『機密重要被検体奪還作戦』②
■ 戦艦ディープマダー ■
▪ 食堂 ▪
「ハァ……ハァ……ハァ……」
カインはヘトヘトになるまで鍛錬をし、疲労に耐え兼ねて水分と食料を欲しに来た。
すると、何故か食堂に人が集まっている。
何かと思って覗くと、どうやらマリアがみんなのために食事を作っていたらしい。
「マリア……」
「どうぞ。食べて下さい」
最初に彼女の手料理に手を付けたのは、戦闘員のバラだった。
カインからは何を食べているか見づらかったが、恐らくスプーンで米飯を食べているので、炒飯か何かだろう。
「……うめェ」
「……! ありがとうございます! あ、ほ、他の皆さんの分もあるので! ど、どうぞ!」
マリアがそう言うと、反戦軍のメンバーは次々に席について彼女の作った料理を頂き始める。
傍で給仕担当のアイが微笑んでいるのを見るに、彼女が協力したのだろう。
「……あ! カイン! カインも食べて!」
「!」
マリアに気付かれて、カインはオドオドしながら食堂に入る。
「……疲れてる……でしょ?」
少し不安になりながらマリアは尋ねる。
カインは彼女を心配させまいと、すぐにコクリと頷いた。
すると彼女はパッと明るくなり、カインの分の食事を持ってこようと早足になった。
「……何でマリアが……?」
小さく呟くと、アイが傍に寄ってきて答える。
「何か役に立つことをしたいと言われまして」
「アイさん……」
「……作らされていたそうですよ」
「え?」
「……先日の鉄乗りの男にです。実験や薬の投薬を受けていただけでなく、日々の生活の補助までもしていたそうですが……それでもああして笑顔を見せられるのは、彼女の精神がとても強いからでしょう」
「……」
カインは歯を強く噛み締め、憤りを必死に抑えた。
マリアは決して、誰かに利用されるだけの人生を送るために生まれてきたわけではないはずだ。
きっかけは偶然。出会いは成り行き。それでもカインは、確かに彼女を守りたいと思っている。
「カイン!」
マリアはカインの分の炒飯を装って持ってきた。
カインは席に着き、渡されたスプーンでそれを掬う。まずは一口で収まらないサイズを、一口で頂いた。
少しだけ咀嚼がしづらくなったが、それでもカインは急いで飲み込み、感想を述べる。
マリアが明らかに期待を寄せていたからだ。
「……美味しいよ」
「……ッ!」
バラや他の面々が言った時よりも、殊更に喜んでいるのが表情で分かる。
カインは目を伏せている所為で気付いていないが、マリアはここに来て一番の笑顔を見せていた。
「ゆ、ゆっくり食べてね。急がなくて大丈夫。……隠れて倉庫で頑張ってたもんね……」
「!? ……うん……」
カインが隠れて鍛えているのは、ただ恥ずかしいからという理由だけではない。
それでも自分の努力が報われなかったとき、誰かに馬鹿にされるのが怖かったからだ。
しかし、マリアは彼の努力を敬っている。それだけで、カインは彼女を守る意志を強めることが出来た。
「…………ッ!?」
その時、マリアはバッ振り返る。
彼女はまた、予感してしまった。
ここにいる皆のために何を尽くそうとも、絶望の現実は自分を追いかけてくるのだと。
(……来た……ッ!)
*
▪ メインブリッジ ▪
「り、リーダーッ! くく、鉄の反応がッ!」
つばきが司令室の方に体を向けると、グレンは丁度戻って来たところだった。
「嘘だろ? ここはヒレズマの領海だぜ? まさかここでやり合う気か……?」
「そ、そそそれも……」
つばきはガタガタと体を震わせている。
「同時に三体接近しています!」
「何ィ!?」
確かにレーダーの反応は、三体の鉄を示していた。
しかし連合軍は本来この海上で戦闘行為を働けないはず。
つまり、ヒレズマとの協定を無視してでも取り戻さなくてはならないほどの価値が、マリアにあるということだ。
「……ザクロ。全速力だってんよ」
「イエッサー」
この船の操舵を担う黒い肌にスキンヘッドの人間の男──ザクロ・アンダスタンは、無表情のまま舵を取った。
*
■ ヒレズマ領海 上空 ■
コックピットを開けたまま、その身で風を浴びながら戦艦ディープマダーに近付いていく。
スカム・ロウライフは、ゴーグルのようなものを装着し、毒々しい色の装甲をした鉄・ブローケンと共に再びマリアを追って来た。
「マァァァァァァァリアァァァァァァァ! 迎えに来たよォォォォォォォ!」
風で飛ばされそうになるが、必死に体幹で踏ん張り、叫ぶ。
その様子を、もう二体の鉄と、その中にいる二人の人物は異様に思っていた。
「……ヒレズマの領海だよね? ここ」
そう言ったのは、永代の七子、幽葉・ラウグレー。
当然彼女は、全身が真っ黒な装甲の鉄・クロロに乗っている。
「バレたらただでは済まんだろう。面倒な……」
共に付いて来たのは、同じ永代の七子のデンボクだ。
彼の乗る鉄はレスラーマスクを被り、筋肉のような形の装甲をした、マスクド・マッスラー。
「黙れ黙れガキどもッ! 誰のおかげで強制的に『超同期』が出来るようになったと思ってんだ!? 俺のおかげか!? 俺のおかげ……だよね? 不安になっちゃたじゃねぇかよッ! くらさっぞッ!」
「さあさあ早くぶっ壊しにいこうぜスカム・ロウライフッ!」
ブローケンは、ただ自分が暴れられたらそれで良いと思っている楽天的な性格をしている。
クロロは二人のテンションについていける気がしておらず、身を震わせていた。
「こ、怖いよ幽葉ァ。ブローケンもこの人も、に、苦手だァ……」
「大丈夫。私もだから」
一方でマスクドは、全く関係ないことで困っている。
「まずいなデンボク……このままじゃ、俺ら目立てねェぞ!?」
「……何の問題がある?」
*
■ ヒレズマ大陸 アスティカ岬 ■
荒れ果てた大地が遠くまで広々と続いている岬。
戦艦の修復が完全に済んでいないため、反戦軍は急遽進路を変更してこの岬に船を泊める。
そこで敵を迎え撃つしか方法が無かった。事態を乗り越える手段がもう、それしか存在していない。
「クソ……! 来てるってんよッ! どうする!? 誰が出る!?」
グレンが頭を抱えていると、マリアがメインブリッジに現れる。
「皆さんは何もしなくていいです。私が出ます」
覚悟を決めた、真っ直ぐな瞳で彼女はそう言った。
「ま、マリア……。でもお前は……」
「……良いんです。一瞬でも、ほんのひと時でも、外の空気を吸えただけで……。私はもう……満足ですから」
精一杯の笑顔を作っている。確かにその笑顔と言葉に嘘は無い。だが、同時に抱えている恐怖を隠していることは、グレンにもすぐに分かった。
「……ッ!」
戦えないで迷っている自分が煩わしい。そう思ったグレンは、自らが前に出て相手を説得しようかと考え始める。
だがその時──
『俺らが出る』
それは、格納庫の方から聞こえてきた通信の音声だ。
「バラかッ!?」
どうやら準備しているのは彼だけではない。
『鉄紛……取り敢えずまあ、大体修理したぜ。グレン坊』
「ツツジさん!」
整備士で髪と髭の長い中年のノイド──ツツジ・タータズムは、船の修理と同時並行で、鉄紛の修理も行っていた。
そして、怪我を押して若干ボロが見える鉄紛に乗るのは、四人の人間の男たち。
バラ・ローゼクトと、猛獣三兄弟と呼ばれるコウバイ、ヤマハギ、セキチクだ。
「ま……待ってください! 私が戻ればいいだけで……」
マリアの声は、彼らの耳には届かない。何なら聞こえているグレンも無視している。
「頼めるか!?」
『……まあ、その……なんだ。まだ食ってる途中だったからな。マリアの作った飯』
『よく言うぜ! バラ!』
『ああよく言うぜ! 最初は「返しちまえ」って言ってだろ! バラ!』
『ああマジによく言うぜ! 胃袋を掴まれただけだろうにな! バラ!』
『うるせェ! ぶっ飛ばすぞッ! 猛獣三兄弟ッ!』
胃袋を掴まれたからだけではない。
彼が仲間と認めたカインが、彼女のために命を懸けた。だとしたらそれだけで、自分が命を懸けるに値すると考えるのが、バラの考え方でもあったのだ。
「何で……」
マリアが愕然とする中、反戦軍の面々はもう戦うつもりでしかない。格納庫の方では、戦闘員ノイドの双子、ヒーデリ兄妹も出撃の準備を終えていた。
『僕とボタンも出られます! リーダー!』
「よし! 頼むぜってんよォ!」
「どうして……」
マリアがその場で膝を折りかけたところで、彼女を支えたのはユーリ。
「……アイから聞いたよ。向こうで何されてたか……」
「ユーリさん……」
「……みんなは感情的になってるだけだけど、私は冷静に、合理的な理由で貴方を向こうに渡すべきじゃないと思ってる。貴方が本当に永続的な『完全同化』を可能にするのなら、こちらで抱えておくことで、連合軍が帝国に攻め入るのに、消極的になるかもしれないからね」
「……」
こう言っているユーリも、実はだいぶ感情的になっている。
既に反戦軍は解散予定だったはずだ。それでも彼女はまだ、戦争を止めるつもりでいるのだ。
そしてもう、マリアにどうこう出来る段階は通り過ぎていた。
戦艦のすぐ近くで、巨大な音が響き渡る──
「来ィィィィィィィィたぞォォォォォォォォォォォ! マァァァァァァァァリアァァァァァァァァァ!」
そして、スカムたちが大陸に着地する。
と、同時に、船の甲板が開き、バラたちが出撃を始めた。
「鉄紛……?」
幽葉とクロロの前に現れたのは、猛獣三兄弟の乗る動物に似た鉄紛。
見たことない見た目に驚いているが、元々は連合の鉄紛だ。
「ノイドが二体……面倒でもなさそうだ」
デンボクとマスクドの前に現れたのは、イーグル・ギアとコブラ・ギアを使う、マツバとボタン。
体の一部を動物の姿に変え、マツバは翼で、ボタンはジェット・ギアで飛びながら応戦する気だ。
「……なんね。きさんらが俺の設計した鉄紛を奪ってったってのかよ」
スカムとブローケンの前に立つのはバラだ。
鉄紛四体と普通のノイド二人に対し、相手は鉄三体。
数の差はあるが、明らかに、反戦軍の方に勝機は無い。
「おうおうスカム・ロウライフッ! 直接会うのは初めてだなァオイッ! 助かってるぜアンタの設計した人型鉄紛! 元連合軍の人間として、感謝しておくぜッ!」
「あァン!? ふむ、裏切り者か。クソ野郎じゃねェかこの横道もんがァァァ! くらさっぞッ!」
「裏切ったのはてめェらだッ! 何が戦争を終わらせるだッ! ただただたくさん殺しまくるで! ちっとも巻き込まれる民衆のことは考えちゃいねェ! それが連合軍のやり方なんだろ!?」
「……? 駄目なの? たくさん殺せば戦争終わるじゃん。終わらせるって言ってんだから……俺が悪い奴みたいに言うんじゃねェェェェェ! 研究費が軍事費から出るってんで、この優秀な俺の研究が進むまで、戦争が長引いてくれなきゃいけなかったんだよォォォォォォ!」
「てめェ……マッドサイエンティストだが、戦争を終わらせるってのだけは本音だって言い返すと思ったのに……。てめェ、普通に黒幕側の男じゃねェかッ!」
早速バラは鉄紛で巨大なハンマーを振り被り、攻撃を始める。
だが、ブローケンは軽々と避けてみせる。コックピットを開けたままのスカムは、器用にもまだ落ちそうにない。
「? どういうこっちゃ。…………あ。ちっげェよ!? 俺はただ……そう! もうそろそろ戦争は終わらせていい感じになったからさァ! ホントに終わらせるよッ!? 帝国をコテンパンにして! 向こうの研究成果を俺の手柄にさせてもらうの! するとみんなに尊敬されるわけで、バリ最高な流れじゃね!? ね? 悪い奴じゃねェだろ俺はよォ!」
あまりにも身勝手な物言いを激しく続ける。 だがバラはここで、スカムを利用した男がいると勘付いた。
戦争を長引かせたいと望む者を利用し、『何らか』の軍事的な研究を推し進めていた人物。
つまり──
「……ゼロと繋がってんのか……?」
「…………ッ!」
そこでスカムは一瞬目を見開き、そしてフッと笑うと、コックピットを閉じた。
「……反戦軍。なるほど素晴らしい。ガチな意味で戦争を止めるために色々調べたんだね……。尊敬するぜッ! だから死ねッ! 真実を抱えたまま死ねッ! グァハハハハハハハハ!」
「てめェ……ッ!」
戦艦内にいるユーリは、通信でバラとスカムの会話を聞いて、ゼロとの会話を思い出す。
「……ノイド・ギア……」
彼女が呟くと、先程メインブリッジに入って来たキクが反応した。
「何だい?」
「……ゼロが生み出そうとしているもの。クリシュナを襲ったニュークリア・ギアは、みんなも知ってるでしょ? ノイド・ギアはその数万倍の威力。大量のノイドを犠牲にした、最悪の爆弾兵器。ゼロは戦争によって得た富を利用してノイド帝国にそれを作り出させ、最後に帝国を滅ぼすことで、それを自身の手中に収める気でいるんだよ」
ユーリの言葉で、メインブリッジの面々は息を飲まされる。
「まさか! じゃああの男が手柄にするっていう研究成果は……」
「そのノイド・ギアのことでしょうなァ……」
アネモネとロケアに続き、全員が理解する。
今戦っているスカム・ロウライフという男は、絶対に放置していい相手ではないということを。




