『帝国本土最終戦』⑥
ソニックはギギリーに対して攻撃を加えようとする。
しかし、今度はそもそも当たらない。彼の反射神経は、ソニックの音速を完全に問題としていない。
そして、仮に当たってもダメージは回復する。
打つ手は────無い。
「クヒヒヒヒヒヒッ! そよ風のような攻撃だァ! 効かないよッ! オラァッ!」
「「ぐああああああああ!」」
「さあ終わりだッ! 〝連合の疾風〟ッ!」
そして、倒れ込んだソニックの腹に向かって、ギギリーは爪を尖らせて──
「ああああああああああああああああ!」
叫んだのは、メイシン・ナユラ。
彼女は感情の赴くままに、霧を操ってソニックの前に出て来た。
「……ッ!? 駄目だッ! メイシンッ!」
殺さない覚悟。
それのおかげでアウラが手にしたものは、何も無い。
ただただ、失い続けるだけ。
今までも────────今回も。
「───────────メイシンッッッ!」
ギギリーは、霧の腹を貫いた。
鉄の霧はまた時間を要すれば再生する。
だがしかし、コックピットの中にいるメイシンは……。
「アッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!」
「あぁ……ああ……あああああ……あああああああああああああああああああ!」
霧の中から、まだ、声が聞こえてきた。
「…………私の……存在の……意味…………」
「ぐ……メイシン……何故……!?」
霧は大きくダメージを受けている。残念ながら、そのまま意識を失ってしまった。
しかしまだ、メイシンの方は意識がある。彼女の方が、痛みに強い精神力を持っていたからだ。
しかしその意識も……やがて消える。
「そうら死んだッ! 何しに来たんだおたくらはさぁ! 仲間を守るためだったんじゃないのか!? 何も守れないじゃないかッ! アッヒャッヒャッヒャ!」
「殺す……貴様は殺すッ! ギギリー・ジラチダヌッ!」
「殺せないってんだよォッ! ガキがッ!」
向かっていっても、敵わない。
守ろうとしに来たのに、守れない。
初めから犠牲になるのが分かっていたのなら、いち早く首都の方に向かうべきだったのかもしれない。
アウラの選択は、全てが間違いだったのかもしれない。
また倒れ込みながら、アウラは瞳から流れ出るそれを止められなかった。
「そんな……」
「何故だ……メイシン……ナユラ……」
灰蝋は、激しく動揺をしている自分自身に愕然としていた。
自分の為だけに生きてきたはずなのに、他人が死んで動揺を隠せない理由が、分からない。
だが彼はここで、分かろうとした。
(何故だ……何故助けに行った……? ここで死んだらもう、お前の存在の証明は……)
(……いや、違う……。何故俺は……何故俺は動かなかった!?)
(おかしいのは……俺の方じゃないのか……! だから俺は……こんなにも動揺をして……)
そしてメイシンの声は、まだ聞こえている。
「……良かった……。アウラ・エイドレス……貴方を……私は本当に、好きになれていたんだ……。貴方を助けようと……動けたんだ……。良かった……生きてて……良かった……」
アウラは彼女の最期の言葉を聞いて、また立ち上がった。
メイシンは、アウラのことを己の魂に流し込み、死んでいった。
ならばアウラも、彼女の全てを己の魂に流し込み、その存在を証明しなければならない。
死した彼女が、それを先に証明してみせたのならば──
「「うあああああああああああああああ!」」
それでも、また倒れ込む。
どう足掻いても現実は、どうしようもないほどに彼を追い詰め続ける。
今度こそギギリーは勝利を確信し、笑みを浮かべた。
「……さ、もう良いだろう。トドメを…………そうだねぇ。坊や、おたくがやるんだ」
「!?」
ギギリーが指定したのは灰蝋だ。しかし、彼は動こうとしない。
「……文句あるかい? それともここで死んでしまって良いのかな? 私と同じこの体があれば、おたくも死なずに済むかもしれないんだよ?」
無論、ギギリーは灰蝋の体で実験するつもりはないし、そのことを灰蝋は分かっている。
彼がギギリーとの戦闘を放棄したのは、ただただ絶望に屈したからに過ぎない。
「…………」
「灰蝋」
彼はαの声を無視し、その機体を動かす。
「う……ぐ……」
「畜生……ッ!」
アウラとソニックは、まだ立ち上がろうとしている。まだ、向かっていくつもりでいる。
そんな二人の姿を見て、灰蝋は──
「……『超同期』……」
灰色の光が、αの全身から溢れ出す。
「!? おいおい容赦がないねぇ! クヒヒヒヒッ!」
「……灰……蝋……」
アウラは、たとえ灰蝋が相手となっても、この場を切り抜けてみせるという強い意志を、その瞳に宿していた。
コックピットの中にいる彼のその瞳は灰蝋には見えないが、自身の名を呼ぶその声の強さから、灰蝋には想像が出来る。
アウラ・エイドレスという男は、己の存在を、生きているだけで証明している。
ずっと灰蝋がやりたかったことを、彼は初めから可能にしている。
故に──
「────────『完全同化』ッッ!」
「「「!?」」」
光の輝きが増し、αの後ろに、光背が出現する。
「おいおいおいおいどういうつもりだッ!?」
そして灰蝋の操るαは、バッと振り返ってギギリーの方に向かっていく。
その理由は明らかだ──
「こういうことだッ!」
接近戦を得意とするタイプではないが、激しく動くその感情に任せてギギリーに殴り掛かった。
「……ッ!? 馬鹿がッ! 死にたがりめぇ……!」
殴られてもすぐに体勢を立て直し、ギギリーは逆にαに対して爪による攻撃を仕掛ける。
「……灰蝋ッ! 良いんだねッ!?」
「……ああッ! クソッ! クソッ! クソがッ! どうして俺がコイツのために……クソッ! α! 頼むから……目を逸らすなよッ! 畜生ォッ!」
「当然ッ!」
ギギリーは、『完全同化』に至ったαに押され気味になっている。
実力ではαが完全に上を取っているようだが、体を再生させるギギリーを殺すことは出来ていない。
だが、ギギリーの方はあからさまな違和感を抱かされていた。
(何だ……妙だ……。コイツ……何故意識がある!? 理性が残っている!? 明らかに……明らかにおかしいじゃないかッ!)
「「ファーストテリトリーッ!」」
αは肩に備わった二つの巨大な銃で、辺り全体に雑な弾丸を撃ち放つ。
だがそれは全て、αの固有能力であるドミネートによって、ギギリーに向かっていく。
本来は味方として設定していない生命体全てを狙う弾丸を放つ能力なのだが、今回はギギリーだけを狙った技。
それらは百発百中、絶対必中なのだが、問題はその弾丸が相手に効くか、どうか。
「効かないんだよッ! こんなのはッ!」
やはり、当たった傍からギギリーの体は再生を始める。どれだけ連続で撃ち続けても、彼の体は破壊しきれない。
「お前は『コア』によってエネルギーを爆増させている! 再生の限界はあるッ! コアの力も……無限ではないからだッ!」
「おたく程度でコアの限界を引き出せるわけがないだろう!? 馬鹿だねぇホントにッ!」
そう言いながら、ギギリーは焦っていた。
コアは究極のエネルギー変換装置。通常のノイドが持つ『核』の完全上位互換。
まるで無限であるかのようにエネルギーを生成し続けるが、一度に連続で酷使すればその限りではなくなる。
確かにこのまま攻撃を受け続ければ、再生に使うエネルギーにも限界は生まれるのだ──
*
灰蝋とαがギギリーと戦い始めてから、数分が経過した。
(クソッ! 何だコイツは……どうなっている!? 何故意識を保ったまま『完全同化』を使える!? 少しでも攻撃が止めば、コアを休ませられるというのに……ッ!)
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」
「クッソォ……ッ!」
もう少しで、連続酷使によるコアの限界がやって来る。
だが、攻撃が一瞬でも止めば完全に回復してしまうのが、このコアという装置。
戦いの行方は即ち、どちらの限界が先に来るかという話──
「か…………ッ!」
そして先に限界が来たのは──灰蝋だった。
「!?」
αの光背が消え、機械の体に戻っていく。だが、二人とも死んでいない。まだ生きてはいる。
「……そうか! クヒヒヒ……そういうことかッ! なるほど人造人間ッ! スカム・ロウライフはとんだ化け物を造り出したもんだッ! 『完全同化』を短時間だけ、命を捨てずに可能にさせるとはッ! クヒヒヒヒヒヒッ! だが短すぎたッ! おたくの負けだッ! 失敗作ッ!」
灰蝋は、『完全同化』を引き出した疲労でもう動けない。
だが、不思議と痛みや苦しみは何も感じなかった。
「……α。俺は……失敗作か……?」
「いや、全然」
「……フン。そうか……」
改造人間である永代の七子。人造人間である灰蝋とマリア。
スカムの手によって、鉄の力を引き出す子ども達が数人生み出されていた。
灰蝋は、自分よりも他の子ども達が活躍を見せるのが、嫌で嫌で仕方がなかった。
力を誇示して、誰かに認められたかった。
しかし、そんな必要はなかった。彼の存在は、彼と常に共にいる鉄が、初めから認めていたのだ。
「だがおたくらは死ぬ。この世界と共にね」
アウラはずっと踏ん張って、ソニックを動かそうとしている。
彼の方はもう回復しているが、ソニックがまだ動けない。
「ソニック……動いてくれ……! 頼む……!」
「悪ィアウラ……俺が……足引っ張っちまって……!」
「……良い事を教えよう。アウラ・エイドレス」
「……ッ」
「……仮に、今からおたくが『完全同化』を使ったとしよう。それで私を……倒せたとしよう。だが、無意味なのさ。何故なら……おたくが何をしようとも、何をしなくとも、この戦場にいる特定戦力は……死ぬと決まっている」
「何……!?」
「分かりやすく言おう。六戦機と永代の七子。その全ては、この戦場で無力化されることになっている。まあ、一応の作戦でね」
「「!?」」
アウラはまだ、頭が追い付いていない。だが、少し考えれば妥当な目論見だ。
この世界を壊すにあたり、邪魔な戦力は消し去るべきだとするゼロの策は、想定できる。
分からないのは、『どうやって』という部分。
「不可能だと思うかい? だが……それを可能にする力が、あの方にはある。今頃……始まってるだろうねぇ」
「な……!」
「だから言ったろう? ……無意味なんだよ。おたくの全ては」




