『帝国本土最終戦』
◇ 界機暦三〇三一年 七月二十六日 ◇
◇ 午後九時四十一分 ◇
■ ノイド帝国 郭岳省 ■
郭岳省が帝国における鉄壁都市と呼ばれている原因は、『千里塚』という名の、北から南に続く広大な壁にあった。
壁そのものが障壁というわけではない。各所に設置されている誘導弾システムこそが、連合軍を首都に寄せ付けない脅威として君臨しているのだ。
戦闘機も鉄紛も、いとも容易く撃ち落とされる。本物の鉄ですら、無傷で突破することは出来ないと考えられていた。
それ故連合軍はずっと郭岳省の攻略に消極的だったが、本日ついにその重い腰を上げることになる。
「さァて……始まってんなァッ! アウラッ!」
ソニックはいつものように、音速に近い速さで空を駆ける。
中にいるアウラは、もうその速さに完全に慣れきっていた。
「……ああ。けど……なるほど。連合軍が消極的だった理由が、『あの現状』を見ればすぐに分かる」
今回の連合軍の作戦は、誘導弾システムの発動を見越した、完全な飽和攻撃戦術。
要するに、前衛の大多数である鉄部隊に壁の破壊を任せて誘導弾を使い切らせ、その後に後衛の永代の七子が少数精鋭で壁の向こうへ侵攻するという、シンプルだが堅実な作戦だ。
当然だが、前衛部隊の犠牲が多大になることを完全に全軍が理解して行っている。
そして交戦開始から既に五時間。鉄部隊の損害は甚大ではない。
前衛を務める多くの鉄部隊の操縦者たちは、永代の七子と後衛部隊に全てを懸け、その命を投げ出しているのだ。
鉄紛はまた量産することは出来る。それに乗る人も、集めるのは困難ではない。だが、失った者は二度と戻ってこない。
誘導弾を食らい、爆散していく鉄紛の数々を見つめ、アウラは歯を噛み締めていた。
「……どうかしてる。こんな作戦は……どうかしてる。あの人達の犠牲を全員が予見して、誰もそれを拒まない。どうかしてるよ……」
「アイツらはみんな、戦争を終わらせるために自ら死地に突っ込んだんだッ! アウラッ! 俺らのことを信じてなァ!」
「……郭岳省を突破して、永代の七子が首都を制圧すれば、それで連合軍は勝利だ。でも、こんなやり方を急いで行う必要は……無かったはずなんだ……!」
「だが行かねェわけにゃァいかねェ! そうだろ!?」
「……ソニック。僕の話を聞いてくれ」
「あん? 何の話だ?」
「世界を終わらせないための、作戦の話だよ」
*
アウラはXに頼まれた作戦を、ソニックに包み隠さず話した。
それを聞いたソニックの選択は、初めから決まっている。
「……分かったぜアウラッ! だが解せねェ。あのゼロって男が……マジでそんなイカレた思想を持ってんのか!?」
「僕らに反戦軍を狙わせたのは、元を辿ればあの男の指示でもあったらしい。エルドラド列島を襲った者の中には、ゼロの息のかかった者がいた可能性があるとXは言っていた。少なくとも、裏のある男であるのは間違いない」
「あのクソマスクの言ってること信じんのか?」
「いずれにしろ僕の目的は一つだ。このまま首都に向かい────皇帝を人質に取る」
それが、Xの言った作戦の内容だ。
「アウラ……」
「帝国には降伏を求める。戦争はそれで終わらせられる。そして、軍人でもない皇帝を危険に晒すような真似をすれば、僕らと僕らを擁する連合軍は、連合自身が定めた国際軍事法に違反するとして、帝国の民衆だけでなく世界中から非難されることになる。その状態になれば、連合が帝国を占領することは出来なくなる」
「おめェ……」
「ゼロがどのような存在であっても、帝国の実権を連合が握れなければ、さっき言った最悪の兵器が彼の手に渡ることはないんだよ。戦争も終わらせられるのなら、最良の選択だ」
「……」
「…………ソニックは、どうしたい?」
今になってこの話をしたのは、ソニックを焦らせて拒絶しにくくさせる意図があったのかもしれない。
だが、意外にもソニックは冷静だった。彼は何も、迷ってなどいない。
「……水臭ェじゃねェか」
「え?」
「俺が……俺が、おめェに力を貸さないとでも思ってんのか!? 水臭ェじゃねェかよッ! 良いじゃねェか! 人質にしちまおう! 帝国の皇帝様をよォ!」
「……ソニック……!」
「シッシッシッ! 全部終わったらおめェ、俺たちゃ英雄扱いと同時にクソ野郎扱いだぜ!? 楽しみだなァ!」
「ああ……楽しみにするんだ! 世界を継続させて!」
そして、ソニックは音速で進み始める。
当初の作戦の前半部分の予定通り、鉄紛たちの犠牲によって切り開かれた、破壊された壁の穴を抜けるのだ。
当初の作戦の後半部分の予定を、無視するために──
「さァアウラッ! ここは一体どこなんだァ!?」
「見れば分かるさ! ここは空! 僕らは風だ!」
「だったら天気は俺らのもんだ! 日暮れも気軽に乗りこなせるッ!」
「夜になったら!?」
「夜風が吹くッ!」
「雨が降ったら!?」
「雨風が吹くッ!」
「僕らが通れば!?」
「そよ風が吹くッ!」
「目標、首都・央帝省!」
「皇帝陛下を人質にッ!」
「誰も殺さず!」
「当然死なず!」
「「これより作戦を遂行するッ!」」
*
砂色のバンダナを首に巻いたノイドが、どこかへ向かっている。
「キィー……」
それはさておき、永代の七子は各地から壁を突破し始めていた。
そして帝国軍側は、端から永代の七子を数で相手するつもりはない。
連合軍側の攻め手を読み、最初から永代の七子が現れる位置を予測していた。
強大な『個』の相手をするのは、やはり、強大な『個』。
「……また、お会いしましたね」
幽葉・ラウグレーと鉄・クロロの前に立ち塞がったのは、顎髭に巨漢の六戦機、ガラン・アルバイン。
「……壁を破って出て来たのは、お前たちだけか? 子どもに首都攻略を任せる腹積もりか……」
「ど、どどどうしよう……。この人攻撃が効かないし……」
「戦う必要ないよ、クロロ。日が落ちれば……世界は影で包まれる」
真っ黒な装甲を持つ鉄・クロロの固有能力は、ガランも既に理解している。
影の中を移動されたら、首都に接近するまで手を出すことが出来ない。
「……ダイヤモンドダスト……」
「「!?」」
いつでも逃げられる余裕が、ガランの接近を許した。
攻撃される前に振り払うことくらいは出来る。だが、ガランがやろうとしている『それ』は、攻撃ではなかった。
「何……」
ガランの手に触れられたクロロの体が、鉄から別の『何か』へと変貌を始める。
それは、光り輝くダイヤモンドのような姿。
いや……それそのものだ。
「何!? 何!? 幽葉ァ! 僕の体が……ッ!」
「嘘……」
光を発するその体の所為で、クロロの周囲だけが影を失う。
「重い……! 何だよこれ……ッ!」
「ダイヤモンド……!? 全身が光って……影の中に入れない……」
そしてガランは、静かにクロロの正面に立つ。
「……私のダイヤモンド・ギアは、あらゆるものをダイヤモンドのような状態に変貌させることが出来る、オーバートップギア。特殊な状態になるだけで、死にはしない。ただ……光り輝く頑丈な重い体に、変わるだけだ」
「……ッ!」
これではクロロの固有能力・シャドウムーブを使うことは出来ない。
それどころか、体が重くなって身動きを取ることすら困難。一方のガランはそのまま、自身の腕をダイヤモンドに変化させる。
「硬さは私自身の方が上。殴り合えばお前は砕かれる。……どうする? 永代の七子」
「どうもこうも……」
出来ることは一つしかない。ただひたすらに、最善を尽くすのみ。
「「『超同期』」」
もしかしたら、『完全同化』で体を強制的に肉体に変貌させれば、勝機はあるのかもしれない。
だが、それは最善の手ではない。今出来るのは、『超同期』だけ。
「……そうか」
ガランは何を期待していたのか、そこで目線を下げた。
「ゆ、幽葉ァ……。こ、怖いよ……。僕も……僕もレッド・レッドや、ブローケンみたいに……」
「……大丈夫。『完全同化』は使わない。これで駄目だったら…………逃げよっか」
「……幽葉……」
まだ、今すぐに逃げるわけにはいかない。
共に戦っている仲間が、同じ戦場にいる。彼らを裏切るような真似は出来ない。
自分に出来ることをこなして、万事を尽くす。それだけしか、彼女には出来ないのだ。
そんな彼女とクロロを見つめ、ガランは眩しい所為ではなく虚しさを覚えて目を細める。
(……ここは深い闇の中……。人間もノイドも鉄も、老若男女全てが選択を迫られる……。……お前は……お前たちは、どう選択した……? サザン…………エルシー……)
*
巨大な『鋏』を持つノイドが、空を駆けている。
「キィー……!」
そんな男の存在に気付かぬまま、永代の七子のデンボクとその鉄であるマスクド・マッスラーは、目の前の敵との戦い方を探る。
一部を破壊された千里塚の上にいる、貴族服を着た老人の六戦機、ヴェルイン・ノイマンだ。
「攻撃しないのか!? ヴェルイン・ノイマン!」
筋肉のような形状の装甲を動かして、レスラーマスクの下からマスクドは声を荒らげる。だが、彼らはまだ壁の向こうに行けていない。
追尾性能のミサイルを放つミサイル・ギアを持つヴェルインをどうにかしない限り、この周囲の者どもは絶対に壁を超すことが出来ないのだ。
一人で誘導弾システムの代わりを担う彼は、既に相当数の鉄紛を葬っている。
だが何故か、デンボクとマスクドが現れるや否や、一瞬攻撃の手を止めた。
もっとも、周囲の脅威となる敵が、既に彼らしかいなくなったからではあるが。
「……吾輩の役目は、この壁を突破させんことである。しかし、南北に広がるこの『千里塚』の防衛を、吾輩一人でこなすことは不可能。数で攻められれば、突破は必然。だが……何故なのだ? 何故、多くの鉄紛を犠牲にすることを前提に、強行的な手段を取ったのだ?」
「……面倒な話は嫌いだ。小生は、小難しい上の判断を理解することは出来ない」
「……来るのなら、そちらから来るが良い。吾輩はそれを、撃ち落とすだけである」
「……」
デンボクは困らされていた。飛べば撃ち落とされるのは必然。しかし、この辺りの鉄紛は、全てヴェルインによって落とされてしまった。
だから仕方なくデンボクは出て来たのだが、彼はこうなった意味を理解している。
(……こちら側の鉄部隊は、全て囮か……。死ぬことを前提にした、ヴェルイン・ノイマンの足止めをするだけの役割……。……面倒だ。小生とマスクド・マッスラーも囮に過ぎない。ピースメイカーかソニック、αのいずれかが首都に辿り着けば、それで終わらせられる。……死を前にすると……こんなにも恐ろしいのだな。……ライド……レッド・レッド……)
「いくぞッ! せめて目立とうぜ! デンボク!」
「……面倒な」
マスクドは、デンボクがどちらかと言えば重苦しい性格なのを理解していた。
だからこそ、ずっと明るい態度を取る。せめて、彼の気を紛らわせられるようにと願って。
「……吾輩のミサイルに、装弾数の概念は無い。無限に撃ち続けられるのだぞ……分かっておるのか!? 少年ッ!」
歯痒い思いをミサイルに乗せ、ヴェルインはあらぬ方向にそれを飛ばしてみせる──
*
空を駆け続ける『鋏』のノイドに、やはり誰も気付かない。
「キィー……ッ!」
ただある一帯は、全体が霧に覆われている所為で、空を見ることがまず出来ない。
そんな霧の中で、弾丸が飛び続けている。その全てが戦闘中のノイド一体一体に、確実に命中する。
向かってくる方向も分からなければ、避けることも叶わない。一方的な戦場だ。
「……灰蝋。私は……」
メイシン・ナユラは、胸に起伏のある桃色の装甲を持つ鉄・霧の固有能力であるミストエリアを使って、周辺一帯を霧で包んでいた。
すぐ傍にいる、両肩に巨大な銃を背負い、体を布で覆う鉄・αとその搭乗者・灰蝋をサポートするためだ。
ただ、それだけしかしていないことに、罪悪感を持ち始めていた。
「問題無い。戦うのは俺だけで十分だ」
「私も、だが」
「お前は俺の意志に任せて動けばいい。α」
「……焦ってるね? 灰蝋」
「……黙れ」
「不安なんだ。スカムが消えて、貴方を認めてくれる者はもう誰もいない」
「黙れ」
「マリアの劣化で、御影・ショウとアウラ・エイドレスにも劣るかもしれない」
「黙れと言ってる」
「貴方は自分の存在意義が分からない」
「黙れッ!」
「……不安がることはないよ。私は、貴方のことを見ている」
灰蝋は、唇を噛んで血を流していた。
彼とαの会話を、近くにいたメイシンと霧は耳にしていた。
メイシンも彼と同じ。自分の存在意義を証明する方法が分からなくなっている。
このまま戦って、勝利すれば、その先に何かを得ることがあるのか。何も分からず、足掻いている。
「……調子が悪いですね。何かありましたか? メイシン」
「……何も無いよ。私も……彼も」
霧の中に迷う二人は、それでも戦いを優位に進めていた。
既に二体の鉄は千里塚を超えた先で、ノイドの軍隊を圧倒している。
だが、そのまま勝利まで一直線かと言えば、そうはならない──
「なるほど。やるねぇ、化け物」
霧の中から、確かにこちらに向けて喋る人影が一つ。
荒れた台地の上に立つ、長身で爪が長い、醜悪な見た目に深緑色のコートを着たノイド。
「…………ギギリー・ジラチダヌ…………」
灰蝋はそのシルエットから、ノイドの男の正体をすぐに看破した。
「ろ、六戦機……」
メイシンはまだ、六戦機と戦える自信が無い。
一応二対一の状況ではあるが、アウラとソニックを倒したというその六戦機を前に、不安を抱いていた。
「……まあ、ちょっと良いかね? 折角だから、面白い話でも聞かせようじゃないか。ねぇ、失敗作の人造人間くん……?」
「……ッ!」
ギギリーは、明確に灰蝋のことを指して笑みを浮かべていた。
彼の真意は、霧の中では読み取れない。
*
壁の向こう側に広がる荒野。その上空を進むのは所々錆が見え隠れするマントの鉄・ピースメイカー。
そしてその前に立ち塞がるのは、赤いドレスのような衣服に両目の周りと間だけを隠す仮面を付けた女の六戦機、エヴリン・レイスター。
「……どいてくれませんか?」
「どくわけにはいきません」
ピースメイカーを操るショウはそこで溜息を吐き、彼女を排除することに決める。
だが、その時──
「また会ったな。平和主義者」




