『side:永代の七子(エターナルセブン)』
◇ 界機暦三〇三一年 七月十八日 ◇
■ 国家連合軍総司令部 ■
メイシン・ナユラは、物心がつく前に軍に引き取られた。
生まれつき連合の鉄乗りとして適性があり、『超同期』に至る才能があると言われて、X=MASKに連れて来られた。
だから相談する相手は誰もいない。頼れる大人も、悩みを分かち合う友人もいない。
自身の抱いた『恋心』を発展させる手段を知らない彼女は、自ら霧の中に囚われる。
「……アウラ……エイドレス……。アウラ……エイドレス……。アウラ……アウラ……」
そう呟きながら廊下を歩いていると、道行く大人たちに怪訝な目を向けられる。
「どうしたんだあの子……」
「戦いに疲れてるんだろ。そっとしておけ」
連合軍の者達からすれば、永代の七子は最高戦力であり、軍における最重要人物。
メイシンのことを気に掛ける一方で、年も離れすぎている所為で近寄りがたいと思われていた。
「ナユラさん」
ブツブツとひたすらに彼の名前を呟くだけの彼女の前に、幽葉・ラウグレーが現れる。
年の割にどこか色気を漂わせながら、妖艶な所作を入れてメイシンに近寄って来た。
「エイドレス君のこと……考えてた?」
「……! わ、私は……べ、別に……」
「進展がなくて……困ってる。そうでしょ? ナユラさん」
「……ッ」
「良い事教えてあげる」
黒く艶やかな髪をかき上げながら、幽葉はメイシンの耳元に、そっと囁く。
「一緒にいる時間が、仲を深める」
それだけ言って、幽葉はスキップをして先に進む。
「そんなもの。男の子と、女の子は」
メイシンは彼女の声に若干ビクッとしたため、耳を抑えながら彼女を見送った。
どうやら幽葉は味方をしてくれている。それでもメイシンはその理由が分からず、感謝という感情もよく分からない。
何もかもがまだまだ子どもの彼女は、幽葉のおかげで取り敢えず、『誰かにアドバイスを貰う』ことが進展に繋がるのではと、本能で感じ取った。
*
■ 連合軍第一特殊鉄格納庫 ■
メイシンが関わりを持つ相手は主に、自分の乗る鉄・霧と、永代の七子のメンバー、それに自分に指示をする指揮官、ステイト・アルハンドーラ中将だけだ。
だから彼女は、取り敢えず接触しやすい永代の七子の一人である老け顔でガタイの良い少年、デンボクのもとを訪ねる。
そこには彼の鉄であるマスクド・マッスラーの姿もあった。
「……アウラのことを聞きたいと? 小生にか?」
「ダッハッハ! 厳しい相談だなッ! 俺らはアイツのこと何も知らんぞ!」
「……やっぱりそっか……」
落ち込むメイシンを見て、デンボクはすぐに彼女が来た理由を理解する。
ただ、彼は幽葉と違って浮ついた話が苦手だ。困ってしまった彼は、とにかく悩み果てて目を逸らす。
「……アウラのことなら、ショウが一番詳しいだろう。奴に聞くべきだ」
「それは……」
クリシュナでの戦いから一ヶ月、メイシンはショウに近付くことが出来なかった。
いや、彼女だけではない。誰も彼に近付けなかったのだ。
だからデンボクはすぐに、そのアドバイスが無意味だと気付く。
「……いや。本人に聞くのが一番良い。幽葉は一緒にいれば自然と仲良くなれると言っていたのだろう? 小生も、その意見に賛成だ」
「……分かった……」
格納庫から出ると、メイシンは鼠色の髪の少年──灰蝋とすれ違った。
彼は同じ永代の七子であり、ショウ、アウラに続いて活躍を見せている背の高い男子だ。
メイシンは、彼の傷だらけの体と鋭い目付きが苦手で、あまり話し掛けたことはない。
「残念だったな」
「え?」
「……スカム・ロウライフは消えた。強制的な『超同期』への到達実験は、もう行えない。お前だけが、『超同期』に至れないままだ」
「それは……」
ハッキリ言って、メイシンは気にもしていなかった。
だが彼女だけが、確かにまだ永代の七子の中で『超同期』に至れていない。
戦う力が、足りていない。
「……お前はもう証明できない。己の存在意義を。そして…………俺も……」
「……」
メイシンは、少しだけ灰蝋のことを知っている。
又聞きだが、彼はスカム・ロウライフという研究者によって造られた、『人造人間』という話だ。
軍は彼のことを成功作だと思っているが、スカムという男はずっと、彼のことを失敗作と言い続けていたらしい。
いなくなった研究者がどのような存在を生み出そうとしていたのかは、もう分からない。
「……だが俺は、俺の力を証明する方法を探し続ける。『マリア』になれなかった失敗作だとは……もう、誰にも言われないからな」
彼は自分の決意表明を、わざわざメイシンに聞かせてから去った。
彼女へ同情を寄せたその本心に、彼自身気付くことなく。言う必要のない独り言を述べた理由に、彼自身気付くことなく。
自分の存在を証明するために、また戦いに向かうのだ。
*
■ 連合軍第六特殊鉄格納庫 ■
アウラのもとへと向かったメイシンだったが、格納庫にいるのはソニックと、浅黒い肌の女性整備士だけだった。
「アウラ・エイドレスさんは?」
「おお! メイシン・ナユラだな!? アウラに何か用かァ!?」
「……いないの?」
「残念だけどなァ! 俺で良けりゃあ伝えとくぜ!?」
「……それじゃ意味無いんだけど……」
肩を落とすと、整備士の女性がメイシンの気持ちを察してくれた。
「彼なら、特別医療室に」
「! あ……ありがとう……ございます」
感情を理解したわけではないが、今度は礼を言えた。
吸収力の高い彼女は、凄まじい速さで成長している。前に前にと、進んでいる。
入ってきたかと思えばすぐに出ていくメイシンを見送ると、彼女の気持ちを察していないソニックは首を傾げた。
「どうしたんだ一体?」
「……色々あるんですよ。まだまだあの子たちは……子どもなんですから」
その子どもを戦わせている事実を憂いながら、整備士の女性は仕事に戻っていく。
少しでも早くこの戦いを、終わらせるために。
*
■ 国家連合軍総司令部 特別医療室 ■
アウラはいつものように、リードの見舞いに来ていた。
彼女の虚ろな目は、まだ輝きを戻さない。
「……次が……最後なの?」
アウラは先程、一週間後の作戦について彼女に伝えた。
それは、『郭岳省完全陥落作戦』という名の、本土侵攻を完遂するための作戦。
もしこの作戦が成功したら、首都に攻め込まれる可能性を考慮して、帝国は降伏せざるを得なくなるかもしれないと、連合軍側は考えていた。
慎重に慎重を期す連合軍が、とうとう重い腰を上げたのだ。
ただ、アウラはまだ何か、戦争の黒幕が動いているのではないかと考えている。
「……分からない。もしかしたら、まだ戦いは終わらないかもしれない」
「……アウラは充分戦ったよ。ショウもそうなんでしょ? なのに……まだ戦わないといけないの……?」
「……僕は、まだ止まれない。止まるわけにはいかないんだ」
リードはアウラの目を見ようとはしない。ずっと、窓の向こう側に広がる曇天の空を見ている。
「……帰って来るの? アウラもショウも……無事に帰って来てくれるの? それとも……二人とも、他のみんなみたいに…………死んじゃうの?」
否定したい気持ちは山々だったが、アウラは首を振れなかった。
希望を与えて、それを奪われる辛さを、彼女に味わってほしくなかったのだ。
「……約束はできない」
「アウラ……」
「いくら強く望んでも、覚悟を決めても、それでも前は駄目だった。運命は残酷で、現実は過酷で、どう足掻いてもどうしようもない」
「……」
「でも」
アウラは顔を上げる。彼女がこちらを見てくれなくとも、せめて自分だけは彼女に視線をぶつける。
「……必ず無事に帰って来る。それだけは、言葉にする。約束じゃない。こんなのは、僕の意志表明に過ぎない。それでも……無事に戻って来る。……戻って来たい」
「……ショウは……」
「昔のようには戻れないかもしれない。でも、僕は最後の最後まで諦めない。それだけは……覚えておいて。リード」
アウラがそう言って強く拳を握ると、リードはベッドから彼の拳に手を伸ばす。
力無くアウラの拳を握ると、リードは涙をこぼし始めた。
「……私は、アウラが好き。あの日私を救ってくれたのはアウラだから。大好きだから。だから……死なないで。アウラ」
「……僕だって、大好きだよ。リード。だからきっと……帰って来る」
*
「…………」
病室の前の廊下に、薄紫色髪に眼鏡の少女が一人、立ち尽くしていた。
メイシン・ナユラはまだ、二人の空間に入ることが出来なかったのだ。ただただ打ちひしがれ、湧き上がってくる黒い感情をしまい込む。
アウラの傍に寄ることなど出来ず、下を向いてこの場を去るしかなかった。
彼女は再び、愛してもらうことで自己を証明するという、自らの本能が起こそうとした目論見を、潰えさせてしまった。
(そっか。私はただ……好きになってほしかったんだ。誰でもいいから。誰でもいいから……私を、私のことを、見てほしかっただけなんだ……。)
先ほど灰蝋が言った言葉が、彼女の脳裏によみがえる。
──「……お前はもう証明できない。己の存在意義を」
リードとアウラの『好き』という言葉を聞いて、自分の抱く感情がどこか小さく、気持ち悪く見えてしまった。二人とは違う、別の『ナニカ』に見えてしまった。
きっかけが安っぽくとも、愛に違いはないというのに。
黒い感情の正体はなんてことはない、ただの『嫉妬』でしかないのに。
幼い彼女は、そんな簡単なことにも気付けない──
*
■ 連合軍英霊墓地 ■
ここは、連合軍の死者を弔う場所。無数にある墓碑には、多くの者の名が刻まれている。
その中の一つに、『ライド・ラル・ロード』の名もあった。
その墓碑の前にいるのは、幽葉・ラウグレー。
このオールレンジ民主国出身の者は、多くが墓参りの習慣を持っていない。記憶がある限り、死した者の魂は、常に生きている者の心の中に留めていると考える者が多いからだ。
だが、幽葉はこの国の出身ではない。永代の七子の中で、彼女だけが戦地に出て以降、毎日のようにここに訪れていた。
花などを添えるわけでも、祈りを捧げるわけでもないが、ただ死んだ者達の傍に来たかったのだ。
「……私は、貴方のことを何も知らない。ロード君。……貴方は……どんな食べ物が好きだったのかな……」
墓碑に手を置き、撫でるような所作を取る。
そこまで彼のことを知らないため、涙は出ないが、その事実が逆に虚しさを覚えさせた。
「幽葉さん」
そんな彼女のもとに、珍しい声が聞こえてくる。いや、コツン、コツンという音も共に聞こえる。
振り向くとそこには、先の尖った銀色の杖を突きながら歩く、赤みがかかった茶髪で盲目の少年の姿。
その正体は──
「……御影君」
「……ライド君の墓参りですか? ……てっきり、皆さんにはそういう習慣がないのかと思っていました」
「私は御影君と同じ、アシュラ国出身だよ。……ここには、私が戦いを始めてから毎日来てる」
「……なら、同じ文化圏で生まれたくせに、墓参りに来たことがない誰かさんの方がおかしいか」
「御影君は忙しいだけでしょ? 育ったのはクリシュナだし。それに今日、来てくれた」
「…………これが最後のつもりですよ」
「……どういうこと?」
ショウは、杖を突きながらライドの墓碑の前にやって来る。
幽葉の声で方向が分かったのか、しっかりと墓碑に自分の体を向けた。
「……彼は、分からないまま死んでいった。そして誰も……彼のことを分からない。分かろうとすらしてこなかった。他の……ここにいる全員がそうです。誰も何も分からないまま、分かってもらえないまま、死んでいった。そのことすらも……誰一人、分かっていない」
「……御影君……?」
ショウは微笑みを解かない。彼の心が、幽葉には読めない。
「……虚しいだけの無知の世界。いっそのこと全部消してしまえば……どれだけ楽か」
「何を……言っているの……?」
「……大丈夫ですよ。平和は必ず、やって来る」
幽葉は彼の微笑みの裏に、濁った闇を感じ取る。だがその理由は結局、最後まで分からなかった──




