『帝国本土最終戦』②
◇ 界機暦三〇三一年 七月二十六日 ◇
◇ 午後十時十分 ◇
■ ノイド帝国 郭岳省 ■
御影・ショウとピースメイカーが対峙することになるのは、六戦機のエヴリン・レイスターだけではなかった。
巨大な鋏を持つ、茶髪に砂色のバンダナを首に巻いたノイド──サザン・ハーンズは、地上から彼らに声を掛ける。
「……〝顎鋏〟……」
「サザン・ハーンズだ。挟んでおけ……貴様の魂にッ!」
そのままジェット・ギアで飛び上がり、攻撃を仕掛ける。
「サザンさんッ!」
エヴリンの制止は遅く、ショウはサザンよりも先に攻撃の枝を伸ばす。
ピースメイカーの固有能力であるオリーブブランチは、当たるだけでエネルギーを奪われる、危険な無数の枝を操る能力。
サザンはその枝の隙間を上手く掻い潜り、ピースメイカーに接近する。
「シザー……」
「防御態勢」
ピースメイカーは、瞬時に枝をグルグル巻きにして盾を作り出す。
「チッ……」
それを見てサザンは、振り被った右腕という名の鋏の勢いを殺し、また距離を取る。
攻撃の枝は避けなければならず、防御の枝に触れるわけにもいかない。
途轍もなく戦いづらい相手だ。
「……キィー……」
「サザンさん! どうして貴方がここに……!? 元帥直下精鋭部隊の貴方がここにいては……」
集中を乱されたサザンは、仕方なくエヴリンの問いに答える。
「……元帥を守れない……か?」
「……」
「守る相手は、私が選ぶ。私の行動を決めるのは、私自身だ」
「……サザンさん……」
この戦場で、最も危険な存在はこの御影・ショウとピースメイカー。
サザンは前線の味方を守るためだけに、また一人出動していたのだ。
「……残念ですが、貴方如きでは相手にならない。他の場所へ行くべきですよ。その方が……守れる数は増やせる」
「慈悲深い配慮、痛み入る。だが私は……何ものにも縛られるつもりはない。そして……貴様に敗北する自身の姿を、全く想像することが出来ない」
「……嘘ばかり……」
ピースメイカーは、再び枝による攻撃をするために構えを見せる。
同時にサザンとエヴリンも戦闘を始めようとした──────その時。
「……君か? N・Nを倒したのは」
その声の主は、彼らよりも遥か上空から、まるでこちらを見下すように現れた、
見えるのは、藍鉄色の巨大な鉄。
首には黒い布を巻き、邪悪な顔面に、触れたもの全てを傷つけるような鋭利な装甲をしている。
「……N・N……?」
声の主がその鉄なのかは分からない。だが、その言葉の中に出て来た人物の名は知っている。
サザンは、自身の命を狙ってきた『口傷のノイドの男』を思い出す。
「…………ゼロ…………」
ショウの呟きを聞いても、サザンにはすぐにその人物のことを思い出せない。
そしてわざわざ、『彼』は鉄のコックピットを開けて姿を晒す──
「初めまして。〝顎鋏〟サザン・ハーンズ。それに六戦機、エヴリン・レイスター」
右目を長い白髪で隠した、どこか不気味な人間の男。
その姿を見て、サザンとエヴリンは正体を思い出す。と、同時に、この戦場にこの男がいる意味が分からず、困惑させられた。
「……馬鹿な……」
「何故ここにいるんですか? ゼロ」
「記念すべき日だ。いてもたってもいられなくてね」
「……」
ショウはゼロの最終目的を知っている。彼を乗せるピースメイカーもそうだ。
分かっていながら、今の彼らに動揺はない。
「……国際貿易……事務局長……? ど、どうしてこんなところに……」
「……」
(噂は聞いたことがある。連合軍のスナイプ・ヴァルト総司令は……裏でこの男と繋がっていると……。だがその噂は……この男が身分不詳の存在だったからこそ生まれた、陰謀論だと思っていた……。しかし……)
サザンは嫌な予感を抱いていた。
戦争屋の正体がこの男である可能性を、一度も思い浮かべなかったわけではない。
しかし、だとしても、この戦場に姿を現す意味が、全く分からない。
「……どうだった? 私の右腕は」
ゼロは知り合いに話しかけるように、サザンに尋ねてきた。
「……貴様は何者だ? 何故この場にいる? 何故N・Nのことを知っている? 貴様は一体……」
「おかしいな。質問をしたつもりだったが……違ったのか? 私は今、何を言ったのだろう」
「その鉄は何だ? 連合の国際貿易事務局長が、何故帝国の領土にいる?」
「世界を解れさせるためだ」
サザンはそれを聞いて、N・Nの言葉を思い出す。
──「独断専行をした俺を、『あの方』は果たして許すのか、どうか……」
彼が言った『あの方』とは、目の前のこの男のことなのかもしれない。
いや、N・Nのことを知っているのだから、そうとしか考えられない。
「………………元帥と通じていたのは、貴様か……?」
「そうだ」
あっさりと、サザンがずっと知りたかった真実を、彼は放り捨てる。
右腕の鋏の震えが、収まることを知らない。
「……え? な、何の話をしているんですか……? サザンさん……?」
「貴様は……貴様はッ! 己の立場の為に、戦争を激化させた張本人だッ! 要らない戦いを増やして、生まれるはずのない犠牲者を……死体の山を築き上げたッ! 違うか!?」
「違うね」
激昂するサザンに、困惑の解けないエヴリン。そして沈黙を続けるショウとピースメイカー。
彼らの前で、この男だけが、何の感情も見せようとしない。いや……見せないのではなく、持っていないのだ。
「何だと……!?」
「立場などどうでもいい。総司令も元帥も、利用させてもらっただけだ。無論、私自身すらも。全てはただ……世界を解れさせるために」
「何を言っている……? 貴様は……何を言っている……?」
「……伝わるように言おうか? 私は何も、得をするために連合と帝国を操作していたわけではない。ただ、この世界を終わらせるために、双方の資源を一ヶ所に集めたかっただけだ」
「世界を……終わらせる……? どういう…………どういう……意味だ……?」
「おかしいな。君は聡明だと窺っていたのだが……。ハッキリ言った方が良いのかな? つまりだね……」
わざわざ言葉を選んでいる。まるで、子どもに言い聞かせるかのように。まるで、自分の方が合理であるかのように。
「世界を破壊し、消すのだよ。ノイド・ギアという兵器を利用して」
「「!?」」
そんな思想は、サザンとエヴリンには決して理解できない。
完全に考慮の外にあった不合理な男の言葉の所為で、最早返す言葉も思いつかない。
「しかし分からないな。戦争を裏で操っていたことを、君に責められる謂れはないんじゃないか? それとも君は平和主義者だったのか? 違うだろう。君は、軍の医療施設で妹を延命させるために、仕方なく軍人になっただけのはずだ」
「え……」
サザンの事情を知らなかったエヴリンは、ここで『知らなかった』ことを後悔させられる。
だが、そんな暇を与えないのが、ゼロという男。
「まあいい。さて……カワード。やってしまえ」
「御意に」
『カワード』と呼ばれたゼロの乗る鉄は、右と左の手の平を向かい合わせる。
すると、その手の間に光が生み出される。まるで、空気中のエネルギーを全て奪い取っているかのように。
「な……」
その光は、一瞬にして巨大になり、辺りを一気に照らし出す。
そして──
「アミターバ」
光に溢れた巨大なエネルギーの塊を、そのまま放出する。
強大過ぎて、そのエネルギーの塊は、カワードの目の前に広がる荒野を、数キロメートルにわたって飲み込んだ。
何もかもが一気に破壊され、土煙が夥しく舞い上がる。
やがて煙が晴れ始めると、出てくるのは抉れた大地だけだ。
「……これが……ゼロ、貴方の……」
ショウは額に汗を垂らしていた。既に、サザンとエヴリンの姿は見えなくなっている。
上手く避けたのか、それとも消し炭になったのか。直撃までに隙はあったので、恐らく前者だろうが、それでも掠りもせずにというのはあり得ないだろう。
そして掠っただけでももう、無事で済むとは思えない、
「……やり過ぎだ。これでは当たったかどうか分からない」
「……申し訳ありません」
「まあいい。どうせ……もう遅い」
カワードはそこで方向転換をした。ここに来た目的は、もしかしたら本当に浮足立っていただけなのかもしれない。
「どこへ?」
「どこにも行く気はないよ。ただ、上空から様子を見させてもらう。君は……まあ、好きなようにすればいい」
「貴方の望む通りに動くとは限らないですよ?」
「だが、私の望む通りに全ては繋がる。解れるように……決まっている」
ショウは恐らく、ゼロの想像通りには動かない。
彼の抱く絶望は、怒りの感情によって生み出された絶望だ。
何の感情もなく、ただ破滅を望むゼロとはまるで違う。
「……分かっていない……」
そしてショウは、ピースメイカーと共にどこかへと向かっていった。




