8話 青騎士
「そろそろ……限界が来たのではありませんか?」
肩で息をしながらも剣を構え続ける、赤騎士サラ・ディ・レオーネ。その声音は決して挑発ではなく、むしろ敬意と静かな決意に満ちていた。
対するブルーは、なおも微動だにせず、殺意をそのまま返すような無言の構えを崩さない。
「……そうですね」
と、サラが口を開く。
「私たちはこれまで何度も剣を交えてきましたが、一度として、言葉を交わしたことがなかった……。それが、少しだけ残念です」
その声には、かすかな寂しさすら滲んでいた。
「きっと、立場が違った。それだけのことだったのでしょう。でも……それも、ここで終わりです」
サラは剣を持つ手に力を込める。赤く燃え上がるその刃とともに、四方に構えた赤騎士たちの剣もまた、紅蓮の魔力を宿し、激しく燃え始める。
「私ひとりでは、あなたには勝てない……けれど、私たちには“仲間”がいる。ミヤ、レイン、ジゼル——幾度となく彼女たちが私に勇気をくれた。私もまた、守らねばならないものがある」
剣が揃って構えられた瞬間、四人の赤騎士の攻撃が放たれようとしていた。その一撃は、鎧ごと焼き尽くすほどの力を持つ。直撃すれば、確実に命はない。
だが——ブルーは、なぜか静かだった。
戦場に吹き込む熱風とは裏腹に、彼女の心には凪のような静けさが広がっていた。
これが最後の攻防になるだろう。それを理解した上で、彼女はただ静かに、冷たく、そして誇り高くその場に立ち続ける。
サラたち赤騎士は、この三百二十四年という時の中で、幾度となく彼女の前に立ちはだかった。だが、そのすべての戦いにおいて、ブルーは一言も名を語ることはなかった。
それは彼女の覚悟であり、矜持であり、何よりも沈黙の中に込めた“忠誠”だった。
——だが、今。
初めて、彼女はその沈黙を破る。この戦場で、剣を交える敵に。敬意と決別を込めて、名を告げる。
「我が名は、ブルー・デ・メルロ」
その声は、戦場に澄み渡る氷のように静かで、美しく——そして、何より重かった。
「冷悲の魔女の眷属にして——この国、最強の騎士」
まるで宣告のように言い放ったその言葉は、空気を震わせ、赤騎士たちの動きを一瞬止めた。そして次の瞬間、ブルーは剣をゆっくりと地面へ突き立てた。——氷が咲いた。
剣を中心に広がった氷は、鋭い棘となって地面を割り、爆発的な魔力とともに周囲を貫く。