『機密重要被検体奪還作戦』③
戦いが始まる最中、格納庫に残るトルクのもとに、カインは現れる。
「……何だ?」
「……力を貸してほしいんだ」
「…………」
「俺じゃ駄目なんだ。俺は……弱いんだ。マリアを助けるには……トルクの力が必要なんだ……」
「……私は何もしない。そもそも何も出来ない。適合者もいないのだから」
「そうだけど……! でも……俺じゃ無理だから……」
「……馬鹿馬鹿しい」
「……ッ!」
カインはそこで、トルクに失望した視線を向けようとした、自分自身に腹が立った。
協力しなくていいと言ったのは自分だ。トルクが力を貸す道理は何も無い。
そうなると、襲い掛かるのは罪悪感。
だから彼は、苦しくてどうしようもないこの状況で、トルクに対し──微笑んだ。
「……そうだね。その通りだ。………………俺がやるべきなんだ」
「ッ!?」
そしてカインは目を擦り、自力で隈を拭おうとして走り出す。
向かう先は当然、敵の懐。
「……ま……」
トルクは無意識のうちに、カインに対して『待て』と言いかけた。
(何故止めようとした……? カインが死んだとして……それで私が、一体何を失うというんだ……。……私は……)
*
幽葉とクロロは影の中を移動し、猛獣三兄弟を翻弄していた。
「どこだ!?」
「今度はどこだ!?」
「今度はどこに消えてんだ!?」
そして不意打ちを仕掛け、彼らを薙ぎ払う。
「「「ぐああああああああああ!」」」
クロロは、巨大な刀剣のような物を武器に使っている。
だが、三兄弟の乗る猛獣型の鉄紛の装甲はとても硬く、そう簡単に斬れはしない。
「まだ!」
「まだまだ!」
「まだまだまだ!」
降伏しない彼らを見て、幽葉は少しだけ眉をひそめる。
「……困ったな。これは、殺さないと駄目かもしれないよ」
「で、でででも幽葉。この人達……軍人じゃないんだよ……ね?」
「……永代の終末子は、必要な戦力だから。灰蝋君がなれなかった存在が、そこにいるんだよ。私達も……正直、これ以上改造されたくないしね」
「幽葉……」
幽葉とデンボクは、先日また新たな実験を経て、身体を改造してきたばかりだった。
まだ戦いが長引くようならば、永代の終末子に近付けるような実験を、また行わなければならない。
マリアが帰ってくれば自分や仲間の負担が減ると考えている彼女からすれば、反戦軍を処分するのは仕方ないことだった。
ただ、彼女はマリアの意志を考えられていない。そこに関してだけは、艶やかな雰囲気を纏う彼女でも、子どもらしさが抜けていなかった。
*
「スネイクバイト~」
「雨ッ!」
デンボクの相手をしているのは、特殊なギアを使うノイドの双子・ヒーデリ兄妹。
蛇の頭に変化させた腕で、マスクドの装甲を噛みつくのがボタン。
翼を尖らせて金属片に変え、雨のようにマスクドにぶつけるのがマツバ。
しかし、二人の攻撃はさほど効いていない。
「「ヴァイスラヴァナッ!」」
そして、マスクドの拳が二人を同時に巻き込んで叩き込まれる。
「うわああああ!」
「きゃあああ!」
実力差は、明白だった。
「……終わりか」
「さァて……どうかなデンボクッ!」
何故かマスクドは、相手が立ち上がってくることを期待している。
そして、期待通りに二人はまだ無事だった。
地上に落とされたものの、土煙が晴れるとそこには立ち上がっている二人の姿があった。
「……うぅ……眼鏡が割れた……」
「……」
「ボタン、装甲が硬いよ。やっぱり僕らじゃ無理なんだよ……。せめてアカネさんがいないと、鉄相手は厳しいよ……」
「……」
「ボタン?」
「……チッ。髪崩しやがって……」
ボタンは、明らかに怒りを露わにしており、いつもの緩い口調が消えていた。
「!? ま、まずい! ボタンは毎日二十分もかけて髪をセットしているため、セットした髪を崩されるとべらぼうに怒って見境がなくなるんだ!」
「……小生たちに説明しているのか……?」
説明口調のマツバに眉をしかめるが、その一瞬の隙に、ボタンは背後を取っていた。
「許さな~い」
「!?」
そして前方には、マツバが向かってきている。
「僕の眼鏡の分も! 一応!」
「「うおおおおお!」」
なんとマスクドは二人の翼と牙の攻撃を、両方避けることなく満遍に受けた。
「……避けないんだ」
「……自分の体を武器にした相手の攻撃は、避けるなと言われている」
デンボクが痛みを我慢しながらそう言うと、マスクドは笑みをこぼした。
「……ククッ! 分かってんじゃねェかデンボクッ! そう! 殴り合いどつき合いを制して勝利するのが! この俺マスクド・マッスラー様のやり方なのさ! ザ・プロレススタイルだぜ!」
マツバとボタンはそれを聞き、思わず半目になった。
「「あほらし」」
*
メインブリッジのグレンは戦況を見つめ、冷静に次の手を考えていた。その横でユーリが問い掛ける。
「私も出ようか?」
「……そうだな。鉄の性能は鉄紛より上……だが、戦い方できっと、差は埋まるはずだってんよ。猛獣三兄弟と双子の相手は永代の七子。けど、あの二体は確か『超同期』できないはずだってんよ。ならあの六戦機の女より遥かにマシな敵。……だが、それでも厳しいのに変わりはねェ。せめてアカネがいたら……」
「アカネ?」
「……ユウキほどじゃないけど、アイツだって強いんだ。本当さ。アイツは強い。……俺は誰よりも、そのことを知ってるってんよ……」
「グレン……」
彼女が目を覚ますことを、切に願うような言い方だった。
アカネはまだ、夢想の中を駆けている──
*
◇ 界機暦三〇二二年 九月八日 ◇
■ オールレンジ民主国 とある町 ■
グレン・ブレイクローとアカネ・リントは同じ故郷で、家族同士仲が良い関係の幼馴染だった。
その故郷の町は、ノイド差別の見られない平和な場所。
人間とノイドの違いなどまるで気にすることもなく、二人は生まれた時から互いの傍に居て、気付けば誰よりも互いのことを想って生きてきていた。
しかしこの年、オールレンジ・帝国間で戦争が起こる。戦火に巻き込まれた結果、二人は故郷と共に家族も失った。
アカネは燃える街並みを見ながら、その炎の強さを心に留める。
「……グレン。私決めたよ」
「……アカネ……」
その場で膝をつくことしか出来ないグレンの前で、アカネは確かに前を向いていた。
「戦争に、反抗するだけの力を付ける。アンタはどうする? グレン」
「俺は……」
*
◇ 界機暦三〇三〇年 二月四日 ◇
■ オールレンジ民主国 エデニア州 ■
アカネは炎を操るフレイム・ギアを五年前に手に入れ、その練度をずっと高め続けてきていた。
彼女はこの日、エデニアの裏社会で運営されている地下闘技場に出場する。
驚くことに彼女が今日戦う相手は、一体の鉄だった。
中の人間はアフロ頭で褐色肌の男性で、鉄はとても大きな頭を持ち、緑と琥珀色の装甲をしていた。
「残念だNEッ! お姉ちゃんッ! ただのノイドが鉄に、勝てるわけないじゃないかYO!」
「おごォ……そうだぞォ……。諦めろォ……」
「……」
この闘技場では賭けが行われている。アカネとこの鉄の決闘にはかなりの金額が賭けられていて、観客は盛り上がりを見せていた。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
勝負が始まるとすぐ、その鉄は大きな口から巨大な衝撃波を放つ。
「「ガララ砲ッ!」」
途轍もない衝撃波で、向かいにいた観客もろとも吹き飛んだ。
砂埃が酷いが、アフロ頭の男は既にアカネもどこかに飛ばしたと思っている。
「YOYO! これだ終わりかYOッ! 楽勝ちゃんすぎてSAッ! 腹が痛たたTAッ!」
「うへへェ……」
天井に穴も開くのではないかというほどの威力。二人はたった一撃で、勝利を確信する。
だがしかし──
「焔煉斬」
『覚醒』状態のエヴリン・レイスターならば簡単に避けられる攻撃でも、普通の反射神経、身体能力の鉄には避けられない。
そしてこちらの方は確信するまでもなく、一撃で勝負はついた。
「YOォォォォォォォォォォ!」
「おごォォォォォォォ!」
二人は炎に包まれて、もう身動きを取れなくなる。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」
決着がつくとまた観客が盛り上がり、アカネは炎をものともせずにリングを去った。
*
決闘を終えたアカネは、すぐに仲間のもとに戻る。そこには、嬉しそうな表情をしているグレンの姿もあった。
彼は闘技場でアカネに金を賭けていて、下馬評を覆して彼女が勝利したことで、かなりの大金を手に入れていた。
「やるなァアカネ! 流石だぜってんよ! がっぽり儲かったぜ!」
「どういたしまして。一応、特攻隊長だからね」
「おや。何のだい?」
尋ねるのはキク。彼女もグレンのようにニコニコしている。
「……もちろん。これから私達が立ち上げる……『反戦軍』の、ですよ」
彼女が笑みを向けた先には、グレンとキクだけでなく、ツツジとザクロの姿もあった。
資金集めは充分に済んだ。ここからは、人数をとにかく増やすだけ。
「アカネ、体の調子はどうだ?」
「大丈夫よツツジさん。熱耐性……とっても便利」
アカネはこのツツジによって、体を少し改造してもらっている。
フレイム・ギアを人体に影響を与えずに使うためにしてもらったものだが、デメリットとして、温度感知が全体的に鈍くなる。
しかし彼女は、それを不便には思っていない。
「アカネ」
「何? グレン」
「……お前は強いってんよ。けど…………無茶はしないでくれよ?」
アカネは少し、間の抜けた顔をしてしまった。
その理由は恐らく、彼女の急所に対する不意打ちだったからだろう。
グレンに心配されることが、彼女は何よりも嬉しく、何よりも誇りに思えたことだったのだ。
「……ううん。無茶するわ。だから私が倒れたら……慰めてもらう。私よりもずっとずっとよっわーい……グレンにね」
*
◇ 昨日 ◇
■ 戦艦ディープマダー ■
グレンは医療室で眠るアカネの傍に来ていた。
いやそもそも、彼はアカネが倒れてからというもの、メインブリッジと医務室の行き来しかしていない。
「……アカネ。俺は弱い。ああ弱いさ。どうしようもないほど弱い。……ごめんなアカネ。俺はお前やユウキに頼ってばかりで……。それだけじゃない。キクさんにツツジさんに、ザクロに、ユーリに、バラたちやつばきたち……。俺は頼ることしか出来ない男で……」
項垂れながらそこまで言ってから、グレンはフッと笑みを吐き出す。
「……でもお前は、こう言ってくれたんだったな。『誰も彼もを頼れるのなら、それがアンタの一番の強さ』だって」
アカネはどちらかと言えばユウキのように、誰かに頼るよりも自分で行動してしまうタイプの性格だった。その所為で無茶をしてしまうのだ。
だからこそ、どんな相手も差別なく頼ることの出来るグレンを、心から尊敬していた。
それを思い出したグレンは、優しい目をアカネに向けながら顔を上げる。
「……だから俺はリーダーになった。そうだなアカネ。慰めてやるってんよ。……約束通りに」
そしてグレンは立ち上がり、彼女が目を覚ますことを信じて、メインブリッジに戻る。
「良いか? お前の認めた俺って男が、一番に想ってんのはお前なんだぜ? アカネ。だから起きろよ。俺はまだ……慰めたりねェんだってんよ。早くまた無茶して……俺に慰めさせてくれってんよ!」
*
◇ 現在 ◇
■ ヒレズマ大陸 アスティカ岬 ■
……そして、『彼女』は目を覚ます。
「…………グレン…………」
状況は全く分からないが、彼女のやることはいつだってシンプルだ。
一番に想う『彼』の敵を、自らの熱き炎で焼き尽くすことだけ。




