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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
五章【何かあればすぐ】
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『機密重要被検体奪還作戦』⑦

 メインブリッジのグレンは、二転三転する状況をどう飲み込めばいいか分からなくなっていた。


「アイツ……あんなのありかよ……ッ!」


 ここで、実は今の今まで寝ていたペンタスは、瞬時に状況を判断して大砲を動かす。


「……大砲届くけど、効かないだろうね」

「ペンタスさん! そもそも狙える素早さじゃないです!」

「いや、当てることは出来るんだけど」

「ペンタスさん!?」


 しかし、このままだと死んでしまう状態のブローケンには、痛覚が無い。

 ここのいるメンバーに出来ることは、何も無い。



「……ユウキさん……」



 つばきがそう呟いたのを、全員が耳にしていた。


「確かに……あの人がいたら……」

「駄目です! 今それを言うのは! そして泣かないでくださいロケアさん!」


 しかし、皆ありもしない希望に縋るしかない。

 そんな空気になり始めると、グレンすらも彼のことを考え始めてしまう。


「ユウキ……」

「リーダー」

「分かってるよキクさん。でも、この状況をどうにかする方法は……」


     *


「ユウキ……」


 既に戦闘不可能な状態の鉄紛クロガネマガイに乗るユーリも、彼の名を呟く。


「……アイツがいたら……!」


 バラも彼がいないことを残念がりながら、動かない機体に拳を置いた。


     *


「ユウキさんさえいたら……」

「……無いものねだり~……」

「マジでコイツッ!」

「マジでコイツ相手すんのでッ!」

「マジでコイツ相手が精一杯だぜッ!」


 特殊なギアを使うノイド二人と、特殊な鉄紛クロガネマガイを操る人間三人。

 それでも固有能力を発揮した『超同期オーバーシンクロ』状態のマスクドが相手では苦戦必至で、彼の力を借りたくなってしまうのも仕方がない。


     *


「ユウキは何してんのよ!?」


 目覚めたばかりのアカネは、そもそもユウキがいないことすらまず知らない。

 だから彼が来てくれることを望むのは、彼女に限っては仕方のないこと。

 残念ながら、先程覚醒したばかりの彼女はまだ、『そのこと』に気付けてすらいない。


     *


「クソ……先程までとは動きが違う……!」


 トルクはブローケンの動きに付いて行くので精一杯だった。こちらの攻撃が当たる気配は無い。


「グァハハハハハハハハハハハハ! 終わりだッ! 鉄屑アーンドマイマリアァァァァァ!」


 折角マリアの力を借りたというのに、カインはまだ届かない。

 届かない自分が、腹立たしい。それでも、まだ、瞳の輝きは消えない。


「……兄貴……」


 この戦場にいる、反戦軍側の全員が、ユウキ・ストリンガーのことを待っていた。

 既にいないと結論付けていながら、全員がそれを受け入れられない。

 全員が彼のことを望み、全員が彼のことを頭に浮かべている。






 ─────────────マリア以外は。



「……カイン……!」


 彼女の声が、カインには聞こえている。

 彼女の声だけが、カインには聞こえている。

 最早自分の声すら邪魔に感じ始めている。

 彼女が助けを求めたのは、彼女を最初に助けたのは、紛れもない彼自身、

 守りたいと思った。助けたいと思った。そう思った理由はもう何だか分からない。

 だが、そう思ったのは、自分自身。

 だったら初めから。

 彼女を抱き寄せた時から。

 彼のやることは決まっている。

 貫き通すと決めている。




「……………………………………何が兄貴だ」




 ズレたハンチング帽を、回転させて被り直す。


「兄貴じゃない。他の誰でもない。俺が…………『俺が』、みんなを助けるんだァァァァァァァァァァァァァァァァ!」



 そして、カイン・サーキュラスは『到達』する。



「は…………はぁ? 何だ……そ、その…………何だその光はァァァァ!?」


 トルクを包む光は、空色の光と錆色の光だった。

 それが意味するのは、彼が『兄貴』と呼ぶ男と並んだというだけの、簡単で単純で当然の事実。


「カインッ!」

「……ッ! フッ……『覚醒レイズ』……かッ!」

「!??! 『覚醒レイズ』だとッ!? そ、そうか……あの円盤のオリジナルギア……! きさんはオリジナルギアを『極めた』んか!? 適合可能率ゼロのオリジナルギアを極めッ! 強制的に身体能力が限界まで鍛えられたことでッ! きしゃんは『覚醒レイズ』に至ったとッ!? どこまで……どこまで奇跡を起こしゃあ気が済むっちゃんッ! 一体全体何者やきしゃんはァァァ!」


 マリアが助けを求めたのはカインだった。

 ならば、彼女を助けるのは彼の役目。

 そして驚くマリアに微笑むと、カインはどこかの誰かのように、そろそろ敵に己を示す。



「俺の名前はカイン・サーキュラスッ! お前の魂を……輪廻の向こうに吹っ飛ばす男だッ!」



 予測不可能な事態を前に愕然としてしまい、やけになったスカムは軋むブローケンを操って突撃を始める。


「うああああああああああああ!」


 『覚醒レイズ』に至ることが出来るのは、身体能力が限界まで鍛えられたノイドだけ。

 そして、限界まで鍛えるには、適合可能率がゼロのオリジナルギアかオーバートップギアを使い込まなければならない。

 確かにカインがここで『覚醒レイズ』に至ったのは『奇跡』だが、それは彼がハルカと出会い、彼女から託されたスピニング・ギアが適合した『奇跡』がそもそもの始まり。

 カインの人生の全ては、『奇跡』によって成り立っている。

 ならばもう、彼自身がそんな『奇跡』という、希望の体現者そのものなのかもしれない。



「「「スピニングモーメントォォォォ!」」」



 投げた円盤は、ブローケンの腹にぶち当たる。丁度、スカムのいるコックピットの部分。

 そして、『覚醒レイズ』によって捻出される無限の回転エネルギーが加わって──


「「「いっけェェェェェェェェェェェ!」」」


 中にいるスカムは確かに間違いなく、輪廻の向こうに吹っ飛んだ。

 そして、戦艦から遥か遠くに飛ばされたブローケンは海の中へと落ちていく。

 避けることも防御することすらも出来ない速さで、決着はついた。


     *


「……そうなったか」


 幽葉ゆうははそこでクロロの動きを止め、一旦後退する。アカネたちもカインの勝利を理解した。


「やった!?」

「マジかよカインッ!」

「マジかよ凄いぜカインッ!」

「マジかよ凄すぎるぜカインッ! それにトルク!」

「カイン君たちが勝った……?」

「すっごぉ~い」


 そしてデンボクは、先に言ったように帰還しようと考えた。


「……帰るしかないな。マスクド──」

「嫌だッ!」

「は?」


 そしてマスクドは、勝手に動いて船の方に向かっていく。


「俺はまだ…………目立ってねェェェェェ!」

「……面倒な……」


     *


 そしてマスクドは、甲板に立って派手にポーズを決める。


「次はお前か? 何体でも来いッ! 俺がみんなを守るんだッ!」


 当然カインは全く油断していない。このまま連戦を迎える準備も出来ていた。




「─────────よく言ったぜ。カイン」




 その時、海の中から一体のクロガネが現れる。

 もちろん、先程沈んでいったブローケンではない。

 蒼色の装甲で、首に情熱の如く赤い布を巻いたその姿は──一体しか存在しない。


「兄貴!?」

「ブレイヴ様!?」


 ユウキ・ストリンガーとブレイヴが、帰って来た。

 そしてユウキは、ブレイヴのコックピットを開けてその姿を晒す。


「……誰……?」


 自分を知らないその真っ白な肌を持つ赤褐色の髪の少女の為に、彼は名乗る。



「波に攫われ千切れかけッ! それでも戻った糸一本ッ! 生還一条、ユウキ・ストリンガーとは俺のことだァ!」



 それを、『ヘンテコな名乗り』としか思えないのは仕方がないこと。

 マリアは若干困惑しているが、他の反戦軍の全員は、彼が戻って来たことで喜んでいる。


「何してたの馬鹿ユウキッ!」

「え、あ、ああ悪ィ悪ィ」


 唯一彼が死にかけたことを知らないアカネは、彼に苛立ちをぶつけていた。

 だが彼が来たことで、最早永代の七子(エターナルセブン)たちがここに残って戦うことは出来なくなる。


「……帰るしかないだろ? マスクド・マッスラー」

「……ふぐぅ……」


 既にユウキとブレイヴは『超同期オーバーシンクロ』しているようで、体から光が溢れ出している。

 勝機はたった今、反戦軍の方に完全に傾き、決まった。



「ユウキ……ブレイヴ……!?」


 グレンはメインブリッジの中で、ユウキとブレイヴの帰還に驚いていた。


「お、オイつばきッ! どうなってんだ!? レーダーは!?」

「……」

「つばき?」

「うぇぇぇぇぇぇぇん! ユウキさぁぁぁん!」

「……お前、実はずっと気付いてたな?」

「ひぐッ! ふぐッ! は、はははい……ぶぇぇぇぇぇん!」


 実はつばきは、割とかなり前からクロガネの接近に気付いていた。

 ただ、すぐにユウキとブレイヴの反応だと気付き、涙が止まらなくて何も言えなかった。

 唯一絞り出した言葉が、先程の『……ユウキさん……』という台詞だったのだ。


「まったく……」

「これは泣いていいですよロケアさん!」


 そう言うアネモネもロケアと同じく泣いていた。


「さて……じゃ、もうひと眠り。ふわぁ……」

「えっえっえ! 心配ばかりかける男だねぇまったく!」

「ふふ」


 ペンタスとキク、それにアイも、彼の帰還に安堵するのだった。


     *


「……ったく。無事なら無事って…………もう」

「良かったなユーリ」

「…………うるさいよ」


 バラにからかわれて少しだけ気恥ずかしさを覚え、ユーリは目線を逸らす。

 彼女は澄み切った青空を見つめて息を吐いた。


(……希望はある。明るい希望が。どう? 貴方には……どう見えてる? ハルカ……)


     *


「お。何だ帰んのか?」


 二人がここに戻って来たところで、二体のクロガネは帰還を始めていた。


「戦っても勝てないもの。貴方たちは……戦いたくないんでしょ?」

「……そうだな。お前らだってそのはずだろ?」

「……」


 静かにコクリと頷くが、コックピットの中ではユウキに見えないだろう。

 二体を見送るブレイヴに対し、近付くのはトルク。


「追わないのですか? ブレイヴ様」

「ああ。己も追いたくはないだろう? 守るために戦っているのなら」

「……ええ」


 ブレイヴは、反戦軍に力を貸しているトルクの姿を見て、大体彼の心境を察していた。

 だから微笑むだけで、それ以上は何も言わない。

 そうして二体の連合のクロガネがいなくなると、カインはコックピットを開け、すぐにユウキと相対する。


「よ!」

「兄貴……!」

「…………どうやら、出遅れたみてェだな。けど、お前がいたから何とかなったみてェだ。…………ありがとう、カイン」

「……ああ。ああ! お帰り…………兄貴ッ!」


 カインの新たな家族は、ここにいる。

 マリアはまだユウキに対して若干怯えているが、すぐに慣れてしまうことだろう。

 そうしたらきっと、仲良くなれる。この先には、何の不安もない。

 家族と共にいられるのなら、何の不安もない。

 カインはニッコリとマリアに笑いかけ、そして未来を確信する。

 たとえ輪廻の向こうに行ったとしても、自分たちの未来は必ず、希望にあふれた幸福で、包まれているのだということを──

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