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メリア神話  作者: softly-cherry
終焉の魔女 ー上ー
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6話 赤騎士

 はるか北の空へと飛び去った炎の魔女の背を、ブルーは黙々と追っていた。その意識に、女王——シルビアの声が、直接頭に響いた。


「状況は把握しているわ。魔法障壁がある限り、『炎の暁』の攻撃は問題ない。でも……炎の魔女の攻撃は別。突破されないとは思っているけど、“可能性”は捨てきれない」


 ブルーは短く答える。


「なら、注意を引きます。神域魔法が発動するまでの時間を——私が稼ぎます」

「……そう言うと思った。無理しないでって言っても、ブルー……あなたは無理をするものね」

「はい。私の命は女王陛下のためにあります。そのためなら、惜しむつもりはありません」

「いい? 以前も話したわよね。もし、私が死んだら……私の力はあなたに継承される。あなたが新たな氷の魔女として“誓約”を背負うことになるの。きっと、重い……ひどく、重くのしかかる」


 ブルーは一切の迷いなく言葉を返す。


「私は決して諦めません。私の役目は願いを叶えることではなく——女王陛下を“守る”こと」

「……ほんと、私に似てるわね」


 優しく、しかしどこか寂しげな声音が返ってくる。


「それに、何度も言ってるけど……“シルビア”でいいのよ?」

「……いいえ。私は女王陛下の騎士。今のままで呼ばせていただきます」

「そう……それじゃ——」


 その瞬間、通信がぷつりと途絶えた。

 同時に、視界の先で城が突如として強烈な光に包まれた。

 ——ドオオオン‼

 耳を劈く轟音と爆風。風が一気に逆巻き、空が揺れた。

 ラヴァンダ城。高さ、横幅ともに百メートルを超える聖域の象徴が——たった一撃で、音もなく崩れ去った。

 ブルーの喉がかすれるほどの声が漏れた。


「女王陛下……!」


 その場に留まることなく、空を舞うドラゴンの群れを振り切るようにブルーは駆けた。飛来する巨大なドラゴンの爪を剣で切り払いながら、城の跡へ一直線に向かう。

 前方に三体のドラゴンが立ちはだかるが、ブルーの足は止まらない。

 一体目の翼を、二体目の足を、三体目の首を、瞬く間に斬り裂く。流れるような剣技、寸分の無駄もない動き。その瞳には、ただ一つ、あの人の元へたどり着くという意志だけが宿っていた。

 そして——城だった場所。今は瓦礫の山と化したそこに、巨大な炎の竜巻が発生していた。五百メートルもの高さを誇る業火の柱が、空そのものを飲み込みそうに渦巻いている。

 それでも、中心部にはかすかな輝きがあった。女王シルビアの張った魔法障壁が、まだそこに在る。だが、次の一撃で、それがどうなるかは分からない。

 国ひとつを吹き飛ばす力。そしてそれを、連続して放つことのできる“炎の魔女”。

 ブルーは息を整えるために、ようやく一度足を止めた。これから向かう先には、赤騎士たち——そして、アリーチェがいる。

 今、魔力をすべて使い果たしてはならない。だが、それでも。行かねばならない。あの人がまだ、生きているなら——。


「グゥオオオ……!」


 背後から低く響く咆哮。反射的に振り向いたブルーは、剣をまっすぐ構える。空を舞う三体のドラゴンが、火炎の奔流を吐きながら襲いかかってくる。

 炎のブレスを読み、一瞬早く跳躍して回避する。だが、待っていたかのように、背後から別のドラゴンが喰らいついてきた。鋭い牙が魔法の鎧を砕こうと締め上げ、喉奥から吐き出される熱気がブルーの身体を焼く。

 それでも、彼女の瞳には一点の怯えもなかった。右腕を炎の中へ突っ込み、魔法を紡ぐ。


「アークレイン」


 極限の熱に晒されながら放たれたその水線は、炎を裂き、喉奥を突き抜ける。ドラゴンは力尽き、ブルーを咥えたまま真っ逆さまに墜ちていく。

 その刹那——ブルーは空を見上げ、息を呑んだ。

 太陽は……まだ半分しか欠けていない。

 そして、さらに遥か上空——それは空の裂け目のようだった。巨大な隕石が、音もなく女王の元へと落ちていく。

 直径は……百メートルを超えていた。

 魔法障壁を目指し、轟音もなく墜ちていくその天災が触れた瞬間、激しい拒絶反応が空間に走り、全てを吹き飛ばす衝撃波が炸裂した。

 ブルーとドラゴンはその爆風に呑まれ、宙を舞い、屋根の上へと激しく叩きつけられる。

 煙と熱風の中、ブルーは目を凝らした。


「……女王陛下……」


 燃え残る空の中央。黒煙の向こうに、まだ消えていない魔法障壁があった。それだけで、胸に灯る何かがあった。

 けれど次の瞬間、炎の魔女が障壁へと近づき、その掌を静かに当てる。何を企んでいるのかは分からない。だが——。


「ライア!」


 氷の槍が五本、一直線に炎の魔女を貫かんと突き進む。だが、彼女はちらりと一瞥しただけで視線を逸らし、その瞬間、槍は中心から砕け散った。

 そのまま炎の魔女は障壁に背を向け、静かに空を離れていく。残されたドラゴンたちも、主に従うように引き上げていった。

 ——終わった? そんなはずが、ない。

 その予感が現実となるまで、ほんの一瞬だった。

 甲冑の擦れる音とともに、静かに近づいてくる一人の騎士。赤い鎧、炎の刻印。それは紛れもなく、“赤騎士”だった。

 ブルーの前で立ち止まったその騎士は、ゆっくりと剣を抜き、氷の騎士に矛先を向ける。


「……こうして剣を交えるのは、八年ぶりですね」


 その声。落ち着いた、だが芯のある凛々しい声。

 ブルーは構えを取りながら、兜越しに静かに返す。


「……そうですか。まだ名乗らないのですね、青騎士」


 剣先をわずかに揺らし、赤騎士は名乗った。


「この三百二十四年間、幾度となくあなたと戦ってきました。今日こそ、決着をつける日です——!」


 声が、力を持って響く。


「我が名はサラ・ディ・レオーネ。炎の魔女の眷属にして、炎の遺志を継ぐ者!」


 その名に応じて、ブルーは淡々と剣を上げた。


「来い、赤騎士」


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