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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
五章【何かあればすぐ】
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『fate:カイン・サーキュラス』②

■ 迷亭めいてい省 我楽ががく商会ジャンク組事務所 ■


 ノイド帝国には、当然ながらいくつか反社会的組織が存在している。

 そしてここは、そんな反社会的組織の中でもとりわけ小さな小さな規模でしかない、小物の悪党が根城にしている事務所。

 カインは一人、ここに足を踏み入れていた。


「クク……帰って来たなァカインよォ。嬉しいぞ俺は……」


 奥の席に座る、髪の薄い男が下卑た笑い声を出すと、周りの男どももそれに追従する。

 当然だが全員がノイドで、その気になれば武装したギアを使用できる。


「……」

「さァ! やり直そうぜカイン! お前の母親の為にもなァ!」


 そしてカインは、非道な大人の男たちに囲まれる。



「嫌だ」



 彼の返事が意外だったのか、男たちは全員顔をしかめた。


「……何? うーん……よく聞こえなかったな。大きな声でッ! さん、はいッ!」

「嫌だッ!」

「あァん!?」

「……嘘……なんだろ? 調べて来たんだ。俺は、俺自身のことを……。俺に母親なんて……いないんだろ……ッ!」


 一瞬驚き、目を見張ったこの事務所のボスだったが、すぐに笑みで誤魔化す方向にシフトする。

 社会の歯車からズレた悪党は、頭の回転もおざなりだった。


「…………クク。ククククッ! ハハハハハハハ! どうやって調べたのか知らねェが、よく自力で辿り着いたもんだッ! えェ!? カインよォ!」

「……ッ!」

「バレちまったら仕方がねェ! まあいいさ! 借金返せずに死んだ、馬鹿な両親から生まれたガキ一匹だ。親の肩代わりとしちゃ物足りなかったが……出て行きたきゃあ殺すだけ! さあ決めろよカイン! 生きるか死ぬかの簡単な選択だぜ!?」


 ボスの男がそう言うと、カインを囲む下っ端たちは腕を変形させてピストルを出現させる。

 手と接着した状態になっていて、反動が少ない仕様だ。これは、ピストル・ギアと呼ばれる、安価の戦闘用ギア。

 そんな物に囲まれても、カインの表情は変わらない。


「……俺は、何も調べてないよ」


「は?」


 そしてカインは、若干光を反射させる瞳で、強くボスの男を睨み付けた。


「そもそも調べる方法が無いだろ? いない親のことなんて……。そんなことも分かんないのかよッ! このタコ野郎ッ!」

「タ……ッ!? て、テメェ……! カマかけたのか!? 俺を……この俺を騙したのか!?」

「お前らが俺を騙したんだろッ!?」

「クソガキがァ! やっちまえお前らァ!」



 ドォォォォォォン



 その時、事務所の扉がいきなり開いた。

 いや──壊れた。


「何だァ!?」

「!?」


 扉を壊したのは、どうやら長物の武器のようだった。

 形状は玩具のようにごちゃごちゃしているが、恐らく武器に間違いない。

 そしてそれを持っている人物は……『紙袋』を頭に被っていた。



「外道を誅すは手繰る糸。張りて延ばすは遥か久遠。天下無双の看板娘……。勇気一筋、ハルカ・レイたァアタシのことさ!」



 そして彼女は、武器を構えてポーズを取る。


「……紙袋の意味は……?」


 名乗ってしまえば顔を隠す意味は無い。カインはそう考えたが、彼女はただ、自治区の外を出歩く以上、人間とバレては困ると考えただけだ。

 まずは名乗らなければやる気が出ない。『彼ら』はそういう生き物だった。


「ンなんだお前はァ!? やっちまえ野郎どもォォォォ!」


 そして男どもがピストルを撃とうとする前に、ハルカは持っていた武器を振るう。


 ボォォォォォォォ


「火ィ!?」


 ザバァァァァァァァ


「水ゥ!?」


 バリバリバリバリィィィ


「電気ィ!?」


 ボスが驚いている間に、周りの男たちは、ハルカの持つ武器から放たれる『自然現象』によって、気絶させられる。


「コイツは、アタシの作った失敗作のギアを練り合わせて作った秘密兵器……その名も! 『絶対悪殺棒アブソリュート・キラー・ロッド』ッ!」

「な、何それ……」


 ハルカは自分の技術と才能を、妙な形で開花させていた。


「安心しなよ。殺しちゃいない。……多分。……え? 大丈夫だよね? 生きてるよね?」


 取り敢えず近くの男を蹴って確かめる。

 うめき声が出たので、どうやら無事らしい。やはり、ノイドは人間よりも頑丈なのだ。

 そうしてハルカが安堵していると、その隙をボスの男が狙う。


「し、死ねェェェェ!」

「危ないッ!」


 そこでカインは、ハルカの前に出た。


「ちょっとッ!」


 ボスの男もピストル・ギアを構えている。撃たれて当たり所が悪ければ、カインもただでは済まない。

 しかしカインはそこで──



「スピニング・ギアッ!」



 カインの腕は変形し、そこからクルクル回転する円盤が出現して飛び出す。

 同時にボスの男もピストルを撃ち放ったのだが、カインは上手く円盤でそれを弾いてみせる。

 ……いや、弾くのではない。

 その円盤の効果は、触れた対象を自身の回転に巻き込むというもの。

 弾丸が当たればそれに回転が伝わり、円盤の回転方向に弾道が逸らされて──丁度ボスの男の足に命中した。


「ぐあああああああああ!」

「や、やった!」

「……ッ!」


 言葉を失って驚くのはハルカ。彼女は何より、カインがそのギアを使っている事実に驚いていた。


(え……な、何でスピニング・ギアを使えんの……!?)


 そんな彼女のことは置いて、カインはゆっくりとボスの男に近付いていく。


「……アンタのことは許せない。俺のことをずっと……騙して利用して……」


 ボスの男は他の男たちと同じ様にその場に倒れ込み、完全に最初とは立場が逆転してしまった状況だ。


「うぐッ! ま、待てカイン! ……そうだ! 実は俺はお前の実の父なんだ! 嘘じゃない! なァ! 親殺しは良くないだろ!? 親の心子知らずか!? 俺はお前のことを想ってだな……」

「……」


 ハルカはそんな分かり切った嘘を吐くボスの男に向かって、無言で落ちていた近くの灰皿を投げた。


「あがッ!」

「……吐くならもっと、マシな嘘で頼むよ」


 カインは、倒れている下っ端の男のピストルを拾い上げた。


「!? おおおおいマジで殺すの!? 知らないのかカイン! ピストル・ギアは一般ノイドが使っちゃ駄目なんだぞ!? 親の言うことを聞いてくれ! そんな物突きつけるなァ!」


 カインは小さく息を吐き、手に取ったピストルをそこらに捨てた。

 一度拾い上げたのは、ただ足元にあって邪魔だったからだ。

 そしてカインは、右の手の平を男に向ける。


「バイバイ。知らないおじさん」


 そしてスピニング・ギアを使用する。

 ゼロ距離で激しい回転に巻き込まれたボスの男は、そのままグルグル回りながら遠心力で壁に激突した。

 彼が完全に気を失うと、ハルカは紙袋を脱いでフッと笑う。


「突きつけられたのは、絶縁状でしたっと」


     *


 帰り道。カインは紙袋を被り直したハルカに質問する。


「……どうして来てくれたの?」

「ん? ああ、悪いね。余計なお世話だったみたいだ」


 カインはずっと、自分を利用してきた彼らを一度吹っ飛ばすために、スピニング・ギアを鍛えていたのだ。

 いきなり実践で使いこなしていた姿を見て、ハルカはそのことを悟っていた。


「いや、そうじゃなくて……」

「でもたまげたわ。あの失敗作のオリジナルギアが……まさか、アンタに適合したなんて。つーか、何で売らなかったのさ。それとも売れなかった?」

「……いや、売りたくなかった。人から何かを貰ったのは……初めてだったから」

「……そうかい」

「ねぇハルカ。ハルカはどうして俺を助けてくれたの?」

「前にも言ったろ? 助け合うのがアタシらヒト種の在り方なのさ」

「……俺は、そんな都合良く考えられない。理由が無いと……不安になるよ」

「そう言われてもねェ……」


 ハルカはそこで少し言葉を探し、ふと思い付いた。


「……ああそうだ。アンタそのギア使って喧嘩とかすんなよ。少なくとも、アタシの目の黒いうちは」

「え……な、何で?」

「何でも。だってアンタ、守る相手がいないでしょ?」

「え?」

「あのね、力ってのは誰かを助けるために使うもので、助ける相手ってのは()()()()()()のことを言うの。まだ守りたい相手のいないアンタは、その力を使っちゃ駄目」

「……意味……分かんないよ」

「そう? 分かりやすく言ったつもりだったのになァ……。えっとね……そう。アンタはさ、さっきの男、死んでほしいと思った?」

「え? いや、別にそこまでは……」

「じゃ、生きてほしいと思った?」

「……別に。どうでもいいと思ってるけど」

「なら分かる? 生きてほしいと思う相手が、守りたい相手だってことは。アタシはアンタに生きてほしいって思った。守りたいと思った。良い男になりそうだったからね。助けた理由なんてそんなもんさ。アンタもそんな理由で誰かを助けて、そのために力を使えばいい」

「……『良い男になりそうだったから』……」

「納得できないかな? その理由じゃ」


 カインは、静かに首を横に振った。

 その理由は彼女の適当な思い付きだと分かっていたが、ようやく理解するに至った。


「……分かったよハルカ。多分だけど。要は……守りたいって思った時が……助けたいって時なんだね」

「……ま、そゆこと!」


 そしてカインは決心する。

 いずれ必ず自分の力を、誰かを助けるために使うと。

 いつかきっと、自分が心から守りたいと思う相手が現れる。

 そんな人たちを助けるために、その人たちを襲う者どもを、捩じって回し、輪廻の向こうに吹っ飛ばすのだと。

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