『機密重要被検体奪還作戦』④
「くっそォ……ッ!」
バラはスカムとブローケンに押されていた。
鉄紛単機で鉄と戦うのは、流石に厳しいところがあった。
「雑魚がよォッ! サシで勝てると思ってんのかコラッ! このあんぽんたん!」
バラの操る人型鉄紛は、ブローケンの巨大なドリルに襲われて膝をつく。
ドンッ
「「!?」」
しかし、トドメを刺しには行けなかった。
バラの鉄紛の背後から、巨大な弾丸が飛んできたからだ。
「ニューエネミーッ!」
「なんな!?」
ブローケンはすぐにその弾丸を飛ばしたのが新手の鉄紛だと気付く。
「大丈夫!? バラッ!」
巨大なスナイパーライフルを構えた鉄紛に乗るのは、もちろんユーリだ。
「助かったぜ……。サンキュー」
「礼言えるんだ」
「うるせェッ! まだまだやれんぞッ!」
ユーリはフッと笑うが、すぐに冷静な表情に戻る。まだ勝機が出たわけではない。
「……二対一なんて卑怯すぎる……ッ! 最低じゃねェかコイツら……!」
「ぶっ壊す相手が増えるんじゃあ最高じゃねェか!?」
「勝てると思ってんのかその程度でよォォォ!」
ブローケンのドリルが、『二つ』に増える。
両腕をドリルに変え、殺傷性能を倍増させたのだ。
「「WCRッ!」」
そして、左腕のドリルをユーリの方に向ける。
「「バンバンドーンッ!」」
「!?」
回転するドリルがブローケンの腕を離れ、飛んできた。
驚いてユーリは反応が遅れる。当然そうなれば、直撃を避けられない。
「きゃあああああ!」
「ユーリッ!」
バラが後方を確認しようとしたその隙に、ブローケンは右のドリルで攻撃を仕掛ける。
「潰れて壊れろォォォォ!」
「ぐああああ!」
勢いで吹っ飛ばされたバラの鉄紛は、ユーリの傍で倒れ込む。
防ごうとしたハンマーは再び破壊され、持ち手の部分のみになってしまった。
「……ああ可哀想に。慈悲深い俺でなければ、ここでお前らは死んでいことだろう。大丈夫。マリアを返せば殺さないよ。だから死ねェェェェッ! クソカスどもがァァァ!」
そして両腕のドリルで、二人を鉄紛ごと破壊しようとする──
「スピンオンッ!」
しかしその時、小さな回転する円盤が二体の鉄紛にぶつかる。
円盤の回転に巻き込まれ、鉄紛は後方に飛ばされた。
「あァッ!?」
「……俺の家族は殺させない」
「……ノイドのガキ……」
現れたのはもちろん、ハンチング帽の少年ノイド──カイン・サーキュラス。
ノイドを前にして、スカムの苛立ちは指数関数的に上昇する。
「マリアも渡さないッ!」
「ノイドがァァァァァァァァァァァァ! 俺の前に立つんじゃねェェェェェェェェェェェェェェ!」
ドリルがカインに襲いかかる。
しかし、カインはそこで宙に飛んだ。これはジェット・ギアによるものだ。
空を舞う姿を見て、ユーリとバラもカインが来たことに気付く。
「カイン!」
「アイツ……格納庫のジェット・ギアを勝手に……!」
カインは全く労苦することなく見事にジェット・ギアを操り、空中で体のバランスを取っている。
既に身体能力だけなら相当なカインは腕を伸ばし、円盤をブローケンにぶつけようとする。
「スピンオンッ!」
「舐めんなガラクタァァァッ!」
しかし、スカムは避けるのではなく、ブローケンのドリルでその円盤を受けた。
「!?」
ドリルは急速で逆回転をするが、それだけ。ダメージは与えられていない。
「一回見せただろうがッ! 分かってるんだよッ!? それに当たるとグルグルすんだろッ!? だったら端からグルグルのドリルで受けりゃあいいだけだろうがッ! くらさっぞッ!」
「……ッ!」
一度見ただけで、その能力を看破できる者などそうはいない。
カインの攻撃は、このブローケンに限っては全く無意味なものに成り下がる。
「死んじゃいえェェェェェ!}
「イエェェェェェ!」
二人は大きく叫び、凄惨な感情のまま暴力を叩きつける。
叩きつける相手はガラクタ。人だなどとは微塵も思っていない。
「がッ……!」
「「カインッ!」」
覚悟を決めて戦場にやって来たカインだが、無情にも地面に叩き落とされた。
それでもまだ、彼の瞳から光は消えない──
*
「カイン……ッ」
メインブリッジのマリアは彼の姿を窓の向こうに確認し、もう顔がくしゃくしゃになり始めていた。
そしてグレンは、机の上を思い切り拳で叩く。
「……ここまでなのかよ……!」
操縦室の方に視線を向けるが、通信担当のつばきは画面を見つめて何も言葉を発さない。
他の皆も、何も出来ずにただ見守るだけ自分たちに無力さを感じていた。
初見で戦うには、相手方の鉄の固有能力が厄介すぎる。
クロロは影の中を自在に動くため、こちらの攻撃を当てられない。
ブローケンのドリルを打ち破る高威力の兵器は、こちらには存在していない。
マスクド・マッスラーだけは、何故か自分からこちらの攻撃を受けてくれるため拮抗しているように見えるが、それも何かしらの固有能力を発動させるためなのかもしれない。
「どうすればいいんだ……」
グレンが拳に血を滲ませ始めた、その時──
*
「焔煉斬ッ!」
横一線に、斬撃の如く振り払われた炎の一撃。
それがカインにトドメを刺そうとしたブローケンの背に直撃した。
「「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」」
その攻撃の主は、すぐに場を離れて猛獣三兄弟とクロロの方に向かう。
「大焔陣ッ!」
大地を炎で覆い、影を消す。すると、影の中に隠れていたクロロが地上に現れた。
「熱いッ! 熱いよ幽葉ァ!」
「影が……!」
そして彼女は、炎を纏いながら宙に立つ。
*
「アカネ!?」
メインブリッジのグレンは思わず目を見開いた。
アカネ・リントは、包帯を自らの炎で燃やしながら、少しだけ体の内側の機械部分を晒しながら、まだ戦うためにと起き上がった。
「リーダー! アカネさんが医務室から……」
そこでメイド服を着た給仕担当の女ノイド──アイがメインブリッジに入って来る。
彼女も外の様子を見て、医務室から消えた彼女がどこに行ったのかを理解した。
『グレン』
アカネの方から、メインブリッジに通信が入る。
「アカネッ! お前怪我がまだ……」
『みんなだってそうでしょ? 私、特攻隊長なんだけど? 戦うのなら……私が最前線にいないと』
「無茶だってんよ!」
『ええ。だから帰ったら慰めなよ? 私のリーダー』
「……ッ!」
グレンは複雑な表情を浮かべ、握りこぶしを解く。
信じることしか出来ない。頼ることしか出来ない。だが、それを出来るのが、彼の才能でもある。
「……ユウキもお前も……どうしてそうなんだってんよ……」
*
「私が相手した方がいいわよね? 影の中を移動するのなら……影を照らして消せばいい。猛獣三兄弟はマツバとボタンを助けに行って」
「マジでやる気かアカネ!?」
「マジでもう体は良いのかアカネ!?」
「マジで無謀過ぎんぜアカネッ!」
「……状況はよく分からないけれど、戦えばいいんでしょ? グレンは戦いが嫌い。だから……代わりに私が戦うって、ずっと前に、そう決めたの」
アカネがいればクロロの固有能力は意味を成さない。相性の悪い敵を前に、幽葉は少し切ない目をしていた。
「……ツイてないね」
*
一方、アカネの一撃を食らったブローケンは、その場で膝をついていた。
「クソッ! クソッ! クソがッ! ノイドごときがッ! ノイドごときがッ! ノイドごときがァァァァッ!」
その間に、バラとユーリの鉄紛とカインは立ち上がる。
一番手に動くのはカイン。彼は円盤をブローケンの足に向かって投げた。
「食らえッ!」
「食らうかよォォォォッ!」
足の前に、ドリルを刺す。円盤は地面に刺さったドリルに当たって防がれる。
しかし、追撃をするのはユーリ。スナイパーライフルの弾丸を、ブローケンに向かって撃ち放つ。
「ぐおッ!?」
もう一方のドリルでそれを防ぐと、もう防ぐ術はない。
バラは頭部分の壊れたハンマーで襲い掛かる。
「頭が無きゃァ使えねェとでもッ!?」
アカネのダメージを受けた背に、長い鉄の棒を突き刺す。
「がァァァァァァァァァ!」
暴れ回ることでバラをどかすことには成功したが、ダメージは相当なもの。
だがここで、どういうわけかスカムとブローケンは……笑った。
「……ッとーに困った奴らやけん。この俺をォ……ここまでイラつかせるたァ……」
様子がおかしいことに、バラはすぐに気付いた。
「何だ……?」
「レッツトライ? レッツスタート?」
「実験開始じゃ馬鹿野郎ッ! ノイドもノイドに与するゴミどももッ! 全員くらして殺してやるけんッ! 覚悟せれェ!」
「イエェェェェェェ!」
そしてブローケンの体は──
──────光を放つ。
「「『超同期』ッッッッ!」」
それは、反戦軍の誰もが予想していなかった最悪の事態。
スカムとブローケンは、その限界に『到達』した。
「嘘……」
「クソッ……!」
「………………」
絶望的な状況に戦意を失いかける、ユーリとバラ。そしてカインは、真っ直ぐ相手の目を見つめていた。
ブローケンは黒と紫、それに深緑の毒々しい色の光を発しながら、目の前の有象無象を屠るために前に出る。
「……俺は研究の末に、戦闘経験が無くとも『超同期』に至ることが出来るように、自分自身の身体に改造を行った。マリアは生まれた時からそういう風に造った人造人間だがなァ……複製はめちゃ金と時間が掛かるんよ。そんでこの改造はすんげェ痛くてな。バリつらかったぜ? マジで。でもね。ガキどもにも同じ実験するわけだから、俺もやらないと不公平じゃん? 俺凄い良い奴。ま、正直言うと、単にイラつく奴をくらせる力が欲しかっただけだけど。……言わせんなコラッ! あああそうだ。教えとく。今日連れて来た二人の永代の七子も…………既に『実験済み』だ」
*
そして、マスクド・マッスラーは黄土色の光を放ち始める。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
マスクドは大きく咆哮をし、マツバを殴り掛かった。
「がッ……!」
「ッ!?」
あまりの速さに、ボタンはマツバが吹っ飛ばされるまでマスクドが移動したことにすら気付かなかった。
「……そんな……」
「俺の固有能力は『マッスル・マッスル』ッ! 長いこと殴り合い続けることでッ! 俺のパワーとスピードは格段に上昇するッ! し続けるのさッ!」
「面倒だったが……これで終わりだ」
「……ッ!」
その能力に加え、『超同期』の発動。マスクドの今の力は、ボタンには測れないほどに膨れ上がっていた。
*
「「シャドウハウス」」
『超同期』したクロロは、黒みを浴びた光を放ちながら自らの影を伸ばし、それによって周囲を覆い始めた。
「な……!」
「影が消されるのなら……作ればいいの。この辺り全域を、影で覆いましょ」
今の状態のクロロは、自らが影を操り、更にその中を自由自在に動き回れる。
たとえ炎で照らして影を消しても、自ら影を作られては意味がない。
……ただ、幽葉は少し、悩み始めていた。
(……これで抵抗する彼らを殺してしまえばいいの? それで被検体を取り戻して終わり? ……違う。生き残った者に恨まれ、命を狙われるリスクが増えるだけ。私の死ぬ可能性が高まるだけ……。ふふ…………貴方ならどうするのかな? エイドレス君……)




