『帝国本土最終戦』⑤
◇ 界機暦三〇三一年 七月二十六日 ◇
◇ 午後十一時二十五分 ◇
■ ノイド帝国 郭岳省 ■
夜が更けていく荒野の中、横になる一人のノイドの傍で、慟哭を見せる鉄が一体。
ハッブルはまだ生きている。だが、シュドルク・バルバンセンの方は……。
「……シュドルク中将。何故貴方は……」
意識も薄くなっていくシュドルクの前でサザンが問い掛けると、彼は小さく笑みを見せた。
「……私一人どうこう出来ん者に、大義は叶えられん……」
「……貴方は……それで良いのですか……」
「…………得心がゆかぬか? フン……。存外……欣快の至りだ」
そのままシュドルクは目を瞑り、もう開くことはなかった。
サザンは眉間に皺を寄せ、彼の意志を汲み取る。
そして、ソニックとアウラの方に目をやった。
「さあ行け。〝連合の疾風〟」
「……はい」
その時。アウラは少し遠くの方に、不気味な光を見た。
一つや二つではない。無数の光が、各地で溢れている。
「! あれは……」
「オイオイ……夜中なのに明るすぎるだろ……」
「六戦機と永代の七子がぶつかっている。どちらも……限界を引き出して……」
「!? クソ……もっと速く終わらせるはずだったのに……ッ!」
「……戦いを……止めなければ……」
「サザンさん!?」
先程の大技がサザンの限界だった。彼はここで倒れ込んでしまう。
「クソ……こんなところで……」
「……誰かが止めないと……みんなが死んでしまう……」
「アウラ・エイドレス……!」
「………………」
アウラは熟考していた。時間をここで使い過ぎたのだ。このままでは、アウラのよく知る人物たちも、皆死んでしまう。
この戦いを終わらせるための最良な手段は分かっている。だがそれは、犠牲の上に成り立つ手段でしかない。
「…………ソニック。僕は……」
「もっと速く……だろ?」
「……! ああ……そうだ。そうだッ! 速くみんなを助けて、速く世界を救えばいい! いつだって僕は……それを目指してきたんだ……ッ!」
到底叶えられる望みではない。だが、アウラは減らせる犠牲を無視してこのまま先に行くことが出来ない。
もしかしたらそれは、自分の知った人物である永代の七子が危険に晒されているから、助けたいと思っただけなのかもしれない。
鉄紛は既に数多く犠牲になっており、壁を超えるために、その全てをアウラは救えなかった。
果たしてこれが一貫性のある行動なのか。それとも破綻した行動なのか。
彼が取るべき最良の選択は…………誰にも分からない。
分からなくとも、彼は前に進んでいる。進んでいるはずなのだ。
「飛ばすよソニック! 風のように!」
*
鉄・霧は、地面に蹲っていた。
メイシンも痛覚を共有し、コックピットの中で倒れている。
「こんなものかい? 弱いねぇ」
彼女らの前に立つのは、『覚醒』状態となって深緑色の光を発する、六戦機、ギギリー・ジラチダヌ。
そして──もう一人。
「馬鹿だねぇ。こっちの坊やはまだ賢い。生きたきゃ身の振り方を考えるべきさぁ」
「……」
「灰蝋……」
ギギリーの横にいるのは鉄・α。だが、彼についたのは灰蝋の意志。彼の意志で動かされているαには何も出来ない。
しかしメイシンは、灰蝋のことを責めるつもりはない。ギギリーの『話』を聞いて、立ち向かおうとする方が無謀なのだ。
「……良いの? 灰蝋」
「……黙れ」
灰蝋の手は震えている。戦うことでしか己を証明できないと考えていた男が、今は戦うことすら出来ずにいた。
「……私は信じない……。貴方の言葉なんて……信じられない……!」
「クヒヒヒヒッ! 信じなかろうがねぇ! 既に決まっていることなんだよッ! 何もかもが……ゼロ様の望む通りにねぇ!」
「信じない……信じない……」
「クヒヒヒヒヒッ! アッヒャヒャヒャヒャヒャ!」
メイシンがギギリーに倒されそうになっているところを見つめ、灰蝋は虚しさを覚えていた。
(コイツは……何の為に生まれてきた? 弱く何も出来ず、誰にも認められずに死んでいく……。俺もコイツと変わらないのか? 違う……俺は……俺は違う……)
そして、自身の生みの親であるスカム・ロウライフの言葉を思い出す。
──「きさんは失敗作だッ! こんの出来損ないがッ! あんだけ金かけてその結果がこれッ!? ああ腹立つッ! 生まれて来なきゃあ良かったのにッ! ド腐れ横道もんがァァァ!」
(……違う……俺は最強なんだ……。最強の鉄乗りに……なって……。……なる……はずだったのに……)
全ての道は断たれている。
灰蝋という何も持たない少年は、まだ生きる意味を理解できていない。
*
ガランは『覚醒』の状態になり、全身から橙色の光を発していた。
幽葉とクロロは黒みを帯びた光を発しながら『超同期』を発動していたが、『覚醒』のガランには及ばない。
そもそも、機体を輝くダイヤに変えられて固有能力を使えない状態になっていたため、いつもの不意打ち戦法が使えなかったのだ。
「体が重い……」
「幽葉……勝てないよ……。こんなの勝てないよ……」
「……うぅん……」
戦意を喪失しているクロロを前に、ガランは積極的に仕掛けることが出来なかった。
(……永代の七子に勝利したところで、鉄紛は既に我々を無視して壁を超えている。帝国軍は数で負けている。敗北は必至。……しかし……)
サザンの知らぬところで、実はガランは、この戦いの後の帝国の『隠し玉』を知っていた。
彼には彼の、貫くべき行いがあったのだ。
*
ヴェルインも『覚醒』状態となって全身から紫色の光を発し、『超同期』しているマスクド・マッスラーを圧倒していた。
「……面倒で済む話じゃない。『覚醒』になってから、ミサイルを同時に複数放出するようになった。そしてその数も無尽蔵……。どうにもならん」
「諦めんなデンボク! 俺はまだ戦えるッ!」
「地に伏せながら言う台詞じゃないな……」
既に、ほぼ勝負はついている状況だった。
完全にマスクドが動けなくなっていたので、ヴェルインもミサイルの雨を降らすのを止めている。
「さあ引き下がれッ! 吾輩の勝利である!」
「……それで?」
「うぬ!?」
「……勝ってどうなる? 帝国がこのまま勝利すると思うのか?」
「子どもの割に、物凄い上から目線であるな……」
「小生を倒しても、意味は無い。そんなことは……分かっているはずだ」
「……」
当然、デンボクよりも一回りも二回りも何なら四回りも年上のヴェルインは、それくらいのことは理解している。
彼はただひたすらに心から、デンボクたちに負けを認め、早くこの場から去って欲しかっただけだ。
「小生はもう疲れた。生きるのは……面倒だ……」
「お主……」
*
「さて……殺すかねぇ」
ギギリーは、六戦機の中で唯一容赦なく目の前の少女を殺そうとしている。
メイシンは痛みで霧を動かすことが出来ない。
リザード・ギアで爬虫類のような化け物の姿になったギギリーは、霧の中で匂いを辿って攻撃を仕掛け──
「「アクセルスパーダッ!」」
霧は、風によって一気に晴れた。
「アウラさん……ッ!」
「ソニック……」
ギギリーは彼らの攻撃を思い切り食らい、吹っ飛ばされる。
「殺させない……お前にはもう……誰も殺させない……ッ!」
彼らの到着に目を見開いていたのは、メイシンらだけではなく灰蝋もだった。
(アウラ・エイドレス……!)
そしてαはフッと息を吐く。
「……来たね」
「クヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!」
ソニックの最大技を食らっても、ギギリーは勢いよく立ち上がった。
「無傷……!?」
「そんなわけがない……」
「クヒヒヒッ! おたくかッ! 会いたかったよ! 〝連合の疾風〟ッ!」
「……僕らはもう負けない。お前を倒して先に行く」
「無駄だねぇ! 故郷を奪った相手に、『殺す』と言うことも出来んガキがッ! 一体何が出来るってんだい!?」
「……貴様……ッ!」
「さあ来なよッ! 見せてごらん……どれだけ強くなったのか!」
アウラは怒りに任せてソニックを操り、ギギリーに向かっていく。
「「オフショットッ!」」
残像を生み出し、陽動を行う。だがギギリーの獣と化した目は、その動きを捉え切っていた。
「こっちだろォッ!?」
「「ッ!?」」
「ナーガラージャッ!」
リザード・ギアによって生えた角と爪、そして牙を使ってソニックへ攻撃する。
先程までの傷が癒え切っていないソニックは、これを避けることが出来ない。
「ぐあああああああああああ!」
「……この……ッ!」
確かにアウラたちは強くなっていた。だが、今の状態ではギギリーに勝つのは困難。
ソニックは膝をつき、拳を地面に叩きつけた。
「無駄だって言ったろ?」
彼らに一瞬だけ期待した灰蝋は、一人虚しく目を伏せた。
「……そうだ。お前らに……コイツを倒すことは出来ん。スカムが言っていた。六戦機には……『覚醒』の次の段階があるのだと」
「次の……段階……?」
「おいα! 力貸してくれッ!」
「……そうしたいのは山々だけれど」
「灰蝋……?」
「駄目だよこの坊やはねぇ! こっちについてくれたのさ! ああ、と言っても帝国軍じゃないよ? クヒヒヒヒッ!」
「…………何だと?」
そこでメイシンは、コックピットの中で力を振り絞って起き上がる。
「アウラさんッ! この男は……コイツは! 世界の全部を壊す気で……!」
「……ッ!? お前……ま、まさか……」
「んん? 知ってるのかい?」
「……ゼロと……繋がっているのか……!?」
「!? クヒッ! クヒヒヒヒッ! 詳しいじゃないかクソガキがッ!」
「…………分かりやすくていい。倒すべき相手には変わりないッ!」
「……それが無理だって言ってんだがねぇ」
「まだ全力を隠してるんだろ? 出せばいい。お前の全てを潰してやる」
「……粋がってるところ悪いが、私はね……そっちの坊やが言う様な、『超過』にはなれないんだ。六戦機の中で唯一、私だけがね」
「今の状態が限界なら……負ける気はしない!」
「……クヒヒ! 『限界』? そうは言ってないッ!」
そしてギギリーは、大きく咆哮を上げる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
すると、ギギリーの見た目がまた変わっていく。
今までは爬虫類のような姿でも、まだギギリーだと分かる面影はあった。
しかし、最早その面影はどこにもない。肉体はドロドロの液体に塗れたような状態に変貌し、汚らしさと醜さはまた増している。
異臭と不気味な濃い緑色の光を放ち、異様な雰囲気を漂わせる。
「…………何だ…………その姿…………」
「……んんぅー……。良いだろう? 私はね、私自身を造り替えたのだよ。『超過』はどうも、誰にでも出来るわけではないらしくてねぇ。私はそこに至れなかった。だから私は六戦機で最弱。でもね、私は私独自の技術で、『覚醒』を改造した。限界値を……変化させた」
「……何だって……?」
「もうおたくに、私を殺すことは出来ない」
「……ッ!」
アウラはソニックを立ち上がらせて、ギギリーに攻撃を仕掛ける。
驚くことに、彼は避けるぶりすら見せていない。
「「アクセルスパーダ!」」
攻撃は完全にギギリーに命中し、彼の腕を切り裂いた感覚もある。
あっさりと勝負がついたのかと思った矢先。アウラは愕然とする。
「…………え…………」
ギギリーの腕が、再生した。
斬られた断面から、彼の腕が生えてきたのだ。
「……まあ、こういうわけさね」
「そんな……馬鹿な……」
「これぞッ! 最強の生命ッ! 私は遂に辿り着いたのさ! そして! 最後の実験をこれから執り行う! この星の命が全て消滅したのちに! そこで私は生きていけるのかという実験だ! クヒヒヒヒヒッ! ああ楽しみだ! ノイド・ギアの効果も確かめたいしねぇ! 最高に楽しみで楽しみで仕方が無いよまったく!」
「……ッ!」
「さあどうする!? 不死身の私を! おたくに倒せるか!? さあさあ! 『完全同化』でもしてみるかい!? クヒヒヒヒッ! 私としては是非ともそれも見てみたいがねぇ!」
倒す方法は思い付かない。だが、それでもアウラは諦めるわけにはいかない。
強く手すりを握り締め、力を込める。
「……おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」




