『帝国本土最終戦』③
◇ 界機暦三〇三一年 七月二十六日 ◇
◇ 午後十時四十四分 ◇
■ ノイド帝国 郭岳省 ■
アウラとソニックは、ノイドの軍勢を無視して首都へと一直線に進んでいく。
単純な移動速度で他の追随を許さない彼らは、誰にも止めることが出来ない。
「〝連合の疾風〟だッ!」
「クソ……速すぎるッ!」
戦わず、全てを終わらせる。その意志のもと、二人は真っ直ぐに空を走り続けてきた。
「「デスサイズ」」
「「!?」」
二人を止める者が現れた。
巨大な暗黒の光を纏う、一振りの鎌。それによる切り裂き攻撃が、襲い掛かる。
ソニックはアウラの反射神経で上手く避けたが、おかげで立ち止まらざるを得なくなる。
「これは……」
アウラはあらかじめ、上からの報告でその存在を知っていた。
黒と銀の装甲で、ズタズタに破れた布を纏い、大きな一本角の生えた古代の鉄。
そして、その鉄に自身の持つオリジナルギアを発動させている、搭乗者の銀髪隻眼のノイドの男。
「容易に首都に向かわれては困る。〝連合の疾風〟よ」
「……〝死神〟……」
帝国軍中将、シュドルク・バルバンセン。そしてその鉄、ハッブルだ。
シュドルクは帝国軍において唯一鉄に乗るノイドであり、オリジナルギアを持つ強大な戦力。
アウラもその危険性は知っている。だが、相手をしている暇はない。
「アウラッ! 止まってる場合じゃねェぞ!」
「ああ! 強敵と戦うつもりはない!」
「『強敵』か……恐縮だな。我々の時代は既に終わっている。バッカスやイビルと共に……な」
「……ッ!」
バッカスとイビルの最期を目にしたのは、紛れもなくアウラとソニック自身。
その二人のことを知っているのかと問いたい気持ちはあったが、今その様なことをしても仕方がない。
アウラは迷わず、また速度を出してこの場を去ろうとする。
「行かせると思うか?」
「「……ッ!?」」
ソニックの移動速度に、ハッブルは反応してきた。正確には、ハッブルを動かすシュドルクの反射神経が、ソニックの行く手を阻む。
ハッブルは巨大な鎌で、ソニックの首を切り落とそうとしてきた。
当然その程度ならば避けられるが、距離を取った二人は、彼らを無視してこの先に行くのが困難だと考えた。
「……ソニック。全速力を出したよね?」
「あたぼうよッ! 反応出来るわけがなかったッ! どういうわけだッ!?」
説明はしないが、理由はある。シュドルクは、空を眺めて『今の時間』を確かめた。見なくとも分かる、夜の暗さだ、
(……日は落ちている。ハッブルのナイトシフトは有効状態……)
「夜ですよ! シュドルクさん!」
「……ああ。だが……」
ハッブルの固有能力は、夜間に限り全ての身体能力が爆増する、『ナイトシフト』。
ソニックの平均速度を上回ったわけではないが、初速だけならば遜色がない状態に至ることができる。
しかし、ハッブルの一撃は避けられた。速度の領域において最高の性能を持つソニックと、その性能を百パーセントで引き出せるアウラが相手では、相性が悪い。
「「『超同期』ッ!」」
アウラたちに油断は無い。この場を突破するのに、ベストな判断を瞬時に下した。
相手の出方を見るような器用な真似は出来ない。これが、二人の最良の選択であり、正解だった。
「……クッ! シュドルクさん……応援を呼ばないとこの敵は……」
「……数など意味を成さん。ナイトシフト状態の貴様を上回る速度……最早、捉えることは出来ん」
「そんな……」
若緑色の光を放つソニックを前に、既にシュドルクは勝機がこちらに無いを見ていた。
「行くよソニック!」
「応よアウラッ!」
「「アクセルスパーダッ!」」
全身から溢れ出る光を刃に変え、それを手で掴んで攻撃に転じる。
シュドルクは避けようとしたが、間に合わない──
(……この期に及んで……まだ生に縋るか……ッ! シュドルク・バルバンセン……ッ!)
避けようとした自分自身を、強く責める。
彼はもう、ここで死ぬのも致し方ないと思っていた。いや、思いたかった。
ソニックの圧倒的速度は風の衝撃を生み、ハッブルを地上に伏せさせる。
そして、光の刃でトドメを刺そうとした、その時──
*
「エブリン……エヴリン……ッ!」
強く想う相手の声を聞き、エヴリン・レイスターは目を覚ます。
すると、自分がボロボロの状態になっていることを確認できた。
そこで思い出す。彼女は、ゼロの乗る鉄・カワードの攻撃からサザンを庇うため、自分から盾になったのだ。
そして無事だったサザンは彼女を連れて、すぐにその場を離れる。今二人がいる場所は、戦場から少し離れた森林の中だった。
「サザン……さん……」
「馬鹿な真似を……。お前なら……躱せたはずだ。何故私を庇った……」
「……本気で聞いてます……? それ……」
体が動かせない。エヴリンは、仰向けになったまま立ち上がれなかった。
「とにかく、救援部隊の方に向かうぞ」
「……必要ありません。私の回復力なら……自力で治せます」
強がりではなく、それは事実だ。サザンもそれを分かっていたから、彼女が意識を取り戻した段階で一度立ち止まったのだ。
「……エヴリン……」
「……妹さんのため……だったんですね」
エヴリンはずっと、彼が何故軍に入って戦いに身を捧げていたのかを知らなかった。
知らないまま、無茶をしないようにという言葉を投げかけていた。
「……済まん。隠していたわけではないが……」
「違います。私は……知ろうとしてこなかったんです。私の方が……避けていたんです。貴方の事情に立ち入って、貴方に嫌われるのが…………怖かっただけなんです……」
「……」
感傷に浸る余裕はない。ここは戦場。戦いは、まだ始まったばかりなのだ。
だがサザンは、まだ前線に戻ることができない。
「行ってください」
しかし、彼女はそんなサザンの思考を読んで、投げかけるべき言葉を投げる。
「だが……」
「私は大丈夫です。本当に。…………もしも、あの男の言っていたことが全て真実なら……ここで立ち止まっている場合ではないはずです。違いますか? サザンさん……」
「……それは……」
「世間にあの男の目論見を知らせて、信じさせるのは困難かもしれません。しかし、あの男と組んでいた……ノーマン元帥は、サザンさんの言葉を信じるはずです。そして力を貸してくれるはず。いくらあの人でも……世界が消滅することだけは……望んでいない……はずですから……」
「…………ああ」
サザンはエヴリンの傍を離れることにする。ここで立ち止まるのは、彼の選択に反する行為だからだ。
「断ち切って下さい。あの男の……邪な望みを」
*
ソニックの一撃は、確かにハッブルに当たっていた。
当たっていたが…………それは、『止められていた』とも言い換えられる。
「「な……!?」」
ハッブルは自ら武器である鎌を投げ捨て、両手で光の刃を挟んで止めていた。
その手は刃の鋭さの所為で、大きく傷付いている。
「ハッブル……!?」
驚いているのはシュドルクもだった。ハッブルは、彼の意志がなくなった時点で、自らの意志で相手の攻撃を止めたのだ。
「……シュドルクさん。貴方はこんなところで死んではいけない。ノイドの皆さんを迫害してきたのは人間です。僕はずっと見てきました。今更平和を謳って、ノイドを敵視する資格など無い。貴方は昔言ったじゃないですか。『いつか必ず、ノイドの誇りを取り戻す』と」
「……ハッブル……」
ハッブルはハッブルで、穿った偏見を持って生きている。だが、そこから己の意志を曲げたことはない。
シュドルクはもう何年も前から、ノイドの栄光の未来を夢見て戦いを続けてきた。
共に戦ってきたハッブルだからこそ、シュドルクに今更諦めさせるわけにはいかない。
「この野郎……無駄だぜッ!」
「ソニックと言ったね。まだ生まれたばかりで、君は何も知らない。人間が世界の上に立つこの世界のおかしさを……君は気付けていない……ッ!」
「あァッ!? 誰も世界の上になんて立ってねェよッ! 古臭ェこと言ってんじゃねェ!」
「世界のことを知らないからそう言えるんだッ!」
「おめェこそ俺らのこと何も知らねェだろうがよッ! アウラが何の為にここにいるのか……おめェは知ってんのかァ!?」
問答に意味は無い。シュドルクはそのことを理解していた。
ここにいる者どもは、皆が知性と理性を持ち、持っているからこそ、意見が違うのだ。
己のするべきことは、己がするべきだと思ったことをすることだけ。
「………………『覚醒』………………」
出来ることを公言したことはない。
九年前に〝幻影の悪魔〟を退けた時すらも、『これ』に至っていたわけではない。その時は数で攻め、袋叩きにしただけだ。
「シュドルクさん……!? ま、まさか……」
「コイツァ……ッ!」
そして、シュドルクの体から銀色の光が溢れ出す。
ハッブルの腹であるコックピットの隙間からも、その光がこぼれている。
「……これは……」
「行くぞ、ハッブル」
「……ッ! はいッ!」
ハッブルはソニックを押しのけて、立ち上がる。
そして投げ捨てた鎌とは違う、更に巨大な鎌を、体を変形させて出現させた。
「ソニック、これって……」
「ああ。ギギリーの野郎の時と同じだ……!」
シュドルクは一度目を閉じ、自分にオリジナルギアを渡したギア製造技師、レーガの言葉を思い出した。
──「良いかいシュドルクちゃん。『覚醒』に至ったノイドが古代の鉄に乗れば、その身体能力の上昇は鉄にも引き継がれる。今よりもっと強くなれるのじゃ。……なのに、どうして使わないのじゃ?」
彼女の質問は的を外れていた。
シュドルクはただ、ただ──
────戦いに、疲れていただけなのだ。
「シュドルクさん……いつの間に『覚醒』を……」
「ハッブル、我々は奴らの前に立ち塞がるだけだ。……来い。〝連合の疾風〟」
覚悟を決めたのは、彼が目の前の若い二人に対し、勝利を求めたからではない。
むしろ若い彼らの前に立ちはだかったからこそ、全てを出しきらなければならないと考えたからだ。
「……クソ……」
(……僕らは強くなった。けどそれは、『覚醒』状態のノイドを、無傷で倒すほどの強さじゃない。ここで死闘を行うわけにはいかない。僕らの敵は……彼らではないのに……!)
負けるつもりはなかったが、厳しい戦いになることは予見できた。
アウラは歯を噛み締め、目の前の障壁を突破する手段を模索する。
しかし──。
「「デスサイズロット」」
強烈な鎌の一撃は、空気を切り裂き斬撃となって飛んでくる。
「ッ!?」
アウラは瞬時にソニックを動かしてその攻撃を避けるが、その威力は凄まじい。
背後にあった巨大な岩々が、全て跡形もなく破壊されたのだ。
飛ぶ斬撃の所為で巻き上がった土煙のおかげでまたインターバルが出来るが、警戒を緩めることは出来ない。
「凄い威力だ……」
「だが避けらんねェほどじゃねェ!」
アウラは土煙の向こう側に、仁王立ちするハッブルのシルエットを見た。
だが、そこで一瞬の違和感。いや、違和感で済む問題ではない。
土煙が少しずつ晴れると、アウラは思わず目を見開く。
晴れていく土煙の間から見えるハッブルは……
────コックピットが、開いている。
「背中がガラ空きだ」
ソニックの背を、シュドルクが単体で狙っていた。
ノイドは鉄に乗らなくとも戦える。そんな簡単な事実を、未熟なアウラは失念してしまったのだ。
「しまっ──」
『覚醒』状態のノイドの一撃を食らえば、ただでは済まない。
アウラは自身の戦闘経験の少なさを嘆く暇もなく、シュドルクの鎌と化した右腕を避けることができずに──
その鎌は──────『鋏』と衝突した。
「な……ッ!?」
ソニックが驚きを見せている中、シュドルクは眉をひそめて距離を取る。
こんなことをする意味が、『彼』にはないはずなのだ。
「サザン・ハーンズ……ッ!」




