『機密重要被検体奪還作戦』⑤
『超同期』したブローケンは二体の鉄紛とカインを一掃し、直接戦艦の甲板に降り立っていた。
あとはメインブリッジを破壊し、マリアを取り戻すだけだ。
「……まったく、反抗ばっかりしやがって。許されないだろこんなのよォ……」
向かってくるブローケンを前に、メインブリッジの面々は何も出来ない。
「クソ……どうしたら……」
「リーダーッ! マリアちゃんは!?」
「え!?」
アネモネに言われてグレンは気が付いた。
マリアの姿が、消えている。
「お願いです」
彼女は既に、甲板に出ていた。
前回の時と同じだ。結局彼女は、諦めて身を渡すつもりでしかない。
だが、彼女は堂々としながらスカムとブローケンの方にゆっくりと近付いている。
戻ったあとに自分がすることも、彼女は決めていた。
「マリアァ!」
スカムはコックピットを開け、ブローケンの左腕を普通の手に戻して彼女に伸ばした。
「私は貴方の言うことに従います。だから……だから、この人達には手を出さないでください……」
「……良い子だマリア。約束しよう。さ、こっちにおいで」
「……」
マリアは目を瞑り、ブローケンの伸ばした手の平に乗った。
すると、ブローケンは強く彼女を握り締める。
「うぐッ……!」
そのままマリアを自分の近くまで持ってくると、スカムは高笑いをしてみせる──
「グァハハハハハハハ! 馬鹿がッ! もう許さねェに決まってんじゃん!? コイツら全員皆殺しッ! 全員殺すからッ!」
「……ッ! だったら私は──」
彼女は自分の舌を噛もうとしたが、開けたコックピットから、スカムはマリアの口を布で塞いだ。
「マジで馬鹿ッ! そんな考え読めてんのッ! 死なせるわけないじゃん? 子ども好きの俺はね、小さな子には長生きしてほしいんだ。俺の道具としてさァァァァッ!」
「んん……ッ!」
これでもう、彼女がやろうと決めていた『自死』の道も断たれた。
何一つ上手くいかず、もうマリアは泣く以外のことが出来ない。
「んん……んん……ッ!」
「さァぶっ壊しパーティの始まりだぜッ! ブローケンッ!」
「レッツパーリィィィッ!」
マリアは涙を流し、それを拭うことも出来ず、ただただ己の運命の全てを呪う。
絶望しかない世界の何もかもが、彼女はただただ虚しく苦しい。
(やだ……やだよ……。お願い……お願いだから……。誰か……助けて……)
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
マリアの心の叫びが、カイン・サーキュラスを再び立ち上がらせていた。
「ノイドのガキッ!?」
(カインッ……!)
「スピン──」
「無駄だっつーんだよお前のそれッ!」
ドリルで受けようとしたところで、カインは円盤を出さずにブローケンの背後を取りに行く。
「言ったんだッ!」
「避けんな鉄屑ッ!」
「俺は言ったんだッ!」
そして、ダメージを蓄積したブローケンの背に向かって円盤を──
「うるせェってんだッ!」
それでも、届かない。
マリアを掴んだままの左腕で、カインは甲板に叩き落とされる。
「んんんッ! んんんんッ!」
(カイン……カインッ!)
……だが、彼はまだ立ち上がる。
「……しつこい鉄屑だぜ」
「……俺は……言ったんだ……」
「喋んなよ機械の分際でェッ!」
「何かあればすぐ……俺が助けるって……」
「あァッ!?」
「だから俺はッ! 貫き通さないと駄目なんだよッ!」
「知らねェよ何の話だ鉄屑がァッ!」
たった一人で、カインにブローケンを倒すことなど出来るはずもない。
しかし、彼は『一人』ではない──
ドォォォォォォォォン
「!? なんな!?」
カインとブローケンの前に、一体の鉄が現れる。
それも──甲板の下から。
「…………馬鹿馬鹿しいものだ」
真っ白な装甲に、細い機体。頭に布を巻いたその姿は──
「トル……ク……」
「全くもって馬鹿馬鹿しい。命まで賭ける必要があるのか? 誰かを守るためだけに」
急に甲板を割って現れたトルクに対し、スカムとブローケンは目を細めて様子を窺った。
「……鉄……? スカム・ロウライフ、この鉄は……」
ブローケンの疑問に答えられるはずもない。スカムは笑みを見せ、トルクに話しかけた。
「……全くもってその通りッ! たかがガキ一匹の為に、体を張る意味なんてねェよなァ!?」
「……そして、一番馬鹿馬鹿しいのは私だ。カイン」
「え……」
トルクはカインに視線を向ける。そこに、敵意は微塵も感じられなかった。
「戦えなくとも、壁となって守ることは出来る。何も出来ないなどというのは、何もしたくない意志から出た、欺瞞の言葉でしかない」
「トルク……」
「……馬鹿馬鹿しいことこの上ない。お前の言う通り、私は視野が狭いだけだった。勝手に体が動き出した今になってようやく……そのことを理解できた」
トルクの中に人が乗っていないことに気付いたスカムは、彼が戦えないことを理解する。
そうなると、トルクは何の脅威にもならない。
「グァハハハッ! ノイドごときのために壁になるかァ!? 鉄だし、きさんも鉄屑だなァ!」
「え!? もしかして俺も!?」
ブローケンは、ここで初めてスカムが自分を道具としか見ていない可能性を知るに至る。
だが、彼に共有させられている戦闘本能からは逃れられない。この場でスカムの意志に逆らうことは出来なかった。
「……差別する必要など無い。私もお前も……同じ理性的存在だ」
「トルク……!」
カインは起き上がり、トルクの正面に立つ。
そして、二人は迷っていなかった。
「ヒト種の全てを知ったわけではない。全てを信じられるわけではない。しかし私はただ……『お前』を信じることにした。カイン」
「……ッ! 俺も信じるよトルクッ!」
当たり前のように、自然な調子で、トルクはコックピットを開く。
「お前は、死んでほしくない者が多くいるのだろう」
「守りたい者がたくさん出来たんだ!」
決まっていたことのように、運命であるかの如く、カインはコックピットの中に入る。
「私はお前が死ぬべきでないと思った」
「俺を守ってくれるの?」
「助けてみたいと思ったのだ」
「だったら一緒に戦おうッ!」
そして────────『奇跡』は起こる。
「「スピンオンッ!」」
カインの意志で、トルクは動く。
トルクの腕から、カインの円盤が出る。
そしてその円盤が、あまりのことに驚いたブローケンの左腕に当たる。
「ば……」
衝撃で握っていた拳が解け、マリアが落下する。
その彼女をすぐにトルクはキャッチし、コックピットの中に入れた。そして中のカインは彼女を受け止めて、口元の布を取る。
「カイン……トルクさん……」
「……言ったろ? 助けるって」
「…………ッ」
マリアは涙に塗れた顔面を、カインの胸に押し付けた。
そして、カインは強い瞳のままスカムとブローケンを睨む。
「ば……馬鹿な……。ノイドと同化……いや、『同期』した……? 古代の鉄だってのか……?」
「焦るなスカム・ロウライフッ! まだ俺達の方が──」
「うるせェ!」
「!?」
「……そうだ。『超同期』してる俺達に、きさんらが勝てるわけがねェんだ。ノイドの分際で……良い気になってんじゃねェぞコラァァァ!」
二人のことを何も知らないスカムは、カインがトルクに適合した事実に驚くことが出来ていない。
だが、反戦軍のメンバーは違う。
彼らからすれば、二人はたった今、一度も試したことすらないのに初めて同化してみせたのだ。
その上、『同期』までもを可能にしている。これを『奇跡』と言わずに何と言うのか。
「マジかよカイン……トルク……」
「凄いですリーダーッ! あの二人が適合するなんて!」
「奇跡……でしょうな」
絶望的な状況だったというのに、ここに希望が生まれ始めていた。
途方もなく明るく眩い、一筋の希望が──
*
鉄紛を破壊されたユーリは、戦艦の方の様子を遠目から視認している。
もちろんバラも同じだ。二人とも、『奇跡』を目の当たりにしていた。
「信じらんねェ……こんなことあるか……!?」
「……カイン……」
(オリジナルギアといい、トルクといい、貴方は……なんて運命に愛されてるの……!)
驚きつつも笑みを見せていた。他の戦闘中の者達も皆同じ。カインの起こした奇跡に、力を与えられていたのだ。




