軍が釘付けになっている建物からは約四百メートルほどか。

 その七階部、向かって一番右の部屋。その外壁、おそらく床に近い高さに小さな穴が空いている。目算で三十センチ四方。違和感を覚えた。

 苛烈な戦闘が展開されている街だから外壁が壊れているのは何らおかしなことではない。それでも気になるのは大きさだ。七階の外壁に損傷があるのは珍しくないが、ではどうすれば三十センチ四方の穴が空くのだろうか?戦車や野砲、迫撃砲弾にしては小さい。そんな微妙な威力を発揮する兵器があるだろうか?

 よく見れば壊れ方もおかしい。戦闘で壊れたにしては綺麗すぎる。穴の周辺は爆発の粉塵などで汚れておらず、まるで綺麗に穴だけ切り取られたようだ。加えて爆発により生じた穴なら、穴の周囲の壁は爆発の衝撃で多少曲がっているはずである。

 見つけた。狙撃手の中にも色んなやつがいる。射撃には長けていても隠れるのが下手なやつというのもいる。

 類似例で、環境に紛れるのは上手でも背後に注意を払っておらず、結果として人体やその他シルエットが浮き出てしまっている狙撃手というのも存在する。

 ザイカの所在する地点からでは敵狙撃手の姿は視認できない。角度が悪い。友軍の立てこもる建物はザイカの左手に所在しており、よって敵狙撃手は壁に体を張り付けるようにしてしていると推測される。

 そこでザイカは二軒隣の建物へ移動、一階から見上げるようにして狙った。

 やはり、いた。最上階に位置していて、天井が抜けているのか背後に陽光が差していて、そのため人の頭部から肩にかけてのシルエットが明瞭に視認できた。

 そのシルエットを消していないのは単に未熟者なのか、それとも見つけられないだろうという慢心、油断か。確かに、狙撃手に限らず建物内部にいる敵兵というのは発見が難しい。単純に暗いからだ。    

 ザイカは小銃を瓦礫に委託して安定させ、慎重に引き金を絞った。

 射撃音の後、反動で揺れるスコープ越しに人型のシルエットがぐらりと揺れて倒れるのが見えた。

 「やった」

 短く随伴の歩兵に伝えた。

 念のためということで、釘付けにされていた部隊の援護を要請され、ザイカはこれを快諾した。

 ザイカは先刻の位置に戻り街を監視する。

 しばらくして、一人の壮年の中尉が飯盒と水筒、それから包みを持って現れた。

 「同志、おかげで助かった」

 中尉は先ほどまで敵狙撃手によって拘束されていた部隊の指揮官とのこと。窮地を救ってくれた狙撃手に是非にお礼を、とのこと。水筒には酒、飯盒と包みにはパン、ベーコン、嗜好品が入っているとのこと。

 「中尉殿……」

 別に自分は軍人として、戦友として当然の責務を果たしただけで、礼は嬉しいが、しかし食料その他をもらうわけにはいかないとザイカは丁重に断った。前線ではしばしば補給は、つまりそこに含まれる食料の供給は滞りがちになる。嗜好品は望外の贅沢である。

 固辞するザイカだが、中尉は是非にと譲らない。頑迷に固辞するのはかえって非礼にあたると考えたザイカは、ならばとありがたく嗜好品だけいただくことにした。食料は今後の戦闘に耐える体力をつけるためにももらうわけにはいかないと、そこだけは譲らなかった。

 ニマリと人の良さそうな笑顔になった丸顔の中尉。白髪混じりの髪の中尉の首から鮮血が噴き出した。

 銃声。狙撃手。

 くずおれた中尉の目は驚きにカッと見開かれ、必死に両手で首を抑えるも血は噴水のように噴き出し、壁が、床がたちまちの内に朱に染まる。

 「中尉!中尉!」

 中尉の部下が必死に呼びかける。駆け寄ることは敵狙撃手の射線に身を晒してしまうことになるからかなわない。そこで銃のスリングや個人装具のベルト、あるいはカーテンや衣服などで応急的に紐を編みなんとか中尉の体に引っ掛けて物陰に引っ張りこもうと苦心する。

 けれど首への一撃はあまりに致命的で、少しの間も置かず中尉は絶命した。

 銃声。ザイカが背を預けていた外壁の、正にザイカの胴体部分に弾は当たった。もし貫通していたらザイカは被弾して中尉のようになっていた箇所。コンクリートの壁は弾丸を通さなかった。

 絶句した。そして瞬時に敵狙撃手の小隊に思い至った。あいつだ。ウラディノフを撃った、自分を誇示せずにはいられない幼稚な心の持ち主、『子供殺し』。

 あいつは弾丸が壁を貫通しないことを承知で射撃した。

 お前を見ていた。撃とうと思えば撃てた。けれどそうはせず、代わりに眼前で中尉を、しかも即死せず大量の出血を伴う方法で射殺した。

 ザイカは『子供殺し』の意図を寸分たりとも違えず読み取った。狙撃手は無意味に射撃しない。

 挑戦、挑発。自分を殺してみろ、さもなくば俺がお前を殺す、と。さながら中世の騎士の決闘のように。

 銃声。水筒が弾け飛び中身が漏れ出る。続く射撃で飯盒、包みが撃ち抜かれた。酒精、煙草の薫香が漂う。

 言われずとも。ザイカはその憤激を一層強く、報復の決意を固くした。

 お前に殺された無数の人々の母の涙に応えるためにも。


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