『機密重要被検体奪還作戦』⑦
メインブリッジのグレンは、二転三転する状況をどう飲み込めばいいか分からなくなっていた。
「アイツ……あんなのありかよ……ッ!」
ここで、実は今の今まで寝ていたペンタスは、瞬時に状況を判断して大砲を動かす。
「……大砲届くけど、効かないだろうね」
「ペンタスさん! そもそも狙える素早さじゃないです!」
「いや、当てることは出来るんだけど」
「ペンタスさん!?」
しかし、このままだと死んでしまう状態のブローケンには、痛覚が無い。
ここのいるメンバーに出来ることは、何も無い。
「……ユウキさん……」
つばきがそう呟いたのを、全員が耳にしていた。
「確かに……あの人がいたら……」
「駄目です! 今それを言うのは! そして泣かないでくださいロケアさん!」
しかし、皆ありもしない希望に縋るしかない。
そんな空気になり始めると、グレンすらも彼のことを考え始めてしまう。
「ユウキ……」
「リーダー」
「分かってるよキクさん。でも、この状況をどうにかする方法は……」
*
「ユウキ……」
既に戦闘不可能な状態の鉄紛に乗るユーリも、彼の名を呟く。
「……アイツがいたら……!」
バラも彼がいないことを残念がりながら、動かない機体に拳を置いた。
*
「ユウキさんさえいたら……」
「……無いものねだり~……」
「マジでコイツッ!」
「マジでコイツ相手すんのでッ!」
「マジでコイツ相手が精一杯だぜッ!」
特殊なギアを使うノイド二人と、特殊な鉄紛を操る人間三人。
それでも固有能力を発揮した『超同期』状態のマスクドが相手では苦戦必至で、彼の力を借りたくなってしまうのも仕方がない。
*
「ユウキは何してんのよ!?」
目覚めたばかりのアカネは、そもそもユウキがいないことすらまず知らない。
だから彼が来てくれることを望むのは、彼女に限っては仕方のないこと。
残念ながら、先程覚醒したばかりの彼女はまだ、『そのこと』に気付けてすらいない。
*
「クソ……先程までとは動きが違う……!」
トルクはブローケンの動きに付いて行くので精一杯だった。こちらの攻撃が当たる気配は無い。
「グァハハハハハハハハハハハハ! 終わりだッ! 鉄屑アーンドマイマリアァァァァァ!」
折角マリアの力を借りたというのに、カインはまだ届かない。
届かない自分が、腹立たしい。それでも、まだ、瞳の輝きは消えない。
「……兄貴……」
この戦場にいる、反戦軍側の全員が、ユウキ・ストリンガーのことを待っていた。
既にいないと結論付けていながら、全員がそれを受け入れられない。
全員が彼のことを望み、全員が彼のことを頭に浮かべている。
─────────────マリア以外は。
「……カイン……!」
彼女の声が、カインには聞こえている。
彼女の声だけが、カインには聞こえている。
最早自分の声すら邪魔に感じ始めている。
彼女が助けを求めたのは、彼女を最初に助けたのは、紛れもない彼自身、
守りたいと思った。助けたいと思った。そう思った理由はもう何だか分からない。
だが、そう思ったのは、自分自身。
だったら初めから。
彼女を抱き寄せた時から。
彼のやることは決まっている。
貫き通すと決めている。
「……………………………………何が兄貴だ」
ズレたハンチング帽を、回転させて被り直す。
「兄貴じゃない。他の誰でもない。俺が…………『俺が』、みんなを助けるんだァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
そして、カイン・サーキュラスは『到達』する。
「は…………はぁ? 何だ……そ、その…………何だその光はァァァァ!?」
トルクを包む光は、空色の光と錆色の光だった。
それが意味するのは、彼が『兄貴』と呼ぶ男と並んだというだけの、簡単で単純で当然の事実。
「カインッ!」
「……ッ! フッ……『覚醒』……かッ!」
「!??! 『覚醒』だとッ!? そ、そうか……あの円盤のオリジナルギア……! きさんはオリジナルギアを『極めた』んか!? 適合可能率ゼロのオリジナルギアを極めッ! 強制的に身体能力が限界まで鍛えられたことでッ! きしゃんは『覚醒』に至ったとッ!? どこまで……どこまで奇跡を起こしゃあ気が済むっちゃんッ! 一体全体何者やきしゃんはァァァ!」
マリアが助けを求めたのはカインだった。
ならば、彼女を助けるのは彼の役目。
そして驚くマリアに微笑むと、カインはどこかの誰かのように、そろそろ敵に己を示す。
「俺の名前はカイン・サーキュラスッ! お前の魂を……輪廻の向こうに吹っ飛ばす男だッ!」
予測不可能な事態を前に愕然としてしまい、やけになったスカムは軋むブローケンを操って突撃を始める。
「うああああああああああああ!」
『覚醒』に至ることが出来るのは、身体能力が限界まで鍛えられたノイドだけ。
そして、限界まで鍛えるには、適合可能率がゼロのオリジナルギアかオーバートップギアを使い込まなければならない。
確かにカインがここで『覚醒』に至ったのは『奇跡』だが、それは彼がハルカと出会い、彼女から託されたスピニング・ギアが適合した『奇跡』がそもそもの始まり。
カインの人生の全ては、『奇跡』によって成り立っている。
ならばもう、彼自身がそんな『奇跡』という、希望の体現者そのものなのかもしれない。
「「「スピニングモーメントォォォォ!」」」
投げた円盤は、ブローケンの腹にぶち当たる。丁度、スカムのいるコックピットの部分。
そして、『覚醒』によって捻出される無限の回転エネルギーが加わって──
「「「いっけェェェェェェェェェェェ!」」」
中にいるスカムは確かに間違いなく、輪廻の向こうに吹っ飛んだ。
そして、戦艦から遥か遠くに飛ばされたブローケンは海の中へと落ちていく。
避けることも防御することすらも出来ない速さで、決着はついた。
*
「……そうなったか」
幽葉はそこでクロロの動きを止め、一旦後退する。アカネたちもカインの勝利を理解した。
「やった!?」
「マジかよカインッ!」
「マジかよ凄いぜカインッ!」
「マジかよ凄すぎるぜカインッ! それにトルク!」
「カイン君たちが勝った……?」
「すっごぉ~い」
そしてデンボクは、先に言ったように帰還しようと考えた。
「……帰るしかないな。マスクド──」
「嫌だッ!」
「は?」
そしてマスクドは、勝手に動いて船の方に向かっていく。
「俺はまだ…………目立ってねェェェェェ!」
「……面倒な……」
*
そしてマスクドは、甲板に立って派手にポーズを決める。
「次はお前か? 何体でも来いッ! 俺がみんなを守るんだッ!」
当然カインは全く油断していない。このまま連戦を迎える準備も出来ていた。
「─────────よく言ったぜ。カイン」
その時、海の中から一体の鉄が現れる。
もちろん、先程沈んでいったブローケンではない。
蒼色の装甲で、首に情熱の如く赤い布を巻いたその姿は──一体しか存在しない。
「兄貴!?」
「ブレイヴ様!?」
ユウキ・ストリンガーとブレイヴが、帰って来た。
そしてユウキは、ブレイヴのコックピットを開けてその姿を晒す。
「……誰……?」
自分を知らないその真っ白な肌を持つ赤褐色の髪の少女の為に、彼は名乗る。
「波に攫われ千切れかけッ! それでも戻った糸一本ッ! 生還一条、ユウキ・ストリンガーとは俺のことだァ!」
それを、『ヘンテコな名乗り』としか思えないのは仕方がないこと。
マリアは若干困惑しているが、他の反戦軍の全員は、彼が戻って来たことで喜んでいる。
「何してたの馬鹿ユウキッ!」
「え、あ、ああ悪ィ悪ィ」
唯一彼が死にかけたことを知らないアカネは、彼に苛立ちをぶつけていた。
だが彼が来たことで、最早永代の七子たちがここに残って戦うことは出来なくなる。
「……帰るしかないだろ? マスクド・マッスラー」
「……ふぐぅ……」
既にユウキとブレイヴは『超同期』しているようで、体から光が溢れ出している。
勝機はたった今、反戦軍の方に完全に傾き、決まった。
「ユウキ……ブレイヴ……!?」
グレンはメインブリッジの中で、ユウキとブレイヴの帰還に驚いていた。
「お、オイつばきッ! どうなってんだ!? レーダーは!?」
「……」
「つばき?」
「うぇぇぇぇぇぇぇん! ユウキさぁぁぁん!」
「……お前、実はずっと気付いてたな?」
「ひぐッ! ふぐッ! は、はははい……ぶぇぇぇぇぇん!」
実はつばきは、割とかなり前から鉄の接近に気付いていた。
ただ、すぐにユウキとブレイヴの反応だと気付き、涙が止まらなくて何も言えなかった。
唯一絞り出した言葉が、先程の『……ユウキさん……』という台詞だったのだ。
「まったく……」
「これは泣いていいですよロケアさん!」
そう言うアネモネもロケアと同じく泣いていた。
「さて……じゃ、もうひと眠り。ふわぁ……」
「えっえっえ! 心配ばかりかける男だねぇまったく!」
「ふふ」
ペンタスとキク、それにアイも、彼の帰還に安堵するのだった。
*
「……ったく。無事なら無事って…………もう」
「良かったなユーリ」
「…………うるさいよ」
バラにからかわれて少しだけ気恥ずかしさを覚え、ユーリは目線を逸らす。
彼女は澄み切った青空を見つめて息を吐いた。
(……希望はある。明るい希望が。どう? 貴方には……どう見えてる? ハルカ……)
*
「お。何だ帰んのか?」
二人がここに戻って来たところで、二体の鉄は帰還を始めていた。
「戦っても勝てないもの。貴方たちは……戦いたくないんでしょ?」
「……そうだな。お前らだってそのはずだろ?」
「……」
静かにコクリと頷くが、コックピットの中ではユウキに見えないだろう。
二体を見送るブレイヴに対し、近付くのはトルク。
「追わないのですか? ブレイヴ様」
「ああ。己も追いたくはないだろう? 守るために戦っているのなら」
「……ええ」
ブレイヴは、反戦軍に力を貸しているトルクの姿を見て、大体彼の心境を察していた。
だから微笑むだけで、それ以上は何も言わない。
そうして二体の連合の鉄がいなくなると、カインはコックピットを開け、すぐにユウキと相対する。
「よ!」
「兄貴……!」
「…………どうやら、出遅れたみてェだな。けど、お前がいたから何とかなったみてェだ。…………ありがとう、カイン」
「……ああ。ああ! お帰り…………兄貴ッ!」
カインの新たな家族は、ここにいる。
マリアはまだユウキに対して若干怯えているが、すぐに慣れてしまうことだろう。
そうしたらきっと、仲良くなれる。この先には、何の不安もない。
家族と共にいられるのなら、何の不安もない。
カインはニッコリとマリアに笑いかけ、そして未来を確信する。
たとえ輪廻の向こうに行ったとしても、自分たちの未来は必ず、希望にあふれた幸福で、包まれているのだということを──




