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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
六章【風は感じられるか】
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『帝国本土最終戦』④

「〝顎鋏がくばさみ〟……!?」


 サザンはクルッと回転して岩場に着地する。

 そして、シュドルクの方に体を向けた。つまり、本来敵であるはずの、アウラとソニックに背を向けて。


「……何のつもりだ? サザン大尉」

「……たまたま目に入ったのです。シュドルク中将」

「何を言っている? 乱心したか?」

「シュドルク中将、貴方の耳にも入れておかなければならない。この戦場に……紛れ込んでいる『異端』のことを」

「……?」


 アウラとソニックは、サザンが何故戦いを止めに来たのかが分からず、茫然としてしまっていた。

 しかし彼の目的は、二人の目的と類似している。


「この戦いは、仕組まれたものです。国家連合貿易事務局長……ゼロと呼ばれている男。あの男が、元帥と組んでいた連合側の戦争屋だったのです。しかしその目的は……世界の破滅。奴は、己の利すらも欲していないのです」

「…………」


 あまりにも唐突に捲し立てられて、シュドルクはサザンの言葉を咀嚼するのに難儀させられる。

 特に彼の言った発言の中でも、『世界の破滅』という単語があまりにも突拍子が無さ過ぎて、理解できない。


「シュドルク中将。私はあの男を……」

「……何の証拠がある?」

「!」

「……何があったのかは存ぜぬが、貴様の妄想を聞き入れる余裕はない」



「妄想じゃないッ!」


 ここで話に割って入るのはアウラ。彼はコックピットを開け、サザンに同調した。


「……ゼロ。そう……ゼロという男だ。連合が戦争で得た資源を、帝国に流していた張本人。けどその目的は、最終的に戦争に勝利したのちの世で、帝国占領の第一人者となって富を手にすることじゃない。ノイドの命を使った兵器を帝国に作らせてッ! 世界を消す威力を持つそれを、自分自身が使うことだったんだッ!」


 敵側のアウラがサザンに同調したことで、流石のシュドルクも真面目に信憑性を感じ始める。

 だがここで、彼だけは、目の前の二人がまだ気付けていない、更なる真実の可能性に辿り着いていた。


「…………それで?」

「それでって……」


 シュドルクはこの隙にハッブルの元へと戻り、コックピットを閉じた。


「シュドルクさん、彼らは何を……」

「…………理解していない」

「え?」

「……その情報を、自分たちが得られている所以を、理解できていない」


 サザンはソニックとハッブルの間に立ち、まだ話を続けるつもりでいた。


「シュドルク中将ッ! 元帥があの男と通じていたのは間違いない事実です! もしも奴の言葉が本当ならば……」

「手遅れ……と、いうことだな」

「!?」

「……違うか? 貴様は何故、ゼロの本意を知った?」

「……先程、奴本人と接触しました」

「ならば間違いない。既に目論見が果たされると確信を持ったから、貴様にのうのうと垂れ流したのだ。……無論、その本意を真実とするのならば、の話だが」

「それは……」

「……帝国は現在、劣勢を強いられている。永代の七子(エターナルセブン)六戦機ろくせんきが食い止めているが、その隙に物量で壁を突破する鉄紛クロガネマガイが多く出始めている、この戦いの結末は……火を見るよりも明らかだ」

「シュドルク中将……」

「証拠が無い以上、貴様自身が聞いた本人の言葉を信じられる者は誰もいない。この戦いの後、世界全体で情報が錯綜することになるからだ。ゼロの立場は揺るぎない」

「しかし……! だからこそ……だからこそ今! 我々はこんな所で戦っている場合ではないのです!」

「この人の言う通りだ! むしろ必要ない争いを止めるために──」

「新たな共通敵が生まれれば、手を取り合えると思ったのか? アウラ・エイドレス」

「……ッ!?」


 サザンとアウラには、シュドルクが何故味方をしてくれないのかが分からない。

 だが、シュドルクは既に気付いていた。

 この世界は既に──袋小路の中にあるのだと。


「……何の力も無しに、ここまで戦争を操ることなど出来ん。気付かんのか? 貴様らの言う共通敵の持つ力は…………我々では、どうしようもないものだということを」

「それでもッ! 何もしないわけにはッ!」

「ならば本意は別にあるとして動くしかない。奴が富と名声を求めているだけならば……何の問題も無い。この戦いで連合の戦力を削れば、またノイド帝国が日の目を見ることができるようになるかもしれん。ゼロがどれだけの権益を持とうとも、私がすることは何も変わらん」

「しかしあの男はッ!」

「……鋏を構えろ、サザン大尉」


 アウラとサザンは、もうこれ以上の打つ手がなかった。だが、シュドルクは違う。

 彼らは理解を得てくれないシュドルクに失望しているが、シュドルクは逆に、彼らに望みを託している。

 希望を目指すためには、この先に数多くの障壁が待ち構えている。シュドルクはそこまで読めていた。

 ならば、ここで自分一人乗り越えられない者達に、世界を守ることなど出来はしない。

 己の成すべきことを、シュドルクは一瞬で読み切った。


「……ハッブル。付き合ってもらうぞ」

「シュドルクさん……僕は最後まで、貴方と共に戦いますッ!」


 シュドルクは、過去にバッカス・ゲルマンから言われた言葉を思い出す。



 ──「思うままに、感情の赴くままに生きろッ! 私は戦いが好きだからここにいるッ! お前はどうだ!? 思いを乗せろシュドルク・バルバンセンッ! それが条件だッ!」



 長く続いた戦いの日々に対する、強い悲痛の感情を、シュドルク・バルバンセンは高ぶらせる。

 イビルによって抉られた目元を抑え、彼は遂に己の渇きを埋める手段を手にした──




「「『超同期オーバーシンクロ』……!」」




 ライド・ラル・ロードとレッド・レッドのことを見ていた彼らは、ここでブレーキを押さず、同じように限界を振り切ってしまっても良いと考えていた。

 だが、彼らは既に『そこ』に到達してもおかしくないほどに、戦闘経験を積んでいた。

 そして、シュドルク・バルバンセンという男は、初めから『そこ』に至ることが決まっていた存在。

 これは、ようやくシュドルクが『超同期オーバーシンクロ』に至るために必要な感情を、虚無の中から見出しただけのこと──


「シュドルク中将……!」

「やるしかないのか……!」


 サザンとアウラ、ソニックが構えると、シュドルクの操るハッブルは、銀色の混ざった暗黒の光を放出し始める。



「「デスサイズヘルッ!」」



 一振りで、鎌による飛ぶ斬撃が、同時に複数も飛んでくる。

ソニックとサザンは瞬時に飛んで避けるが、サザンが飛んだ先に、ハッブルはもう先回りしていた。

 彼の固有能力であるナイトシフトに加え、『超同期オーバーシンクロ』と『覚醒レイズ』による能力上昇によって、ソニック以上の速度を捻り出すほどの身体能力が実現された。


「……眠れ。サザン・ハーンズ」

「ぐ……ッ!」


 鎌の一撃をもろに食らい、サザンは地面に叩きつけられる。

 鋏で防いだために全身が斬られることはなかったようだが、鋏はその所為で完全に破壊されている。


「サザンさんッ!」

「他人の心配をする余裕があるのか?」


 そして、飛ぶ斬撃を無数に飛ばしてソニックを追い込む。

 避けた先にはまた斬撃。飛ぶ斬撃に挟まれて、ソニックは逃げ場を失った。


「「ぐああああああああああ!」」


 そしてソニックとサザンは、同じように地上へ倒れ込む。


「……こんなものか? こんなもので……力の知れない敵と、戦えるとでも言うのか?」

「クソ……ソニックッ!」

「うぐ……痛ェな畜生……ッ!」


 アウラは痛覚を共有しているにもかかわらず、その精神力で最早何も問題に感じていない。

 だが、ソニックの方が動かそうにも動けずにいる。

 そして明らかに一番ダメージを受けていながら立ち上がるのは、サザン・ハーンズ。


「まだだ……。シュドルク……バルバンセン……」

「……サザン。貴様は、私のようにオリジナルギアを持っている。だが、その真価を発揮できていない。オリジナルギアを極めたノイドは、ギアの性能を常に百パーセントで引き出せるように核のエネルギー変換効率が最大値に上がり、『覚醒レイズ』に至ることができる。体の内から溢れるエネルギーが、光となってこぼれ出し、全ての能力が格段に上昇する状態だ。……だが、貴様はまだ『そこ』に至っていない」

「それが……何だ……?」

「……レーガは秘密にしろと言っていたが、教えておく。……貴様はまだ、()()()()()()()()()()だ」

「…………?」

「コアを持つ六戦機は、それによって強制的に『覚醒レイズ』に至っているが、かつての戦いにいたノイドたちは違った。何かを失ったことのない者は、限界を出すことが出来ない」

「……くだらない話だ。私は……何も失わないために戦っているッ!」

「……そうか……」


 トドメを刺しにはいかない。シュドルクは、サザンが向かってくるのを待っていた。

 そうしていると、ソニックも再び立ち上がって来る。


「どうするよサザン・ハーンズッ! シンプルな能力の上昇……こんなに厄介なことはねェ!」

「……共に戦うつもりか?」

「うえぇ!? 違うのか!?」

「……いや、いい」


 サザンは破壊された右腕の鋏を再生する。そして、シュドルクを倒さなければ先に進めない事実を理解して、目を閉じながら息を吐く。


「……キィー……」

「……サザンさん。僕はここを抜けて首都に向かい、帝国の皇帝を人質に取って、連合軍の世間体を揺るがすつもりです。そうすれば……連合軍の上に立とうとしているゼロの手に、最悪の兵器は渡らない」

「……小狡いことを考えるな。だが、勝算のある手だ。ゼロの立場が揺るぎないのならば、他に手は無い」

「……けど、貴方を置いていくつもりはありません」


 サザンからすれば、ここは自分がシュドルクを引き付けて、彼の作戦を実施させたいところ。

 しかし、アウラは言う通りにしてくれそうにない。だからこそ、両方無事でこの場を切り抜けるべきだと考えた。


「……ならば聞け。ハッブルのあの飛ぶ斬撃は、同時に複数放てるようだが、その方向を操れるわけではないらしい。私が囮になる。その隙に……お前たちはハッブルの背後を取れ」

「囮……? ……サザンさん。この戦いの後、帝国には講和条約を結んでもらわないといけない。連合の占領下にはならずに、帝国が自らの手で戦後復興をしないといけないんです。貴方はそこで必要な存在でしょう?」

「……それが何だ?」

「……死なないですよね?」

「無論だ」


 サザンは無表情のまま。だが、アウラはその言葉に嘘はないと感じ取った。

 顔に出さない彼のポーカーフェイスが少しおかしく、思わずフッと笑みが出たが、すぐに表情を固めて覚悟を決める。


「行くぜアウラッ! サザンッ!」

「ああ!」

「キィッ!」


 そしてサザンは、正面からシュドルクに向かっていく。同時にソニックも、ハッブルの背後に回り込もうとする。

 それだけで、シュドルクは彼らの企みを読み取った。


「……残念だ。己を犠牲にした手段……それしか想起されなかったかッ!? サザンッ!」


 そしてハッブルは、サザンに対して巨大な鎌を振るう。

 だが正面方向にだけ斬撃を飛ばせば、背に隙が生まれる。

 そこでハッブルは体を回転させながら鎌をグルッと振り回し、斬撃を全方向に向かって飛ばしてみせた。


「「ッ!?」」


 全方向に向けたため、飛ぶ斬撃の数は先ほど見せた時よりも多い。

 アウラとソニックは、ここまでの攻撃を相手が出来るとは想像していなかった。


(全方向に……ッ!?)


「ぐおおおおおおッ!?」

「がッ……!」


 背後を狙ったソニックは、その飛ぶ斬撃に切り裂かれる。当然、正面から向かってきたサザンもそうだ。


「ぐッ……」

「……貴様らはこの程度で──」



 ザンッ



「「ッッッ!?」」


 謎の痛みが、ハッブルと彼に同化中のシュドルクの肩に走る。

 原因はシュドルクには分からないが、ハッブルはすぐに理解した。


「サザン大尉…………鋏をッ!」

「!?」


 肩の痛みの正体は、サザンのその巨大な鋏だった。

 だがサザンは確かに今、目の前で攻撃を食らって、地上に再び落下しようとしている。

 右腕の鋏はこちらの攻撃を防ごうとした為に完全に破壊されているようで、原型はなく…………いや、違う。

 彼の鋏は────()()()()()()()



「オートトミー……デスロールッ!」



 完全にサザンの体から分離された巨大な鋏は、ハッブルの肩に食いついたまま激しい回転を見せる。


「うおおおおおッ!?」

「ぐッ……!」


 捩じれによってハッブルの肩が破壊されると、その分の痛みがシュドルクにも入る。

 そして、痛覚があるはずなのに無視してソニックを動かすのが、アウラ・エイドレスという男。


「「おおおおおおおおおおお!」」


 アウラたちは完全にアドリブのつもりだが、サザンにとってはここまで予期しての作戦だった。

 自分が分かりやすく囮となれば、シュドルクは囮に過ぎない自分の攻撃に対する警戒心を薄れさせる。彼は一瞬で、そこまで考えていたのだ。


「まだ……だッ!」


 鋏で防がず全身でこちらの攻撃を受けたのなら、サザンはこのまま落下して攻撃など出来ない。

 故に残る敵はソニックだけ。ハッブルは鎌で、執拗に背後を狙ってくるソニックを切り裂く。

 だが──手応えがまるでない。



「「オフショット」」


 切り裂いたのは、ソニックの残像。本体は横から向かってきていた。


「……ッ!? ハッブル……済まん」

「構いませんッ!」

「「アクセルスパーダッ!」」


 ソニックは、光の刃でハッブルを貫く。

 だが、その瞬間ミスに気付く。

 繰り返してしまった──先程と同じミス。



「悪く思うな」



 コックピットから出たシュドルクが、ソニックの頭上を取り、鎌の刃先を下ろそうとする。

 相手の裏をかき続ける戦いに、決着をつけるのは────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────




「シザークロスッ!」




「…………ッ!?」


 サザン・ハーンズがハッブルに鋏を飛ばしたのは、アウラとソニックが背後を取りに向かった瞬間だった。

 サザンはシュドルクがソニックの方に一瞬視線を動かす隙に、鋏を飛ばしていたのだ。

 その理由は、その後すぐに飛ぶ斬撃を防ぐための鋏を右腕に出現させるため。

 実際に彼の鋏は一度、ハッブルの攻撃を受けて破壊されていたのだ。

 つまり、全身への直撃を避けたサザンは、まだ動くことが出来た──


「……貴方の全ては断ち切った」

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