『prequel:世界』
◇ 界機暦三〇三一年 七月二十五日 ◇
■ 国家連合軍総司令部 特別少年寮 ■
アウラの住む寮は、司令部の中に存在している。
階ごとに一部屋で、残念ながら永代の七子同士は離れて暮らしているが、生活に難はない。
扉を開けて部屋から出ると、アウラはそこで嫌な顔と向かい合う。
「……X……」
フードにバッテン印の仮面の男。アウラをここに連れて来た元凶、X=MASKだ。
「どうも」
「……僕は何も、問題を起こした覚えはないよ」
「嫌ですねぇ。私が説教をしに来たとでも?」
「違うなら嫌がらせだ。他にアンタがやることなんてないだろ?」
「……そうかもしれませんねぇ……」
嫌味で返すのでなく素直に聞き入れるXに、アウラは若干違和感を持った。
「用がないなら──」
「用はあります。どちらかと言えば……そう。嫌がらせの用事がね」
「……はぁ?」
アウラがスタスタと歩き出すと、Xは寸分違わない歩幅で付いて来る。
「付いて来てください。アウラ・エイドレス」
「いや、普通に嫌だけど」
「……明日の作戦の前に、貴方に見せておきたいものがある」
「だから嫌だって──」
「本当の敵を教えましょう」
そこで、アウラは思わず歩みを止めた。
戦争の裏で誰かが暗躍している可能性を見ていたアウラにとって、気にならない方が無理という話。アウラはキッとXを睨み付けた。
「……案内しろ」
*
◇界機暦三〇三一年 七月十日 ◇
■ ヒレズマ共和国 モトルア州 ■
ヒレズマ最南端の都市、モトルア州の更に最南端。そのとある海岸で、大きな戦艦が無許可で泊まっていた。
その戦艦の名は、ディープマダー。『反戦軍』という、民間武装組織の船だ。
「……解散……って、言ったよな? 俺」
甲板の上で溜息を吐く、青髪の青年。グレン・ブレイクローだ。
静かな夜の中、彼の周りには、彼が集めた仲間たちがいた。
「言ったな」
「言ってたわ」
そう言って頷くのは、ユウキ・ストリンガーとアカネ・リント。
彼らだけではない。反戦軍の全員がここにいた。
「……じゃあ何で、みんなここにいんだよ」
「行くとこねェからなァ! そうだろバラッ!」
「当たりめェだクソがッ! こちとら戦うしか能のねェ穀潰しだぜ!?」
「……探せよ仕事」
グレンは呆れて頭を掻きながら、夜空を見上げた。
反戦軍の解散を告げたのは、もう一週間前のことになる。
しかし、国家連合がある一つの声明を出したことで、彼らはここにまた集まった。
中でも子どもでありながらまだ戦うつもりでいるカイン・サーキュラスは、自分の腕を握るマリアの手の温もりを感じながら、強く拳を握り締める。
「……俺は、あの研究者の男を殺したよ。もちろん後悔はない。……けれど、平和や正義を掲げることはもう出来ない。俺はただ……最後に挨拶しに来たかっただけなんだ」
「奇遇だなァカインッ! 俺と同じだッ! 俺もそうさグレンッ! 俺は最後まで貫き通すッ! 俺の選択をなァ!」
ユウキやカインの背後から、ブレイヴとトルクが巨体を動かす音が聞こえる。
船の傍には鉄の彼らもいる。これから戦いに向かうにあたり、彼らも挨拶を告げに来たのだ。
「グレン、大丈夫。反戦軍の名前は出さないから」
「あのなァユーリ。ユウキは名前も顔も割れてるわけで……」
「まあ、ユウキがヘイトを買う分には良いでしょ」
「ハハッ! そうだな相棒ッ!」
「ったく……」
何人かは勝手に行動を起こす気でいる。
既に『反戦軍』という看板を下ろした今、せめて顔と名前の割れてない者は、世間に出ないように暮らすべきだ。
しかし、誰もここで終わる気はない。
「……記事になってたねぇ。『帝国本土最終戦』……だとさ。連合は、ここで全てを終わらせるつもりでいる。けども帝国は、戦う意志を崩さない……」
「キクさん。帝国の首都が落ちたら、占領は免れないわ。そうでなくとも、帝国軍の五割以上の戦力が失われたら……もう、帝国は連合に逆らえない。最悪なのは、帝国軍の研究機関が、連合の手に渡ること……」
「のの、ノイド・ギアが完成していたら……ま、まずいことになっちゃいますよ……」
「完成しているから連合は重い腰を上げたんだろう。なァザクロ」
「アイシンクソ―。ツツジ」
「……そうだ。だが、俺達に何が出来る? みんな一体……どうする気だってんよ?」
グレンが尋ねると、ユーリはフッと笑った。
初めから、グレンもその答えが分かっていると理解していたのだ。
「両軍が主力を失えば、戦いを継続することは出来ない。痛み分けで終わらせる。六戦機と永代の七子が全員戦えなくなれば……どちらも引き下がるはずだよ」
「それを可能にする戦力は?」
「ここに!」
「俺達がいる! ……でしょ? 兄貴」
ユウキとブレイヴのペア。そして、カイン、マリア、トルクの三人組。
彼らは六戦機や永代の七子を上回る実力を発揮できる、強大な戦力になり得る。
「……そんで? ノイド帝国郭岳省での戦いを止めるってことは、それは戦争の継続を意味するんだぜ? 違うかってんよ、ユーリ」
「その通り。種族間戦争を止めて、世界を終わらせるか。それとも、種族間戦争を続けて、世界を終わらせないか。私はもう、その二択しか残されてないと思ってる。……ゼロが動いている以上は」
「……帝国軍研究機関の動向に関する情報は、嫌でも入ってる。ゼロが連合軍の総司令官と繋がってるのも……もう、公になり始めてる情報だ」
「専門家ですら、ニュークリア・ギアを超える爆弾としてノイド・ギアの可能性を考慮している。ゼロと総司令官との関係もみんなが知っている。でも、そこから先は知られていない。そこから先は、私達だけが知っている事実……。ゼロはこの戦争の後に総司令官の立場を貰い、帝国占領における最高権力者になろうと目論んでいるはず。ノイド・ギアを手中に収め、それを世界に解き放つために……!」
世界では様々な憶測と共に戦争のニュースが広がっている。
どれだけ隠れて暗躍しても、ゼロの能力の危険性は知れ渡っている。
ゼロは戦争の黒幕で、帝国に勝利を収めることで、連合のトップの座を狙っているなどという噂もある。
中にはゼロは差別主義者で、ノイドを世界から殲滅する気だなどという陰謀論もある。
それでも、ゼロが世界を滅ぼす気でいるなどという荒唐無稽な論調のニュースは、一つたりとも存在しない。
何かを欲しているだけならば、合理性はある。金に権力、ヒトに誇り。それを欲すのなら、理解は出来る。
だが、誰も彼も、この男が全てを葬ろうとしているなどとは考えられない。そんな馬鹿げた可能性を考える者はいない。
だが、実際に彼は本当に、世界を滅ぼすつもりでいるのだ──
「……俺は、種族間戦争を止めるために、反戦軍を立ち上げた。でも、その戦争すらも利用して、世界を消そうと企んでる奴がいる。……強大過ぎる敵を前に、俺に出来ることは何も無いってんよ。……俺は……力を持つ、お前らが羨ましい」
グレンは少しだけ悲しげな表情で、ユウキとカインの方を見つめた。
「……行ってこいてんよ。俺は、俺だけに出来ることを……探すことにするぜ。必死にな」
「それが良い! なァオイッ! グレンッ! 紡いで持ってくぜ! お前の全てッ!」
「……ああ!」
そして、ここにいるうちの数人は、これから数日後に帝国へと向かうことになる。
最早戦いを止めるため、終わらせるためとは言い切れない。
だが、反戦軍は既に解散した。彼らの目的はただ一つ。
世界の綻びを、解れる前に、結び直すことだ。




